教会へのあかし 第6巻 第二部
第4部 医事伝道の働き 1章 私達のサナトリウムでの神の意図 英文219
「すべてのものは……それらの川が流れて来る所ではどこでも生きているでしょう」「それらの川の水は、聖所から流れ出ていました」[エゼキエル47:9 KJV]。
1章 私達のサナトリウムでの神の意図
[1.異邦の国の民に祝福がもたらされるため]
セブンスデー
アドベンチスト達によって設立された施設はみな、エジプトにいたヨセフのように、また、バビロンにいたダニエルと3人の仲間のように、この世界の人々のためになろうとしています。神の摂理の中で、それらの選ばれた人々が捕らわれの身だった時、神の知識を通して人間に[祝福が]やって来るのは、異邦の国の民に祝福がもたらされるためでした。彼らはヤハウェ(hwhy)を代表する運命にありました。彼らは、偶像崇拝者達と妥協しようとはしませんでした。生きている神を拝する者としての彼らの宗教的な信仰と彼らの名声は、特別な栄誉とを伝えようとしていました。
[1.ヨセフ]
そして、彼らはそれを実行しました。順境と逆境において、彼らは、神に栄誉を与えました。地下牢から呼ばれた捕らわれの身の奉仕者、悪意と忘恩の戦利品、ヨセフは、天の神に彼の真の忠誠を証しました。エジプト人達はみな、神が指導したその人の知恵のゆえに驚嘆しました。パロは「彼を自分の家の統治者、君主、彼の部下のすべての者の支配者にしました。彼の気に入りの第一人者として結ぶために。そして、彼の政治の知恵を教える者にしました」(詩編105:21 KJV)。エジプトの人々だけではなく、すべての国の民を力強い王国と繋げるために、神はヨセフを通して自身を現しました。主は、彼とすべての人々に光を伝える者にしようと望んでいました。そして、主は、彼を世界で最も偉大な帝国の次の座に着かせました。天の光の照明/啓蒙は、近くから遠くへと拡大されるでしょう。仮自身の知識と判断によって、彼の日常生活の慈しみと清さによって、また、――偶像崇拝の国の民と――彼の自分の民への関心と献身によって、ヨセフはキリストを代表する一人でした。エジプト人達に恩恵を施す者によって、彼らはみな、ヨセフに感謝してたたえるようになりました。そして、彼らを通して、彼らに繋がれたすべての国の民は、自分達の創造者贖い無私の愛を見上げようとしています。
第4部 医事伝道の働き 1章 私達のサナトリウムでの神の意図 英文220
そこで、ダニエルの中で、神は、世界の最も大きな王国の座のそばに一つの光/真理を置きました。そこで、人々は生きている神と現在の真理を学ぶことができるでしょう。代表者たちがすべての地から集められていたバビロンの法廷では、選抜された才能のある人々、この世界が授ける最も高い教養を有した人々、生来に得た努力の人々、また、その人々の真ん中で、すべてのヘブライの捕らわれ人達は、仲間がいませんでした。身体的な能力と美しさ、知的な活力、文筆の学識において、精神的な能力と洞察力において、比類なく立っていました。「知恵と理解力において、王が彼らに質問したすべての内容は、彼の王国内にいた全ての占星術師、魔術師よりも10倍であることが分かりました」(ダニエル書1:20 KJV)。王国の法廷において、彼は義務に忠誠を尽くしていました。その一方で、神は、彼にバビロン人達の絶対君主へのメッセンジャーとしての栄誉を与えたでしょう。彼を通して未来の不思議が開示されました。そして、ネブカドネザル王自身が、「神々の一人の神、王達の支配者、隠れたことを開示する者」(ダニエル4:47:KJV)として、ダニエルの神の知識を与えられました。
今日の神の人々(民)によって設立されたいろいろな施設は、主の名声の栄光のためにあります。私達が主の期待をかなえることのできる唯一の道は、この時代のための真理についての代表する者となることにあります。神は、セブンスデー
アドベンチスト達によって設立された施設の中で認識されようとしています。その人々によって、この時代のための真理は、確信的な力によって世界の人々の前に表されようとしています。
[3.モーセ]
私達は、モーセに現されたように、神の品性を世界の人々に表すために呼び出されています。モーセの祈りに応えて、「そなたの栄光を私に示してください」「私は、汝の前に私の善意をみな通らせるでしょう」(出エジプト33:18,19 KJV)。「そして、主は、彼の前を通り過ぎてこう宣言しました。‟主、主なる神は、慈悲深く、恵みに富み、寛容で、善意と真実にあふれ、数千代も恵みを与え続け、罪と違反の罪と、不正な行為を許しています」(出エジプト34:6,7 KJV)。これは、神がその人々(民)に望んでいる聖化です。神の人々の品性の清さによって、また、その人々の生き方の清らかさによって、さらに、思いやりと情愛と、恵みによって、その人々は「主の律法は完全で、人の魂を回心させています」(詩編19:7, KJV)ということを実践する運命にあります。
[4.神の人々(民)]
今日の主の施設のための神の目的は、主がユダヤの国民を通して達成されるよう求めているその目的の中に読まれるでしょう。イスラエルの人々を通してすべての人々に豊かな祝福が与えられることは主の意図でした。その人々を通して、その方法は世界中の人々に主の光の放散を備えられる必要があります。世界中の国の民は、悪い行動に倣うことを通して、神に関する知識を失いました。また、主の恵みによって、神は、神に関する知識の存在を汚しませんでした。主は、主の教会を通して、主を熟知するようになる機会を与えることを目的にしていました。主は、主の人々(民)を通して現された原則は道徳的な神の像(かたち)と人間の中に回復することを意図しているでしょう。キリストは、人々の教師でした。主が[シナイ]の荒野で、人々と一緒にいた時に、また、約束されていた土地[カナン]に移住した後でも、主はその人々の教師でありガイドでした。幕屋と宮の中に主の栄光が[十戒の箱の]恵みの座の上の聖なるシェキーナの光の中に宿っています。その人々味方として主はいつも主の愛と忍耐をたいそう現しました。
神は、主の人々、イスラエルの人々を、価値ある者、誇りある者にしようと望んでいました。霊的な優位性はみな、その人々に与えられました。神は、主自身の代表となる品性の要素に気がいらないので彼らを許しませんでした。
神の律法への従順は、世界の国の民の前で素晴らしく成功させるでしょう。賢明な全ての技と知恵を与える主は、人々の教師であり続けるでしょう。そして、主の律法への従順を通してその人々を高尚にして気高くするでしょう。従順ならば、その人々は、ほかの国の民が悩まされた病から守られるでしょう。また、その知性の活力が祝福されるでしょう。神の栄光、主の権威と権力は、その人々の繁栄に表されるでしょう。その人々は、一つの王族達と祭司達の国となるでしょう。神はその人々に地上の偉大な国の民になるようあらゆる才能や手段を備えました。
第4部 医事伝道の働き 1章 私達のサナトリウムでの神の意図 英文222
「汝らは、きょう、主が、汝らの神になること、主の声に聞くこと、主の意見judgmentと主の戒め、主の制定法を守ること、主の道に歩むことを明言しました。そして、主は、主が汝らに約束したように、きょう、汝らが主の特別な人々(民)になることを明言しました。汝らは、主の戒めをみな守るでしょう。また、主が、栄誉と名声と賛辞を与えて、すべての国の民以上に汝らを高めるために、そして、汝らは、主が語っていたように、汝らの神のために聖なる人々(民)となるでしょう。」(申命記26:17-19 KJV)。
これらの言葉の中に、その状態、すべての真の繁栄の状態が述べられています。人々が自分達の設立の目的を達成するというのであるならば、私達のすべての施設は応じる必要があるでしょう。
健康施設の設立について、主は数年前に特別な光を私に与えました。そこで、病人は私達の住んでいる世界で、どこかほかの施設に繫がった人々から様々な人々と共に治療を受けるでしょう。それは、主の手段として、聖書の原則のもとに指導され基礎づけられていました。また、それは、世界の人々に光を与えるために最も効果的な働き人としての主の助け手となるためでした。(それは科学的な能力によって、また、それを伝えているすべての忠実な改革者、見張り人が道徳的・霊的な能力によって立っているのは、神の目的でした。その中で活動する人々はみな、一つの民として、私達に健康改革の光に心を留めてその原則に敬意を持って、改革者となろうとしていました。
神は、「主が設立した施設は譴責と警告の光の筋として立っているように」意図していました。主は、病人のための保養施設として、一つの施設を宗教的な原則で指導したということは、清い品性で、独特な犠牲なしに支えられたということを、世界の人々に証明しているでしょう。それは、ほかの健康施設に見られた不快な特色から自由を守られるでしょう。それは大いなる改革をもたらすための一つの手段になろうとしていました。
主は、サナトリウムの繁栄は、内科医の技術と知識だけに頼っていたのではなく、神の好意に頼っていたということを現しました。それは、主の特別な管理の下にあった一つの施設、宇宙の君主として知られた神の施設として知られるためでした。そこのマネージャー達は、全ての事において、神を初めから終わりまで最善にしようとしていました。そして、この中にその力があるようにしていました。神が是認できる方法で指導されたならば、それは、たいそう成功するでしょう。また、この世界中にあるほかの様々な施設も前進するでしょう。大きな光/真理と大きな知識、最高の特権が与えられました。調和して受けた光は、託された施設の[任務]を前進させる人々の責任となるでしょう。
私達の働きが拡大して様々な施設が増えた時、その設立された施設の中で神の目的は同じものが残っています。その繁栄の状態は変わっていません。人類家族は、神の律法の批判の罪のゆえに苦しんでいます。主は、人々が救済/慰めをみつけるための唯一の道と人々の苦悩の原因の理解に導かれるように望んでいます。主は、人々の――身体的・知的・道徳的――福祉(良好な状態)が主の律法への人々の従順に依っていることを知るよう望んでいます。私達の施設がその正しい原則への従順の結果を示す実物教訓となることが主の目的です。
第4部 医事伝道の働き 1章 私達のサナトリウムでの神の意図 英文224-225
キリストは言いました。「汝らが命に入りたいならば、主の戒めを守ってください」(マタイ19:17)、「汝の瞳のように私の律法を守って」(箴言7:2) 余生を過ごしてください。神の戒めに従順であることは、「それを見つける人々の命であり、その人々の身体の健康」(箴言4:22)です。
私達のサナトリウムは、それらの施設の中で人々に教えるための教育的な能力があります。その人々は、健康を保つ原則と健康回復の知識をほかの人々に教えることができるようになっています。このように、私達のサナトリウムは人々に伝えるための手段(主の手足)、最善な状態に身体の維持の仕方を人々に教えるため、また、健康と生命の法則を軽視する悪を人々に示すための働き人となっています。サナトリウムは、私たちの伝道者たちが入った様々な国々で設立されようとしています。また、回復と癒しの働きをするセンターになろうとしています。そして、教えることがそこでなされるでしょう。
私達は、魂の救いと身体の健康の両方のために働く必要があります。私達の任務は、私達の大教師が果たしているものと同じです。主は、サタンによって苦しめられていた人々をみな癒して、健康にするために巡り歩いたと書かれています
(使徒言行録10:38)。主の働きに就いて、主はこう言っています。「柔和で良い知らせを知ら節ために、主は私に油を注いだので、主、神の聖霊は私に宿っています」「主は、心に傷のついた者を癒すために、囚われた人を解放を伝えるため、盲人の視力を回復するため、心の傷つけられた人々を自由にするために、私を遣わしました」(イザヤ61:1 KJV)。私達がほかの人々の良い事のための働きにキリストの手本に倣う時、私達は自分達が愛して仕えている神について人々が興味を抱いていることに気づくでしょう。
私達のサナトリウムのすべての部門は、人間の心に真理の種を蒔くための主の手段(手足)、神のための記念碑となるでしょう。ここで、その人々は正しく指導されるでしょう。
生きている神の真理は、私達の医療機関の中で知られようとしています。サナトリウムに来所する多くの人々は、真理に飢え渇いています。そして、それが正しく提示された時、人々は喜んで受け入れるでしょう。私達のサナトリウムはこの時代のための真理を高めて、多くの人々の前にその真理を提示する手段となりました。それらの施設から広がる宗教的な感化は、ゲスト達に確かに霊感を与えています。主がそれらを統括する保証と病人のために捧げられた多くの祈りは、人の心に一つの印象を与えています。以前には、魂の価値を決して考えなかった多くの人々は、神の霊によって確信しました。また、数人は、人生のコース全体を変えるように導かれていません。決して取り除かれないような印象が、自己満足してきた多くの人々に与えられています。その人々は自分自身の品性の標準は十分な資格があると考えていました。また、その人々はキリストの義を必要ないと考えてきました。やがて将来のテストが来る時、照明/啓蒙、教化が彼らに来る時、それらのうちのある人々は、神の残りの人々の立場を取らないでしょう。
神は、この方法によって指導された施設の人々によって誉めたたえられました。主の憐れみによって、主は多くの人々が人々の病弊を治療するために導かれた人々の身体的な苦痛を取り除く力を与えました。そして、多くの人々の身体的な癒しは、魂の癒しによって成し遂げられています。救い主から、人々は自分達の罪の許しを受けています。その人々はキリストの恵みを受けています。そして、主自身の関心、主の栄誉、主と自分達を同一視しています。多くの人々は新しい心を私達のサナトリウムから主と共に巣立っています。変化が決定されています。それらの人々は自分達の家に戻って、世界の人々の中で光となっています。主は、彼らを主の証人にしています。彼らの証はこうです。「神を畏れる汝らすべて、来て聞いてください。そして、私は、主が私の魂のために行なったことを伝えましょう」(詩編66:16 KJV)。
第4部 医事伝道の働き 1章 私達のサナトリウムでの神の意図 英文226-227
主に仕える人々を通して成し遂げようとしている神の働きは素晴らしいものです。主の名は栄誉を与えられるでしょう。神は、ヨセフをエジプト人達のための命の泉にしました。ヨセフを通して、エジプト人の命がみな守られました。ダニエルを通して、神は、バビロンの知者達の命をみな救いました。そして、それらの住民達は実物教訓となりました。彼らは、その人々に、ヨセフとダニエルが礼拝していた神と繫がることによって、彼らに与えられた霊的な祝福で明るく照らしました。そこで、今日の神の人々(民)を通して、神はこの世界の人々に祝福をもたらそうと望んでいます。キリストを心に宿らせている働き人達はみな、また、世界/世間の人々に主の愛を表している人々はみな、人間性を祝福するために神と共に働く者達です。人が、ほかの人々に与えるために恵みを救い主から受ける時、その人の存在から、霊的な命の潮流が溢れています。キリストが、人類家族中に入り込んだ罪の傷を癒すための偉大な医師として来た時、そして、主の聖霊、主に仕える者達を通して働いている、罪に病む人々に授ける、苦しむ人間達を癒す大いなる力は、身体と魂の両方に効果があります。御言葉はこう言っています。「その日には、汚れと罪から[癒されるように]エルサレムの住民のために、また、ダビデとその家の者達のために、一つの泉が開かれるでしょう」(ゼカリヤ13:1 KJV)。この泉の水は、身体的・霊的な汚れの両方を癒す薬効成分を含んでいます。
この泉からエゼキエルとの幻の中に見られた大いなる川が流れ出ています。「それから、彼は私に言いました。それらの水は、東の土地に流れて行き、砂漠を通って行って、海に行きます。海に入った水は、あることを引き起こします。その海の水は癒されるでしょう。そして、それが流れ入ると、すべての生き物は生きるでしょう。その川の至る所にいる動く者達は、来て、生きるでしょう。……そして、川のそばの土手のあちこちに食用となるあらゆる木々が育つでしょう。その川の水は聖所から流れ出ていたので、それらの木々の葉はしおれることがないでしょう。その実は、食べ尽くされないでしょう。それは、月毎に新しい実をもたらすでしょう。あちこちの木の実は食用となるでしょう。そして、その木々の葉は薬となるでしょう。」(エゼキエル48:8-12 KJV)。
神が、命の川と癒しの川をデザインしているように、私達のサナトリウムは、そのひとびとをとおして主の力が働くようになるでしょう。
私達のサナトリウムは、天の慈しみを世界の人々に示すためにあります。そして、キリストの臨在は見えておらず、その建物の中で識別されていませんが、働き人達は、その約束をこう言うことができるでしょう。「見よ、私は世の終わりまでいつもあなた方と共にいます」。
イスラエルへの神の約束は、主の名の栄光のためと、今日、設立された施設のためでした。「それの造り主、主はこう言っています。それを形成した主、それを設立するため、主が、主の名です。私を呼んでください。私は、汝らに応えるでしょう。そして、汝らがまったく知らないこと、汝らに偉大で遠大な事柄を示しましょう。この都市、……について、イスラエルの神、主はこのように言っています。見上げなさい。私は、そこに健康と癒しをもたらして、人々を癒します。そして、最高の平和と誠実をその都市の人々に明らかにするでしょう。……そして、私は、その人々の不正な行為を全て清めるでしょう。……そして、それは、私のために、この地のすべての国の民の前で栄誉と賛美、喜びの名となるでしょう。それは、私が彼らに行なうすべての良い事を聞くでしょう。「それらの日々に、ユダは救われるでしょう。エルサレムの人々は安全に住むでしょう。そして、彼女(エルサレム)は、「主は私達の義」という名で呼ばれるでしょう」(エゼキエル33:2-9,16)。
2章 人々の魂のための医師達の働き 第4部 医事伝道の働き 2章 人々の魂のための医師達の働き 英文229
キリストを信じている医療従事者達はみな、罪に病んでいる魂のための治療法の一つとして最も価値のある救済の一つを能力に持っています。現在の真理を通して、清められ回心した医師は、イエスキリストに倣う者として、神と共に労する者として、天に登録されています。現在の真理の清めを通して、神は止める人々に治療のための技術と知恵を医師達と看護師達に与えています。そして、この働きは、堅く閉じた多くの人々の心の扉を開けています。男性達や女性達は身体と同じように魂を救うために必要な現在の真理を理解するよう導かれています。
これは、この時代の人々のための働きに特徴を与える一つの要素です。医事伝道の働きは、罪に陥った世界の人々に伝えられなければならない第三天使のメッセージのための右腕のようなものです。そして、医師達、マネージャー達、様々な部門の働き人達、自分達の任務を忠実に果たしている人々は、そのメッセージの働きを行なっています。このように、現在の真理の響きは、すべての国の民、種族、言語、人々に広がっていくでしょう。この働きにおいて、天の遣い達は一つの役割を担っています。その使い達は、苦悩から解放された人々が心に霊的なメロディーと喜びを目覚めさせています。そして、神への感謝が貴い真理を受けた多くの人々の口から上がっています。
私達のグループにいる医師は、クリスチャンの一人である必要があります。真の聖書的なクリスチャンである医師だけが彼らの専門職の高度な義務を正しく果たすことができます。
自分の立場の記録責任と説明責任を理解している医師は、主の犠牲が払われた人々のための働きにおいて、自分にキリストの臨在の必要を感じているでしょう。彼は、永遠の命に救われるように、命に関する高貴な関心に(the
higher interests which concern the life )全てのことを従属させているでしょう。彼は、身体と魂を救うための自分の力を全てで行動するでしょう。彼は、キリストが自分の場所にいた所で行なった働きを行おうと努めるでしょう。キリストが死んで[贖った]人々の魂とキリストを愛している医師達は、命の木からの一枚の木の葉を病室にもたらそうと熱心に求めているでしょう。向き合う困難と障害があるにもかかわらず、これは神聖な医療専門職の働きで厳粛なことです。
救い主の働きであるこの伝道の働きは、よく代表されていて、主の方法は最もよく模倣されています。この標準に届いていない伝道の働きは欠点のあるものとして天に記録されています。それは、聖域と見られたもののバランスに重きが置かれています。
医師達は、身体と魂に関する偉大な医師、キリストが自分達の患者達の知性を指導するよう求める必要があります。その医師達は、唯一キリストが成し遂げていることを行なうよう許すことが可能です。人間の働き人は、生命を永らえるための努力をしています。キリストは自身が命です。主は、自分を滅ぼす死を通して達成した主は、すべての生命力の源です。そこには、ギレアデの香油があり、一人の偉大な主がいます。キリストは、私達が命を持つことのできる状況の最も過酷な下で、死の苦しみを耐えました。主は死を征服することができる主の貴い命を放棄しました。しかし、主は、死の墓の中からよみがえり、捨てた命を引き継いだ主を見るために来た多くの御使い達は、主が「私はよみがえりであり命です」と言って、ヨセフの地所の墓所に立った時、その勝利の喜びの声が降りて来るのを聞きました。
「人が死んだら、再び生き返るでしょうか」と言う質問は、答えられました。罪の罰が負わされることによって、死の墓に降って行くことによって、キリストは、信仰によって信仰のうちに死ぬすべての人々のために、その市の墓を輝かしいものにしました。人間の姿の中に、神は福音を通した光、不死と命をもたらしました。死によって、キリストは、主を信じるすべての人々のための永遠の命を備えました。死によって、主は、――永遠の死――罪の払う苦しみの背信と、罪の創始者に有罪宣告をしました。
永遠の命の所有者、与える主、キリストは、死を征服できる唯一の者でした。主は、私達の贖い主です。そして、キリストが命を与えた魂達の良い香り、伝道の言葉の真のうちにいるすべての医師達は祝福されています。そのような医師は、男性達と女性達の身体と魂を救うための働きと見守りの仕方を偉大な医師から日毎に学んでいます。救い主は、手術室にも病室に臨在しています。そして、主の名の栄光のための主の力は、偉大なことを成し遂げています。
第4部 医事伝道の働き 2章 人々の魂のための医師達の働き 英文231-232
神の聖霊が、真理を尋ねるよう導いて、病んでいる人の知性に働く時、医師達は、キリストがその人に働きかけているように、その貴い魂のために働きましょう。特別な教理について語り掛けず、罪を赦す救い主としてのイエスをその人に示すようにしましょう。神の使い達は、その人の知性に感銘を及ぼすでしょう。ある人は、神が魂の宮に入って、また、知性の部屋に入って輝かす光によって明るくされて啓蒙されることを拒むでしょう。しかし、多くの人々は、その光に応答するでしょう。そして、その人々の知性から、様々に形成された間違いや知性の惑わしなどが一掃されるでしょう。
キリストが働いたように、あらゆる働きに機会が活用されるでしょう。その内科医は、キリストによって語られた優しい愛の言葉や癒しの言葉を話すでしょう。彼は、イエスを自分のそばにいる親友、自分の仲間として信じているでしょう。「私達は神と共に働く者達です」(1コリント3:9 KJV)。内科医は、偉大な医師のチーフ、キリストに担当患者の知性を指導することを怠らないようにしましょう。彼が自分の心に救い主を宿らせたならば、彼の考え方は身体と魂の癒し主にいつも指導されているでしょう。彼は、苦しむ者達の知性を地上で主に導くでしょう。その人々が身体と同じく魂が癒されて、病人の健康を回復した時、「汝、あなたの罪は許されています」(マルコ2:5 KJV)と言っています。
医師は、苦しむ人々に共感せず不注意になるほどに気安くしてはいけません。重篤な病人のケースにおいて、苦しんでいる人は、医師の慈しみの下にいると感じています。その人はその医師を自分の唯一の地上の希望として見ています。そして、その医師は、おののく魂に、主の神性の力が主と求めるすべての人に知恵と技術を与える主、苦しむ者達を憐れむ主、死から患者を救うために主の命を与えた、その一人息子、自分よりも偉大な御方を指し示し続けるでしょう。
患者が自分のケースでは好転しないだろうと知っている時、それは医師がその患者の知性に感銘を与えるための時です。個人的な救い主としてキリストをその魂に指し示すでしょう。しかし、彼は自分で識別する希望を持たず、このことをしないでしょう。その人に余命があるならば、医師が看取るための一人の魂がいます。この患者は、医師が自分の命そのものであると感じています。この強い確信は、どんな目的で働くのでしょうか。いつもキリストに魂を勝ち取るために、そして、神の力をほめたたえるためです。
その危機が過ぎて成功がはっきりと現れる時、不信者や信者の患者と少しの間、祈りの時を費やすようにしましょう。残されていた命のためにあなた方の感謝を表して伝えましょう。そのようなコースに従っている医師は、自分の担当患者を命を依存している御方に導いています。感謝の言葉は、その医師の担当患者からあふれ出ることでしょう。初めから終わりまで、神のために医師は自分自身とこの患者の命を結びました。しかし、見えない者を通して現されている御方のため、その称賛と感謝は神に帰するようにしましょう。
病床の上に、キリストはしばしば、受け入れられて告白されています。そして、これは、私達の世界で主ための働きを速やかに行なうに、過去においてなされた以上に、将来においてもしばしば行なわれるでしょう。様々な知恵の言葉は、医師達の口から出るようになるためにあります。そして、キリストは、永遠の命の果実をもたらすための実なものとして、蒔かれた種の水となるでしょう。
私達は、折にかなった言葉を語ることを怠ることによって、最も貴重な機会を失っています。1000倍ももたらすはずの貴い才能の人が、あまりにしばしば、役立てられず置きざりにされています。その黄金のような特典のある人が注目されないならば、その特典は見逃されるでしょう。ある医師は、義の牧師として任命された働きを果たすのを拒否することを許されました(Something was allowed to prevent the
physician from doing his appointed work as a minister of righteousness.)。
第4部 医事伝道の働き 2章 人々の魂のための医師達の働き 英文233-234
牧師達と医師達は、様々なサタンの罠に絡まっている魂達を救うために熱心に団結して働く必要があります。彼らは、男性達と女性達にその表情の健康、その体力に、その義であるイエスを指し示すことができます。いつも、彼らは魂達を見守っています。問題のあるサタン的な働き人との格闘に勝利者としての危機にいて、強い誘惑に奮闘している人々がいます。あなた方は、その人々を支援する犠牲を払うことなしに、その人々を見過ごすのでしょうか。あなた方が助けを必要としている一人の魂を見るならば、あなた方がその人を知らなくても言葉をかけて繋がりましょう。その人々と共に祈りましょう。イエスを指し示しましょう。
この働きは、牧師と同じく医師も属しています。公的にまた私的な努力によって、医師は魂達をキリストに勝ち取ろうとしているでしょう。
私達の事業の中で、また、私達のすべての施設の中で、神は大教師、偉大な働き人として知られようとしています。医師達は、主を代表する者として立つ必要があります。医療の仲間達は多くの改革を行ないました。そして、彼らは平穏の内に前進させようとしています。彼らの手のうちにいる人間の命を担っている人々は、教育され洗練されて、清められるでしょう。その時、主は、主の名の栄誉のために大いなる力で彼らを通して働くでしょう。
キリストのある麻痺患者のための働きは、私達が働こうとしている方法の一つの記録です。その人の友人を通して、この人はイエスについて聞いた後で、癒し主が臨在している場所に連れて行ってくれるように頼みました。救い主は、その患者が祭司達のほのめかしの言葉によって、神が彼の罪のために見捨てたのだと責められていたことを知っていました。それゆえに、主の初めの働きは、彼の知性に平安を与えることでした。主はこう言いました。「子よ、汝の罪は赦されています」。この保証は、彼の心を平安と喜びで満たしました。しかし、そこに居合わせたある者達が心の中に不満を持ち始めて、心の中でこう言っています。「神以外に誰が罪を赦すことができるだろうか」。それから、彼らが知ることができるように、人の子[キリスト]は、その病人に言いました。「起きなさい。そして、汝の床を持って、そして、汝の家への道を歩いて行きなさい」。これは、救い主がその病人を癒す働きと真理を教える働きを結び付けることを示しています。
第4部 医事伝道の働き 3章 私達の働きにおける団結 英文235
医事伝道の働きがより拡大するようになっている時、私達のカンファレンスが独立するという誘惑が起こるでしょう。しかし、この計画は正しくないということが、[主から]私に提示されました。私達の働きの様々な部門は、巨大な全体の一部門です。それらは一つのセンターを持っています。
コロサイ人への手紙を私達は読みました。「体(教会)はキリストに属しています。「人が見たことのなかったそれらの事柄に導いて、そして、その頭(キリスト)にしっかりと付いておらず、人の肉的な知性によって思い上がって、天使達を礼拝することと偽りの謙遜によって、あなた方の報いについて、自分をだまさないようにしましょう。その体(教会)全体は、世話をされて栄養を与えられて筋肉と関節によって、共に組み合わされて結ばれています。そして、神に属する者として徐々に成長しています」(コロサイ2:17-19 KJV)。それらすべての部門で働く私達は、主の十字架の感化を及ぼすために生きています。[人類の]救済計画における神の働きは、関節が外れたようなバラバラな方法で行なわれないようにしましょう。それは、行き当たりばったりの方法で進められないようにしましょう。主の十字架の感化が及んだその計画は、広く伝わる方法を提供しています。この方法はそれ自身、その計画を理解すること、部門を識別することがシンプルです。身体(教会)の一部は、ほかの部分と秩序と関係性によって完全に繫がれています。
神は、教会の中に、この組織を形成した主の知恵のある人々を世界の人々に現すために、才能のある、主の人々(民)を一緒にして連れてきました。主は、主の人々(民)の成功と効果のある計画の概略を理解していました。それらの計画を堅く守ることは、世界の人々の回復のための神の偉大な計画への神性な権威を証することをその人々に可能とするでしょう。
神の働きの一部門を担う人々は、主によってガイドされ導かれようとしています。すべての人間の大望はキリストの中に溶け込まれようとしています。主は、神が設立した全ての施設を統率する頭(かしら:Head)です。主は、主自身の働き人達を統率して守って、統率して整える方法を知っています。主は、主の十字架が人間を贖う手段なので、また、神性の統治があらゆる部分に及んで感化を及ぼすので、その働きの中心を占める必要があることを知っています。主イエスは、私達の世界の歴史の全てを通して存在し、人間の知性を支配する力として注がれる方法を知っています。主は、すべての働き人達の重要性を理解しています。また、互いに関係性を保っている様々な働き人達を知っています。
第4部 医事伝道の働き 3章 私達の働きにおける団結 英文236
口語訳
:「わたしたちのうち、だれひとり自分のために生きる者はなく、」。
新共同訳:「わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、」。
新改訳
:「私たちの中でだれ一人、自分のために生きている人はなく、」。
訳者加筆。「私達のうち、一人も自分のために生きている人はいない」とすると、「私達のうち、すべての人がほかの人のために生きている」となりますが、そのようなことは現実的にありえません。訳者は、自分のために生きているし、ほかの人のためにも生きています。そこで、訳者は「私達のうち、誰も自分のため[だけ]に生きている人はいません」と意訳しました。しかし、神を信じる人の生き方として、崇高な思想、高貴な理想と考えることもできます。それは、弱い人が信仰生活に希望を失う原因にもなりえるかもしれません。
地上にいる私達人間は食物を食べなければ生きることができません。食べる行為は、自分のために生きる行動です。ですから、自分の命を保つために生きています。このように自分のために食べて生きなければ、ほかの人のために生きることができません。私達は有限な存在です。しかし、「人は天使のパンを食べた」(口語訳:詩編78:25)ならば、自分のために生きる必要がなくなるでしょう。その時に「私達のうち、誰も自分のために生きている人はいません」が成就するでしょう。
「訳者のはじめに」に書いた文を再掲します。このテーマは、神の王国で再び品性形成を始める時の課題となるでしょう。
第6巻の主要なテーマは、「汝らは死んで、また、あなた方の命は、神の中にキリストと共に隠されているので、あなた方の思いを、地にあるものではなく、上においてください」(コロサイ3:1-3 KJV)(本書p.95)とあるように、「私達の命は、神の中にキリストと共に隠されている」ことだと思われます。この「隠される」が本書の160頁までに、9回記述されています。ここに、この地上においての私達の品性の一つの到達点があるでしょう。しかし、「清め/聖化は一生涯の働きです」(SM3前編p.210)が、私達の品性はこの世界で完成するのではありません。「到達するための目標は、すべての善と聖と高貴さと、高尚さです。そこでは、品性の完成に向かって上へ、前へと成長発達する努力が続けられるでしょう」(『SDA教会への証』第8巻p.61)、「私達は、いつまでも研究して、いつまでも尋ねて、いつまでも学ぶでしょう。そして、また、無限のかなたがあるでしょう」(『SDA教会への証』第8巻p.262)、「しばらくすると、私達は墓の中で休むことでしょう。しかし、主の呼び出しが訪れる時、私達は、神の王国で、私達の[品性の形成の]働きを再び始めるでしょう」(『SDA教会への証』第7巻p.15)。
私達のうち、誰も自分のため[だけ]に生きる人はいません」(None of us leveth to himself.)(ローマ14:7)。これは、地上と天における神の律法の一つです。神は、偉大な中心です。主から全ての生命が由来して出ています。主のために、すべての人々は奉仕し、尊敬し、忠誠を尽くす者に属しています。造られた全ての者のために――神と協働して信頼する――という命の偉大な一つの原則があります。天における神の清い家族として存在している関係性は、地上での神の家族に存在するためでした。神の下で、アダムは、天の家族の原則を守るために、地上家族の長として立つ運命のもとにいました。これは、平和と幸をもたらしたことでしょう。しかし、「自分のため[だけ]に生きる」人はひとりもいない(But the law
that none ‟liveth to
himself”)という法則に、サタンは反対することを決心しました。彼は自分のために生きることを望みました(He
desired to live for him.)。彼は、自分自身を感化・影響力の中心にしようとしました。このようにして、天において反逆を励起しました。地上に罪が持ち込まれたのは、人間が受け入れられうる原則だったからでした。アダムが罪に陥った時、人間は天が定めた中心性を打ち捨てました。一つの悪がこの世界の中心勢力となりました。神の玉座があった所に、サタンは自分の座を置きました。この世界の人々は、その敵の足元に快い捧げ物として忠誠と敬意を置きました。
第4部 医事伝道の働き 3章 私達の働きにおける団結 英文238-239
キリストを通して、神は、サタンによって持ち込まれた秩序を乱す影響力を正して、人間を創造した者との最初の関係に戻った人間にするために働いています。主の神性に人間性を着て、彼の人間性は人間性に触れることができるように、そして、神性は神性を捉えることができるように、キリストだけが、サタンによって人々の手の中に置かれた[罪の]図式を熟達するために(in
order to accomplish a scheme put into their hands by Satan.)、人々が兄弟[姉妹]や友人達を滅ぼすような所、利己的な世界の人々の中に、汚れずに立ちました。自己中心的な宗教の真っただ中で、主は人々に語ったものでした。あなた方の中心の――神として――戻って来ます。主は自身、天の原則をこの世界に伝えることによって、これを行なう人のためにそれを可能にしています。人間性において、主は、神の律法を生きました。人々が、自分達の贖い主として、自分達の創造者、キリストとして神を受け入れるならば、人々のためにすべての国民すべての地域で、すべての地方で、主は天の最も選ばれた贈り物を与えるでしょう。
キリストだけがこれを行なうことができています。主につく者達の心と手にある主の福音は、この偉大な働きを成し遂げるためにある力です。「神の知恵と知識はなんと豊かで深いものでしょう」。主自身が、サタンの偽りを征服する者となることによって、キリストは贖いの働きが達成されるようにしました。このように、サタンは、自分を神の全世界に不忠実の原因となっていることを示す運命にありました。このように、キリストとサタンの間の大争闘は、長い間、続けられようとしていました。
サタンは、人間の生来の性質の特徴を害するように力を強めています。彼は、羨望、嫉妬、利己的、貪欲、張り合い、そして、いと高き所に争いを持ち込んでいます。悪の働き人達は、サタンの考案した策略を通して自分達の分野で活動しています。このように、かの敵の計画は、その有害な性質によってキリストの教会の中に持ち込まれました。キリストは、世界の人々を主への忠誠に引き戻そうとして主と共に働く者達と、主の道具として人々に働きかけるため、人々に主の成果を与えるために主の霊の働きを通して示して、彼自身の贖いの感化とともに訪れています。
人々は、お互いに信頼し合って、友情によって結ばれています。金の愛の鎖によって、人々は神の玉座にしっかりと結ばれようとしています。人間がかつて所有していて、神への誠実と忠誠を残していた属性は、キリストが有限な人間に与えることによってだけなされうるでしょう。
これらの人々、御言葉の知的な理解をして、主の十字架の正しい理解をして、また、イエスにあって真に信じている人々は、自分達の信仰に堅い基礎を持っています。その信仰を持っている人々は、愛によって働いて、そして、不完全に育てられた世襲の全てと魂を清めています。
第4部 医事伝道の働き 3章 私達の働きにおける団結 英文240-2241
畑の良い麦の中に有害な雑草のあることは事実です。安息日遵守者達の身体(教会)に悪い者たちが見られています。しかし、この事のゆえに、私達はこの教会を見くびるのでしょうか。どうして、すべての施設のマネージャー/管理運営者達、[私達の]すべての教会のリーダー達は、暗い闇に光を輝かせるように、教会の中の人々の行動を変容させるような方法で、清めの働きに着手しないのでしょうか。
人が「主はこのように言っています」と、岩のように堅く立つならば、また、汚されることを拒否しているならば、天の原則、清めの体験をしている信者達を調和できないものは何でしょうか。神の使い達はその人の前に主の道を備えて、その人を助けるために訪れるでしょう。
パウロはローマの人々に手紙を書きました。「それゆえ、神の憐れみによって、私はあなた方に請い願います。汝らは、神に受け入れられ得る、清い、生きている犠牲としてあなた方の体を示しています。それは、あなた方の無理のない奉仕です。また、それはこの世界の人々に順応していません。しかし、汝らはあなた方の知性を新たにすることによって形成されるでしょう。汝らは、神の意思に完全に受け入れられる良い者であることを証するでしょう」(ローマ12:1,2 KJV)。この章全体は、学んで、キリストの体(教会)のメンバーになると言っているすべての人々に、私が懇願している一つの教訓です。また、パウロはこう書いています。「初なりの果実が清くなり、その小さな塊がまた清いものならば、また、その根が清いものであるならば、その枝たちも清いでしょう。また、枝たちのあるものが切り取られて、野生のオリーブの木のような汝らが、それらの枝に接ぎ木されたならば、そのオリーブの木の根の養分と恵みに与って、切り取られた枝たちに向かって自慢しません。しかし、汝らが自慢しているならば、根が汝らに送っていても、汝らは根からの養分を受けないでしょう。その時、汝らは言うでしょう。その枝たちは切り取られました。私は接ぎ木されているでしょう。さて、不信仰のゆえに、その枝たちは切り取られました。そして、汝らは信仰によって立っています。傲慢にならないように気を付けてください。恐れてください。なぜなら、神が生来の枝でない者達を用意しているならば、汝らではない者を用意しているかもしれないということを心に留めてください。それゆえ、神の善意と厳しさを見上げてください。それらの考えの厳しさ、汝らに向けて、汝らが主の善意に居続けるならば、にもかかわらず、汝らは切り捨てられるでしょう」(ローマ11:6-22 KJV)。非常に明確にこれらの言葉は、神がこの教会においた働き人達を貶(けな)さないようにするものがあることを示しています。
清められた奉仕の働きは、自己否定を呼び掛けています。主の十字架は掲げられて、福音の働きの中にその場所が示される必要があります。人間の影響力は、主を信頼して認識する者達はみな救って守ることができる御方から効力を引き出すためにあります(Human
influence is to draw its efficacy from the One who is able to save and to keep saved
all who recognize their dependence on Him.)。キリストと共にお互いに形成し合い、教会メンバー達が団結することによって、福音の力は世界の人々に広められるためにあります。
福音の働きによって、主は様々な手段(働き手)を用いています。一つの事業がこの教会の事業から独立したものとして、一つのサナトリウムが設立されていてはいけません。私達の[施設の]医師達は福音の牧師達の働きと団結するためにいます。医師達の働きを通して、魂達が救われようとしています。神の名がたたえられるでしょう。
医療伝道の働きは、福音の奉仕の働きから切り離されるようなケースがありません。主が具体的にあげたこの二つは、体(教会)についている腕と同じように密接に結ばれているでしょう。この繋がりなしに、この働きの一部は完全ではありません。医療伝道の働きは明らかに福音です。
第4部 医事伝道の働き 3章 私達の働きにおける団結 英文242-2243
主の十字架は、すべての宗教的な施設の中心です。それらの施設は、神の聖霊の支配の下に置かれようとしています。頭(長)だけになるような人はどの施設にもいません。神性な知性は、あらゆる場所にいる人々のために人々を持っています。
聖霊の力を通して、神が託した働き人はみな、高められて高貴にされ、そして、主のための証人にされようとしています。人は、あらゆる詳述に従おうとしていることを書き取っている(whose
dictates he is to obey in every particular.)永遠の知性の支配の下に自分自身を置く必要があります。私達は、神と共に働いて歩んでいる私達の特権を理解するように努めましょう。その福音は、神が表している意思を含んでいて、人々が神に従属するところに自分を置かない限り、富める人や貧しい人、地位が高くても低くても、人々にとって価値のないものに属しています。主につく人々の罪のための処方箋を与える人々は、まず初めに自分自身に、神の聖霊によって心が感動される必要があります。その人は、自分が神性の指導の下にいない限り、オールを漕いではいけません。その人は、効果的な働きをすることができません。また、人間の[知恵の]源泉からではなく、神がその人の計画に喜ぶ永遠の知恵から見つけ出さない限り、神性の知性と調和して神の意思を伝えることができません。
神の慈しみは、主の働きのあらゆる部門を包含するよう意図しています。神の律法への互恵的な信頼と感化は、認識されて従順にされる必要があります。「私達のうちで、自分のために生きている人はひとりもいません」[ローマ14:7 KJV]。かの敵は、人々を一緒にして引き寄せるために依存の鎖を利用しました。その敵達は、その原則を正道から逸らすことによって福音の反対の働きをして、人間の中の神の像(かたち)を破壊するために団結しました。それらは、燃やされるためにくくられている束のように、神の言葉の中に現されていました。サタンは、永遠の滅びのために自分の勢力を団結しています。神に選ばれた人々の団結は、恐ろしく篩われてきました。神は一つの処方箋を提示しています。その処方箋は、人々と同じレベル、多くの感化の中の人間の感化ではありません。それは、正しく、高められて、高貴にされた、地の表にあるあらゆる感化の上の感化があります。福音の働きに携わっている人々は、高められて清められる必要があります。その人々は神の偉大な原則を配しているからです。キリストの軛を負いましょう。その人々は、神と共に労する者達です。このように、主は、主に倣う者達が結ばれることを望んでいます。その人々はみな、偉大な頭(かしら:Head)に信頼して神聖な原則に好意を持って、それぞれが自分の役割を担って善意の力となるでしょう。
キリストは、神の施設の働きのすべての部門に結ばれています。主は、分派をつくりませんでした。主は、主が病人を癒した時に医師の働きに侵害していたとは考えませんでした。主は、病人が癒されるようと主のもとに来た時に、その真実を宣言しました。主は、福音を伝えようとしていた時に、病の人々に手を置く用意をしていました。主は、現在の真理を宣布する時にこの働きを多くの家庭で行なおうとしていました。
第4部 医事伝道の働き 4章 医療従事者達の責任 英文243
[1.医師達は個人的な宗教を持っている]
エペソ人への書簡の4章は、神によって私達に与えられた様々な教育を含んでいます。この章において、聖なる幻の中で神が与えていた指導をひとりの人が神の霊感のもとに語っています。彼は、主の働き人達へ神の贈り物/賜物giftを分け与えることを記述しています。こう言っています。「主は、ある人々を使徒達、ある人々を預言者達、ある人々を伝道者達、ある人々を牧師達や教師達として[任を]与えました。それは、私達が、キリストの満ちた資質の高さにまで、また、完全な人間へ、神の息子についての知識と信仰の一致に至るまで、キリストの体[教会]を教化するため、奉仕の働きのため、聖徒達の成熟・熟達のためです」(エペソ4:11-13 KJV)。ここで、私達は、神がその働きをすべての人に与えたことを示されています。そして、この働きを行なう人は、神の偉大な計画における自分の分を果たしています。
この教訓は、私達の医師達と医療伝道者達によって慎重に考慮される必要があります。神は、神性の統治の律法the law/法則を認める人々の中に主の手段(手先)を置きました。病人は、神性と人間性の結ばれた尽力によって癒されようとしています。キリストが主の弟子達に約束していた、あらゆる贈り物/賜物gift、あらゆる能力を、主は、主に忠実に仕えようとしている人々に授けています。また、知的な能力を与えた主、また、創造と贖いによって主の人々である男性達や女性達に才能を託した主は、それらの能力や才能が役立てられることによって増し加えられることを期待しています。あらゆる才能は、ほかの人々を祝福するために働く必要があります。そして、このようにして、神に栄誉がもたらされます。しかし、医師達は、自分達の才能は自分個人の財産propertyだったという考えに導かれました。彼らは、神の働きのために彼らに与えられたその能力を、神が彼らに託さなかった働きの領域の部門で利用しました。
サタンは、こっそりと盗むように、いつも機会を見つけて働いています。彼はある医師に、「あなたの才能はセブンスデー
アドベンチスト達の間に結ばれて埋もれているのでは、あまりにその価値が高くてもったいないです。あなたが、自由だったならば、非常に偉大な働きを行なうことができたことでしょう」と話しています。その医師は、「地の表にいる人々の能力に優った人々を置くように計画した神のために、あなたは人々に独立をもたらす方法を知っている」と考えるように誘惑されています。しかし、その医師は「自分がこの働きから自分を分離させるならば、自分の影響力は増すだろう」と考えないようにしましょう。彼が自分の計画を実行するよう企てるならば、その時、成功に巡り会うことはないでしょう。
牧会や医療の働きに、どんな学位degreeのある人物が登場しても、自分本位であることは、神の律法への違反行為です。人々が彼らの才能に栄誉を与えて、有限な人間達からあふれ出る才能に人々が栄誉を与える理由となる時、彼らは神を不名誉にしています。そして、主は彼らの栄誉を取り去るでしょう。私達のサナトリウムと医療伝道の働きに繫がった医師達は、神の摂理によって、この世界の人々のための一つの光となるようにと、主が命じたこの人々(民)に結ばれました。彼らの働きは、人間が多くの人々に影響を及ぼさない時に、この時代の人々のための真理を効果あるものとするために、神によって感化を及ぼすものとして、主が、彼らに与えたものを――与えるために――すべての人々に与えようとするものです。
神は、ほかの人々がなすことのできない一つの働き、特別な働きを私達に託しました。主は、主の聖霊の助け手を私達に約束しました。天の勢力は、私達に託された働きを成し遂げるために、地上に流れ出ています。この天の勢力は、キリストによってしるされた真っすぐな道から分かれて脇に寄せられないようにしましょう。
医師達は「自分達の計画と努力によって、世界の人々の羅針盤となることができる」と考えようとしてはいけません。神は、医師達自身の働き人達の多くを単に取り込んでいません。この働きの多くの部門で自分の力を注ぐ人は、健康施設のマネジメント/管理運営を正しく行って担うことができません。
第4部 医事伝道の働き 4章 医療従事者達の責任 英文245
神は、主が託さなかった任務を自分達で集めている人々に、知的な力と身体的な力の最大量を与えることができません。人々がそのような責任を自分達で取り上げる時、しかしながら、良い働きはたぶん、その人々の身体的な力は疲弊していて、その人々の知性は困惑するようになっているでしょう。そして、その人々は、最高の成功を達成できないでしょう。
全世界的な影響を及ぼして、それが正しい原則に立つ時に、旗を立てて注意を促して許さないで、そして、私達の施設の医師達は、このような働き、多数の事業につながるべきではありません。神は、そんなに多くの事業を引き受けるように主の共労者達に負わせませんでした。そのような巨大な計画し立案して、彼らは巨大な良い事を達成するために配列した場所で失敗しています。主は、主の最高の知恵によって主が導いているように男性達と女性達を引き寄せて、彼らがこの世界の人々に光を放散するよう期待しています。
かの敵は、真の医療伝道の働きを構成している彼らに、人間の益のために啓示した神の意図に反対行動を取ることを決意しました。それで、その人達に、多くの資金が「かの山」で示された型に応じてすべての事柄を行なうことができないほどにもたらされました(So
many interest have been brought in that the workers cannot do all things
according to the pattern shown in the mount.)。私は[主から]指導されました。私達の施設の医師達に託されたその働きは、彼らが十分に行なっています。そして、主が彼らに求めていることは、彼らの働きを信仰深く行なって、福音伝道者と緊密に協力しようとすることです。主は、私達の医師達には、ある者が責任を引き受けているような様々なたいそう多くの仕事を取り込むことを求めてはいませんでした。主は、私達の医師達に、私達の[国の]大都市にある悪の巣窟の中の人々のために働くよう、特別な仕事にしませんでした。主は、主に仕える者達に不可能なことを求めていません。主は、私達の医師達に求めた働きは、世界の人々に、福音伝道の働きを医療伝道の働きによって象徴しようとしたものでした。
主は、主の人々に、多くの人々は自分達の益にならず、また、ほかの人の益にもならない罪によって固められた層の人々のために、働く重荷を負わせていません。最も品位が落とされた人々のための働きを再び始めることができる人がいるならば、また、神が様々な方法の塊のための働きの重荷を彼らに負わせているならば、それらのことを伝えるに出て行きましょう。そして、この世界で行なうために求められた資金を世界の人々から集めましょう。神が注目している資金に頼らないで、第三天使のメッセージの働きを支えましょう。
私達のサナトリウムは、働きの別の部門によって失われている心と頭脳の能力のある人を必要としています。サタンが行なうことのできるものはみな、彼は、私達の医師達の責任を増やすことを行なうでしょう。なぜなら、彼はこの資金が、彼らの繫がったその施設の力となるのではなく、その施設を弱体化することをしているからです。
大いなる思慮は、私達が引き受けたこの働きの中で体験される必要があります。私達は、幼い子ども達の世話によって、大きな責任を引き受けようとしていません。この働きは、ほかの人々によってなされています。私達は、年々ずっと前進した子ども達の教育と世話のための特別な働きを担っています。幼い子ども達に適用して行なうことができる家族の者達にしましょう。そして、その人々はそうすることによって祝福を受けるでしょう。しかし、そこには、損なった品性を形成して成長させた人々がいて、その人々を教育する私達の医師達に注目させるように、繫げるための高尚で特別な働きがあります。健康改革の原則は、親達の前にもたらされる必要があります。親達は改心する必要があります。親達は自身の家庭では伝道者として活動できるでしょう。親達が様々な責任と多くの役割を担って自分自身を犠牲の捧げ物にしていないならば、私達の[施設の]医師達は、この働きを行ないました。そして、また、行なうことができるでしょう。どの施設でも、医師の頭(長head)は、困難な立場に置かれています。そして、それは、休息の時間を与えてくれないので、彼は、重要でない責任から自分自身を解放して守る必要があるでしょう。彼は、働きを実行しようとしているので、十分な信頼に値する助け手を持つ必要があります。彼は、苦しんでいる人々と共に祈りの中で謙虚に心を低くして偉大な医師[キリスト]に担当の患者を導く必要があります。謙虚な懇願者として、彼がそれぞれの患者に配慮する知恵を神に求めるならば、彼の能力と感化力はたいそう増し加えられることでしょう。
第4部 医事伝道の働き 4章 医療従事者達の責任 英文247
医師が病人の世話にうまくなろうとしているならば、個人的な宗教はすべての医師達の不可欠な要素です。彼は、自分の技術と直観力以上の大いなる力が必要です。神は、医師達がすべての魂が主の視界に貴いということを知って、主に連携することを期待しています。キリストが[贖うために]死んだ魂について、医師としてまた、身体的な病を癒す者として、神に信頼している人、また、人間を造った主が指導の仕方を知っていることに気づいている人は、託された自分の働きをしくじらないでしょう。
医師の重責を担っている人は、福音牧師の祈りを必要としています。また、彼は、神についての真理と共に、身体と知性と魂とが結び合わされている必要があります。その時、彼は、病人のための折りにかなった言葉を語ることができるでしょう。彼は、責任を果たすべく人として、魂達を見守ることができるでしょう。彼は、特別な道、特別な真理、特別な命としてのキリストを示すことができます。御言葉は、彼の知性にはっきりと訪れています。そして、彼は自分が担当している魂達の価値を知っている人として話しています。
2.世界の人々との考えの相似
主イエスはこう言いました。「誰かが私について来たいと思うならば、その人は自分自身を否定しましょう。そして、日々に自分の十字架を負ってください。そして、私についてきてください」(ルカ9:23 KJV)。キリストの言葉は、主の聴衆の知性に一つの印象をつくりました。その中の多くの人々は、主の指導を明確に理解していませんでしたが、「この人のように語った人はいなかった」(ヨハネ7:46)と決定的に語る強い確信によって感動しました。主の弟子達は、キリストが譬え話によって伝えようとしていた教訓をいつも理解できていたのではありませんでした。群衆が立ち去った後で、弟子達は主に、主の言葉の説明を求めました。主は、主の言葉と主の意思の完全な理解のために弟子達を導くためにいつも用意していました。それは、弟子達から明確にはっきりとわかる真理がこの世界の人々に伝えられようとしていたからです。
ある時、キリストは、主の弟子達の理解が遅いことをとがめました。主は、彼らがある価値を少し怪しいと思ったことについて正しい考えを説明しました。主は、神性の真理の教訓を与えながら、長い間、弟子達と一緒にいました。しかし、彼らの以前の宗教的な教育において、ユダヤの教師達から聞いていた間違った解釈が、御言葉になされていました。彼らの知性は固まり続けていました。キリストは弟子達に、「主の聖霊を彼らに宿らすだろう。聖霊は、忘れられた真理と弟子達の知性に主の言葉を思い出させるだろう」と約束しました。キリストは、こう言いました。「聖霊はあなた方にすべてのことを教えて、私があなた方に話したことは何でもあなた方の記憶に全てのことを思い出させるでしょう」(ヨハネ14:26 KJV)。
第4部 医事伝道の働き 4章 医療従事者達の責任
英文249
キリストは、今日、仕える者達にこう言っています。「誰かが私について来たいと思うならば、その人は自分自身を否定しましょう。そして、日々に自分の十字架を負ってください。そして、私についてきてください」(ルカ9:23 KJV)。しかし、キリストがこの世にいた時のように、今も教訓を学ぶことが遅い人々がいます。神は、次々と人々に警告を与えました。しかし、伝統的慣習と日常の習慣行動は、主の警告が軽視されてきたと告白していた主の民の知性に強い力を与えていました。
主の偉大な[人類救済]目的の一部を担っている人々は、世俗の人々の手本に倣おうとしてはいけません。神の声は、心に留められる必要があります。力と影響力を人々に頼る人は、当てにならない折れた葦に寄りかかっています。
人々に頼ることは、この教会をひどく弱くしてきました。イエスは、人々への影響力を切望することによって、主を十分に悟ることにしくじることによって、神の名誉を汚しました。このようにしてイスラエルは弱体化しました。その民は、世界のほかの国の民のようになろうとしました。そして、彼らはひとりの王を求めました。その民は、自分達が見ることのできる人間の力によってガイドされるように望みました。彼らをガイドして導いていた時の見えない力、そして、戦いにおいてその民を勝利に導いていた神性による[ガイド]ではなく、その民は、自分達で選んで決めました。そして、その結果は、エルサレムの滅亡とその国の民の離散に見られました。
その人が、どのように学んだとしても、どんなに高められたとしても、初めから終わりまで、神に堅く信頼していいない限り、私達はどのような人にも信頼を置くことはできません。ソロモンに敵の軍勢が攻めて来ていた時に、神に愛され、三人分の霊感を持っている一人の人が呼ばれて、その人に神殿の建設の大いなる働きを託さなければならないとは!(訳者加筆。この話は、「2歴代誌2:11-に記述されたものと思われます)。その働きの最中に、ソロモンは、偶像崇拝をする国々の民と同盟を結びました。そして、彼の結婚の間に、彼は、異邦人の女性達と自分を結びました。その女性達の感化を通して彼は、後年、その女性達の偶像のために用意していた小さい森で礼拝するために、神の神殿との縁を切りました。
そこで、現在、人々は、自分達のために十分でないものとして、神を脇に置きました。人々は、世界の人々からの影響によって得た手段によって、自分達が何か大きなことをすることができるという考えを認めてもらうために世俗の人々の所に行っています。しかし、その人々は間違っています。神の権力ではなく、世俗の権力に傾倒することによって、神が選んだ人々を通して、主が成し遂げようとしている働きをその人々は脇に捨てています。
社会の上層階級の人々とのつながりをもたらした時、医師達は、現在の真理が自分達に与えている清さの特殊な特徴を隠さなければならないと考えないようにしましょう。神の働きに繫がった医師達は、主に任命された手段として、神と協力する必要があります。医師達は、神の戒めを守る人々の働きを広めるために効果的に自分達の能力をみな人間の知恵によって捧げる必要があります。世界の人々から神の人々を識別する特殊な特徴を人間の知恵で隠そうとしている人々は、自分達の霊的/精神的な命を失うでしょう。また、もはや、主の力によって護られないでしょう。私達の医療従事者達は、[霊的な命の]豊かな人々を出現させることは不可欠で本質的なことであるという考えを決して実践しないでしょう。それは感化を及ぼしていると考える共にこのことを行なうことに強い誘惑があるでしょう。しかし、私は[主から]、それは反対の意味を持っていると言うように指導されています。
第4部 医事伝道の働き 4章 医療従事者達の責任 英文251
医師達の衣服のスタイル、その備品やその調度品は、神によって一転も考慮されません。主は、ドレスや外見で世俗の人と競い合おうとしている人々のために主の聖霊によって働くことができません。キリストに倣って、人々は自分[の欲] を否定して、主の十字架を担う必要があります。
神を恐れて神を愛する医師は、自分自身を目立たせて外見をつくる必要がありません。義の太陽がその心に輝いていて、その生活に現れていて、そして、これがその人に特徴を与えています。キリストの従業員として働く人々は、すべての人々が読んで知る書簡として生きているでしょう。その人々の脳力と豊かな感化の手本として示すために安っぽい、尊敬に値しないものから変えられることによって、永遠に存在している本質を捉えるでしょう。最高の敬意は、神からの指導を受けていることを表しているある医師にいつまでも示されるでしょう。堅く立って繫がる人々が主の忠実な働きとと同じように、神の手段として、前進のための力強い働きはほかにないでしょう。
ある医師は、主の働きの方法に倣うことは、自分の現在と永遠の前のためであることを見つけるでしょう。神が人間の力無しに形成できる知性は、主が造りました。しかし、主は、主の偉大な働きの中で、主と協力することを医師達に求めることによって、彼らを誉めています。
多くの人々は、まったく、自分自身の知恵で感がています。そして、また、その人々は素晴らしい結果をもたらそうと考えて、自分判断によって物事の手はずを整えています。しかし、その人々が神に信頼しているならば、自分ではなく、彼らは、天の知恵を受け取ることでしょう。自分[の判断だけ]で働きをしている多くの人々は、神からの勧めを得て恵みの座に自分達の道を懇願する時を知ることができず、その働きを間違ったチャンネルの中に持ち込んでいます。私達の能力は、神の一人息子を通した神との結合と、私達のお互いの結合にあります。
訳者加筆。E.ホワイトはこれまで、「phycican」を使っていました。訳者はこれを(内科医と外科医を含む)「医師」と訳してきました。しかし、次の段落では「surgeon」(外科医)を使って、「phycican」(内科医)と区別しています。英和辞典によると、アメリカでは、「phycican」が、女性語の「医者doctor」という意味で使用されているようです。
真に成功する外科医は、神を愛している人です。その人は、主の知恵が組み立てた人間の[身体]組織体系を研究する時、主の創造の働きを見て、主を例産しています。最も成功している内科医は、若い時から神を畏れている人です。テモテのように、その人は、キリストが、いつも親しく語り合うことができる友人、いつも自分の仲間であると考えています。そのような内科医は、世俗の人々が与えることのできる高い地位に移らないでしょう。その人は、神をたたえる配慮をしています。世界の偉大な人々からの栄誉の確保のための支援よりも、主の承認を確保しています。
第4部 医事伝道の働き 4章 医療従事者達の責任
英文253
セブンスデー
アドベンチスト達の間で設立された施設はみな、一つのベテル[神の家という意味]が作られるでしょう。この働きの部門に繫がった人々はみな、神に聖別される必要があります。終末期(greve
operation)を迎えて繊細な感情を表す患者のために、牧師達は、ナイフのようなひと切れの言葉、神経質な声のひと振れが、その魂にとって永遠の旅立ちの原因になるということを覚えておく必要があります。牧師達は、祈りの特別な時が持てないほどに、たいそう多くの責任を担うことを許されないようにしましょう。温かな祈りによって、その牧師達は神への信頼を知るでしょう。心と知性の中で働いている神の清い真理の感覚を通してのみ、また、主だけが与えることのできる能力と平穏を通してのみ、牧師達は、病で苦しむ人々の運命である死や命に関わる緊急手術を実施する資格が与えられるでしょう。
真に回心している内科医は、魂のための自分の働きを妨げるほどに自分に責任を集中させないでしょう。キリストのいない所で、私達は[神性の事柄について]何事もできないので、内科医や医用伝道者達は熱心に主を求めることなしに、大切な働きにうまく繋がることができるでしょうか。御言葉の研究と祈りは、魂に健康と命をもたらしています。
主は、主の人々を通して主の恵みと力を現そうとしています。しかし、主は主の奉仕と繫がった人々が主の指導についていて、彼らの知性を傾け続けていることを求めています。毎日、その人々は、神の言葉を読んで祈る時間を持つ必要があります。イスラエルの神の指揮の下にいる兵卒達と管理者達は、神の祝福を求めて相談する時間の必要があります。その働き人が、このことから引き離されるように自分を許すならば、その人は自分の霊的な力を失うでしょう。個人的に、私達は神と共に語って歩むために生きています。その時、キリストの福音の貴く神聖な感化は、私達の生活の中に現れるでしょう。
改革の一つの働きは、私達の施設の中で奨められる必要があります。内科医達、働き人達、看護師達は、神に属する命の長い生活と現在の生活のための試練と調査期間にいることに気づく必要があります(,
are to realize that they are on probation, on traial for their present life,
and for that life which measures with the life of God.)。私達は、人間達の苦悩に注意を傾け、救いの真理をもたらして広げるために、すべての能力を注ぐ必要があります。その時、真理の目的は神がそれを持つようにと意図した力によって、世界の人々の前に立つでしょう。清められた働き人達による感化を通して、その真理は広げられるでしょう。それは、「灯るランプの明かりのように」出て行くでしょう。
第4部 医事伝道の働き 5章 世界の人々の必要
英文254
キリストが自分の周りに集まった群衆を見た時、「彼らは憶病になって、羊飼いのいない羊のように、方々に散らされていたので、主は、その人々に深く心を打たれました」(マタイ9:36 KJV)。キリストは、主の足もとに押し寄せる群集の困窮と欠乏、気の毒な病人を見ました。主のもとに世界中の人間の苦悩、欠乏が示されました。社会の上層から下層までの人々、最も上の人から最も下の人々まで、主の王国の民になるための主の恵みについての知識を必要としている人々に、主がもたらすために来た祝福を望んでいた魂達を見上げました。「それから、主は主の弟子達に言っています。収穫が本当に多いですが、働き人達はわずかです。だから、汝らは収穫の主に祈りなさい。主は、主の収穫作業に働き人達を送るでしょう」(マタイ9:38 KJV)
今日も同じ必要が存在しています。この世界の人々は、キリストが、罪深い人や苦しんでいる人々に行なったような仕事をする働き人達を必要としています。世界には、伝えられるための群衆が確かにいます。世界には、病や苦悩、圧政、罪に満ちています。品位が落ち、無関心、寄る辺なく、弱った人――供給される必要のある人々で満ちています。
クリスチャン家庭と公言していて、宗教施設、教会の中にいるこの時代の若者達の多くは、滅びの道を選んでいます。節度のない習慣を通して、若者達は、自分自身に病気をもたらしています。罪深い放蕩のために、強欲で得たお金のを通して、不真面目な行動を行なっています。健康と品性が大きく損傷されています。この世界での生命とやがてやってくる[永遠の]生命の両方にも、神と相容れないものとなり、社会の人々から仲間外れとなってそれらの魂達は希望のない者となっています。親達の心はとても悲嘆しています。人々は、これらの道を間違った人々について、希望のない者のように話しています。しかし、神は優しく憐れみをもってその人々を見ています。主は、誘惑の下で陥るように導いたその状況をみな理解しています。
近く、遠くにいる魂達、若者達だけではなくあらゆる年代の人々は、極貧と窮乏の中の人がいます。罪に沈んで、そして、罪悪感の感覚に落ち込んでいます。それらの魂達を探すこと、また、その人々のためその人々と共に祈ること、そして、救い主にひと足、ひとあしとその人々を導くことは、主に仕える者達の働きです。
しかし、神を必要と認めている人々は、助けを必要としていて、困窮の中にいる人々だけではありません。世の中は今日、利己的、貪欲、圧政の下で、主の子らの多くは確かに苦しんでいます。みすぼらしい、気の毒な場所で、極貧、病、罪悪感に囲まれて、多くの人々は苦悩の重荷に忍耐強く耐えています。そして、その人々の周りにいる罪に打ちひしがれて望みを失った人々を慰めようとしています。そのうちの多くの人々は、教会の人々や牧師達にほとんど知られていません。しかし、その人々は、闇の中で輝いている主の光達です。それらの人々のために、主は特別なケアをしています。そして、主は、人々の欠乏を癒すために主の助け手となるよう、主の人々に呼び掛けています。教会がある所ではどこでも、特別な注目がこの層の人々を探し出して世話するために与えられるでしょう。
そして、貧しい人々のために働いている人に、私達は裕福な人々にも注目することでしょう。それらの魂達は、神の視界には同じく貴いものです。キリストは、主の言葉を聞くすべての者達のために働きました。主は、収税人や社会から見捨てられた人々だけではなく、裕福な人々や教養あるパリサイ派の人々、ユダヤの貴人、そして、ローマの支配者をも探し求めていました。価値ある人は神を畏れて、愛する人のために働く必要があります。あまりにしばしば、人は主の富める人を信頼して、そして、自分の危機を考えていません。主が人々に託した世俗の財産は、しばしば、強い誘惑の源です。多くの人々がこのように、不道徳と不節制の習慣に固定させる罪深い放蕩に導かれています。罪と欲の餌食とされた気の毒な人々は、裕福な財産をかつて有していた多くの人々に見られています。人々の人生の様々な益と様々な天職は、強い酒を利用することによって、また、肉の強い欲望の甘やかしによって、誘惑の下に陥った世界の人々の汚れによって制覇されました。一方で、私達の助けを必要としている人、私達の憐れみに感動している罪に陥っている人々は、それらの深みに落ちていなかった人々に何らかの注目も与えられていないでしょう。その人々の足元に同じような道が置かれていないでしょうか。多くの人々が栄誉ある地位を占めていて、有能な人が身体と魂を汚すことを意味する諸習慣に身を崩しています。その人々に光を当てて教化させるように熱心な努力がなされなかったのでしょうか。
第4部 医事伝道の働き 5章 世界の人々の必要
英文256
裕福な層の人々が特に晒されるという危険性があります。また、医療伝道の働きのための伝道地があります。この世界で成功している群衆と、悪習慣の一般的な型に身を落とさない人々は、富への愛によって滅びをもたらされています。世俗の宝に夢中になっている人々は、自分達について来る人々の必要と神が求めていることに無感覚になっています。自分達の富を考える代わりに、神の栄光のために使われる才能として人間性を高めて、自分に栄光を帰す代わりに本当の手段として、その人々はそれを見上げています。その人々は、家の建物に家を、土地に土地を加えています。人々の家に豪華な家具を満たしています。その一方で、切望する人々が通りにあふれています。そして、その人々の周りには、病気の人や死にかけている人、気の毒な人や悪事を働く人間がいます。このように、自分達の人生を自分に仕えるself-servingために生きている人々は、神に属する性質ではなく、サタンに属する性質によって、自分自身を発展させています。
それらの人々は、福音を必要としています。その人々は物質的な事柄の虚栄心から視点を逸らし、富の獲得を我慢して貴重な物を見上げる必要があります。その人々は、神と共に働く者となる幸福、与える喜びを学ぶ必要があります。
この層の人々は、しばしば、近づくことが困難です。しかし、キリストは、その人々が伝えられるように何かの道を開くことでしょう。最も賢明で、最も信頼できて、最も希望のある働き人達は、それらの魂を探しています。神性の愛が生み出す知恵と機転によって、また、魂の中に、キリストの臨在の結果という好意と純化によって、地上の富の輝きによって目をくらまされた人々のために働きましょう。その働き人達は、その人々の心に神聖な真の家(安らぎの象徴)を勧めて、共に聖書を研究しましょう。その人々のために神の言葉を読みましょう。「神に属している汝らは、キリストイエスの中に生きています。神に属するキリストは、私達のための義と聖と贖いを与えています」(1コリント1:30 KJV)。「このように、主は言っています。知恵のある人は自分の知恵を誇らないようにしましょう。権力を持っている人は自分の権力を誇らないようにしましょう。富んでいる人は自分の富を誇らないようにしましょう。誇る人は、私を理解して私[主]を知ること、地においては私[主]が実践と愛と裁きと義の主であることを誇りとしましょう。これらのことを喜ぶと、主は言っています」(エレミヤ9:23-24)。「主によって、私達は、罪の赦し、主の恵みの富のゆえに主の血による贖いを受けています。」(エペソ1:7 KJV)。「私の神は、あなた方の一切の必要をキリストイエスによる栄光にある主の富のゆえに満たすでしょう」(ピリピ、フィリピ4:19 KJV)。
キリストの霊/精神によってつくられたそのようなアピールが、不適当だとは考えられないでしょう。それは、社会の上の層の多くの人々の知性に感動を与えるでしょう。
知恵を愛によって広める努力によって、多くの裕福な人々は、神への自分の責任と、自分の責任の感覚に目覚めさせられるでしょう。苦しんでいる人々への救済のための主を代表する者として、主がその人々に期待していることが明らかにされる時、多くの人々は応答するでしょう。そして、貧しい人々の益のために共感して、自分達の資金を提供するでしょう。その人々の知性が、このように、自分自身についての利己的な関心から離されると、多くの人々は、自分自身をキリストに明け渡すように導かれて、彼らの感化の才能と資金と、彼らの回心の時の神の働き人だった謙遜な伝道者と共に、有益な働きに喜んで繫がるでしょう。地上の富の適切な使用によって、人々は、「腐ることもなく、盗まれることもなく、虫に食われることもない、天に宝を」(マタイ6:20)蓄えるでしょう。その人々は、自分自身のために「永続する富と義」(箴言8:18 KJV)と同じく、捧げる知恵という宝を確保することでしょう。
第4部 医事伝道の働き 5章 世界の人々の必要 英文258
キリストの宗教と神についての世俗の人々の意見から、私達の生活を顧みてみてましょう(Through
observing our lives, the people of the world from their opinion of God and of
the religion of Christ.)。キリストを知らない人々はみな、主を知っている人々の生活にいつも保たれている主の品性の貴い原則の高さを知る必要があります。この必要に向き合うこと、また、裕福な家庭や貧しい家庭、上流家庭や下流家庭にキリストの愛の光をもたらすことは、医療伝道者の貴い特権であり重要な義務です。
キリストは、主の弟子達に「汝らは地の塩です」と言いました。そして、その言葉によって、主は、今日の主の弟子達に語っていました。あなた方が地の塩であるならば、大切に守る宝はあなた方の中にあります。あなた方の品性の美点は、感化力を保っていることでしょう。
一人の男がひどい罪の深みに沈んでいても、彼には救いの可能性があります。多くの人々は、神の似姿を失っていて、永遠についての現実性の感覚を失っています。そして、人々は、自分達が救われうる魂を持っていることさえ気づいていません。人々は、神への信仰を持っておらず、人間への信頼も持っていません。しかし、その人々は、助けることや共感的な実践行動を理解して悟ることができます。報酬や地の人の称賛がなくても、裸の者への服や空腹な者への食べ物[を持って]、病人の世話[をしに]、不幸な家庭に行って、憐れみと愛の人である主を全ての人々に優しく示す人間の働き人は、少なくともメッセンジャーです。このことを見ている時、その人々の心は感動しています。喜びが湧き上がるでしょう。信仰に火が灯るでしょう。その人々は、神が自分達のために世話をしていることを知るでしょう。そして、その人々は、主の言葉が開かれる時に、耳を傾けるように備えるでしょう。
この回復の働きにおいて、丹精込めた努力が求められるでしょう。驚くような新しい教えが伝えられることは、これらの人々の魂に行なわれないでしょう。しかし、その人々が身体的・物理的に助けられる時に、この時代の人々のための真理が示されるでしょう。男性達・女性達・若者達は、遠くに届くように求めている神の律法を知る必要があります。この品位を落とした人間は、貧困も苦労も苦難ではありません。神の律法の違反は罪です。社会に見捨てられ、品位を落とした人々を救うための努力は、神の律法の要求と主への忠誠が必要でない限り、効果のないものに属しているでしょう。神は、主と人間を結ぶ必要がない、とは命じませんでした。詩編記者はこう言っています。「主の律法は完全です。魂を改心させて、……主の戒めは清くて人の目を明るくして教化します」(詩編19:7,8 KJV)。「そなたの口から出る言葉によって、私は滅びの道から自分を守りました」(詩編17:4 KJV)。
天の使い達は、罪に陥った人々を回復するため、また、彼らを贖うために主の命を与えた御方に彼らを連れ戻すために、そして、主の聖霊が、心に働きかけて道徳的な力を強めるために義と裁きによって、この働きに献身している神の子らとして、多くの人々は、人々を救うために伸ばした手で捉えているでしょう。彼らは悪い道から立ち返るように抑制さられています。救い出されたある人は、キリストの中の信仰を通して、魂達を救う働きの責任を託されて、高尚な奉仕の立場を担っています。その人々は、自分達が働きかけている人々の必要を体験して理解しています。そして、人々を助ける方法を知っています。滅びている人々を回復するために役立つことができる最良の手段を知っています。受けた祝福のゆえに、神への感謝に満たされています。その心は、愛によって元気づけられています。そして、その人々のエネルギーは、助けなしに立ち上がれないほかの人々を高く掲げて、元気づけています。自分達のガイドとして聖書を、また、慰めと助け手として主の聖霊を信じて、自分達の前に開かれている新たにケアする人を見つけています。キリストのために魂達を救う方法の指導と能力を提供されて、働き人達に力を加えているすべての人々の魂は、真理の光をもたらした人々の協働者となっています。このように、神は栄誉を与えられ、主の真理が前進しています。
第4部 医事伝道の働き 5章 世界の人々の必要
英文260
世界の人々は、この教会の人々が生きていることによっても、説教壇から教えていることによっても、そんなに深く納得しないでしょう。その説教者は福音の理論を告げています。しかし、この教会の人々の行動に現れた聖化がその力を実証しています。
第4部 医事伝道の働き 6章 この教会の必要
英文261
[1.天が与える蓄え]
世間の人々が共感を必要としている一方で、また、神の人々の支援と祈りが必要な一方、さらに、主につく人々の生活を見る必要がある一方で、神性の似姿のような品性を神の人々に発達させて、その人々の祈りに効果を与えて、神の人々は、等しく、共感を引き出す機会を必要としています。神が、私達の間に、貧しい人、不幸せな人、病人、苦しむ人々をおいたのは、それらの人々にその機会を提供するためです。その人々は、主の教会にとって、主の遺産です。そして、その人々は、主が彼らにケアしたように、ケアされる運命にありました。この方法によって、私達が必要としている品性と心に栄養を与えて、神は不純物を取り除いて、金を練り清めています。
主は、私達の協力なしに主の働きを前進できるでしょう。主は、私達のお金や私達の時間、私達の働きに依らず、私達に依存していません。しかし、この教会の人々は、主の視野にはとても貴重です。教会は、主の宝を入れて置く特別な箱、主の群れを入れて置く囲いです。主は、染みや汚れやそのような傷のない者を見ることを望んでいます。主は言葉で言い表せない愛を持って恋しく思っています。これは、主のための働きの機会を私達に与えた理由です。そして、主は、私達の愛と忠誠の記念品として私達の働きを受け入れています。
私達の間にいる貧しい人々や苦しんでいる人々によって、主は、私達の心の中にあるものが私達に現れるようテストしています。私達は原則から逸れていては安全でいることができません。私達は正義を傷つけることができません。私達は、憐れみに無関心でいることができません。私達は、ある兄弟が品位の低下して行くのを見る時、傍観者の立場で見過ごそうとしてはいけません。その人を助けることによって、神の言葉が成就する努力をすぐに決心する必要があります。私達は、私達が反映する私達の働きの結果を得ることなしに、神の特別な指導と反対の働きをすることができません。私達に益のない活動のコースによって、神を不名誉にしていることは何であれ、それは、良心に基づいて根拠づけられて堅く据えられているでしょう。
第4部 医事伝道の働き 6章 この教会の必要 英文262-263
私達の贖い主は、主の人々に一つの証を伝えるよう、主のメッセンジャー達に送っています。主はこう言っています。「見上げなさい。私はドアの外に立って叩いています。誰でも、私の声を聞いて、ドアを開けるならば、私はその人の家の中に入るでしょう。そして、その人と夕食を共にするでしょう。その人も私と共にするでしょう」(黙示録3:20 KJV)。しかし、人々は、主が自分達に何かを求めるかもしれないと恐れているので、ドアを開けること、救い主を中に招くことを快く思っていません。ナザレのイエスが近くを通っている時もそうです。主は、主の恵みの豊かな祝福を人々に与えようと望んでいます。しかし、人々は、その祝福の受け入れを拒んでいます。主自身の宮からキリストを閉め出すとはなんと恐ろしいことでしょう。この教会にとってなんと大きな損失でしょう。
神は、私達のために一つの犠牲を払っています。しかし、それらが提供している原則はこの真の犠牲の中にあります(but
it is in this very sacrifice that they provede discipline.)。それらの責務は、私達に生まれつきの感覚と傾向との葛藤をもたらしています。それらに達成感を与えることによって、私達の品性の不快な試練を乗り越えて、私達は次々と勝利を得ています。その闘いは進んでいます。そして、このように私達は恵みのうちに成長しています。このようにして、私達はキリストの似姿を反映しています。そして、神の王国で祝福された者達の間で一つの場所を用意されています。
この世の祝福と霊的な祝福は、大教師から受ける物を必要としている人に与える人々に寄り添うでしょう。イエスは、空腹になって疲れた5千人の群衆に食物を与えるために一つの奇跡を行ないました。その人々の収容に適した場所を選んで座るようにと指示しました。それから、主は、5つのパンと2匹の小さな魚を手にしました。疑いようもなく、一人分の弁当から、子ども達と女性達、男性達5千人が食べて満足したというできそうない多くのしるしがなされました。しかし、イエスは、分け与えるために感謝を添えて弟子達の手に食物を渡しました。弟子達は自分達の手の中で増えている食物を群衆に与えました。そして、その群集が食べ終わった時、弟子達は自分達も、天が与える弁当をキリストと共に座って食べました。これは、キリストにつくすべての人々のための貴い一つの教訓です。
清く汚れのない宗教は、「父親のない子どもや困窮している寡婦を訪問すること、自分を世俗から汚れないように守ること」(ヤコブ1:27 KJV)です。私達の教会メンバー達は、信仰の実践知をとても必要としています。その人々は、自己否定と自己犠牲を実践する必要があります。その人々は、世俗の人々に自分達がキリストの似姿であるという根拠を添える必要があります。それゆえ、キリストが教会メンバー達に求める働きは、自分達で担うはずの重荷をどこかの施設やどこかの委員会に任せて、代理人によって行なわれることではありません。教会メンバー達は、自分達の個人的な努力と個人的な共感や、自分達の財産と時間を提供することによって、病人を助けて、悲しんでいる者を慰めて、貧しい者に援助して、失望している者を励まして、[霊的な]闇にいる魂に光を与えて、罪びと達にキリストを示して、神の律法の責務を人々の心の安らぐ家にもたらして、品性においてキリストの似姿になるために生きています。
第4部 医事伝道の働き 6章 この教会の必要 英文264-265
サタンは、すべての魂の命をゲームとしてもてあそんでいます。彼は、役立つような共感が人の心の私心のなさと聖化のテストであることを知っています。そして、彼は、ほかの人々の必要に対して、私達の心を塞ぐためにできることをみなしているでしょう。それで、私達はしまいに、苦しむ人々が視界に入っても感動しないでしょう。彼は、愛と共感の感動を阻止するために多くのことをもたらすでしょう。彼が滅ぼしたユダは、このようにしました。ユダは、いつも自分の益を企てていました。この中で、彼は、今日のクリスチャンだと公言している層の多くの人々を表しています。それゆえ、私達は、彼のケースを研究する必要があります。私達は、彼がそうだったようにキリストの近くにいます。また、ユダのように、キリストに協力していたのに、私達が主と一つにならないならば、また、キリストが自分の命を与えた人々のために、私達の誠実な心が共感を涵養していないならば、私達は、サタンの誘惑に戯れて、キリストを部外者にしたユダと同じ危機の最中にいます。
キリストの霊/精神を現すことへの一つの無関心と一つの違反のために、この知性がかの敵の原理によって打ち負かされるまでほかの道を開いて確かな道にしているので、私達は、義からの最初の逸脱をしないよう守る必要があります。キリストの力が抑制するのではなく、利己的な精神/霊が涵養されたならば、強い感情に夢中になるでしょう。
2.イザヤ58章からのメッセージ
私は、私達の教会のすべてのメンバー達に強く言うことができませんが、みなさんは真の伝道者で、みなさんは第三天使のメッセージを信じています。しかし、イザヤ58章のメッセージから考察すると、みなさんは安息日からその足が遠のいています。この章で、命じられている慈善の働きは、神がこの今の時代の人々に行なうよう神の人々に求めている働きです。それは、主自身が託した一つの働きです。私達は「汝に属する者である子らは、久しく見捨てられた所を建て直すでしょう。そして、汝らは、多くの世代の子孫を興すでしょう。そして、汝らは破れを繕う者、そこに住む者達のための道を回復する者と呼ばれるでしょう」(イザヤ58:12 KJV)と読んでいるので、私達は、このメッセージが適用される箇所、その成就が記された時について、疑問のままに取り残されていません。主がこの世界を創造した働きのしるし(sign)、神の記念としての第7日安息日は、一人の罪の人によって、正しい位置から移されてしまいました。神の人々は、主の律法の中になされたその破れを繕うことを行なうべく特別な働きをしています。そして、最も終末に近づいている私達は、最もこの働きが近づくようになることを強く言っています(the more urgent this work becomes)。神を愛している者達はみな、主の戒めを守ることによって、主のしるし(sign)を伝えるでしょう。神を愛する者達は、そこに住む者達のための道を回復する者達です。主はこのように言っています。「主の安息日から汝らが足を翻して、私の聖日に汝の楽しみから立ち去るならば、汝らが、安息日を主の栄誉、聖、喜びの日と呼び、主を誉めたたえるならば、……その時、汝らは、主にある汝ら自身を楽しむでしょう。私は、汝らが、あの地の高い所に上るための根拠を与えるでしょう」(イザヤ58:13,14 KJV)。このように、真の医療伝道の働きは、神の戒めを守ることと分離できず結ばれています。主の安息日は、神の創造の働きの偉大な記念なので特別に言及されています。それを守ることは、人間の中に神の記念の像(かたち)を回復する働きと結ばれています。これは、神の人々がこの時代の人々に伝えて前進しようとしている奉仕の働きです。この奉仕の働きが適切に行なわれたならば、この教会に大きな祝福がもたらされるでしょう。
第4部 医事伝道の働き 6章 この教会の必要 英文267-268
教会の人々はみな、主の聖霊の力の下にいる必要があります。そして、今がそのために祈る時です。しかし、人間のための神の働きのすべての中で、神は、人間が主と協力するように計画しています。この終わりの時代に、自分達の創造者への自分達の義務にはっきりと気づいて、主は高貴な聖化、もっと正しい義務の感覚を持つようにこの教会の人々に呼びかけています。また、主は、人々のために働いて、教会の人々が清くなること、聖化されることを呼び掛けています。クリスチャンの援助の働きは、主の聖霊が神への奉仕をするすべての者達に伝えているので、周りの人々にこれ[清くなること]をもたらす手段の一つです。人々が協調した活動によって協力するよう組織化される所ではどこでも、何かの名称の下で働くように、あなた方の協力を奮起させましょう。教会で働きをするために、若い男性達と女性達を獲得しましょう。医療伝道の働きと第三天使のメッセージの宣布とを結び付けましょう。何年も霊的に死んだ状態の教会メンバーを目覚めさせるために組織化した努力を規則的にしましょう。健康改革の原則を生きているような教会の働き人達の中に送りましょう。食欲の自己否定の必要を見ることができる人を遣わしましょう。さもないと、その人々は、この教会の一つの罠となるでしょう。[聖霊の]命の息が私達の教会の中に来てないかどうかを見ましょう。一つの新しい要素がこの働きにもたらされる必要があります。神の人々は大きな必要と滅びに気づいて、自分達のすぐ近くにある働きに取り掛かる必要があります。
この働きにつながっている人々と、折に適っても適わなくて、言葉を語って、必要な人を助けて、人々のためにキリストの素晴らしい愛を話しましょう。救い主は、ひどく不幸な人、気の毒な人、貧しい人々の心に感銘を与えて、いつも臨在しています。この教会の人々は、神が与えた働きを受け入れる時、その約束はこうです。「その時、汝は、朝日のように輝き出るでしょう。そして、汝の健康は速やかに生じるでしょう。そして、汝の義は汝の前を進むでしょう。主の栄光は汝の後ろにあるでしょう。」(イザヤ58:8 KJV)。
天[のメンバー]を構成している者達はみな、キリストの[施設の]従事者として働いているあらゆる魂達の派遣者the draftを待ち受けています。私達の教会のメンバー達が個人的に自分達に託された働きを再び始める時、その人々は全体的に異なった雰囲気に囲まれるでしょう。
救い主は、世俗の名誉と富、社会層と身分に無関心です。主によって、価値の高いものは、目標と努力を傾けることと、品性です。主は、強い者と世俗の気に入る者をそばに引き寄せません。生きている神の一人息子は、罪に陥った者を引き上げるために身を低くしています。懇願と保証の言葉によって、主は、滅びている者と失われた者を主自身に勝ち取るために求めています。神の使い達は、主に就く人々が共感と優しい憐れみの行動をする人々を見ようと見守っています。また、神の人々がイエスの愛を現すのを見ようと見守っています。
罪の惨めさと罪に陥った人間のために、主の無限の犠牲によってキリストの神性の思いやりに気づく人々は、キリストとの繋がりを持つことでしょう。その人々の心は、優しさに満たされるようになるでしょう。声の響きと表情は共感を示すでしょう。その人々の努力は、エネルギーと愛と温かな気遣いによって特徴づけられるでしょう。
私達はみな、愛と思いやりをもって辛抱強く、作物のタネを蒔く必要があります。私達は、自分が蒔いたタネから育った収穫物を取り入れるでしょう。私達の品性は今、永遠のために形成されています。この地上で、私達は天のために訓練しています。私達は、すべての恵み、無料の恵み、統治者の恵みに対して恩義があります。
恵みは、契約の中で私達の養子縁組を定めています。救い主による恵みは、私達の贖い、私達の再生、そして、キリストとの養子縁組による相続権という成果を生み出しました。この恵みがほかの人々に現れるようにしましょう。
第4部 医事伝道の働き 7章 信仰家族への私達の義務 英文269
1.新しく安息日遵守者になった人達
私達といつも接している貧しい人々には二層の人々がいます。この人々は、自分達の違反の罪を続けていて、活動の独自な道によって自分を破滅させています。また、この人々は、真理の目的を支持していて、正しい状況にもたらされました。私達は、隣人を自分のように愛そうとしています。そして、それらの二層の人に対して、私達は健全な知恵の勧めとガイダンスの下に正しいことを行なうでしょう。
主の貧しい人々について疑問はありません(There are no question in regard to the Lord's poor.)。その人々は、自分達の益になるようなあらゆるケースで助けを必要としています。
神は、主の人々が罪深い世界の人々に、主がその人々を滅びるままにしていないことを現すよう望んでいます。家族の人々と疎遠になって、そして、苦しまざるをえない真理の目的を支持している人々を助けるために、特別な苦悩が現されているでしょう。ますます、広く開放的で寛大な心の人々が必要とされているでしょう。それらの人々は、自分を否定しているでしょう。また、主が愛しているその人々の実情をよく把握しているでしょう。神の人々の間にいる貧しい人々は、その人々の切望を対策なしに放置しないようにしましょう。いくつかの方法は、どうにかして生計の手段が得られるように、見つけられる必要があります。ある人は仕事を教えられる必要があるでしょう。自分の家族を支える能力を最大限に働かせて、賢明に働いている人は特殊な支援を必要としているでしょう。私達は、それらの人々に関心を持って、確実な仕事ができるよう助ける必要があります。そのように、神を愛し神の戒めを守っている貴く貧しい家族を援助するために一つの基金が必要です。
この働きのために必要な資金は、ほかの人々のチャンネル/回路に替えられないケアがなされる必要があるでしょう。私達は、苦しみと欠乏が減少して、神の戒めを守り続ける人々を助けるかどうか、あるいは、私達が神の戒めを足げにして歩んで冒瀆する人を助けるために無関心でいるかどうかの違いを作っています。そして、神は、その間違いを考慮しています。安息日遵守者達は、神の律法を違反し続けている人々を支援する重荷を自分達が担うために、人々の必要と、主の苦悩のそばを通り過ぎないでしょう。それらの人々は、違反し続けるその人々を支援し助ける人々を探すよう教えられています。これは正しい伝道の働きの類ではありません。それは主の計画と調和していません。
第4部 医事伝道の働き 7章 信仰家族への私達の義務 英文270
2.貧しい人、病人、そして、老人
「汝らの神、主が、汝らに与える地で、汝らの内に汝らの兄弟[姉妹]の一人でも、汝らの間に貧しい人がいるならば、汝らの手は汝らの貧しい兄弟[姉妹]に汝らの手を閉じないだけではなく、汝らの心を頑なにしないでしょう。汝らは、汝らの手をその人々に広く開くでしょう。また、その人が困窮している物、その人の必要なものを十分にその人達に確かに貸すでしょう。汝の悪い心で考えないように気を付けなさい。「許しの年、第7年が近づいています(is at hand;)」と言って、汝の目は、汝らの貧しい兄弟[姉妹]に対して、悪となっています。そして、汝らはその人に何も与えていません。また、その兄弟[姉妹]は、汝らに対して、主に叫び求めています。そして、その叫びは汝らを罪とするでしょう。汝らは確かにその人々に与えるでしょう。そして、汝らの心は、汝らがその人に与える時に悲しむことがないでしょう。この事のゆえに、汝らの神、主は、汝らが汝らの手にする物をみな、また、汝らの働きをみな祝福するでしょう。貧しい人々は、この土地から決して途絶えることがないと思われるので、それゆえ、私は、汝らは、汝らの土地にいる汝らの兄弟[姉妹]に汝らの貧しい人に、そして、汝らの困窮している人々に汝らの手を開くようにと命じます」(申命記15:7-11 KJV)。
第4部 医事伝道の働き 7章 信仰家族への私達の義務 英文271
私達の教会の人々はみな、自分自身の貧困のためのケア(配慮)をする必要があります。神への私達の愛は、私達のケアを求めて、私達の知識を[求めて]来る人々の信仰の家族が苦しんで必要としている人々へ良い事を行なって現されようとしています。すべての魂は、特別な思いやりによって主の価値ある貧しい人々に気づくよう、神の特別な責務の下にいます。これらの人々は、考慮されずに見過ごされようとしています。
パウロは、コリントの教会の人々に手紙を書きました。「さらに、兄弟のみなさん、私達はマケドニアにある諸教会に、神が与えた恵みの機知をあなた方に知らせます。彼らがひどい試練の中にあっても、溢れる喜びと深遠な清貧は、彼らの惜しみなく与える富で満たしました。私は記録された文章にして伝えています。ええ、聖徒達の奉仕の働きの仲間に加わりたいと私達に願って、私達が受けている賜物を共にたくさん懇願して、彼らは、その力以上に、自分達から進んでしていました。そして、このように、彼らは、私達が望んだようにではなく、自分自身を主に捧げて、神の意思によって、私達に捧げました。そこで、私達はテトスに、彼が始めたように、同様の恵みの募金をあなた方の中で完成するようにと期待しました」(2コリント8:1-6 KJV)。
エルサレムで飢饉になった時、パウロは、多くのクリスチャン達が国外に散らされたことと、残った人々は宗教的な敵とみなされて人間の同情が失われるようになることを知ったことでしょう。それゆえ、彼は、エルサレムの兄弟達に金銭的な援助を送るために、諸教会に奨励しました。その諸教会によって集められた総額は、12使徒分を除いても十分ありました。キリストの愛が迫ったその信者達は、兄弟達への愛と贖い主への感謝を表すために気前よく捧げて喜びに満たされたことでしょう。これは、神の言葉による真の慈善です。
第4部 医事伝道の働き 7章 信仰家族への私達の義務 英文272
神は、すべての教会に結ばれている主の貧しい人々を許しています。その人々は、いつも私達の間にいます。そして、主は、その人々のケアの個人的な責任をすべての教会のメンバーに課しています。私達は、自分の責任をほかの人々に押し付けないようにしましょう。私達自身に接している人々に対して、私達は、キリストが私達の中で現したように、同じ愛と共感を現すために生きています。このように、私達は弟子として訓練される必要があります。私達は、キリストの[施設の]従事者として働くために準備されるでしょう。
教会の牧師は、貧しい人と病人自身のケアために教会を力づけて、様々な家族を教えているでしょう。牧師は、神が与えたその人々の能力の働きを捉えているでしょう。そして、一つの教会がこの働きの荷が重過ぎるならば、ほかの教会がその支援に当たるでしょう。その教会メンバー達は、主の人々、それらの人々の真のケアと任務を体験しましょう。その人々は、豪華で不必要な飾りを自分自身から否定しましょう。その人々は、苦しむ人々に必要な慰めをもたらしましょう。これを行なって、その人々は、イザヤ58章で与えられた指導を実践しています。そして、その祝福が、その人々に宣言されるでしょう。
8章 世界の人々への私達の義務
「神は、世界の人々をとても愛したので、神の一人息子を与えました」。主が「世界の人々に神の息子を送ったのは、とがめるためではありませんでした。世界の人々が愛によって救われるためです」(ヨハネ3:16,17 KJV)。神の愛は、すべての人々を明るく照らして教化しています。キリストは、弟子達に宣教命令を与えて言いました。「汝らは、世界中に出て行きなさい。そして、すべての造られた者達に福音を伝えなさい」(マルコ16:15 KJV)。キリストは、私達がかつて見ていた以上に偉大な働きが益として行なわれるよう意図していました。主は、そのような多くのメンバー達が、神の統治に反逆している者として名簿に記載されて、サタンの旗の下に立つことを選ぶように意図していなかったでしょう。世界の人々の贖い主は、「主が買い取った信仰遺産の人々は生きているべきで」、その人々の罪のために死ぬようにデザインしませんでした。その時、なぜ、そのわずかな人々だけに伝えられて救われるのですか。その理由は、クリスチャンだと告白している多くの人々が、大勢の背信者と同じ人々の中で働きをしているからです。主に仕えると言っている人々が、キリストが働いたような働きをするならば、神を知らない多くの人々は、主を喜んでいることでしょう。
神の救済の祝福は、この世の精神的なことと同じく、すべての人類のためにあります。この世界は、たいそう欠乏と苦悩に満ちているので、神に不満を言う人々がたくさんいます。しかし、ほかの人の子ども達がパンを求めて泣いている一方で、神は決してこのような悲惨さが存在するように意図していません。主は慈しむ神です。そして、主の良い物を託した人々、主の代理者達を通して、主はすべての欠乏している人々のために十分な食料を用意しました。主は、主が造ったすべての者達の必要が提供されるようにデザインしています。
主の言葉を信じている人々は、申命記とレビ記に含まれている指導を読みましょう。人々は、イスラエルの家族に与えられた教育の方法を学ぶでしょう。神に選ばれた人々は、主を知らない国民から分かれて、清さと特徴を現そうとしていた間に、その人々は、ある新参者を親切にもてなしていました。彼は、イスラエルに属していなかったので、軽視されるべきではありませんでした。キリストがイスラエルを救うために死んだ時に、確かに彼を救うために死んだので、イスラエル人達は、その新参者を愛そうとしていました。彼ら[イスラエル人達]がその感謝の祝宴で、神の憐れみを詳しく語る時、その新参者は歓迎されていました。収穫の時、彼ら[神に選ばれた人々]は、貧しい者と新参者のための一部として、畑の収穫物を残そうとしていました。そこで新参者達は、神の霊的/精神的な祝福を分かち合おうとしていました。イスラエルの神、主は、彼らが主を認識して、主を知っていた人々の社会を選ぶならば、受け入れられるだろうと命じました。この方法で、彼らは、自分達の従順によって、主の栄光とヤハウェ(hwhy)の律法を学ぶことでしょう。
第4部 医事伝道の働き 8章 世界の人々への私達の義務 英文274
しかし、神の贈り物を受ける代わりに、クリスチャンになると告白している多くの人々は、自分自身の狭い関心に包まれています。そして、彼らの仲間に、神の祝福を利己的にしていて与えようとしていません。
その一方で、神は、摂理によって、主の賜物と地上の間に梯子をかけました。そして、生活の慰め物で物置を満たしました。欠乏と気の毒はすべての手にあります。気前の良い主の摂理は、すべての人々の必要を供給するために、主の人間の働き人達の手に置かれました。しかし、神の家令は不信仰です。告白したクリスチャン世界では、裸の者への衣服と飢えている者の欠乏を供給することを浪費と見て、たくさん費やされています。キリストの名を自分自身に信じている多くの人々は、苦しんでいる人間に、共感・言葉・哀れみ・一瞥を与えることはなく、主のお金を、食欲の喜びのため、強い酒と美味な食物のため、豪華な家と家具とドレスのために、利己的な楽しみのために費やしています。クリスチャンの国だと言われている私達の国の人々の心の中に、なんという不幸の素が存在しているでしょう。私達の大都市の中の貧しい人々の状況を考えてください。これらの大都市の中に、家畜に与えられるようなケアと配慮も受けられない人間が大勢います。その子ども達の表情には不道徳と悪行が書かれていて、ボロを着ていて飢餓状態、品位の低下した子ども達が大勢います。家族達は、大半の人々が悪臭の漂う暗い小屋、不潔で湿ったスラム街の古びた安アパートに家畜のように群がって住んでいます。子ども達は、それらの身震いするような場所で生まれています。幼子達と若者達は、神が創造したシーンの喜びという自然界のもの達の美が無くて、惹きつけられるものもなく、うつろに見ています。悪行と不道徳の手本がその子らの周りにあって、そのような子ども達は、主の律法の指針(戒め)によって、品性を創り出されず形成されず、育てられずに放置されています。その子らは、場当たり的な冒瀆の時だけの神の名を聞いています。不潔な言葉、酒とたばこの匂い、あらゆる種類の道徳的な低下が子ども達の目に映っています。そして、そのシーンが子ども達を正しい道から逸らしています。それらの惨めな住まいから、衣服と食物を求める悲しそうな泣き声が、祈りについて何も知らない多くの人々のそばに送り出されています。
私達の諸教会のそばに、まだ、ほとんど手が付けられていない一つの働き、多くの人々が持っている小さいアイデアによってなされる一つの働きがあります。キリストは言っています。「私は飢えていました。汝らは私に食物を与えました。私は渇いていました。汝らは私に飲ませてくれました。私は新入りでした。汝らは私を受け入れてくれました。裸でしたが、汝らは私に着せてくれました。私は病気でした。汝らは私を尋ねてくれました。私は囚人でした。汝らは私の所に来てくれました」(マタイ25:35,36 KJV)。訳者加筆。当時の牢獄は食事付ではないので、誰かが食物を差し入れていました。パウロはテモテに、冬になる前に上着を持ってきてほしいと手紙を書きました。(2テモテ:13,21)。ある人は「人々がこの働きのためにお金を与えるとするならば、それは、すべての人々が行なうように求められていることです」と考えています。しかし、これは間違っています。お金の寄付は、個人的な奉仕の働きに代えることができません。私達の資金を与えることは正しいことです。そして、多くの人々は、この事をする必要があります。しかし、自分達の能力と機会に応じて、個人的な奉仕はすべての人々に求められています。
第4部 医事伝道の働き 8章 世界の人々への私達の義務 英文26
教会メンバーはみな、自分の隣人達の中で、その人々の生活のために、働きをすることが自分の特別な義務だと考える必要があります。宗教的な事柄に興味を持たない人々に良い助けができる方法を研究してください。あなた方が、友人達、隣人達を訪ねる時、現世での彼らの福祉と同様に、彼らの霊的なことに関心を示しましょう。罪を赦す救い主としてキリストを示しましょう。あなた方の家庭に隣人達を招きましょう。そして、貴い聖書から、また、聖書の真理を書いてある本から彼らと共に読みましょう。このように、熱い祈りとシンプルな讃美歌を共にして繋がると、心が感動するでしょう。教会メンバー達はこの働きを行なうことによって自分を教育しましょう。これは、外国での[霊的に]無知な魂を救うための不可欠で本質的な要素です。ある人は、遠方の魂の重荷を考えている一方で、家庭にいる多くの人々が、自分の周りにいる貴重な魂の重荷を考えています。その人々の救いのために賢明に働いています。しばしば、娯楽に費やされて来た、身体ではなく魂を清新にするその時間は、貧しい人々、病人、苦しむ人、必要の中にいて、誰かの助けを求めている人を訪問することに費やされうるでしょう。
貧しい人、嫌われた人、見捨てられた人を助けようとして、彼らのために、あなた方の威厳や優越感の竹馬に乗せるような働きかけをしないようにしましょう。このような方法によって、あなた方は何も達成できないでしょう。心が謙遜で柔和な主から学んで魂の回心がなされるようにしましょう。私達は、いつも私達の前に主を置く必要があります。キリストに仕える者として、「私は代価によって買い取られています」と言って忘れないようにしましょう。
神は、あなた方の善意の贈り物だけではなく、あなた方の握手、あなた方の希望の言葉、あなた方の行動的な支援を呼び掛けています。あなた方が、主の苦しんでいる人々を訪ねる時、あなた方は希望を失ったけれど、希望の太陽の光が戻った人から何かを見つけるでしょう。そこには、命のパンを必要としている人々がいます。彼らのために神の言葉を読みましょう。ほかの人々について、地にある香料バルムも慰めとならず、医者が癒せない魂の病人がいます。それらの人々のために祈りましょう。そして、彼らに、イエスを紹介しましょう。
特別なケースで、ある人は、衝動行動を起こす感傷的な感覚に捕らわれています。その人々は、この方法で、キリストのための大きな奉仕を行なっていると考えているようですが、そうではありません。その人々の熱心さはすでに冷めています。そしてまた、キリストへの奉仕が無関心です。神が受け入れる奉仕は気まぐれなものではありません。私達が仲間の人々に良いことをすることができるのは感情的な衝動行動によるのではありません。良い事をしようという衝動的な行動による努力は、益よりももっと良くない結果をもたらします。
必要としている人々を助ける時に、衝動に祈りを伴わせて考える必要があります。神は造った者達のためのケアの仕方について有限な人間の近視眼的なものよりも良い方法を知っているので、私達は主に知恵を求める必要があります。助けを懇願する全ての人々に、でたらめなものを提供する人がいます。このことにおいて、その人々は間違っています。必要としている人を助けることにおいて、私達は正しい種類の助けをその人々に与えるために、慎重である必要があります。ある人々は、助けた時に特別に必要な問題を自分で作り続けるでしょう(There
are those who when helped will continue to make themselves special object of
need.)。その人々は、依存が可能な人を見つけるならば依存するでしょう(They
will be depnendent as long as they see anything on which to depend.)。それらの人々に多くの注目と時間を与えることによって、私達は、怠惰と無力な者、浪費と不節制な者に[自立を]励ますことができるでしょう(By
giving undue time and attention to these, we may encourage idleness
helplessness, extravagance, and intemperance.)。
第4部 医事伝道の働き 8章 世界の人々への私達の義務 英文278
格言の「世間の人々は、私に生活の借りがある」はその中に、嘘、偽物、泥棒の要素を持っています。自分自身のために生きて働いて得ることができる世間の人々は、生活している一人の人に借りはありません。しかし、人が私達の家のドアに来て食物を求めるならば、私達はその人を飢えさせたままで帰らせるべきではありません。その人の貧困は、不幸な出来事の結果でしょう。私達は、貧困と弱さとの闘いにいつも向き合っている人を支援するように、大家族の人々を助ける必要があります。父親のいない寡婦の子どもの母親の多くは、衣服と食物を与えて、彼女と彼女の小さい子どもを守るために、彼女の能力以上に働いています。そのような母親達の多くは、働き過ぎから死んでいました。寡婦たちはみな、励ましの言葉、慰めと希望を必要としています。また、十分な助けをした多くの人々がいます。
神の男性達と女性達、知識と識別力のある人々は、信仰を第一にした家族の欠乏と貧しい人々の世話をするよう託されているでしょう。これらの人々は、なされるための勧めをして、この教会にレポートするでしょう。
私達は、無料かそれくらいで提供した飲み物と食物を得られると考えて、貧しい人々を励ますのではなく、その人々が自立することができるように導く必要があります(Instead
of encouraging the poor to think that they can have their eating and drinking provided
free or nearly so, we should place them where they can helt themselves.)。そして、仕事の仕方を教える必要があるならば、私達は、その人々に仕事を与えるよう努めましょう。貧しい家族のメンバー達に、自分の衣服の縫製の仕方と繕い方と、その家族のための十分なケアの仕方と、調理の仕方を教えることができるでしょう。
少年少女たちはみな、有用な何かの商売や仕事を教えられるようにしましょう。私達は、自己を信頼するself-reliantようになるために貧しい人々に教える必要があります。これは、真の助けとなるでしょう。それは、貧しい人々を「自分を支える者」self-sustainingにするだけではなく、その人々が、ほかの人々を助けることができるようにするでしょう。
富める者も貧しい者も、助けと共感の絆によって、共に親しく結ばれることは、神の目的です。主は、私達に、私達の知識を求めて来る必要のある苦しんでいる人々に関心を持つよう命じています。
苦しんでいる人間に奉仕の働きをするために、あなた方の尊厳を低くしないで考えてください。魂の宮が滅びている人々を蔑みと無関心の目で見ないでください。それらの人々は、神性の熱情の対象です。すべてのものを造った主は、すべてのもの達をケアしています。最も罪に陥った人々でさえ、愛と憐れみの届かないかなたにはいません。私達が主の真の弟子であるならば、私達は、主と同じ精神/霊を現すでしょう。イエスによって、霊感を与えられた私達のイエスへの愛は富める者と貧しい者、人間の評価で測ることができない価値のあるすべての魂に見られるでしょう。あなた方の生活に言葉で表すことができる以上に、高い愛が表されるようにしましょう。
しばしば、人々の心は、咎めの言葉の下では固縮するでしょう。しかし、その人々は自分達に向かって現されたキリストの愛に逆らうことができません。私達は、自分が神から見捨てられている一人だと考えていないと言いましょう。その罪びとに、癩病人
[1]の魂を唯一癒すことができるキリストを見るように言いましょう。絶望していて、落胆した苦しむ人々は、希望の囚われ人であることを明らかにしましょう。あなた方のメッセージは、「世界の人々の罪を取り除く神の子羊を見上げなさい」にしましょう。
第4部 医事伝道の働き 8章 世界の人々への私達の義務 英文280
この働きは、適切に指導されたならば、この教会によって軽視されていた貧しい人々と罪びとを救うことでしょう。私達の信仰に属していない多くの人々は、クリスチャンが与えるよう結ばれているその働きに期待しています。神の人々が自分達の隣人達に真の関心を示すならば、多くの人々がこの時代の人々のための特別な真理を伝えるでしょう。人々がいる所で神の人々の助けの働きに特徴を与えることのできるものはないでしょう(Nothing
will or ever can give character to the work like helping the people just where
they are.)。神の戒めを守り、神を愛していると言っている人々が、キリストが働いたように働くならば、多くの人々がみな、そのメッセージを喜ぶでしょう。
医療伝道の働きがこのように、男性達と女性達を主の真理とキリストの救う知識を勝ち取る時に、お金と熱心な労働は、それが努力の働きなので、安全にそれに投資されるでしょう。
第4部 医事伝道の働き 9章 親のいない子どもたちのケア 英文281
(ケアcareは、世話・保護・介護・管理・監督・配慮・心配など多くの意味があります。また、orphan孤児は、現在の日本語では差別語の一つです。孤児院という言葉使われず「養護施設」が使われます。しかしアメリカでは、orphan drugのように使われていて、差別語ではないようです)
[1.家族として迎え入れる]
私達の関心を求めていて、ニーズのある人々の間では、寡婦と父親のいない子どもが、私達の優しい共感へ強い叫びをしています。その人々は、主の特別なケアの対象です。その人々は、神への信頼をクリスチャンから与えられています。「天の父と神の前に清く汚れのない宗教は、このように、父親のない子どもや困窮している寡婦を訪問すること、自分を世俗から汚れないように守ることです」(ヤコブ1:27 KJV)。
信仰の内に死んだ父親の多くは、神の永遠の約束に安らいで、主がその子らをケアすることを全く信頼して、愛した子らを後に残しました。そして、これらの父親を奪われた子ども達のために、どのように主は提供していますか。主は、天からのマナを送る奇跡を働いていません。主は、その子らに食物を持って行くカラスを遣わしません。しかし、主は、その魂から利己心を追い出して、開放している善意の泉を、人間の心に奇跡を働いています。主は、父を奪われた子らと、苦しむ人々に彼らの優しい憐れみを託すことによって、主につくと告白している人々の愛をテストしています。神への愛を持っている人々は、それらの子ども達が住むための家と心を開きましょう。大きな施設での親のない子ども達をケアするのは、ベストなプランではありません。神への愛を持っている人々が、親のいない子らに提供することができる身内がいないならば、私達の教会メンバーは、自分達の家族に小さい子ども達を迎え入れる必要があります。あるいは、ほかの家族にその子ども達のために適した家庭を見つける必要があります。
その子ども達は、キリストが見ている特別なセンスの子ども達です。無関心なことは、主に対して無礼です。イエスの名によってその子らになされる活動の類はみな、主自身にするように主によって受け入れられます。
何らかの方法によって、彼らが持っているであろう彼らの財産を奪った人々、その子ども達の欠乏を冷淡に考え人々は、地上の全ての人々の評価/裁きが下されるでしょう。「神は、それらを長い間放置していおいて、昼も夜も、主に叫び求めている主自身が選んだ者達のために仕返しをしないでしょうか。私はあなた方に、神は速やかに仕返しをするでしょうと、言っておきます」(ルカ17:7,8 KJV)。「憐れみを示さなかった人を、主は、憐れみなしに裁くでしょう」(ヤコブ2:13)。主は、「身内と音信が途絶えて、さすらう貧しい者を汝の家に招いて」(イザヤ58:7)と私達に言いつけました。キリスト教徒は、これらの住まいのない貧しい子ども達に、家と父親と母親を提供する必要があります。寡婦と父親のない子らへの思いやりは、祈りと同胞愛によって現され、やがて報いとなるように、神の前に覚えてして昇って行くでしょう。
クリスチャン家庭をおおっている感化力と、良心の見守りのガイダンスが奪われて来たこれらの子ども達と若者達のためのケアによって、大教師のための働きをしようとしているすべての人々の前に効果的な広い分野の伝道地があります。その子ども達の大半は、悪い品性の足跡を継いできました。そして、冷淡に、成長するままに放置されたならば、その子らは、悪い事と不道徳に導かれて、その仲間の中でさまようでしょう。これらの有望でない子ども達は、正しい品性の形成のために好感の持てる場に置かれる必要があります。その子らは神の子となるでしょう。
神の子どもとなると告白しているあなた方は、救い主のもとへの行き方を我慢強くたくさん教える必要のあるこれらの子らを教えることによって、あなた方の活動の分を担ってみませんか。キリストに忠実に仕える者としてあなた方の活動の分を担ってみませんか。その子らを放置しておいたらならば、その子らは未熟なままで、たぶん、心のバランスがとれなくて、その子ども達と若者達の魂は死人のような滅びの中にいます。その子らは、辛抱強い指導、愛、そして、優しいクリスチャンのケアを必要としています。
私達の目の視界に、私達の義務を指し示す明らかなものはありません。私達が、原因と結果の避けられない働きを知っているのは、社会的な弱者であるこれらの子ども達を助けるため、私達を目覚めさせて奮い立たせるでしょう。教会のメンバー達が生活に関連する普通のビジネスで働く人々の技術と機転とエネルギーを注いで同時にこの働きにつくならば、また、その人々が、これらの教育訓練されていない子ども達の育て方を熱心に学んで、神からの知恵を求めるならば、多くの魂達は、滅びから救われるための備えをするでしょう。
第4部 医事伝道の働き 9章 親のいない子どもたちのケア 英文283
2.キリストのような働き
子ども達へのケアをすることにおいて、キリストはそれらの人々の救済のために死んだので、私達は単に義務の立場からではなく、愛の立場から行なう必要があります。キリストは、私達のケアを必要としているそれらの魂を[血の代価]を払って買い取りました。そして、主は、強情で罪のある私達を愛したように、彼らを愛するようにと期待しています。愛は、「神は愛です」なので、主に心を引き寄せるように神が働いている働き手agencyです。この憐れみの原則のすべての事業において、唯一、効果的なことを与えることができるでしょう。有限な人間は無限と結ばれる必要があります。
ほかの人々のためのこの働きは、自己否定と自己犠牲の努力を求めているでしょう。しかし、私達ができる努力は、神が私達のために自分の一人息子を贈り物として私達に与えたことに比べると、とても小さいものではありませんか。
神は、私達がほかの人々に与えることができるように、私達に祝福を与えています。私達が、自分のための毎日のパンを主に求める時、主は、私達がもっと必要としているほかの人々と同じように分かち合うかどうかを知ろうとして、私達の心の中を見ています。「罪びとの一人の私を憐れんでください」と、私達が祈る時、主は、私達が仲間にしている人々に、思いやりを現すかどうかを知ろうと見守っています。これは、神と共に結ばれている根拠です。そのように、私達は、天にいる父が慈しみ深いように、恵み深い者です。
神は、いつも与えています。誰が主の贈り物を与えられていますか。それらの内で品性に欠点のない人は誰ですか。「主は、善良な者に悪い者にも、太陽を昇らせるために造り、正しい人にも正しくない人にも雨を送っています」(マタイ5:45 KJV)。人間に罪深さがあるにもかかわらず、私達はキリストの心をしばしば悲しませて、自分達を最も称賛に値しないことを証しています。また、私達が、主の許しを求める時、主は私達から立ち去りません。主の愛は、私達に気前良く広げられています。そして、主は、私達に「私があなた方を愛したように、あなた方も愛し合いなさい」(ヨハネ13:34)と命じています。
兄弟・姉妹のみなさん、私は、あなた方にこの問題を慎重に考慮するよう訴えます。父親も母親もいない子ども達を考えてください。あなた方の心は、その子らの苦しみを見上げようとしている時に、揺り動かされていませんか。誰かがそれらの寄る辺ない子ども達のケアのためになされることがないと知るならば、家のない子どものための家を与えて、あなた方の力を置いている限り、この働きの一部を担って、みんなで立ち上がる用意をしましょう。主は、ペテロに「私の子羊に食物を与えて世話をしなさい」と言いました。この指示は、私達のためにあります。そして、その親のない子どもたちのために、私達の家庭を開放することによって、私達はこの子らを十分に救っています。イエスがあなた方によって失望しないようにしましょう。
良い香りの捧げ物として、神へのプレゼントとして、寡婦達とこれらの子ども達を世話しましょう。そして、キリストの指示によって、子ども達の品性を育てて形成して、それらの子らに主の祝福を求めましょう。私達の[教会の]人々は、聖なる信頼を受け入れますか。私達の浅薄な清さと世俗的な野望のゆえに、キリストが死ん[で贖った]人々が悪い道を進んで行って苦しみに取り残されていいでしょうか。
神の言葉は、苦しんでいる貧しい人々、欠乏している人々、父親のない子ども達、寡婦の処遇の仕方として、指導をして、すべての人々がこの指導に倣うならば、寡婦の心は喜びを表すでしょう。飢えている子ども達は、食べ物が与えられるでしょう。極貧の者は服を与えられるでしょう。滅びにある人々は、生き延びるでしょう。私達が神の摂理のチャンネル/回路に自分自身を置いてキリストの栄誉のために熱心に働きをした時に、天の知者達はそれを見ています。それらの天のメッセンジャー達は、私達が障害を乗り越えて勝利して、困難と闘うことができるように、私達に新しい精神的な力を授けるでしょう。
第4部 医事伝道の働き 9章 親のいない子どもたちのケア 英文285
3.牧師の妻と親のいない子どもの養子縁組
ある牧師の妻が幼児を養子にしていいかどうかを尋ねた質問が寄せられました。私はこう答えました。彼女が、自分の家の外で伝道の働きについていても、合わず好感を持っていないならば、さらに、親のない子どもをケアして面倒を見ることが彼女の義務だと考えているならば、彼女は良い働きをするでしょう。しかし、その子ども達の選びは、安息日遵守の親達によって、残されていた親がいない子ども達の間から最初にするようにしましょう。それらの家庭のない子ども達と自分達の家庭を心から喜んで分かち合う時に、神は、男性達と女性達を祝福するでしょう。しかし、その牧師の妻が、ほかの子ども達の教育の働きの役割を自分で担うことができるならば、彼女はクリスチャンの働き人として、神に自分の能力と時間を捧げるでしょう。彼女は彼女の知性を活用してメッセージを伝える助けをして彼の働きのアシスタントをして、彼女の夫のための真のヘルパーとなるでしょう。その道は、助けを必要としている子ども達を尋ねて、失望している魂達に光を照らして教化して、謙虚で献身した女性、キリストの恵みによって高貴にされた女性に開かれています。その牧師夫婦は、キリストをその子達に示して、その子らと共に祈ることによって、謙虚に抱き上げることができます。ケアと面倒をいつも求めているか弱く幼い子どもに自分達の力と時間をそんなに必要としないでしょう。その人々は、このように自発的にその手を握るでしょう。
4.親のいない子ども達のホーム
全ての事が、私達自身の家庭で親のいない子ども達のために提供がなされ得ている時、この世界には、ケアされる必要のある多くの子ども達がいるでしょう。その子ども達はボロを着ていて、礼儀を知らず粗野で、どこを見ても魅力がありません。しかし、その子ども達は[主の血による]代価を払って買い取られています。そして、私達自身の幼子と同じように神の視界に貴い宝です。その子ども達は、クリスチャン達のために責任のある神の財産です。その子ども達の魂について、神は「私は汝の手に求めています」[エゼキエル3:18,20;33:8]と言っています。
これらの子ども達の必要をケアすることは、良い働きの一つです。また、世界中のこの年代の中に、主は、この目的のために大きくて高価な施設を設立するという指導を一つの民としての私達に与えませんでした。しかしながら、私達の間には、親のいない子ども達をケアするための施設を設立するよう神に求められていると、いろいろな考えの人がいます。その人々は、自分達の果たすべき役割をやり遂げましょう。しかし、世間の貧しい人々のためのケアにおいて、その人々は世間の人々に支援をアピールする必要があります。その人々は、主がかつて人々に与えた最も重要な働き、すべての国の民、種族、言語、そして、人々の前に最後の憐れみのメッセージをもたらす働きを一つの民に引き継がせようとしているのではありません。主の宝庫は、「地の果て」にこの福音の働きを支援するための余分のものを持っている必要があります。
それらの施設を設立することを重荷と感じている人々は、自分達の必要を提示して基金を立ち上げるための賢明な人々を確保しましょう。世間の人々を目覚めさせましょう。この教派の教会は、親のいない子ども達と貧しい人々の味方をする何らかの事業の必要を考えている人々によって寄付されるようにしましょう。すべての教会に、神を畏れる人々がいます。それらの人々は、神がこの働きを与えて人々にアピールするでしょう。
私達の間にいる老人と体の弱い人、親のいない子ども達をケアするために、私達の[教会の]人々によって設立されてきた施設は、支えられる必要があります。神の[人類救済]目的に咎めをもたらして、辛い思いを残されないようにしましょう。それらの施設を支援することは、単に義務としてではなく、貴い一つの特権として、互いに必要のない贈り物をする代わりに見られる必要があります。私達は、貧しく寄る辺のない人々に、私達の贈り物をしましょう。主は、私達がそれらを必要としている人々の慰めのためにベストを尽くしているのを見ています。主は、この良い働きによって助けるためにほかの人々を動かすでしょう。
第4部 医事伝道の働き 9章 親のいない子どもたちのケア 英文287
それらの家庭のない人々は、美徳と幸と知識を得ることができて、天の王の息子娘となることができる所に置かれると、その社会の中で、キリストのような役割を行動するように用意されるでしょう。その人々はほかの人々を助ける側に回るよう、たくさん教育されようとしています。その働きは広がって続けられるでしょう。
イエスが自分の子らを愛しているように、母はずっとどれほど自分の子どもを愛したことでしょう。主は、どんな母親以上に熱心に、深い悲しみのうちに傷ついた人の品性を見ています。主は、行動の悪いコースの当然の報いを見ています。無関心にされた魂のために可能なことをみな行ないましょう。
第4部 医事伝道の働き 10章 医療伝道の働きと第三天使のメッセージ 英文288
(訳者加筆。「ministry」は「福音伝道の働き」と訳しています)
[1.福音伝道の働きと医療伝道の働き]
何度も繰り返して、私は[主から]、身体の手や腕が身体と繫がっているように、医療伝道の働きは第三天使のメッセージの働きと関連して同じように伝えられようとしていることを指導されました。神性の頭(長Head)の指導の下で、人々は、キリスト再臨の道を備えるために団結して働こうとしています。身体(教会)の右腕(力)としての真理は、いつも活動しよう、いつも働こうとしています。そして、神は力づけています。しかし、それ(腕)は、身体になろうとはしません。同じように、その身体は「私は汝を必要としていません」と、その腕に言おうとはしません。身体は積極的に働き、活動を行なうためにその腕を必要としています。身体と腕は働きを託されていて、それぞれは互いに独立して働いたならば、大きな損失を被るでしょう。
第三天使のメッセージを伝える働きは、ある者によって、神がそのようにデザインしているとは見なされませんでした。それは下位の働きとして扱われてきました。その一方で、それは、人間の救済のために人間の働き人達の間で重要な位置を占めているでしょう。人々の知性は、魂達の救済のために最も効果的な働き人agenciesとして、御言葉に呼び出される必要があります。御言葉の福音伝道の働きは、この成果を生み出すための教育的に大きな力です。そして、福音伝道の働きを軽視する人々と医療伝道の働きを独立させようという試みは、身体から腕を分離させようとする試みです。その結果はどうなるでしょう。彼らは成功するでしょうか。私達は、頭脳による指導なしに資金が費やされて、手や腕が周りに飛んでいくのを見るでしょう。この働きは、調和が崩れて不釣り合いになるでしょう。手と腕が身体全体を占めるようにと、神がデザインしているものであるならば、その福音伝道の働きは価値を落とすか、みな見捨てられるでしょう。これは、知性を不安定にして、混乱をもたらすでしょう。主のブドウ園の多く場所は、働きがなされずに取り残されるでしょう。
第4部 医事伝道の働き 10章 医療伝道の働きと第三天使のメッセージ 英文289
福音伝道の働きは、医療伝道の働きを支えて永続性を与える必要があります。その働きは、福音の実際的な働きを実践するための医療伝道の働きを必要としています。その福音の働きの一部は、ほかの働きを除いては完成しません。
救い主がやがて来るというメッセージは、この世界のあらゆる地域の人々に与えられる必要があります。厳粛な威厳がすべての施設でそれを特徴づけるでしょう。一つの大きなブドウ園が働きかけられようとしています。賢明な家令は、すべての地域が成果を生み出すようにその働きを行なうでしょう。医療伝道の働きの中で、それら[厳粛な威厳]の輝きを曇らす何ものによっても汚されず、生きた真理の原則が清さを保っているならば、主は、その働きの責任を取るでしょう。重い責任を担っている人々が、真理に立って、真理の原則に堅く立つならば、主は、彼らを支えて、擁護するでしょう。
福音伝道の働きと医療伝道の働きの間に存在すべき団結は、イザヤ58章に明らかに書かれています。ここには、そこに示されているように、その働きに結ばれる人々のための祝福と知恵があります。この章は明瞭です。そして、個々には、神の意思を行おうとしている人々に光を照らして教化するための内容が十分に含まれています。それは、世界の滅びる人々の前に真理の光をもたらしている、神の助け手達の手段となると同時に、苦しむ人間に豊富な機会を示しています。第三天使のメッセージの働きが正しいラインの上で運ばれるものであるならば、それを伝える働きは定位置に置かれないでしょう。それだけではなく、貧しい人々と病人も軽視されないでしょう。神の言葉によって、主は二つの働きのラインを繫ぎました。そして、誰もそれらを分離できないでしょう。
またそこには、行なうことが正しい事だといって、貧しい人々のための働きを行なう時に、偉大な真理の原則の視点を失う危険性があります。しかし、私達は、この働きによって卓越さが保たれるように、魂の霊的な必要を届けることをいつも知性に抱いている必要があります。現世の人々の必要を救済する私達の努力の中に、私達は、最も目立っていてそれ自身が導いている最後の福音メッセージから分離する危険性の中にいます。それがある場所に伝えられていた時、医療伝道の働きは、その働きのほかのラインに属している才能と資金を使い尽くしました。もっと直接的で霊的な[福音伝道の]ラインの中での努力は軽視されました。現世のすべての層の人々の必要への奉仕の働きが常に増しているので、この(医療伝道の)働きは、イエスの証と神の戒めへの従順の必要、キリストが間もなく戻てくるという宣布――全ての都市の人々に伝えるように、神が私達に与えたその(第三天使の)メッセージを隠すという危険性があります。このメッセージは私達の働きの重要な任務です。それは、大声で宣言されようとしていていて、また、全世界に出て行こうとしています。本国と外国の伝道地における健康原則の提示は、それが独立させられず、あるいは、何かの方法によってある場所を占めず、それ(三天使のメッセージ)と結ばれている必要があります。この(医療伝道)の働きはほかの施設の価値を下げるような多くの注目を集めるべきではないでしょう。主は、すべての人々にそれを伝える働きについて、私達に考えるよう指導しました。それは、均整が取れてバランスのよく取れた発達をして、釣り合いを保っているでしょう。
人々のためのこの偉大の真理は、その福音全体を含んでいます。それを正しく提示していたならば、その人の心の中に神の恵みの根拠があって、それは人間の中で変化させるように働くでしょう。それは完全な働きをするでしょう。そして、完全/成熟した人間に発達させるでしょう。真の医療伝道の働きと福音伝道の間を分ける線はなくなるでしょう。「来てください。全ての事が用意できていますから」という招待を与えるようにこれらのことを混ぜましょう。それらを身体と結ばれている腕のように分離できない一体となっているものとして繋ぎましょう。
第4部 医事伝道の働き 10章 医療伝道の働きと第三天使のメッセージ 英文290-291
2.医療伝道のあらゆる分野での働き人達
主は、技術に長けた働き人達を必要としていました。「主は、ある人々を使徒達、ある人々を預言者達、ある人々を伝道者達、ある人々を牧師達や教師達として[任を]与えました。それは、私達がみな、神の息子の知識について、また信仰の一致に至るまで、キリストの満ち満ちた人格の資質の丈まで完全/成熟するまで、キリストの体[教会]を教化するため、奉仕の働きのため、聖徒達の成熟・熟達のためです」(エペソ4:11-13
KJV)。
神の子らはみな、欠点がなく、すべてほかの部分は互いに関連し合って、全体として、その目的を考慮して判断して清めたことでしょう。伝道地は広いです。そして、一つや二つの前線ではなく、すべての前線において、前進して改革するという偉大な働きがあります。医療伝道の働きは、この改革の働きの一部です。しかし、これは、それらの働きの分野から福音伝道の働き人達を分離するという意味には決してならないでしょう。医療伝道に従事する学生達の教育は、彼らが福音伝道とこの教会と繫がった働きのために訓練されていない限り、完璧ではないでしょう。また、健康のテーマの重要性とその知識に深くなるならば、福音伝道の働きのために準備している人々の有用さはとても増し加えられています。聖霊の感化力はその働きが適切なバランスを保っていることと、すべてのラインで急速に前進するということを必要としています。
3.共に協力し合う
主の働きは一つです。主の人々は一つになる必要があります。主は、そのメッセージのどんな特徴も独自に伝えて、まったく夢中になるようにとは指導しませんでした。主は、主の働き人達をみな、御言葉の伝道の働きと医療伝道の働きに結びました。主は、12人の使徒を遣わし、その後で70人を、人々に福音を宣べ伝えるために遣わしました。そして、主は、主の名によって悪霊を追い出し、また、病人を癒す力を与えました。このように、主のメッセンジャー達は、今日、主の働きに入る必要があります。今日、そのメッセージは、私達に届いています。「私の父が、私を遣わしたように、私もあなた方を遣わします。そして、主がこのことを言った時、主は彼らに息を送りました。そして、彼らに言っています。汝らは聖霊を受けなさい」(ヨハネ20:21,22 KJV)。
サタンは、神が一つにすることを見ている人々を、分けるためにすべての可能な型を考え出しているでしょう。しかし、私達は彼の考え出したものによって間違った方向に導かれないようにする必要があります。医療伝道の働きが、福音の一部として伝えられるならば、世知に長けた人は、行なわれていることが良い事だと知るでしょう。彼らは、真のそれを確信してそれらに支援を寄せるでしょう。
私達の地上歴史の終わりが近づいています。そして、神は、記述されていることを持って標準を掲げるよう呼び掛けています。「ここに、イエスを信じる者達、神の戒めを守る人々がいます」。主は、主の人々に家令に調和して働くよう呼び掛けています。主は、私達の医療伝道の働きに繫がった人々に、福音伝道者達と団結するように呼び掛けています。主は、福音伝道者達に、医療伝道の働き人達と協力するうように呼び掛けています。そして、主は、この教会の人々に、自分達の分野の真の改革の旗を掲げて、新しい伝道地に入って協力するために経験のある働き人達と訓練された人々を残して、自分達に課された義務を果たすよう呼び掛けています。かの敵をたいそう喜ばせて、キリストを悲しませるどんな落胆の言葉も語らないようにしましょう。みんなが聖霊によるバプテスマを受ける必要があります。みんなが、キリストのもとに引かれて、けなして言う酷評を抑える必要があります。彼らは、中心となる働き人達と主が負っている重い責任を悟ることでしょう。「共に協力する。共に協力する」は、私達の神性の指導者の言葉であり、団結力です。団結を壊すことは弱体化と挫折です。
私達の働きによって、貧しい人々と不幸な人々のために、私達は、自分達が果たすことができないような責任を抱え込まないで擁護者となる必要があります。巨額な資金の支出を求める様々な計画と方法を適用する前に、私達が神性の署名をするかどうかを考慮しようとしています。神は、ほかのラインを考慮することなしに、一つの働きのラインの前進を推すことを容認していません。主は、医療伝道の働きは、第三天使のメッセージを宣布して、この時代の人々を救う真理を表すための方法を備えるようにデザインしています。このデザインが適合するならば、そのメッセージは隠されず、また、その前進が妨げられないでしょう。
第4部 医事伝道の働き 10章 医療伝道の働きと第三天使のメッセージ 英文293
神が求めていることは、巨大な建物や豪華な外見をした多くの施設ではなくて、神によって選ばれた貴い一つの人々、人々が個人的に活動するものと調和したものです。人々はみな、神の聖霊と調和して、考え、話し、そして、活動する、自分の土地の一画と場所に立つ必要があります。そうして、また、その時まではそうではありませんがやがて、その働きは全体が均整の取れた完全となるでしょう(Then,
and not till then, will the work be a complete, symmetrical whole.)。
第4部 医事伝道の働き 11章 教会による無関心と伝道 英文294
[1.共感と助けを必要としている人]
福音の夕食会に招いて、主イエスは、東西南北すべての地域にある教会の人々が行なうはずの働きがなされるための特別な働きを持っていました。
この諸教会は、神のための奉仕の働きをしているすべての人々の周りに多くの機会を見ることができるように、天の目薬をその人々の目に塗る必要がありました。繰り返して、神は、主の人々に大通りや小道に出て行くよう呼びかけました。そして、人々に来るよう強く勧めました。主の家は、たぶん、人でいっぱいになったことでしょう。また、私達の家のドアの陰にいる人々は、私達がその人々の魂を考えるように導かず、十分に関心を示さなかった家族です。主が今引き受けるようにとの教会への呼び掛けは、私達の近くにあるこの働きです。「私の隣人とは誰のことですか」と言って、私達は立ち上がろうとしていません。私達は「自分達の隣人は、私達の共感と助けを必要としているその人です」ということを覚えておく必要があります。私達の隣人は、かの敵によって傷つき、打たれた全ての人々です。私達の隣人は神の財産であるすべての人々です。ユダヤ人達の隣人として作られていた区別は、キリストによって取除かれています。[隣人を]区別する基準線はありません。人工的な区別はありません。身分差別はありません。貴族階級はありません。
2.軽視された機会
例の良いサマリヤ人の精神は、私達の教会の中に広く表されませんでした。助けを必要としている多くの人々は、祭司とレビ人が、道のそばにケガをして倒れて、死んだように横たわっていた知らない人のそばを通り過ごしたように見過ごされています。その人々の傷を手当てする神性の癒し主の力を本当に必要としていた人は、気に留められず、世話をされずに残されていました。多くの人々は、サタンが一人の魂にあらゆる罠を仕掛けたことを十分に知っていたかのように活動しました。そして、その人々は家に帰ってから、いなくなった羊の世話をしませんでした。その理由は、そのような精神を表した人が神の敵の態度を現して、神性の性質に与っていなかったからです。
第4部 医事伝道の働き 11章 教会による無関心と伝道 英文295
教会メンバー達の無関心のゆえに、主は、この教会を好意的に見ていませんでした。安っぽい愛と利己的な放縦は多くの人々によって示されてきました。聖書の真理を知る特権を持っていたある者は、その魂の聖所の内側にそれをもたらしませんでした。神は、失われていた人を救うこと、また、探し求めることが可能なあらゆる努力と忠実な奉仕をせず、誠実に主に返さなかった全ての人々に才能の責任を果たすよう求めています。それらの怠惰な奉仕者達は、キリストの義の衣、礼服を着ないで婚宴に行くように表されています。その人々は、それを実行しないで、名ばかりに真理を受け入れました。割礼をしたと言って彼らは実際に割礼をしなかった人々の中にいました。
なぜ、私達はキリストの霊に感動して話すように促されないのですか。なぜ、私達は、世間の苦しんでいる人の痛ましい叫びに、少しだけしか感動しないのでしょうか。私達は、一人の人が神の王国に救われて、サタンが繫いだ鎖から一人の魂を解き放して、――キリストの冠の星に加えられるように、高尚な特権を考えています。この教会は、すべての造られた者達に、現在の真理の福音を伝える義務に自分で気付く必要があります。私は、ゼカリヤ書の3章と4章を読むようにあなた方に請い願います。これらの章の内容が理解されたならば、彼らが受け入れるならば、一つの働き、義に飢え渇いている魂のために、この教会を意味する「行って、地を巡りなさい」[ゼカリヤ6:7]という一つの働きがなされるでしょう。
3.無関心の結果
一つの教会が設立された所ではどこでも、すべてのメンバー達は伝道の奉仕の働きに活発に結ばれるでしょう。その人々は、自分達の霊的な状態を知って、近所付き合いのあるすべての家族を訪問するでしょう。信仰を告白したクリスチャンの名が教会員名簿に初めに書かれた時からこの働きに結ばれていたならば、現在の時代に世界の中で見られているような、そのような並ぶもののない悪、そのような罪の深みの不信仰は広がっていなかったことでしょう。すべてのメンバーがほかの人々への光を求めていたならば、たいそう多くの人々が今日、神の戒めを守る人々として立ったことでしょう。
そして、この世界の人々の中で行なうだけではなく、私達はキリストのライン/働き人として働くことに無関心な教会の人々の結果を見ることでしょう。この無関心によって、神の働きについての聖なる関心と高貴さを覆い隠した人々の状態が、この教会の中にもたらされました。激しい論争と批判の精神がこの教会の中にやって来ました。そして、多くの識別の霊/精神が曇らされました。このゆえに、キリストの[人類救済]目的は、多大な損失を被っていました。天の知者達は、人間の働き人達と協力するように待っていました。しかし、私達はその知者達の臨在に気づきませんでした。
第4部 医事伝道の働き 11章 教会による無関心と伝道 英文297
4.悔い改めの必要
私達が悔い改めるのは、今が最良の時です。神の人々はみな、良い働きを行なうよう自分から関心を持ちましょう。その人々は、自分達に倣う人々に光を照らして教化して高尚にするよう努力して、心と魂を熱心に結びましょう。神の人々は、キリストが提供した結婚衣装を身に着ける必要があります。その人々は、主の働き人として用意されるでしょう。また、無駄に神の恵みを受けないでしょう。謙虚に、尊敬の心を持って、献身して、その人々は、自分達の全ての能力と自分達を全て捧げて神に献身して、右の手、左の手として出て働くでしょう。
神の人々の間には、一つの目覚めの必要があります。この教会の全ての人々がテストされようとしています。世俗の賢明な人はいつも企画や計画を知性に思いをめぐらしていて、永遠について関心をもって詳しくなろうとしているでしょう。その人が、世俗で得る物を確保しようとするのと同時に、神の命と評価できる命と天の宝を得ようとして多くのエネルギーを使うならば、その人は何も達成できないのではありませんか。
不忠実な家令は、自分の主人の良い物を自分で増やしませんでした。その人は、主人の良い物を単に浪費しただけでした。その人は、心を込めた仕事を真剣にすることに怠けています。彼は自分の主人の良い物を個人的に流用して、適切な管理に不忠実でした。あなたが、神と協力せず、あなたの神、主人のためにあなたの才能を最良に発達させないならば、不忠実な家令のあなたは、自分の魂が失われるのを見ないでしょうか。あなた方の知性は働きの仕方を理解できるように与えられました。あなた方の目は神が与えた機会を識別するために与えられました。あなた方の耳は神の指示を聞くためにあります。あなた方の膝はかがめて一日に三回の熱心な祈り時のためにあります。考える事や努力する事の才能は実践するために備えられているでしょう。あなた方は私達の味方によってすべての誘惑に勝利した御方の口から次の二つの言葉を聞いて、そして、上にある学校を卒業するように準備されるでしょう。「勝利を得る者に、私は私と共に私の座につかせましょう。それは、私が勝利して、私の父の座に父と共についたのと同じです」(黙示録3:21 KJV)、「主の軍勢の主はこのように言っています。あなた方が、私の道を歩むならば、また、汝らが私の命令を守るならば、さらに、汝らが私の家族の者を評価して裁いて治めて、私の法廷を守るならば、私は、汝らに、そばに立っている人々の間を歩むよう立場を与えるでしょう」(ゼカリヤ3:7 KJV)。あなた方が、主への奉仕を行なわず、あなた方自身を主に捧げず、主と共に協力しないならば、あなた方は、天の王国の主の清い民として適合していないと評価され裁かれるでしょう。
5.牧師による無関心
私は、医療伝道の働き人達の間では、ほかの奉仕の働き人達の無関心さにとてもひどく動揺しているという危険性を指摘するよう託されていました。その一方で、この人々は、医療伝道の働きから自分で離れた人々を許していません(While
I have been commissioned to point out the danger of swaying things too heavily
in the medical missionary line to the neglect of other lines of service, this
does not excuse those who have held themselves aloof from the medical
missionary work.)。この働きに共感していなかった人々は、この問題に知的ではないので、彼らの言い方にとても慎重になる必要があります。このカンファレンスでの彼らの立場は何であれ、彼らは、人を助けないような感情の混じった言葉で意見を伝えることを強く抑える必要があります。ある者がこの質問を表明して現したその無関心と反対意見は、大きな影響力を持つそれらの言葉を一貫性のないものにしています(The
indifference and opposition that same have manifested in reference to this
question makes it inconsistent that their wards should have a large infkuence.)。彼らは明晰な洞察をしていません。
彼らは医療伝道の働きの釣り合いが取れなくなっているのを見ているので、ある者は困って悩んでいます。才能と資金をたいそう多く受けているのに、この働きはほかの働き人達の中で行なわれた働きをはるかに超えているのに、その内容は何ですか。それはこうです。医療伝道の働き人のリーダー達は多くのことを行なっています。あるいは、ほかの働き人達のリーダー達は、わずかな事しかしていないかのどちらかでしょう。多くの働き人達の中で、私達は行なわれるべき小さい一部しか行っていないということが私に示されました。信仰、熱心、精力は、その奉仕の働きの中にあるように表されていません。多くの人々の努力は、無気力で熱意がないものです。それは、私達の義務について神にあって私達の光と特権は、活動しなかったことが根拠です。人々は、自分達自身の計画と神の計画を取り替えました。私は[主から]、「医療伝道の働きの成功は、神の指示の中にあります」と言うように託されました。この働きは行われる必要があります。その真理は大通りや小道で伝えられる必要があります。そして、牧師達と教会メンバー達は、目覚めてこの働きに協力することを知る必要があります。
第4部 医事伝道の働き 11章 教会による無関心と伝道 英文299
医療伝道と健康改革に関して私達の[教会の]牧師達無関心さは驚かされています。クリスチャンだと告白していない人々でさえ、私達自身の人々の誰かが行なう以上に深い敬意を払ってその問題を取り扱っています。そして、それらの人々は、私達の働きを前進させようとしています。
私はお尋ねします。なぜ、私達の牧会の立場にある兄弟達は、節制のテーマを強調して広めることにそんなに消極的なのですか。私の兄弟のみなさん、[主から]あなた方に与えられた御言葉は「前進しなさい。健康改革の働きを定着させなさい」です。あなた方は、医療伝道の働きが不適当な釣り合いを取っていると推測するならば、あなた方とあなた方の伝道地の働き人と、これらの伝道地で働いている人々は、ここで二人、あそこで二人と連れて行かれるでしょう。あなた方は、キリストを受け入れるように、それらの医療伝道者達を受け入れましょう。そして、彼らの行なうことが可能な働きを知りましょう。あなた方は、彼らが宗教体験をさまよっていることを知らないでしょう。この方法で見るならば、あなた方はこの教会に天の生きた潮流をたくさんもたらすことができません。その教育を知る人がいないのを見るならば、彼らはとても多くのものを必要としていて、この証を伝えています。「神は、恵みに富んでいます。私達が罪の中に死んでいた時でさえ、主の大いなる愛により、主は私達を愛しました。キリストと共によみがえりました。(恵みによって、汝らは救われました)。そして、私達は共によみがえりました。そして、私達は、キリストイエスによって天の場所に共に座につきました」(エペソ2:4-6 KJV)。私達の大いなる必要は一つです。神の働きの中で完全に一つです。
この医療伝道の働きを担うこととその重要性を知ることができない人々は、そのどの相を支配するための努力の権威を考えないでしょう。その人々は、健康改革のあらゆる働きの知識を増す必要があります。その人々は、清められ聖化され高貴にされる必要があります。その人々は、神性の似姿に倣って形成されて形作られる必要があります。その時、その人々は、この医療伝道の働きは神の働きの一部であることを知るでしょう。とても多くの教会メンバー達がこの部門のこの働きを理解していない理由は、その人々が自己犠牲と自己否定によって、一段ずつ自分達の梯子を登っていないということです。この医療伝道の働きは、神の働きで、主の名を帯びています。また、その一方で、資金は、新しい伝道地で行なわれるように、その働きの足を引っ張って妨げるようにこの一つの働き人達の間で使い尽くされてはいけません。それは、重要でないものとしてみなされるべきではないでしょう。
福音伝道の奉仕の働きは、健康な人と病気の人に現在の真理を伝えるための一つの組織です。医療伝道の働きと御言葉を伝える奉仕の働きは、結ばれています。それらが結ばれることによって、主の働き人達の機会は、光/真理を伝えるように、また、社会のあらゆる層やあらゆる知識層に福音を提示するように、与えられています。神は、医療伝道の働きに関心を寄せて、決心をするようこの牧師達とこの教会メンバー達に期待しています。
第4部 医事伝道の働き 11章 教会による無関心と伝道 英文301
なぜ、私達の[教会の]牧師達はみな、医療伝道の働きを前進させている人々と心から協力しないのでしょうか。なぜ、彼らは、主が働いた方法を知ることができて、主の手本に倣えるのに、キリストの生涯を注意深く研究しないのでしょうか。主が行なうために人々の間に来てその働きを批判して立ち向かって去るために(to
stand off and criticize the very work that He came among men to do?)、あなた方の前に主の手本を示して、キリストの牧師達として任命されたのはあなた方のためですか。神の人々が現在の真理に堅実に回心していたならば、彼らが謙虚な心で御言葉を研究していたならば、彼らが全宇宙の神に敬虔で、自分達を喜ばせる代わりに主の意思を研究していたならば、医療伝道の従事者の義務で現在行なわれているこの働きは数年前に行なわれていて、すでに行なわれていたことでしょう。私達の[教会の]人々がこの働きを行なっていたならば、回心した多くの人々の能力と感化力は、キリストがやがて来るというメッセージを伝えるように私達と結ばれたことでしょう。
牧会の働きにおいて、生理学と衛生学を理解している人々は、身体的・知的・道徳的な能力の知的な扱いと適切さについて、彼らがほかの人々に光を照らしてどのように教えるかという手段を見つけるでしょう。それゆえ、その奉仕の働きのために準備している人々は、人間の身体組織体系を賢明に研究しているでしょう。彼らは、薬物による手段ではなく、身体のケアの仕方を知るでしょう。自分自身の生来の演習室から、主は病気からの快方を維持するよう、また、魂の健康と同じく身体の健康の神聖さについてほかの人々を導くよう努力する人々をみな祝福するでしょう。
キリストの大使として、生きている神の言葉を託された人々は、彼らが病人を助ける方法を知っているならば、有用さが倍になるでしょう。健康改革の実際的な知識は、世界の人々に憐れみと報いのメッセージを宣布するように、男性達と女性達と若者達を相応しくするでしょう。
牧師達は、人間が必要としていることをみな正しく認識して理解し、教える者となる必要があります。牧師達は、伝道の奉仕の働きのすべてのラインで実践的な知識を得るように教会メンバー達を励ます必要があります。彼らは、あらゆる社会層の人々を祝福する者となるでしょう。彼らは、責任を与えるべきの人々として、魂のためのケアと見守る能力と任務のある人々、霊的な生活に関連した適切な質問をする人々を素早く識別する者となる必要があります。彼らは、様々な気性の男性と女性と若者がそ立場と役割で、主のための厳粛な奉仕に神が与えた才能を用いて、行なわれるべき働きを定着させるように、それらの人々に教会の働きを進めるメンバーの組織化を支援する必要があります。
私達が慈善を広げようと思うならば、クリスチャンの慈善についての私達の考えで働きがなされる必要があります。実践的な働きは、説教以上のものを成し遂げるでしょう。私達の牧師達のこのアイデアは広められる必要があります。そして、熱心な個人的経験から、彼らはこの[教会の]人々が休眠しているエネルギーを目覚めさせるような言葉を語るでしょう。日毎に、神と結ばれることによって、彼らは自身の生活とほかの人の生活に深い洞察を得るでしょう。このように、牧師達の感化力の輪が広がるでしょう。このようにして、牧師達は光のチャンネルなので、ほかの人々を照らして教化することができて、牧師達はキリストと共に中心的な働き人となるでしょう。
第4部 医事伝道の働き 11章 教会による無関心と伝道 英文303
主の力は、人間の心が、自分の苦しみを顧みず、ほかの人の苦悩に感動して優しい時に現れています。神の使い達は魂のための伝道の奉仕の働きの人間の手段として協力するよう準備しています。主の聖霊が私達の心と知性に働いている時、私達は義務と責任を避けないでしょう。その気の毒な寄る辺ない魂を迷うままに放っておかないでしょう。
キリストが自分の血で買い取った魂においた価値を考えて、主は人々を自分の子らとして養子にして、彼らを主の優しいケアの対象にしています。主の子らは自分達の霊的な必要と現世の必要を供給されているので、主は、主の教会の人々に託しています。「汝らはそれを私の兄弟達の最も小さい一人にしているのですが、汝らはそれを私にしています」と言っています。
これは、私達の標語となるためにあります。「汝らは兄弟達の最も小さい一人にそれを行なったのですが、汝らはそれを私に行ないました」。そして、私達が忠実に、私達の日常生活の中にそれをもたらすならば、私達は「よくやった、汝ら忠実な良い奉仕者達。汝らの主の喜びに汝らも入りなさい」との祝祷の言葉を聞くでしょう。神の試みとクリスチャンのテストとしての忍耐を心がけていますか。
私達自身を呼び出し、選びを確かにするという私達自身の魂の強い望みを清めて聖化する働きは、必要としているほかの人々のための思い遣りの霊感を与えるでしょう。私達がかつてもっていた世俗の慎重な考えとエネルギーは、助けなしに道徳的な質の低下によって滅びる人々のために働く機会を捉えて、私達が抱いているすべての人々に主の奉仕が置かれるでしょう。私達は、キリストが行なったように行なうでしょう。私達は、ほかの人々に助けの手を差し伸べるでしょう。私達が助けられて高尚にされた罪の病の魂達を見る時、また、私達が、常軌を逸した衣服を着て希望を挫かれた人々が、イエスの足もとに座って、正しい知性で主について学ぶのを見る時に、歌と賛美と感謝と共に、私達は天の使い達と神と喜ぶでしょう。 第4部 医事伝道の働き 11章 教会による無関心と伝道 英文304-305
貴重な才能と時間は自分達を喜ばしてケアのために費やされました。けれども、主の手はまだ伸ばされています。そして、私達が主のブドウ園で今日も働いているならば、また、世界中に広げられる主の憐れみの招きを伝えるならば、主は、私達の奉仕を受け入れるでしょう。あなた方が多くの働きをして、安息の地に届けて、「よくやった。汝らは良い忠実な奉仕者です」という挨拶の言葉に値するどれほどの多くの働きをしているでしょうか。永遠の命と栄誉と栄光の冠のために、あなた方はどのように多くの人々を助けているでしょうか。救い主は、働き人達に呼び掛けています。あなた方は自分から進んで引き受けていますか。
第4部 医事伝道の働き 12章 奉仕の報い 英文305
キリストは言いました。「汝らは、昼食や夕食に招く時には、招き返されないように、汝らの友人達や兄弟[姉妹]達、汝らの親族、豊かな隣人を招かず、汝らは夕食会に、貧しい人、体の不自由な人、足の悪い人、盲人を呼びましょう。すると、その人々は汝らに返礼できないので、汝らは正しい人々の復活の際に返礼されるでしょう」(ルカ14:12-14 KJV)。
これらの言葉の中で、キリストは、主自身の生き方の手本を与えて、私心のない奉仕の生き方と世俗の利己的な生き方を対比して示しています。そのような奉仕の働きのために、主は、世俗の人々が与える報いである証人や獲得物を求めていません。主は、「汝らは、正しい人々の復活の時に返礼を受けるでしょう」と言っています。その時、すべての人々の生き方の結果が現されるでしょう。そして、すべての人々は自分が蒔いた物を刈り取るでしょう。
神のための全ての働き人にとって、この考えは一つの動機と励ましになるでしょう。この世界での人生において、神のための私達の働きは、ほとんど成果のないものになるように見えています。良い事を行なう私達の努力は、辛抱強く熱心でしょう。また、私達はそれらの結果の目撃を許されないでしょう。私達にとって、それらの努力は失われているように思えるでしょう。しかし、救い主は、私達に「私達の働きは天において注目されています。その返礼はしくじることができません」と保証しています。使徒パウロは、主の聖霊によって書いています。「私達は良い事を行なうことに疲れないようにしましょう。私達が挫けないならば、当然報われるべき時に、私達は刈り取るでしょう」(ガラテヤ6:9 KJV)。そして、私達は、詩編の言葉を読んでいます。「貴重なタネを涙とともに持って出て行く者は、必ず、穀物の束を持って、喜んで再び帰って来るでしょう」(詩編126:6 KJV)。
そして、また、大いなる最後の報酬は、キリストが来る時に与えられます。神のための心からの奉仕は、この世の人生と同じく、一つの報酬をもたらします。ある働き人を落胆させている障害や反対、苦汁の心痛は、立ち向かわなければならないでしょう。その人は自分の苦労した成果を見ることはないでしょう。しかし、この全てに直面して、彼は、自分の働きの中に祝福された返礼を見つけています。人間のための私心のない奉仕において、神に自分を明け渡しているすべての人々は、栄光の主と協力関係にあります。この考え方は、苦労した全ての働きを労っています。それは、その意思を補強しています。それは、起こることが何であれ、精神を元気づけています。私心のない心に共に働いて、キリストの苦悩に与るものであることによって、高貴にされて、主の共感を分かち合って、彼らは主の喜びの潮の高まるのを助けています。そして、主の高貴な名をたたえて賛美をもたらしています。
神との親交、キリストとの親交、聖天使達との親交によって、彼らは、魂との喜び、知的な活動力、身体の健康をもたらす一つの雰囲気に囲まれています。
神への奉仕に、精神(霊)と魂と身体を聖別した全ての人々は、いつも、新しい身体と知性と霊的な力の資質を受けているでしょう。無尽蔵の天からの供給は、彼らそれらの命令にあります。キリストは、主自身の精神(霊)の息を彼らに与えています。主の聖霊は、彼らに心と知性に働くために最高のエネルギーを放出しています。
「その時、汝は、朝日のように汝の光が輝き出るでしょう。そして、汝の健康は速やかに生じるでしょう。そして、汝の義は汝の前を進むでしょう。主の栄光は汝の報いとなるでしょう。汝が求める時、主は応えるでしょう。汝が叫ぶ時、主は言うでしょう。私はここにいます。汝が、飢えた者に汝の魂を注ぎ出して、苦しめられた魂を満足させるならば、その時、汝の光は薄暗い所に灯され、汝の闇は真昼のようになるでしょう」(イザヤ58:6-10 KJV)。
主の苦悩によって救われている人々へ奉仕の働きをしている者達のために、神の約束事がたくさんあります。「貧しい人を思いやる人は祝福されています。主は、悩みの時にその人を助け出すでしょう。主は、その人々を守るので、そして、その人は生き続けるでしょう。そして、その人はこの地で祝福されるでしょう。そして、そなたは、その人を敵の意思に渡しません。主は、ベッドで元気をなくして伏している人を力づけるでしょう。汝は、ベッドにいるその病気の人を癒すでしょう」(詩編41:1-3 KJV)。「主に信頼しなさい。 第4部 医事伝道の働き 12章 奉仕の報い 英文307
第4部 医事伝道の働き 12章 奉仕の報い 英文307
ほかの人々の良い事のために働く人々は、天の使い達と団結して働いています。彼らはいつも継続して奉仕の働きと親交を持っています。光と力の天使達は、保護、慰め、癒し、指導、霊感を与えるためにいつも近くにいます。この世界の人間のための可能な最も高貴な奉仕、最も真実な教養、最高の教育は、彼らのものです。
しばしば、憐れみ深い私達の天の父は、働きをしている人々の生き方と心に、主の恵みの力の根拠をこの世で見ることを許すことによって、主の子らの信仰を励まして力づけています。「私/主の考えは、あなた方の考えとは違います。私/主の道は、あなた方の道とも違います、と主は言っています。諸天がこの地より高いように、私の道はあなた方の道よりも、また、私の考えはあなた方の考えよりも高いものです。雨が天から降り、雪が天から降り、そして、どちらも戻りません。しかし、水は地を潤して、草木の芽を出させます。それは、種を蒔く者に種を与えて、食べる者にパンを与えるでしょう。」(イザヤ55:8,9 KJV)。このように、私の言葉は口から出て行くでしょう。それは役に立たないままに私に戻らないでしょう。それは、私が喜ぶことを達成するでしょう。そして、それは私が送った物によって繁盛するでしょう。汝らは喜んで出て行くので、平安の内に導かれています。山々と丘並みは歌を持ってあなた方の前に現れるでしょう。そして、野原の木々は、その手をパチパチとたたくでしょう。イバラに代わってイトスギが生えて、ノイバラに代わってミルトスの木が生えるでしょう。そして、それは、主の名声となるでしょう。とこしえのしるしとなって耐えることがないでしょう」(イザヤ58:8-13 KJV)。
品性の形成において、悪い感情を追い出して、神の聖霊のかぐわしい恵みによって発達させて、私達はその約束の成就を見るでしょう。「イバラに代わって糸杉が生えて、ノイバラに代わってミルトスの木が生えるでしょう」。私達は、「バラのようなつぼみを喜んで」命に満ちた砂漠を見上げるでしょう。
キリストは、サタンが働きかけて品位を落として、一見して希望がないように見える人物を主の恵みの対象にして連れて行くことを喜んでいます。主は、人々を苦しみから助け出すこと、不従順に落ちている者を神の錨から助け出すことを喜んでいます。主は、この働きを成し遂げるために主の子らを主の働き人として育てています。そして、その成功によってこの世の生活において、彼らは貴い報いを見つけるでしょう。
しかし、これは、主の大いなる最後の日に明らかにされるどんな喜びと比べることができますか。「さて、私達はガラスを通しておぼろげに見ていますが、顔と顔を相対して見るでしょう」(1コリント13:12 KJV)。今、私達は一部を知っています。しかし、その時、私達は、私達が知られているように知るでしょう。主の喜びに入ることは、キリストの働き人達の報いです。キリスト自身が切望して見ているその喜びは、主の父に主が求めて提示されています。「私は彼と共にいるでしょう。そなたが私に与えた人々を、私がいる所に私と共にいさせてください」(ヨハネ17:25 KJV)。
第4部 医事伝道の働き 12章 奉仕の報い 英文309
キリストが贖った人々は主の宝です。主の貴い特別な宝です。「彼らは冠の石の玉のようになるでしょう」(ゼカリヤ9:16 KJV)、「聖徒達に引き継がれる主の栄光が豊か」(エペソ1:18 KJV)。それらの中に「彼は主の魂の労苦を見るでしょう。そして満足するでしょう」(イザヤ53:11 KJV)。
主の働き人達は、自分達の働きの成果を見上げる時に喜ばないでしょう。使徒パウロは、テサロニケの回心している人々への手紙にこう書いています。「私達の希望、喜び、歓喜の冠は何ですか。私達の主イエスキリストの来臨に当たって、汝ら以外にいないでしょう。汝らは、私達の栄光と喜びです」(1テサロニケ2:19,20 KJV)。そして、彼はフィリピ(ピリピ)の兄弟[姉妹]達に強く勧めています。「命の言葉を掲げて、世界の人々の光として輝くため、私はキリスト[来臨]の日に喜ぶでしょう。、私は無駄な走りをしませんでした。無駄な働きもしませんでした」(フィリピ2:15,16 KJV)。
神と善意に人々を導く聖霊の感動はみな、天の記録の書に記されています。神の大いなる日に、聖霊の働きのために手段として、自分自身を捧げた人々はみな、自分の人生の間に働いたことを見上げることを許されるでしょう。
主の宝庫に二枚の銅貨を捧げた貧しい寡婦は、彼女が行なったことをほとんど知らないでしょう。彼女の自己犠牲の例はあらゆる年代のあらゆる国民の多くの人々の心に働きかけました。それは、富める人と貧しい人、社会的に上と下の層の人々に神の贈り物としての宝をもたらしました。それは、伝道を支えるため、病院を設立するため、飢えている人に食物を与えるため、病人の癒し、貧しい人々に福音を伝えるために助けました。群衆が彼女の私心のない好意を通して祝福されてきました。それらの影響力によって仕事をやり遂げた働きの全てを彼女は神の大いなる日に知ることを許されるでしょう。マリヤの救い主への貴い贈り物のように、どんなに多くの人々が香の入った石膏の壺を壊した記録によって愛の奉仕に感動したことでしょう。そして、彼女はこの結果を見上げた時にどんなにか喜ぶことでしょう。
聖なる感化の働き人として、貴い成果と共に明らかになる素晴らしいことは、視界にもたらされるでしょう。天の法廷で私達と逢う魂達についてどんなにか感謝となることでしょう。自分達の救いをもたらした愛の関心と共感を理解した時に、私達の贖いのためのすべての崇敬と栄光は神に与えられるでしょう。しかし、それは、主が滅びに用意されている魂達の救いに働いた手段に喜びを表すために、神の栄光を逸らさないでしょう。
贖われた者達は、上げられた救い主を示して注目させた人々に会って、その人々だと分かるでしょう。それらの魂達ともてた回心はどんなにか祝福だったことでしょう。その者はこう言うでしょう。「この世界の人々の中で、私は神なく希望なく、罪びとでした。そして、あなた方は私の所にやって来て、私の唯一の希望として、貴い救い主の私の注意を引きました。私は主を信じました。私は自分の罪を悔い改めて、天のキリストの場所に主の聖徒と共に座するようになりました」。ある者は「私は異邦人の国の異邦人の一人でした。あなた方は、慰めの家庭と友人達を残して、唯一の真の神として主を信じ、イエスの見つけ方を私に教えに来ました。私は、偶像を壊して神を礼拝しました。そして今、私は顔と顔を合わせて主を見ています。私は救われています。私が愛している主をいつまでも見上げるために、永遠に救われています。その時、私は、信仰の目によってだけしか主を見ませんでしたが、今、私は主が存在しているのを見ています。私は、主自身の血によって私を愛し、私を洗い清めた主の贖いの憐れみに私の感謝を言い表すことができます。
第4部 医事伝道の働き 12章 奉仕の報い 英文310-311
無知だった私に、あなた方は、私に自分をケアしていた天の父がいることを忍耐強く教えました。あなた方は私のために、貴い神の言葉を読んでくれました。あなた方は、主が私を救うという信仰の霊感を与えました。私のためにキリストが成し遂げた犠牲を深く考えた時、私の心は和らげられ謙虚にされて、優しくなりました。私は、命や命のパンに飢えるようになりました。そして、その真理は私の魂に貴重でした。私はここにいて救われています。私のために主が命を与えた主を讃えるために、また、主が臨在している中にいつまでも生きるために永遠に救われています。
自分達の重荷を負っていたこれらの贖われた人々に会って挨拶する時、なんという喜びがあるでしょう。とても少ない祝福をもった不幸な人々のための祝福となるよう自分自身を喜ばすのではなく生きたこれらの人々は、その人々の心をどれほど感動させたことでしょう。その人々は、この約束に気づくでしょう。「汝らは、彼らが汝に返礼できないので、祝福されるでしょう」。
「汝らは、主にあって汝らの喜びを得るでしょう。そして、私は、この地の高い所に登らせるための根拠となるでしょう。そして、主の口がそれを語ったので、汝らの父ヤコブの相続遺産で養いましょう」(イザヤ58:14 KJV)。
「恐れてはいけません。……私は汝の隠れ家です。そして、汝は多大な報いを受けるでしょう」(創世記15:1 KJV)。(口語訳:私はあなたの盾である)
「私は、汝の一部分であり、汝の相続遺産です」(民数記18:20)
「私のいる所に、また、私の奉仕者がいるでしょう」(ヨハネ12:26 KJV)。
第5部 文書伝道(訪問販売)1章 その働きの重要性 英文313
「すべて川のそばに種を蒔く、汝らは祝福されています」[イザヤ32:20 KJV]。
1章 その働きの重要性
適切に指導された文書伝道の働きは、最も高い所からの指示による伝道の働きです。そして、それは、この時代の人々のための重要な真理を人々の前に置くために働くことができるように、良い成功する方法としてあります。その奉仕の働きの重要性は明白です。しかし、命のパンに飢えている多くの人々は、神を代表する説教者から御言葉を聞く特権を持っていません。その理由のために、私達の出版物が広く販売されることは必要で不可欠なことです。このように、そのメッセージは、生きている説教者が行くことのできない場所に行くでしょう。そして、多くの人々の注目は、この世界の歴史の閉じられる場面に関連した重要なイベント/事件に集められているでしょう。
神は、私達の本に印刷された本に含まれている光/真理を主の人々に提示する手段として、文書伝道の働き人を任命しました。そして、文書伝道者達は、できるだけ、世界の人々の前に霊的な教えと教化のために必要な本の重要な内容をもたらして印象付ける必要があります。これは、この時代の人々が知るための真の働きです。文書伝道者として自分自身を神のために聖別した全ての人々は、この世界の人々に最後の警告メッセージを伝えるための助けをしています。多くの人々は決してその警告を聞くことがないだろうし、この働きが文書伝道者の業績のためにあったのではないので、私達はこれに高い評価をすることができません。
それらの本を買う人は、それらを見ることがほとんどなく、応接間のテーブルの上に置いているか、棚に置いているというのは事実です。たしかに、主は、主の真理をケアしています。そして、それらの本が求められて、読まれる時が来るでしょう。病気の人や災難に遭った人が家にいることがあるでしょう。その書籍に含まれている真理を通して、神は、悩みのある人々の心に希望と安息と平安を送っています。主の愛は、その人々に現されています。そして、その人々は自分達の罪を赦す貴い真理を理解します。このように、主は、自己否定している主の働き人達と協力しています。
第5部 文書伝道(訪問販売)1章 その働きの重要性 英文314
文書伝道者に多くの責任が課されています。彼は、御言葉を説明するために用意した自分の働きのために出て行くでしょう。彼が、あちこちに移動する時、自分の信頼を主に置いているならば、神の使い達は、彼に語るための言葉を与えて、多くの魂達に励ましと希望をもたらすように、彼の周りを守っているでしょう。
文書伝道者は、水のほとり、川のそばに種を蒔く機会を持っていることを覚えておきましょう。彼は、神の働きを行なっていること、すべての才能は主の名の栄誉のために用いられるためにあること、現在の真理の知識を与える本を売っていることを覚えておきましょう。神は、現在の真理を理解しようとしているすべての人々と共にいるでしょう。その人はほかの人々の前に明らかな標準を示すことができるでしょう。神は、分かりやすくはっきりと語りました。「聖霊と花嫁は、来てください、と言っています。聞いている人も、来てください、と言ってください」(黙示録22:17 KJV)。私達は、それを必要としている人々に指導を与えることを先延ばししないように生きています。彼らはイエスの中にあるような現在の真理の知識がもたらされるでしょう。
神の囲いからいなくなった羊は、あらゆる場所に散らされました。そして、彼らのために行なわれる必要のある働きは、軽視されています。[主から]私に与えられた光によって、私は、文書伝道者が一人いるこの伝道地に、百人いる必要があることを知っています。物語の本を売るためではなく、この時代のための本質的な真理を含んでいる本を世界の人々の前に持って行って、文書伝道者達はこの働きを確立するよう奨励される必要があります。
文書伝道者達は、主の言葉を広めましょう。主の戒めに従順な人々とほかの人々に従順を教える人々は、回心した魂達を見ることによって報いを与えられるでしょう。そして、真に回心した一人の魂は、ほかの魂をキリストに連れて行くでしょう。このように、その働きは新しい伝道地へと前進するでしょう。
文書伝道者達によって、なされる大いなる働きの時がやって来ました。この世界の人々は、霊的に眠っています。そして、見張り人として、彼らは、その人々の危険性に眠っている人々を覚ますように警告の鐘を鳴らそうとしています。この教会の人々は、自分達に訪れる[神の日の]時を知らないでいます。しばしば、彼らは、その文書伝道の働きを通して、現在の真理をよく学ぶことができています。主の名によって伝えるために出て行っている人は、神の律法への従順とキリストを通した救いの良い便りを誤解して、霊的な闇にいる群集に伝えるための主のメッセンジャーです。
牧師は忠実にそのメッセージを提示できても、それを聞く人々はすべてを記憶し続けることはできないので、生きている説教者からメッセージを聞く人々のいる所でも、文書伝道者は牧師と協力して自分の働きを進める必要があると、私は[主から]指導されていました。印刷された資料は、それ自体がこの時代のための真理の重要性にその人々を目覚めさせるだけではなく、現在の真理に彼らを据えて根付かせて、間違った騙しに対して、その人々をしっかりと定着させる本質的なものです。雑誌や書籍は、主の人々の手元にあり続けてこの時代のためのメッセージを保っている主の財産です。出版物の真理によって、魂を教化して確立することは、御言葉を語るだけの奉仕の働きによって成し遂げられる働きよりはるかに良い事をするでしょう。文書伝道者の働きを通して、主の人々の家庭に置かれた本の無言のメッセンジャー達は、あらゆる方法で福音を伝える働きに力を添えるでしょう。主の聖霊は主の人々にその本を読むよう、知性に感動を与えるでしょう。主が、御言葉の説教を聞く人々の知性に感動を与えています。同じように、御使い達の奉仕の働きは、牧師の働きが加わったように、現在の真理を含んでいるその本に加わっています。
第5部 文書伝道(訪問販売)1章 その働きの重要性 英文316
霊的な闇を追い払うために私達の側のあらゆる成功した働きの便りと、主が送ったイエスキリストと神についての知識と光を放散することは、その後も伝えられました。その活動は、天のすべての存在者達の共感と協力、支配と権力を通してワクワクするように、天の知者達の前に提示されています。
「神に感謝してください。神はいつも私達にキリストの勝利を与えています。そして、あらゆる所に、私達によって主の知識の香りを現しています。私達は、救われる者にも滅びる者にも、神へのキリストの芳しい香りなので、後者にとって、私達は死から死への香りです。前者にとって、私達は命から命への香りです。そして、これらの事柄に誰が忍耐していますか」(2コリント2:14-16 KJV)。
第5部 文書伝道(訪問販売)2章 文書伝道者の適性 英文317
私達の出版物を訪問販売することは、伝道の奉仕の働きの一つです。それは、伝道の奉仕の働きの観点から指導される必要があります。文書伝道者として選ばれた人々は、奉仕を重荷と考える男性達・女性達である必要があります。その人々の目的は稼ぐためではなくて、多くの人々に光/真理を与えるためです。私達の全ての奉仕は、霊的な闇/無知の中にいる人々に真理の光を与えて神の栄光が行なわれるためにあります。利己的な原則、威厳や地位、稼ぐことへの愛着は、私達の間で、仮にも話題にされるべきではありません。文書伝道者達は、神に、毎日、回心する必要があります。その人々の言葉と行ないは、命から命への香りとなるでしょう。その人々は、救いの感化力を働かせるでしょう。多くの人々が文書伝道の働きに失敗した理由は、その人々が真のクリスチャンではなかったということです。その人々は回心の霊/精神を知りません。その人々は、その働きの行なわれるべき方法としての理論を知っていました。しかし、その人々は神に信頼することを考えませんでした。
文書伝道者達は、紹介して売っている本の中に、地の王達が配っている間違った教理、バビロンのワインが入った杯ではなく、[キリストの]贖いの貴い真理が満ちた杯があることを覚えていてください。あなた方はそれを飲みますか。あなた方の知性はキリストの意思にとらわれて連れて行かれるでしょう。そして、主は、あなた方に主自身の名を上書きすることでしょう。見上げることによって、あなた方は、栄光から次の栄光に、品性からさらなる品性に変えられていくでしょう。神は、あなた方に与える言葉を人々の前に行って話すよう期待しています。主は、あなた方が、救い主の貴い血によって買い取られた人間を高く評価するよう望んでいます(He
wants you to show that you place a high estimate upon humanity, humanity that
has been purchased by the precious blood of the Saviour.)。あなた方が、主の岩の上に落ちて砕かれる時、あなた方はキリストの力を体験するでしょう。そして、ほかの人々はあなた方の心にある現在の真理の力を認めるでしょう。
第5部 文書伝道(訪問販売)2章 文書伝道者の適性 英文318
最も教育を受けた人の知識は、その人がキリストの学校で学んだのでなかったならば、魂達をキリストに導くことに関わらされる時に限って愚かなものです(The
knowledge of the most leaned man, if he has noto leaned in Christ's school, is foolishness
so far as leading souls to Christ is conserned.)。神は、次のような招きを受け入れる人々とだけ共に働くことができます。「重荷を負わされて働きている汝らはみな、私の所に来てください。そして、私は、あなた方に安息を与えるでしょう。汝らは、私の軛を装着してください。そして、私は柔和で心の謙虚な者なので、私について学んでください。汝らは、私の軛が負いやすく、私の重荷は光/軽やかなので、あなた方の魂に安息を見つけるでしょう」(マタイ11:28-30 KJV)。
私達の文書伝道者達の多くの者達のそばに、正しい原則から離れた人々がいます。世俗の優位性を手に入れようという望みによって、その人々の知性は、この働きの精神と現実的な目的から引き離されてしまいました。自慢が人々に正しい感動を与えるとは考えないようにしましょう。これは、最善や最良の成果を確保しないでしょう。私達の働きは、この時代の人々のための厳粛な真理を知性に指導するものです。実際的な成功が私達の努力の結果として現れるのは、私達が謙虚にそれらの真理を人々が注目するよう呼び掛ける時、また、私達自身の心が私達の売っている本の中に含まれている真理の精神を与えられる時だけです。それは、罪を納得させる義と裁きの聖霊が人々の心に感動を起こさせるからです。
私達の本は、主の手段/道具として、主の聖霊が利用できる働き人達を聖別することによって販売される必要があります。キリストは私達の十分な能力となりました。そして、私達は、謙虚に簡潔に現在の真理を提示する必要があります。それ[現在の真理]自身が命から命への香りを伝えさせましょう。
謙遜で熱心な祈りは、この世界中のすべての高価な装飾よりも、私達の書籍の販売の強い味方となるでしょう。その働き人達が自分達の注目を実際に生きていて真実なそれ[現在の真理]に帰るならば、また、その働き人達が主の聖霊に信頼して、信じて祈るならば、主の力はその人々に天の潮流となって強く注がれるでしょう。そして、正しく永続するという印象が人間の心に刻まれるでしょう。祈りつつ働き、働きつつ祈る時、主はあなた方と共に働くでしょう。
文書伝道者はみな、自分自身の力では行なうことができない一つの重要な働きを担っているので、その人々は天使のような奉仕の働きをする積極性と必要性をある程度持っています。もう一度生まれる人、主の聖霊によって快くガイドされる人、キリストの方法でできることを行なう人、人々を天の住人を見守る者達のように見て働く人々は、聖天使達に指導され付き添われるでしょう。文書伝道者達は、人々に特別な道を用意するために住んでいる所に出て行くでしょう。このような助けは、売るために考案する高価な飾りの優位性をはるかに超えています。
人々が私達の生きているこの時代[の終わり]に気づく時、文書伝道者は天の視点で見て働くでしょう。そして、魂に力と光をもたらす本を売るでしょう。また、それらの書籍から霊を飲んで精神を会得するでしょう。そして、人々にそれらを提示する働きに魂の全てを注ぐでしょう。文書伝道者の力や勇気、成功は、それらの本の中に示された真理を自身の体験にどれほど編み込んでいるか、そして、自分の品性の中にどれほど発達させたかに依っているでしょう。
第5部 文書伝道(訪問販売)2章 文書伝道者の適性 英文320
私達の文書伝道者達のために、神が才能を託した人で、神に協力するすべての人々のために、私は「祈りましょう。深遠な体験のために祈りましょう」と勧めます。この時代の人々のために神が与えた貴い真理を研究することによって、あなた方の心が穏やかにされて満たされて出て行きましょう。救いの水をたくさん飲みましょう。その真理は、滅びに備えられている魂を生き返らせるために、あなた方の心の中で湧き出る生きている泉となるでしょう。その時、神はあなた方が正しく与えることができるように、知恵を与えるでしょう。主はあなた方を主の祝福を伝えるためのチャンネルにしているでしょう。主は、あなた方に与えた理解力と知恵をほかの人々に与えることによって、その性質を現してあなた方を助けるでしょう。
私は、あなた方がこのテーマの長さ・広さ・深さを理解できるようにと、また、あなた方が不動の高貴さによって、勇気によって、また、忍耐によってキリストの品性を表す責任を考えることができるようにと、主に祈っています。「そして、あらゆる理解を超えた神の平安が、キリストイエスの中にあるあなた方の心とあなた方の考えを守るでしょう」(フィリピ/ピリピ4:7 RV)。
第5部 文書伝道(訪問販売)3章 福音の働き人としての文書伝道者 英文321
知的で神を畏れ、真理を愛している文書伝道者は、福音の牧師と同じ立場で働いているので尊敬されるでしょう。私達の若い牧師達と牧師として適性のある多くの人々は、真に回心するならば文書伝道の分野で多くの良い働きをすることでしょう。人々と会うことによって、また、私達の出版物を人々に提示することによって、文書伝道者は、簡潔な説教によっては得られない一つの体験をするでしょう。戸毎に訪問する時にキリストの命の香りを伝えて、人々を回心させることでしょう。このように、ほかの人々を祝福する努力によって、自分自身が祝福されるでしょう。また、信仰によって体験を得るでしょう。そして、キリストのために魂を勝ち取る方法を絶えず学ぶでしょう。
私達の牧師達はみな、行く所ではどこでも、購入する気になる本を持って行くよう、自由に考える必要があります。牧師が行く所ではどこでも、売るかあげるかによって、訪問した家庭に一冊の本を残すことができます。この働きの多くは、[三天使の]メッセージを伝えた歴史の初期において行なわれました。牧師達は聖書や宗教書の行商人として活動しました。助けを必要としていた所で働きの前進を支援するため、それらの本を売ることから得た資金を役立てるためでした。それらの人々は、この分野において一つの経験があったので、この働きの方法に関して聡明に語ることができます。
人々に真理を伝える手段として文書伝道につながっている福音の牧師を見下す考えのないようにしましょう。この働きを行なうことによって、その人は使徒パウロが行なったと同じ方法で働いています。彼はこのように言っています。「私がアジアに来た初めの日から、その期間ずっとあなた方とどんなふうに一緒に過ごしたかを汝らは知っています。多くの涙と共に、また、誘惑と共に、知的に謙遜の限りを尽くして主に仕えてきました。ユダヤ人達の偽りの試みの中で、公の場で、また、家から家へと戸毎に訪問して、あなた方の益となることを話して来ました。神への悔い改めと私達の主イエスキリストへの信仰をユダヤ人とギリシア人達に証してきました」(使徒言行録20:18-21 KJV)。雄弁なパウロは、素晴らしい方法で、御自身を現した神のために、心を低くして、多くの涙と試練のうちに家から家へと戸毎訪問に行きました。
第5部 文書伝道(訪問販売)3章 福音の働き人としての文書伝道者 英文322-323
この聖書販売の働きに結ばれた人々と、説教による働き以上に成し遂げる人がいます。キリストの言葉がその人々の心に宿っているならば、この時代の人々のための特別な真理を知性に教えるために、主の言葉をほかの人々に提示する機会を見つけるでしょう。その人々は、この働きを引き受けるように相応しくされています。ある無分別な牧師は、「彼らの賜物は聖書販売人の働きではなく、説教者として働くべきでしょう」と大げさに言っています。このようにその人々は説教者の資格を得るようにと影響されています。そして、自分達の家の家族を訪問して、良い伝道の働きをするための訓練をさせられた例の人物は、彼らと話をして祈るために、貧しい牧師になるため、自分に適したその働きから離れています。たいそう多くの働き人達が必要な伝道地や、多くの良い働きが成し遂げられる可能性のある所を軽視しています。
御言葉の説教は、主が任命した人々によって主の警告メッセージがこの世界の人々に与えられるための一つの手段です。御言葉に忠実な教師は、神の群れへの一人の羊飼いとして表されています。彼は、その働きが正しく理解されて、尊敬される必要があります。真の医療伝道の働きは牧師の奉仕の働きと結ばれています。そして、文書伝道の働きは、牧師の働きと医療伝道の働きの一部となる運命にあります。この働きに結ばれたすべての人々に、私は「あなた方は、人々を訪問する時、自分達が福音を伝える働き人であること、主を愛している者であることを語ってください」と伝えたいです。ホテルに部屋を探さないでください。個人の家に泊まって家族と知り合いになりましょう。キリストは、行った所ではどこでも真理の種を蒔いていました。主に倣う者として、あなた方は、炉端の仕事として最も貴い働きをして、大教師のために証することが可能です。このように、人々と親しくなると、あなた方は病人や落胆した人を知ることでしょう。あなた方がキリストのそば近くにいるならば、主の軛を装着してください。あなた方は、心が傷ついて悲しんでいる人、失望して悲しんでいる人々に慰めと平安のメッセージの伝え方を、日々、主に学ぶことでしょう。あなた方は、落胆している人々に神の希望の言葉を示し、また、祈りによって主による病人の癒しを示すことができます。あなた方は親友として信頼しているように、キリストに話して祈りましょう。神の子として、感じの良い威厳、くつろいだ、優しさを保ちましょう。これは、理解してもらえることでしょう。
文書伝道者は、病人の治療について指導することができる必要があります。彼らは衛生学的な治療の方法を学ぶ必要があります。このように、シンプルな身体の苦しみと魂のための奉仕の働きをして、医療伝道者として助けることができるでしょう。この働きは今、世界のあらゆる地域に前進して行く必要があります。このように、群集が神の奉仕者達の指導と祈りによって祝福されるでしょう。
第5部 文書伝道(訪問販売)3章 福音の働き人としての文書伝道者 英文324-325
文書伝道者が人々の家を訪問している時、しばしば、真理を教える書籍や聖書を人々と共に読むための機会が持てるでしょう。その家の人々が真理を求めていることが分かる時に、彼はその人々と聖書を読む時間が持てます。そうして聖書を読むことは、その人々が必要としていたそのものです。神は、滅びにいる魂に強い関心を示している奉仕者を用いるでしょう。主は、その人を通して指導を受ける用意をしている人々に光/真理を与えるでしょう。
文書伝道の分野で働いているある者は、知識によらない熱心さを持っています。彼らは知恵の欠如のために、また、神学者と教師の行動にとても傾いていたので、私達の文書伝道者達としての立ち位置を制限することはまったく必要なことでした。「私は誰を遣わしましょうか。私達のために誰が行くでしょうか」と、主の声が叫んでいる時、主の神性の霊は「ここに私がいます。私に行かせてください」(イザヤ6:8 KJV)と心で応答しています。しかし、主の祭壇からの燃えている炭火がまず、あなた方の口に触れるということを知性に知らせましょう。あなた方が話す言葉が賢明で清い言葉となる必要があります。その時、あなた方は口に出せない思いと口に出せる思いを知るための知恵を持てるでしょう。あなた方は、神学者のようにあなた方の機知を明かすことをしないでしょう。あなた方は、論争されている教理の点を紹介すること、先入観や高揚した論争的な精神を目覚めさせないように慎重にしているでしょう。あなた方は高揚した反論ではなく、神の言葉の深い知識を期待して心を開いて、語り合うための十分な時間を見つけましょう。
主は、あなた方に魂の勝利者となるように期待しています。それゆえ、あなた方は、人々に教理的な点を強いていませんが、「柔和と恐れと共にあなた方の内にある希望の理由を尋ねるすべての人に答えを与える用意をいつもしている」(1ペテロ3:15 KJV)必要があります。なぜ、恐れるのですか。恐れのないあなた方の言葉は、尊大self-inportantな香りになるでしょう。軽率な言葉が語られないように、その言葉のマナー/礼儀がキリストに似ていないものにならないように、現在の真理がキリストの中にあるように、キリストとしっかりと繫がってください。人々の心は贖いの物語に触れることによって、失望することがありません。あなた方がキリストの謙遜と柔和を学ぶ時、人々に言うことを知るでしょう。なぜなら、主の聖霊が話すための言葉をあなた方に語るからです。聖霊の支配の下に心を保っている必要に気付いている人々は、永遠の命が芽生えるタネを蒔くことができるでしょう。これは福音的な文書伝道者の働きです。
第5部 文書伝道(訪問販売)4章 文書伝道における努力の団結 英文326
完全な団結は、この世界の人々を光/審理で満たそうとしているこの書籍を売る人々の間に存在している必要があります。この文書伝道の働きが私達の人々の間で表されている所ではどこでも、健康に関する本と宗教に関する本は、団結した働きの一部として一緒に提示しましょう。健康の本と宗教の本の関連は、完全な働きの一部として、美しい織物を織り上げるために団結する経糸と横糸として説明するように、私は[主から]提示されています。
過去において、健康の書籍は重要性が指摘されず関心も持たれず、売られてきませんでした。[この教会の]高い層の人々は正しく評価してきたのですが、まだ多くの人々は、それらの本が世界の人々に出て行くことが必要不可欠であるとは考えていませんでした。しかし、何が主の来臨のための良い備えとなることができますか。何が本質的なほかの真理を受け入れるためのよい備えとなることができますか。何が一つの民を準備するために、不健康な習慣と自己放縦を改善するように人々の心を揺り動かしてこの時代の悪を見るよう人々を目覚めさせることのほかに良い備えとなることができますか。この世界の人々は、健康改革の本の中の真理を提示される必要がないのでしょうか。健康の本に関して、過去に流布したものからの様々な意見がこの伝道地の中で、私達の文書伝道者達によって出される必要があります。
分裂と分派は、一般的な働き人と私達の文書伝道者達の間で見られないようにしましょう。[健康の本は]宗教的な本と区別して売ると同時に、健康の疑問を扱う本を売ることに関心を持つ必要があります。このラインは、文書伝道者達の注目を集めるためだけに特化した本として利用されるためにあるのではありません。それ自身の部分の中に釣り合いの取れた発展と、よくバランスの取れた調和の必要があります。
健康の本への軽視は、多くの人々によって扱われてきた神への罪の一つです。この働きの大きな母体から健康の本を分離することは、主の指示の中にありません。現在の真理は、福音の働きに関するもう一つの特徴として確かに健康改革の働きの中に含まれています。一つの枝がほかの枝たちから分離したら、全体が一つの完全となることができません。
健康に関する福音には、有能な擁護者達がいます。しかし、多くの牧師達、各々のカンファレンスの代表者達、影響力のある立場の者達が、それ自身の適切な注目を健康改革の課題とすることに失敗していたので、それら[健康改革]の働きはたいそう厄介な働きとされてきました。彼らは、身体の右腕として [第三天使の]メッセージの働きと関連しているそれ[健康改革]を認めませんでした。牧師達のある者によって、また、この教会の多くの人々によって、ほんのわずかな敬意がこの部門に示されました。その一方で、主は、多くの人々に感動を与えることによって、そのための主の考えを示しました。適切に指導された時に、健康の働きは人々の心に届くように、ほかの真理が入る道を作るために打ち込む一つの楔(くさび)のようなものです。
第三天使のメッセージが十分に受け入れられる時、このカンファレンスの会議の中に、この教会の働きの中に、この家庭の中のテーブルに、そして、すべての家族がそろっている中に、健康改革はそれ自身の位置を与えられるでしょう。その時、その右腕(健康改革)は、身体(教会、福音)全体に仕えて守るでしょう。
しかし、この健康の働きは第三天使のメッセージを普及させる場所がある一方で、それ自身、そのメッセージの場所を占める努力をしてはいけません。健康の本はそれらの相応しい場所を占める必要があります。しかし、それらの本の販売は、行なわれるための大きな働きの中で、多くの働き人達の仕事の単なる一つです。健康の本に関して、文書伝道者達に時々与えた印象の高まりは、人々に紹介されるほかの重要な本が伝道地から閉め出される結果にしてはいけません。文書伝道の働きに就こうとしている人々は、全体の大きな働きの各々の一部門の関連を識別できる必要があります。健康の本の販売に正当に注目しましょう。しかし、このように、世界の人々に特別なメッセージを伝えるこの書籍を閉め出して、生きた関心をほかのラインから人々を引き離して、このラインを卓越したものにしてはいけません。
第5部 文書伝道(訪問販売)4章 文書伝道における努力の団結 英文328
書籍のある種類は、常にほかの本の代わりの場所を占めています。両者が不可欠です。両者が同時にその分野を占める必要があります。それぞれが他者を補完していて、それ自身の位置を占めることは少しもできません。両者が互いに高い価値のある対象として扱っています。また、両者は世界の終末の日のために神の人々を準備する役割を果たす義務があります。両者は現在の真理によって人々を教化するため、目覚めさせるため、確信させるために立つ必要があります。両者が、大いなる栄光と権力を持つ神の息子の来臨を見守って待っている教会の人々を清めて、聖化する働きによって混ざる必要があります。
それぞれを出版する者と一般の働き人は、新しい働き人を獲得して訓練して、今、伝道地にいる働き人達を励まして熱心に働きましょう。それぞれに力づけ合って、ほかの人々の働きを弱らせることなく、可能な限りこの働きを築き上げましょう。みんなで、私心をなくして、兄弟愛の内に行なわれるようにしましょう。
5章 文書伝道の働きのリバイバル 第5部 文書伝道(訪問販売)5章 文書伝道の働きのリバイバル 英文329
文書伝道の働きの重要性が、私の前に[主から]ずっと続いて[示されて]います。この[文書伝道の]働きは、働き人達によって以前に作られていた特徴に後で命が注がれたものではありませんでした(This
work has not of late had the life infused into it which was once given by the
agents who made it their specialty.)。文書伝道者達は、ほかの働き人に結ばれて自分達の福音伝道の働きに呼び出されていました。これは行なわれるべきものではありません。私達の文書伝道者の多くは、真に回心して聖別したならば、この時代のための真理を人々の前に伝えて、どんな人よりもこの働き人の中でもっと成し遂げることができるでしょう。
私達は、終わりが近づいていることを示すために、神の言葉を持っています。私達がキリストと共に働く者となろうとしていなくてもそれ以前に、この世界の人々は警告される必要があります(The
world is to be warned, and as never before we are to be lavorers with Christ.)。その警告の働きは、私達に託されていました。私達は、世界の人々へ光のチャンネルになろうとしています。私達が、大きな光を伝える者から受けた光をほかの人々に与えるために、人々の働きと言葉はみな試されようとしています。私達は今、消極的にならないようにしましょう。それは、先延ばしされることなく行なわれる必要があります。この世界の人々への警告は行なわれようとしています。この文書伝道の働きは、不振になって取り残されないようにしましょう。現在の真理の光が含まれている本が、可能な限り、多くの人々の前に置かれるようにしましょう。
私達の各地のカンファレンスの代表者達と責任者の立場の人々は、この内容の実践者としての義務を担っています。私達の働きのそれぞれの部門は、同等の注目を受けているでしょう。文書伝道者達は、人々が必要としている現在の真理が載っている本を売るよう求められている働きを行なうために、教育され訓練される必要があります。この働きに結ばれるために、クリスチャンの深い体験のある人、よくバランスの取れた知性の人、よく教育された人々を必要としています。主は、ほかの人々を教育する能力のある人々が文書伝道の働きを定着させるよう期待しています。この働きに関心のある若い男性と女性達に本をうまく販売する業務を引き継ぐよう導いて約束に目覚めさせることができる人々、 第5部 文書伝道(訪問販売)5章 文書伝道の働きのリバイバル 英文330
この働きにおいて、一つの体験をした人々は、ほかの人々を教える特別な責務があります。主に仕える者達が主の聖霊によって主について書くために努力した本を売るために、若い男性達と女性達を教育、教育、教育しましょう。神は、私達に真理を受け入れている人々を教育によって信仰深くするようにと期待しています。その人々は、主の方法によって知的に働いて一つの目的を信じるでしょう。経験のない人々を経験のある働き人達に結びましょう。その人々は、働きの仕方を学ぶでしょう。熱心に神を求めさせましょう。それらの人々は、「自分の事と教えの事に気を付けてください」(1テモテ4:16)という神の言葉に従順ならば、文書伝道の良い働きを行なうでしょう。自分達が本当に回心している根拠を持っている人々、文書伝道の働きを始めている人々は、伝道の働きのほかの働き人達のために良い準備をしていることを知るでしょう。
真理を知っている人々がそれを実践するならば、人々がいる所で会うために方法が考えだされるでしょう。世界の多くの地域にエルサレムから聖徒達が外国に散らされてキリスト教会が始まったのは神の摂理でした。キリストの弟子達は、エルサレムや近くの町にとどまりませんでした。その人々は、旅をする本通りを通って、失われた者を求めて神に連れて行くために、自国の境を超えて行きました。今日、神はその働きを多くの場所に前進するのを見ようと期待しています。私達は少しの地域に私達の働きを限定しないようにしましょう。
私達は、神が人々を通して達成しようとしている働きが行なわれないようにして、彼らの手を弱めて、兄弟達を失望させないようにしましょう。伝道の働きを行なう人々に適応する時間を多過ぎないようにしましょう。指導は必要です。しかし、キリストは偉大な教師であることと、真の知恵の源であることをみな覚えておきましょう。若い人も老いた人も自分を神に聖別しましょう。働きに取り掛かりましょう。そして、出て行きましょう。主の聖霊の指導もとで謙虚に働きましょう。学校にいた人は伝道に出かけましょう。そして、得た知識を実際に使いましょう。文書伝道者達がこのことをするならば、神が彼らに与えた才能を使って、主からの勧めを求めて人々のために個人的な働きをして本を売る働きに結ばれるならば、、その人の才能は体験によって増すでしょう。そして、彼らは学校では学べないような多くの実践的な教訓を学ぶでしょう。この実践方法によって得た教育は、天の教育に相応しい期間となるでしょう。
第5部 文書伝道(訪問販売)5章 文書伝道の働きのリバイバル 英文331
私達だけが自分達の目の前にあることを知っていたのであるならば、私達は主の働きをそんなに先送りしないでしょう。私達は、あらゆる者達が篩(ふる)われうる時、篩いの時の中にいます。主は、現在の真理を知っているこれらの人々が主の戒めを従順に守らず、言葉と行ないの中で実行しないならば、その人々を許さないでしょう。私達が、魂達をキリストに勝ち取る努力をしないならば、私達は自分達の霊的な怠惰のゆえに行なわなかったことだけではなく、自分達が行なった働きに責任を問われるでしょう。主の王国に属している者達は、魂達の救いのために、熱心に働く必要があります。主の人々は、主の弟子達の間で特別な印をつけて主の律法を結ぶ働きをする必要があります。
主は、主が御言葉で与えた光/真理は、明るい光の筋として輝くよう期待しています。そして、神の意図が成し遂げられるように団結の努力をして、強く輝き出るのは、私達の文書伝道者の責務です。偉大で重要な働きが私達の目の前にあります。魂達の敵はこのことに気づいています。そして、彼は、その文書伝道者をほかの働きに就くよう導くために自分の力によってあらゆる手段を用いています。この事柄の指示は変えられるでしょう。神はその文書伝道者達に自分達の働きに戻るよう呼び掛けています。主は、機会のある所ではどこでも助け、この働きを明るく照らして教化して、自分達のエネルギーの全てを自主的に注いでいる人々に呼び掛けています。その呼びかけに応答する人は誰ですか。誰が、これらの近くに遠くに離れている人々にキリストの愛と恵みと知恵によって働きに出かけますか。誰が、安寧と団欒を犠牲にして、誤謬と迷信、霊的な無知の地に入って行って、辛抱強く熱心に働いて、真理をわかりやすく語って、信仰によって語り、家から家へと訪問しますか。誰が、聖霊の力を授けられて、キリストのために譴責の言葉を負って、その人々に御言葉を開いて、悔い改めを人々に呼び掛けるために、この時代にキャンプ小屋もない所に出て行くでしょうか。
神は、いつの時代も主の働き人を持っています。ある時の呼び出しは、ある人が来ることによって応えられました。このように、「私は、私達のために行くように、誰を遣わしましょうか」「私がここにいます。私を送ってください」(イザヤ6:8)という応答があるでしょう。
文書伝道の分野で効果的に働く人々はみな、この時代のための真理を知らない魂達のために奉仕の働きministeringによって主の働きをしているということを自分達の心の中で考えましょう。その人々は、主の大いなる日に人々を備えるために大通りや脇道で警告の言葉を響かせています。それは、やがてこの世界の人々を分裂させようとしています。私達は無駄に過ごす時間がありません。私達は、この働きを促進させる必要があります。誰が今、私達の出版物を持って出て行きますか。主は、神性の力と協力しようとしているすべての男性達と女性達にこの働きの相応しさを授けています。勇敢、辛抱強い、信仰、機転など、必要不可欠な才能はみな、身に着ける鎧兜としてやって来るでしょう。偉大な働きが私達の世界の人々の中でな行われようとしています。そして、人間の働き人達がその指示に確かに応答しているでしょう。この世界の人々はその警告を聞く必要があります。「私は誰を遣わしましょうか。誰が私[主]達のために出て行くでしょうか」という呼びかけが来る時、「ここに私がいます。私を送ってください」というはっきりした明確な応答が返されるでしょう。
第5部 文書伝道(訪問販売)5章 文書伝道の働きのリバイバル 英文333
「汝らは、朝に種を蒔いてください。夕方に手を休めないでください。汝らは、どれが成長するかわからないので、これかあれか、両方とも良いものになるか、汝らは知らないからです」(伝道の書11:6 KJV)。
「文書伝道者達の選び」(Selection of Canvasseres)。ある人は、いつもの働きをするために、ほかの人よりもよく努力して順応しています。それゆえ、すべての人々が文書伝道者になることができるという考えを修正していません。また、ある人は、この働きの特別な順応性を持っていません。しかし、その人々は、そのゆえに、信仰がない、意欲がない、と見做されてはいけません。主は、主の求めに不合理性を持っていません。この教会は様々な花たちが咲いている一つの庭園のようなものです。それぞれの花たちはそれ自身の特性を持っています。すべての花たちがいますが、多くの花たちは尊重されています。また、それぞれの花たちは、それ自身の価値を持っています。
神は、主の民の中の異なった性質の人々が、あらゆる場所でどんな人にもそれぞれ合うように訓練されることを望んでいません。どの人にも、異なったものが託されているということをいつも覚えておきましょう。自分が確信している責務に反して、誰かほかの人がその働きを指示することは、どのような人の働きでもありません。計画の示唆と勧めを与えることは正しいことです。しかし、すべての人々が神からの指示を求める自由が残されているでしょう。
「奉仕の働きのための準備」(A preparation for the
Ministry)。神によってこの奉仕の働きに呼び出されたある人々は、文書伝道者として伝道地に入りました。私は[主から]、「家族の者達に神の言葉の真理を直接伝えて、その目的が光/真理の種を蒔くことであるならば、これは大変よい心構えです」と指導されていました。会話によって、その道が聖書の宗教を彼らのために語るように開かれるでしょう。その働きがあるべき所に入ったならば、家族の者達は訪問されるでしょう。その働き人達は、クリスチャンの優しさと魂達への愛を表すでしょう。そして、とてもいいことがその成果となるでしょう。これは、どのような人にとっても、考え方によって奉仕の働きをしている人々にとっても、大変良い体験となるでしょう。
この奉仕の働きに適している人々は、繋がることができるほかの職業がないでしょう。それは、その人々に文書伝道の働きとしての大きな体験を与えることでしょう。
「勤勉な努力」(Enduring Hardness)。試練と誘惑に遭っている人は、その体験によって、神にもっと信頼することを学んで、益を得ることでしょう。その人は、いつも信頼することを考えるでしょう。泣き言は自分の口によって言葉が語られることや、自分の心に好感を持てないでしょう。うまくいっている時、人は自分の成果にしているでしょう。その人の成功は人々の心に神の使い達が働いている証です。その人々は、落胆している時も、励まされている時も天のメッセンジャー達がいつもその人のそばにいることを覚えておきましょう。その人は、主の善意を知っているでしょう。軽快に主を讃えましょう。
キリストは、自分の栄誉を脇に置きました。そして、罪びと達のために苦しむためにこの地上に来ました。私達が、自分達の働きの中で困難に立ち向かうならば、私達の信仰の創始者そして完成者である主を見習うようにしましょう。その時、私達はしくじらないだけではなく、落胆もしないでしょう。私達は、キリストの良い兵卒として、勤勉な努力をしましょう。主が、主の信者達に言っていることを思い出しましょう。「私達は、神と共に労する者達です。汝らは神の家令(財務管理人)です。汝らは神の建物(形成されている人)です」(1コリント3:9 KJV)。
第5部 文書伝道(訪問販売)5章 文書伝道の働きのリバイバル 英文335
神のために働く人々は、落胆に立ち向かうでしょう。しかし、特別な約束がいつも彼らのものです。「ええ、私はいつも、世界の終わりまで、あなた方と共にいます」(マタイ28:20 KJV)。神はこれらの人々に最も素晴らしい体験を与えているでしょう。「私は、落胆するようにならないだけではなく、くじけないでしょう。私はそなたの約束を信じています」。
「報告」(Reporting.)。主のための働きをしていてそのような体験をした人々は、私達の雑誌にその報告書を書きましょう。ほかの人々は、その体験によって励まされるでしょう。その文書伝道者は、福音伝道者として自分の奉仕の働きの中で受けた祝福と喜びを語るようにしましょう。それらの報告の記事はその感化力を遠くに届けるために、私達の雑誌に場所を見つけるでしょう。それらは、この教会の中で命から命へと至る芳しい良い香りとなるでしょう。このように、神は、共に働く者達と働いているということが見られています。
「健康改革の実例」(Example in Health Reform.)。あなた方の信仰のない人々との協力は、自分達が正しい原則から逸れることを許さないようにしましょう。あなた方がある人々のテーブルに付くならば、知性を混乱させない節度ある食べ方をしましょう。明らかに不節制を続けると、あなた方は、自分達の知性の力と体力を弱めている余裕がありません。霊的な事柄を識別できなくなることをしないようにしましょう。あなた方の知性を、神が貴い言葉の真理によってそれを印象付けることができるような状態に保ちましょう。
このように、あなた方は、ほかの人々への感化力を持っているでしょう。多くの人々は、悪い習慣と見做したものを攻撃して、ほかの人々の生き方を正そうとしています。彼らは間違った考え方をしている人々の所に行って、欠点を指摘しています。真の原則を指導するような努力をせず機転の利く指導もしていません。そのような方針は、希望した結果を確保することにしばしば失敗しています。ほかの人々を正そうと試みることによって、私達はあまりにも、それらの論争に目覚めています。そして、このように、良い事よりも害を多く行なっています。人々の落ち度や間違いを指摘するためにほかの人々を見張るのはやめましょう。実例によって教えましょう。あなた方の自己否定とあなた方の食欲への勝利は、正しい原則に従順の実例となるようにしましょう。あなた方の命は、真理の高貴な感化と清めを証するようにしましょう。
神が人々に授けたあらゆる賜物の中で、スピーチ(話す能力)の賜物以上に貴いものはありません。主の霊によって清められたならば、それは、善意/良い物のための一つの力です。私達が確信して説明するのは、話す言葉によってです。それによって私達は、神に祈りと賛美を捧げています。それによって私達は贖い主の愛の豊かな考えを伝えています。そのスピーチの賜物を正しく使用することによって、文書伝道者は、多くの人々の心に真理の貴いタネを蒔くことができます。
第5部 文書伝道(訪問販売)5章 文書伝道の働きのリバイバル 英文337
「(文書伝道の)ビジネスにおける高潔」(Integrity in Business)。この働きは、キリストにつく者になると言っている人々が、福音の原則に従順にしていないために休止されています。ある文書伝道者の中でだらしのない方法が、老いも若きも、学ぶ必要のある重要な教訓があることを働きで示していました。多くの無計画な働きが私の前に提示されていました。ある者は、欠陥のある習慣で自分自身を訓練しました。そして、この欠陥は神の働きに持ち込まれてきました。「トラクト伝道協会」は、文書伝道者達の借金という失敗によって酷い負債に巻き込まれていました。文書伝道者達は出版所から受け取った本の支払いを即座に求められたならば冷遇されていたと考えました。即座に支払いを求めることはビジネスを進めるための唯一の道です。
諸問題は、文書伝道者達が借り越すことなく生活するのに十分に持てるようにたいそう調整されているでしょう。この誘惑の扉は閉じられてかんぬきがかけられる必要があります。しかしながら、誠実な文書伝道者はたぶんいるでしょう。状況は、彼らの働きの中で現れるでしょう。それは、彼らにとっていら立つような誘惑となるでしょう。
怠惰と無精は、クリスチャンという木に果実をもたらしません。神の前に罪なく断って、主の良い本を売る時に不正直や二枚舌を使うことのできる魂はいません。この事を行なう人々はみな、キリストを否定する行動をしています。一方、その人々は、神の律法を教えて守っていると言っています。彼らは、その原則を守ることにしくじっています。
主の良い本は、忠実に売られるでしょう。主は、人々に理性的な力と健康と生き方を託しました。主は、人々に実践されるように知性の力と体力を与えました。そして、それらの賜物は、主の名の栄誉のために忠実に賢明に働かされていないのではありませんか。私達の兄弟達は、自分達の能力として与えられたあらゆる才能にこの責任を課さなければならない、と考えたのですか。彼らは主の良い本を賢明に販売したのですか。あるいは、後先を考えずに主の財産を費やしていて、忠実な奉仕者として天に記されるのですか。また、多くの者は主のお金をあふれるような楽しみに費やしていると言われています。彼らは、自己否定の体験をしないで、虚飾にお金を費やしています。そして、イエスに倣った十字架を負うことにしくじっています。貴い特権を与えられていた多くの人々は、神が与えた機会、自分達の生き方を捨てました。そして今、苦しい事や欠乏を知られています。神は、この働きの様々部門でなされる決定的な改革/改善を呼び掛けています。神の[人類救済]目的と関連して行なわれるビジネスは、正確に、また、厳格に記される必要があります。本質的な改革をもたらす決定的な努力が確立されていませんでした。
「自分達が売る本の知識」(A Knowledge of Their Books.)。文書伝道者達は自分達が売っている本の内容を自分がよく知っている必要があります。彼らは、その重要な文章に関心を引き付ける準備をしている必要があります。
「聖書(宗教書)販売の働き」(Colporter Work.)。文書伝道者は、買うことができない人々に与えるために、自分のトラクト、パンフレット、小さい本を持っている必要があります。このようにして、この真理は多くの家庭に紹介されるでしょう。
「不断の努力」(Diligence.)。文書伝道者がこの働きに入る時、その人は、自分の進路を変えることがないようにしましょう。不断の努力によって、その点を理性的に守りましょう。そしてまた、その人が自分の文書伝道を続けている一方で、その人は、御言葉に慰めを必要としている人と、光を求めている人の魂を助ける機会を無視することはないでしょう。その文書伝道者が神と共に歩んでいるならば、また、その人が天の知恵を祈っているならば、その人は、自分の働きの中で良い事、良い事だけを行なうでしょう。その人は、自分が接触している人の魂の必要と自分の機会を素早く識別するようになるでしょう。その人はキリストに魂を引き寄せるためのあらゆる多くの機会で働くでしょう。その人は、キリストの精神を通して、滅入っている人に言葉をかける備えをしているでしょう。
第5部 文書伝道(訪問販売)5章 文書伝道の働きのリバイバル 英文339
文書伝道者の不断の努力によって、カルバリーの十字架を人々に忠実に提示することによって、文書伝道者は、自分の有用さの力を倍に増やしています。しかし、私達は、働き方を提示していますが、状況は様々な人によって変わるので、訪問した人がみな感動する確固とした方法を展開することはできません。神は、このガイダンスを期待している人々と、[現在の]真理に心を開いている人々に感動を与えているでしょう。主は、主の人間の働き人達に「この人について話してください。イエスの愛について話してください」と言っています。イエスの名前が出されるとすぐに、心が捉えられて和らげられて惹きつけられて、神の使いよりも優しくなって愛するでしょう。
文書伝道者達は、自分達の働きがうまくいく方法を学びつつ、信仰深い学習者になりましょう。そして、その一方で、このように働いて、目と耳と理解力を神から受け入れるために開き続けましょう。彼らは、キリストについての知識を欠いているために滅んでいる人々の助け方を知ることでしょう。
約束の虹がかかっている玉座に、イエスキリストを通してしっかりした信頼の鎖を作って、サタンの罠から人々を連れ戻すため、その人々を神に結んで、働き人達はみな、すべての高度な奉仕のために自分の力を用いて、自分のエネルギーを集中させましょう。
「成功の保証」(Assurance of Success.)。偉大な良い働きが福音の文書伝道によって行なわれるでしょう。主は、人々に機転と才能を与えました。主の栄誉のために才能を託された人々は、特別な網の中に聖書の原則が編み込まれている[ので]、成功が与えられるでしょう。私達は、決してしくじらない主に信頼を置いて、祈って働こうとしています。
文書伝道をしている福音伝道者達は、主の聖霊によって働かされるように自分自身を明け渡しています。生きている信仰によって主に信頼して、忍耐強い祈りによって神から来る力を定着させましょう。主の大いなる効果的な感化力は、すべての真理と共に信仰深い働き人にあるでしょう。
神が人々の前に[現在の]真理を示す熱心な努力をしている福音伝道者と牧師を祝福するでしょう。主は信仰深い文書伝道者達を祝福するでしょう。
神の呼び出しに従順に応答している謙虚で効果的な働き人達は、神性のアシスタントを確かに受け入れているでしょう。聖なる責務をとても強く感じることは、その人自身の品性を高めることです。それは、知的に質の高い活動を続ける体験を力づけて、知性と心を清めるよう求めています。その感化力は、自分自身の生活と同じようにほかの人々にも大きいものです。
軽率な見物人達は、あなた方の働きやその重要性を見ても正しく認識できないでしょう。その人々は、それを自己犠牲や感謝されない生活の仕事、損失のビジネスと考えるでしょう。しかし、イエスにつく奉仕者はそれを十字架から輝き出ている光の中で見ています。主の犠牲と比べると、祝福された主に属する人々[の自己犠牲]は小さく見えています(His
sacrificices appiear small in comparison with those of the blessed Master,and
he is glad to follow in His steps.)。そして、その人は主の足跡について行くことを喜んでいます。その人の働きの成功は、その人に最も聖なる喜びを与えています。そして、それは忍耐強い生活の戦いのための豊かな返礼です。
第6部 注意と勧め 1章 もてなしの演出 英文341
「汝の耳は汝の後ろから、‟これはその道です。汝はそのその中に歩みなさい”という声を聞くでしょう」[イザヤ30:21 KJV]。
1章 もてなしの演出
Showing Hospitality
聖書は、もてなしの実践について、たくさんの例を提示しています。聖書は、もてなしを義務として課しているだけではなくて、もてなしがもたらす恵みと祝福の体験の美しい場面を多く描いています。それらの中で、アブラハムの体験が最も多くあります。
創世記の記事の中で、私達は、夏の暑い午後にマムレにある樫の木陰で、自分のテントの入り口に休んでいる父祖がいることを知ります。三人の旅人が近くを通り過ぎようとしています。彼らは親切心を求めず、もてなしのアピールをしません。しかし、アブラハムは、休憩しないままに彼らが道を進んで行くのを許そうとしません。彼は、仕事を指図することに慣れていて、高い名誉のある人で、財産のある人、熟年の人です。また、その見知らぬ旅人を見て、彼は「テントの入り口から彼らに会うために走り寄りました。そして、地面に膝をつきました」。そのリーダーに話しかけて言いました。「わが主よ。あなたの前に私が恵みを得たならば、通り過ぎないでください。しもべからそなたにお願いします」(創世記18:2,3 KJV)。彼は自分の手で水を持って行ったので、彼らは自分達の旅で汚れた足を洗ったことでしょう。彼は自分で旅人の食物を選びました。一方、旅人達は涼しい木陰の下で休んでいました。彼の妻サラは、旅人達のための食事の用意をしました。そして、彼らがもてなしを受けて食事をしていた間に、アブラハムは丁重に彼らのそばに立っていました。彼は、二度と彼の近くの道を通ることがないと思われる見知らぬ旅人、通り過ぎて道行く旅人に、この親切をシンプルに示しました。やがて、その食事が終わると、彼のゲスト達は立ち上がって証しました。彼は、天の使い達だけではなく、彼らの栄光の指揮者、自分の創造者、贖い主、王に奉仕の働きをしました。そして、アブラハムへの天の勧めが開示されました。そして、彼は「神の友」と呼ばれました。
アブラハムの甥のロトは、ソドムに家を建て住んでいた間、父祖達の親切ともてなしの精神/霊を授けられました。夕暮れに二人の見知らぬ旅人が、町の門を見ています。そして、その悪い町に危機が密かに襲うのを知っています。ロトは彼らに強く勧めて自分の家に連れて行きました。彼は、自分と家族が滅びる結果になるだろうという考えを知らせませんでした(To
the peril that might result to himself and his household he gave no thought.)。家のない者のケアと危険に晒された者を保護することが彼のライフワークの一部でした。そして、彼の家に天使達を連れて来て、見知らぬ二人の旅人を親切にもてなしました。彼が保護しようとした人々は、彼を保護しました。夕暮れに、彼は自分の家のドアの中に安全を守るために彼らを導き入れました。夜明けに、彼らは、破滅する運命にある町の門から安全な所に彼と彼の家族を連れ出しました。
これらの寛大な活動について、神は主の言葉の中に記録するために十分に重要なものだと考えました。数千年後に、それらは霊感を受けた使徒によって言及されました。「見知らぬ人々を忘れないようにしてください。ある人々は気づかずに、天使達をもてなしました」(ヘブライ13:2 KJV)。
アブラハムとロトに実現したその特権は、私達にも[実現することが]否定されていません。神の子らへのもてなしを表すことによって、私達は私達への住み家に主の御使い達を受け入れているでしょう。私達の日々にさえ、人間の姿をした御使い達が人々の家に入って、その人々のもてなしを受けています。そして、神のような容貌の光の中に生きているクリスチャン達は、目に見えない天使達がいつも同行しています。聖なる者達は去った後、私達の家に祝福を残しています。
「もてなしの愛」は、教会の中で責任を負おうとしている人に注目して、主の聖霊によって特別な人々に与えられています。そして、教会全体は指令を与えられています。「嫌々ながらではなく、お互いにもてなし合いましょう。すべての人は賜物を受けたので、神のいろいろな恵みの良い家令として、互いに同等に奉仕の務めを果たしましょう」(1ペテロ4:9,10 KJV)。
第6部 注意と勧め 1章 もてなしの演出 英文343
主のための正当な働きの時のゲストの求めに用意をすることは、キリストの自己否定の一つです。私達は、手の込んだもてなしで用意して、自身の家族の必要に注視することを奪われています。そして、彼らの手本はほとんど同じような方針に従うよう導いています。
必要のない心配と重荷がゲスト達のもてなしへの見せびらかしにする望みによって作り出されています。食卓の用意のために様々なものをたくさん用意するために、その家の主婦は働き過ぎています。多くの皿に料理を用意してゲスト達は食べ過ぎて病気で苦しんでいます。一方では働き過ぎていて、一方では食べ過ぎという結果になっています。それらの入念な手の込んだ御馳走は、重荷であり害です。
しかし、主は、私達が兄弟達と姉妹達の関心をケアするようにとデザインしています。使徒パウロはこのことについて説明を加えました。ローマの教会の人々に、彼はこう言っています。「私はあなた方に、ケンクレアにある教会の執事、私達の姉妹フィベを推薦します。汝らは主によって、聖徒になるように彼女を受け入れています。そして、彼女は援助を行ないました。そしてまた、私自身への援助もしたので、汝らは、彼女があなた方を必要としていた務めの何かで彼女をアシストしています。」(ローマ16:1,2 KJV)。フィベはその使徒[パウロ]をもてなしました。そして、彼女はケアを必要としていた見知らぬ人をもてなす方法で注目されていました。彼女の手本を、今日のこの教会の人々が見倣う必要があります。
神は、「私と私の家族」のために、しばしば現れた利己的な関心に失望しています。この精神に好意的な全ての家族は、キリストの生涯で例証された純粋な原則によって回心する必要があります。自分の中に閉じこもっている人々、ゲスト達のもてなしの計画を練ることに快く思わない人々は、多くの祝福を失っています。
私達の[教会の]働き人のある者は、見知らぬ人や私達自身の兄弟達の両方、しばしばゲスト達をもてなす必要のある部署で働いています。このカンファレンスは、このことについて責任を取る必要があるでしょう。また、彼らの通常の賃金に加えて、彼らはこの特別な出費をカバーするための十分な額を認められるべきだと言っています。しかし、主は、主の人々のすべてにもてなしの働きを与えました。彼らの兄弟達をもてなすために支払われる働き人達のため、あるいは、一つの教会や一つのカンファレンスのためのもてなしをすることは、一人や二人のための神の指示によるのではありません。これは、利己心が生じる一つの発案です。そして、神の御使い達はそれらの事柄の責任を求めているでしょう。いろいろな働きの部門で伝道者や福音伝道者として各地を巡回している人々は、彼らが働いている人々の間、教会メンバーからのもてなしを受ける必要があります。兄弟達と姉妹達は、個人的な犠牲になっていても、それらの働き人達に家を提供しています。
キリストは主のためのもてなしのすべての出費を被った責任を負っています。主は、この働きに必要な全てを供給しています。彼らの兄弟をキリストのためにもてなし、自分達とゲスト達のために益となり、訪問者に最善を尽くす人々は、特別な祝福の価値があるとして、天に記録されています。
キリストは、もてなしの教訓として自分自身の命を与えました。あの海のそばで、おなかの空いた群衆に囲まれた時、主は、身体に元気をつけないままに家に帰しませんでした。主は弟子達に「汝らはこの人々に食べ物を与えなさい」(マタイ14:16 KJV)と言いました。そして、創造的な力の行使によって、主は、人々の必要を満たすために十分な食物を供給しました。また、その食物はなんとシンプルに用意されたことでしょう。それには豪華さがありませんでした。天の供給源のすべての指揮権を持っていた主は、豊かに食物を配ることができるように、天の供給源にあらゆるものを持っていました。しかし、主は、人々の必要を満たすために十分だっただけでなく、その湖の漁民の日常の食物を供給しました。
第6部 注意と勧め 1章 もてなしの演出 英文345
キリストは、贅沢な望みを満たすことによって、主に人々を惹きつけようとはしませんでした。神が提供したシンプルな食物は、主の力の補償だけではなく、神の愛と主の優しさで、人々の通常の生活の必要な物をケアしています。主は、命のパンを食べるように与えました。これは、私達への手本です。私達の食物は、不十分で質素となることもあるでしょう。私達の多くは貧困によって閉め出されることもあるでしょう。私達の供給源は、二匹の魚と五つのパンが人々にあった以上に多くはないでしょう。また、私達は、これらの人々の必要につながる時、キリストは私達に「汝らが人々に食べ物を与えなさい」と命じています。私達が与える時に、私達は自分達が持っている物を与えようとしています。
この関連で、ザレプタの寡婦の物語を読んでください。異邦人の土地に住んでいるこの女性のために、神は、飢饉の時の食物の求めに主の奉仕者を送りました。「そして、彼女は言いました。そなた達の神、主は生きています。私は焼きパンがありません。樽の中の一握りの粉と、小さい壺にわずかの油しかありません。私は、薪を二本拾ってきて、それを調理して、自分と息子のためにそれをして死のうとしています。そこで、エリヤは彼女に言いました。「心配する必要はありません。汝が言ったことを行って行ないなさい。しかし、まず初めに私のために小さい焼きパンを作ってください。そして、私の所に持ってきてください。その後で、汝の息子と汝のために作ってください。イスラエルの神、主は、このように言っているので、大麦の粉は尽きないでしょう。主が地の上に雨を送る日まで、小さい壺の油もなくならないでしょう。そこで、彼女はエリヤが言ったように行ないました」(1列王記17:12-25 KJV)。
このフェニキア人の女性によって、神の預言者にもてなしを演出することは素晴らしいことです。彼女の信仰と気前の良い報いはもっと素晴らしいことでした。「彼女と、彼[エリヤ]、彼女の家の者はその後、多くの日々、エリヤによって主が語ったように食べました。
これらのことが過ぎた後で、その家の女主人、その女性の子どもが病気になりました。その子の病はたいそう重くて、呼吸をしなくなりました。そこで、彼女はエリヤに‟そなたは神の人です。私はそなたに何をしましたか。そなたは、私の罪を思い出されるために、そして、私の息子を殺すために私の所に来たのですか”と言いました。彼は彼女に言いました。汝の息子を私に渡しなさい。そして、彼は、彼女の胸からその子を受け取って、屋上に昇って、自分の部屋のベッドに寝かせました。……三度、その子の上に身を伸ばして、主に呼ばわりました。……主はエリヤの声を聞きました。その子の魂は彼に戻りました。彼は生き返りました。エリヤはその子を抱いてその家の部屋から出て降りて、母親に渡しました。そして、エリヤは言いました。見てください。汝の息子は生きています。そして、その女性がエリヤに言いました。今このことによって、私は、そなたが神の人であること、そなたの口にある言葉が主の言葉であることを知りました」(1列王記17:15-24 KJV)。
神は変わりませんでした。主の力は、エリヤの時代にあったよりも弱くなってはいません。キリストが「預言者の名によって預言者を受け入れる者は、預言者の報いを受けるでしょう」(マタイ10:41 KJV)と言って、私達の救い主が約束していることによって言われていた時以上に、今も弱くなっていません。
主の最初の弟子達と同じように、現在の主の忠実な奉仕者達のために、主の言葉は適用しています。「あなた方を受け入れる者は、私を受け入れています。私を受け入れる者は、私を遣わした主を受け入れています」(マタイ10:40 KJV)。主の名によって表される親切な行動は、知られることも報いを与えられることもしくじることがないでしょう。同じように、キリストを知る優しさは神の家族の弱い人々、社会の底辺の人々さえも巻き込んでいます。主はこう言っています。「誰でも、これらの小さき人々が飲むために、」――キリストについての知識と信仰において、子ども達のようなこれらの人々に――「一人の弟子の名によってわずかいっぱいの水でも与える人は、本当に、私はあなた方に言います。その人は自分の報いを失うことがないでしょう」(マタイ10:42 KJV)。
第6部 注意と勧め 1章 もてなしの演出 英文347
兄弟・姉妹のみなさん。親切な世話ともてなしを必要としている人々をあなた方の家庭に招いてください。しかし、あなた方が、真のクリスチャンのもてなしを示して、世話をして、彼らの必要を知る時、見せびらかしはしないでください。社会的な親交には、貴い特徴があります。「人は、パンだけで生きているのではありません」。そして、私達は、私達のこの世の食物をほかの人々に与える時、キリストのような愛と励ましと、希望を与えようとしています。神に慰められている私達が[主の]慰めによって、悩みにいる人々を慰めようとしています」(1コリント1:4 KJV)。そして、私達は、「神はあなた方にたくさんの恵みを送ることができます。汝らはいつもあらゆるものを十分に持ってあらゆる良い行ないに満ちるでしょう」という保証があります。
私達は、罪と誘惑の世界に生きています。私達の周りのすべての人は、キリストから離れて滅びている魂です。そして、神はあらゆる可能な方法で人々のために働くよう期待しています。あなた方が快適な家を持っているならば、家のない若者をそこに招きましょう。それらの人々は助けを必要としています。その人は、礼儀正しい敬意のある共感と親切な言葉を必要としています。あなた方が彼らをキリストに連れて行きたいのであれば、あなた方は主の血で買い取られた彼らのために、愛と尊敬を現す必要があります。
神の摂理によって、私達は、憐れみと同情を必要としている多くの人々と、それらの未熟な人々と協力しています。彼らは弱いので、救いの手を必要としています。若い人々は助けを必要としています。主の力によって、慈愛の人々は、無知の寄る辺ない人々へ向けて実践しています。そして、これらの人々は、主の最も小さき人々として数えられました。私達は、クリスチャンの品性を形成するために、彼らの未来の福祉のために働く必要があります。最も助けを必要としている人々は、その時に、私達の辛抱強さを激しく試しているでしょう。キリストはこう言っています。「あなた方は、これらの小さい者の一人でも軽んじないように気を付けなさい。私は、あなた方に言います。天にいる彼らの御使い達は天にいる私の父の顔を見上げています」(マタイ18:10 KJV)。それらの魂達のために奉仕の働きをする人々のために、救い主は強く言っています。「汝らは、私の兄弟達の一人に最も小さい一人に行なったのですから、汝らはそれを私に行なっていたのです」(マタイ25:40 KJV)。
この働きを行なう人々の眉は、犠牲の冠を被ることでしょう。しかし、彼らは報いを受けることでしょう。天において、私達は、私達が自分の家に招いた人々、誘惑を避けるように導いた人、私達が助けた人々を見ることでしょう。私達は、神の栄光の輝きを反映している人々の顔を見ることでしょう。「彼らは主の顔を見るでしょう。そして、その名は、その人々の額にあることでしょう」(黙示録22:4 KJV)。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文349
[1.創造者・清め主、聖化・従順]
大いなる祝福が、安息日遵守に含まれています。そして、神は安息日が私達にとって、喜びの日となるようにと望んでいます。安息日の創設には、喜びがありました。神は、その手の働きを満足して見ました。主が造ったすべてのものに、主は「大変良い」(very
good)(創世記1:31 KJV)と宣言しました。天と地[の住民]は喜びに満たされました。「明けの星たちは共に歌い、神の子達はみな、喜びの声を上げました」(ヨブ38:87 KJV)。主の完全な働きに汚点を付けるためにこの世界に罪が入ったのですが、神はすべての造られたもの達が全能者の計り知れない憐れみと善意を証するものとして確かに安息日を私達に与えています。私達の天の父は、人々の間で安息日が守られることを通して、人々が主自身の知識を保つことを期待しています。主の安息日が、主を私達の知性に真に生きている神として指導するよう、また、私達が命と平安を持てるようにと、主は望んでいます。
主が、イスラエルの人々をエジプトから連れ出して主の律法を託した時、偶像崇拝者達から識別されるためにあった安息日を守るように、主は彼らを教えました。人々の創造者として主を受け入れることを拒む人々と、神の統治を認める人々との間を識別して分けるということはこういうことです。主はこう言いました。「それ[安息日]は、私とイスラエルの子らの間の永遠のしるしです。それゆえ、イスラエルの子らは、永遠の契約として、自分達とその子孫を通して安息日を守るでしょう」(出エジプト記31:17,16 KJV)。
主の安息日は、イスラエルの人達がカナンの地に入るためにエジプトを出た時に、イスラエル人であることを識別したしるしだったように、現在の神の人々が天の安息の地に入るためにこの世界の人々から出る時に識別しているしるしです。主の安息日は主の人々と神の間に存在している関係性の一つのしるし、主の人々が主の律法を敬っているという一つのしるしです。それは、主に忠実な者達と律法違反者達との間を識別しています。
雲の柱から、キリストは安息日に関してこのように宣言しました。「汝らは本当に私の安息日を守るでしょう。なぜなら、それは、あなた方とあなた方の子孫と私の一つのしるしだからです。汝らは、私があなた方を清める主であることを知るでしょう」(出エジプト記31:13 KJV)。創造者としての神のしるしとして、この世界の人々に与えられた安息日は、また、清め主としての主のしるしです。すべてのものを造った主の力は、人の魂を主自身に似たものとする力です。安息日を聖なる日として守るために、それは聖化のしるしです。真の聖化は、品性において主と一つになる神との調和です。それは、主の品性について、写しがあるそれらの原則への従順を通して受け入れられています。そして、主の安息日は従順のしるしです。第四番目の戒めに心から従順にしている人は、その律法全体に従順でしょう。その人は、従順を通して聖化されるでしょう。
[古代]イスラエルの人々と同じように、私達のために「永遠の契約」が与えられています。主の聖なる日を敬う人々のために、主の安息日は、主に選ばれた人々として、神がその人々を認めている一つのしるしです。主が、主の契約をその人々に果たすという誓約です。神の統治のしるしを受け入れている魂達はみな、永遠の契約のその神性の下に自分自身を置いています。その人は、従順の金の鎖に自分自身を結んでいます。その環のすべては一つの約束です。
十の戒めの内、第四の戒めだけが、天と地に属する創造者、偉大な律法の賦与者の紋章sealを含んでいます。この戒めに従順な人々は、主の名を自分自身に負っています。そして、それを含んでいる祝福のすべてはその人々のものです。「主は、モーセに言いました。アロンとその息子達に言いなさい。この知恵によって汝らは、イスラエルの子らを祝福するでしょう。
「主は、汝らを祝福して、汝らを守っています。
主は、顔の輝きで汝らを照らしています。汝らに喜びがあるでしょう。
主は、顔を汝らに向けて、汝らに平和を与えています。
そして、その民は、イスラエルの子らに私の名を記すでしょう。
そして、わたしは、その民を祝福するでしょう」(民数記6:22-27)。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文351
詩編記者は、主の聖霊によって、このように語っています。
「さあ、来てください。私達は主に向かって歌いましょう。
私達は、救いの岩に向かって、喜ばしい声を上げましょう。
主は、偉大な神です。
すべての神々にまさって、偉大な王です。
地の深い所は、主の手の中にあります。
丘の強固な要塞は主の手にあります。
海は、主のものです。主はそれを造りました。
主の手は、乾いた地を造りました。
さあ、来てください。私達は、ひれ伏して拝しましょう。
私達は、私達の造り主、主の前に膝をつきましょう。
主は、私達の神です」。 詩編95:1-7 RV
「私達を造ったのは主です。そして、私達は、主のものです。
私達は、主の民です。そして、主の牧場の羊です」。 詩編100:3 RV
イスラエルに与えられたこれらの約束は、現在の神の民のためです。それらは、安息日が私達にもたらしている主の安息日のメッセージです。
2.安息日遵守の改革/改善
[破れを繕う]
主の安息日は、主の人々と神を結ぶ金の留め金具です。しかし、主の安息日は破られてきました。主の聖なる日は神聖さを汚されてきました。主の安息日は、罪の特別な人によって、その位置から引き離されてきました。そして、普通に働く日がその代わりに高められてきました。主の律法に一つの裂傷が付けられました。そして、この裂傷は、回復される必要があります。真の安息日は、神の休みの日として、正しい位置に高められようとしています。イザヤ書の58章に、神の人々が行なおうとしている働きが書かれています。その人々は、主の律法をほめたたえようとしています。また、捨てられる前の場所に据えるため、そして多くの世代を興すため、それを誉れあるものにしようとしています。この働きを行なう人々に神はこのように言っています。「汝らに属する者である子らは、久しく見捨てられた所を建て直すでしょう。そして、汝らは、多くの世代の子孫を興すでしょう。そして、汝らは破れを繕う者、そこに住む者のための道を回復する者と呼ばれるでしょう。汝らが、安息日を主の栄誉、聖、喜びの日と呼び、主を誉めたたえるならば、また、汝ら自身の道を行なわず、汝ら自身の楽しみを見つけず、汝ら自身の言葉を話さず、主の安息日から汝らが足を翻して、私の聖日に汝らの楽しみから立ち去るならば、その時、汝らは、主にある汝ら自身を楽しむでしょう。そして、私は、汝らが、あの地の高い所に上るための根拠を与えるでしょう。そして、汝らの父ヤコブとその子孫と汝らに食物を与えるでしょう。主の口がそれを語りました」(イザヤ58:12-14 KJV)。
安息日の論争は、一部の側に立つこの世界全体の人々に最後の大論争として、湧き上がろうとしています。人々は天にある原則以上に、サタンの原則を尊んできました。その人々は、サタンが自分の権威のしるしとして得意になってきて偽の安息日を受け入れました。しかし、神は主への忠誠の資格として主のしるしを制定しました。それぞれに定められた安息日は、それぞれの権威を示して消し去ることのできないそれ自身の創始者の名を帯びています。このことを理解するよう人々を導くことは、私達の働きです。私達は、それが謀反の王国のしるしを受けるか、神の王国のしるしを受けるか、命の結果の属していることを人々に示そうとしています。その人々は、自分達が受けているしるしは、王国の住民として自分達を認識しているからです。神は、踏みにじられた主の安息日についての標準を高く掲げるよう、私達に呼び掛けました。なんと、重要なことでしょう。その時、主の安息日を守るという私達の手本は正しいものとなるでしょう。
新しい教会の設立において、牧師達は主の安息日を適切に守るように注意深い指導を与える必要があります。私達は、神の聖なる休みの日を守ることを告白している人々が追随して、日曜日を守る人々の間で広まっていて厳密でなく緩い護り方にならないように守る必要があります。謀反の王国のしるしを受けている人々と神の王国のしるしを受けている人々が明確に識別されようとしているその境界線は、明確に作られる必要があります。安息日遵守者だと告白した多くの者達によって、安息日が攻撃されている以上に、神聖性に攻撃が仕掛けられています(Far
more sacredness is attached to the Sabbath than is given it by many professed
Sabbathkeepers.)。精神においても、文字通りの意味においても、主の戒めに調和せず、安息日を守ってこなかった人々によって、主はひどく不敬にされてきました。主は、安息日の護り方において、一つの改革/改善を呼び掛けています。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文353
2.安息日のための備え
第四の戒めにおいて、「覚えていなさい」(Remenber)と言っています。主は、群集の世話をしている最中で、当惑している人は、律法な十分な要求に向き合う自分から逃れたい誘惑、あるいは、律法の重要性を忘れたい誘惑にかられることを知っていました。ですから、主は「安息日を覚えていなさい。その神聖さを守るように」(出エジプト記20:8 KJV)と言いました。
週のすべての日を通して、私達は知性に安息日を覚えていよう、そして、その戒めによってそれを守る備えをしようとしています。私達は、単に法律的な事柄として単に、安息日を守ろうとしているのではありません。私達は日常生活のすべてのやり取りをする時に、霊的/精神的に理解しようとしています。神と人々との間の一つのしるしとして安息日を考える人々はみな、自分達を聖化しているのは神であることを表して、主の統治の原則を現すでしょう。その人々は、主の王国の律法(法律)を日常の行動にもたらすでしょう。日々に自分達に安息をもたらす安息日の聖化は、自分達の祈りとなるでしょう。毎日、その人々は、キリストとの親交を持つことでしょう。また、主の品性の完成の実例となるでしょう。毎日、その人々の光/真理は、良い働きとしてほかの人々に輝き出るでしょう。
神の働きの成功に付随しているすべてにおいて、第一の勝利は家庭生活において勝ち取られようとしています。ここで、安息日のための備えは始められる必要があります。一週間を通して、親達は自分達の家庭が天の用意されるように自分達の子ども達が一つの学校になるためにあるということを覚えておきましょう。親達の言葉、正しい言葉になるようにしましょう。親達の子ども達が聞くべきではない言葉が、親達の口から出ないようにしましょう。その精神は、怒りから自由が保てるようにしましょう。親のみなさんは、聖なる神の視界の中にいるように一週間を生きている間に、主のための教育訓練をあなた方の子ども達に与えていました。あなた方の家庭の中の小さな教会での主のために訓練しましょう。安息日にすべて、主の聖所で礼拝のための用意がされるようにしましょう。朝毎、夕毎に、あなた方の子ども達に、主の血がもたらした信仰遺産として、神を現しましょう。神を愛して奉仕することが、子ども達の最も崇高な義務と特権であることを子ども達に教えましょう。御言葉の聖句は子ども達の口にしばしばあるでしょう。特に、これらの聖句は、宗教的な奉仕のために心を添えるでしょう。その貴い言葉は、しばしば繰り返されるでしょう。「私の魂は、ただ神を待っています。私の望みは、主にあるからです」(詩編62:5 KJV)。
安息日がこのように覚えられている時、世俗の霊性を蝕むことを許されないでしょう。六日の働く日に関連した義務は、安息日のために残されないでしょう。一週の間に、私達のエネルギーは、主が休んだ日に世俗の仕事に使い尽くされないでしょう。そして、私達は元気づけられました。私達は、主の奉仕に結ばれることにたいそう弱るようになるでしょう。
主の安息日のための備えは、一週間を通してなされるためにある一方で、金曜日は特別な備えの日となるためにあります。主はモーセを通してイスラエル子らに語りました。「あしたは、主のための聖なる安息日の休みです。汝らは、きょう焼こうとしている物を焼いて、きょう煮る物を煮なさい。残ったものをあなた方のために朝まで残るように保存しておきなさい」。「そして、その人々は歩き回ってそれ[マナ]を集めました。そして、ひき臼でそれを碾いて、または、臼でそれをついて、鍋で焼いてそれで焼きパンを作りました」(民数記11:8 KJV)。そこには、イスラエルの子らのために、天が送ったパンの用意に行なわれるための何かがあります。主は、その民に備えの日、金曜日に行なわれるべきこの働きを語りました。これは、その人々への一つのテストでした。神は、安息日の神聖さを守るかどうかを知ることを望んでいました。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文355
多くの人々は、安息日の礼拝の集会に参加する仕方を指導される必要があります。その人々は、その週の間に着ていた普通の衣服で神の臨在に入ろうとしてはいけません。神の家の奉仕に出席する時に着るように、みな、安息日の特別なスーツを持つ必要があります。私達は世俗のファッションに迎合しないようにしましょう。私達は自分達の外見について無関心でいようとしてはいけません。私達は小ざっぱりとし仕立て上げられた飾りのない衣服にしましょう。神の子らは飾りが無く、清潔にできるでしょう。
金曜日に、安息日のための備えを完全になされるようにしましょう。みんなの衣服が整えられて、調理は行なわないようにしましょう。ブーツはきれいに磨かれ、入浴もしましょう。これを行なうことは可能です。あなた方がそれをルールにするならば、あなた方はそれをすることができるでしょう。安息日は、修繕、食物の調理、楽しいこと、その他、世俗の仕事をするために与えられようとしているのではありません。日没前に非宗教的な働きを済ませて、非宗教的な雑誌を片付けましょう。親達は、自分の子ども達にその目的と自分達の働きを説明して、子ども達を主の戒めのための安息日を守るための自分達の備えを分かち合いましょう。
私達は、安息日の始まりと終わりの縁を熱心に守りましょう。そのあらゆる時間は聖なる時間として聖別されていることを覚えておきましょう。可能な時はいつでも、その人々が知性を鎮めて主の日を喜んで迎えるように、雇用者達は、その労働者達に安息日が始まるまでの午後の時間を与える必要があります。そのような方法によって、あなた方は、現世でさえ、失うもののことで苦しまないでしょう。
そこには、ほかの日常生活の用意に注目される働きがあります。この日について、兄弟達の間のあらゆる意見の違いは、教会であれ、家庭であれ、捨てましょう。苦汁と激怒、敵意はみな、魂から放逐しましょう。謙虚な精神/霊によって、「互いにあなた方の落ち度を告白し合い、そして、互いのために祈り合って、汝らは癒されるでしょう」(ヤコブ5:16 KJV)。
安息日が始まる前に、身体と同様に、知性は世俗の務めbusinessから手を引く必要があります。神は、六日間の働きの終わりに主の安息日を定めました。人々は、違反の罪が認められない聖なる王国のための備えを週の間にしたということを考えてやめることができるでしょう。私達は、霊的な得や損をもたらしたその週が終わったかどうかを知るために、自分達の魂と共に自分の安息日を考えるでしょう。主への安息日の清さを守ることは、永遠の救いの手段です。神はこう言っています。「私を敬う人々を、私は敬うでしょう」(1サムエル記2:30 KJV)。
3.家庭での安息日
日没の前に、家族のメンバー達は、神の言葉を読んで、賛美して、祈るために集まりましょう。多くの人々は熱意がなかったので、そこでは、改革の必要があります。私達は、神や互いの人々に罪を懺悔する必要があります。家族のメンバーはみな神が祝福して清めたその日を敬うために備えるように、私達は特別な取り組みをするために新しく始める必要があります。
安息日の貴い時間は、ベッドの中で無駄にしないようにしましょう。安息日の朝には、その家族は早く寝床から出ましょう。遅く起きたならば、朝食と安息日学校のための準備にあたふたと急いで、混雑があります。急ぎの支度と競り合いという苛立ちがあります。このような清くない感覚がその家に入って来ます。安息日は、このように、滅入った気分になって、それらになことは、愛されるのではなくて恐れられています。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文357
安息日の間に調理することは避けるようにしましょう。冷たい食物を食べる必要はありません。寒い季節には、前日に用意した食物が温められるようにしましょう。その食物は、シンプルだけれど、美味しくて魅力があるものにしましょう。ある家族は、毎日食べているのではない何かをもてなしとみなされるような何かを提供しましょう。
家庭礼拝では、子ども達は役割を担うようにしましょう。みんなが聖書を持って、一節か二節ずつ読みましょう。それから、同じよう内容の讃美歌を歌いましょう。その後で、祈りによって続けられます。このために、キリストは一つの手本を与えました。「主の祈り」は一つの型として、単に繰り返されることを意図したものではありませんでした。それは、私達の祈りが、――シンプルで熱心、分かりやすいものであることについての実例です。あなた方の必要を、主にシンプルな願いを話すことによって、主の憐れみへの喜びを表明しています。このように、あなた方は、自分達の家と心にイエスを一人のゲストとして招いています。その家族は、その場にいない遠方の人に関する祈りの言葉を期待しています。その人々は、それが祝福と特権としてみなされるような時、疲れた人のための祈りの時間を持っています。興味と喜びの時間にしましょう。
安息日学校と礼拝の集会は、安息日の一部を占めているだけです。その家族に残っている時間は、安息日のすべての時間の貴重な時と最も神聖なものをなしているでしょう。この多くの時間で、親達は自分の子ども達と共に過ごしているでしょう。多くの家族の中で、幼子達は自分達のできる最良の愉しみを見つけて、自分達で過ごしています。残された子ども達はやがて、退屈になって、遊び始めたり、何かのいたずらに加わったりしします。このように、安息日は、幼子達にとって、意味のない神聖になっています。天気の良い日には、両親は、自分の子ども達と野原や木立の中を散策しましょう。自然界の綺麗な者達の中で、安息日が創られた訳を幼子達に話しましょう。神の偉大な創造の働きを幼子達に言葉で描いてあげましょう。幼子達にこの地球が主によって[造られて]現れた時、それは清らかで美しいものでした、と話しましょう。花たちはみな、低い木々はみな、高い木々もみな、その創造者の目的に応答していました。その目に留まったあらゆるもの達は、可愛いらしく、知性を神の愛の思想によって満たしていました。サラサラと木の葉が奏でる音や鳥や虫たちの声はみな、神の声と調和した音楽でした。神の完全な働きによる作品を傷つけたのは、罪だったことを示しましょう。イバラとアザミ、悲しみと苦痛と死はみな、神への不従順の結果です。この地は、罪の呪いに傷つけられているけれど、また、確かに、神の善意を証しているかを見るように勧めましょう。緑の野原、高い木々、心地好い陽光、雲、露、夜の荘厳な静寂、満天の星明かりの栄光、そして、その中にある美しい月はみな、創造者を証しています。感謝の念のない私達の世界の人々に、陽射しが注がれているだけではなくて、雨も注がれています。それは、神の寛容と愛を証しています。
幼子達に、救いの道を語りましょう。「神は、世界の人々をとても愛したので、一人息子を与えました。彼を信じる人は誰でも、滅びないで、永遠の命を持つでしょう」(ヨハネ3:16 KJV)。ベツレヘムの麗しい物語を繰り返して語るようにしましょう。子どもの時にその両親に従順だったイエス、家族の手伝いをして助け、大工仕事をして、忠実な少年イエスを子ども達の前に示してください。このように、あなた方は、救い主が少年の試練と心労と誘惑、希望と喜びを知っていること、また、人々に共感して助けることができるということを教えられます。聖書にある興味深い物語を子ども達と読みましょう。安息日学校では子ども達が学んできたことと、次週に子ども達が学ぶことについて質問してください。
そして、太陽が沈んで行った時、祈りの声と賛美歌が神聖の時間の終わりを示して、一週間の仕事が守られるように神の臨在を招きましょう。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文359
私の兄弟・姉妹のみなさん、私はあなた方にお勧めします。「安息日の清さを守ることを覚えていてください。あなた方が、戒めと調和して安息日を守るようにと望んでいるならば、あなた方は手本と方針の両方によって子ども達に教える必要があります。その心に真理が深く刻まれることは、決して全部が削り取られないでしょう。それが不鮮明にされないならば、決して消えないでしょう。幼い時に受けたその印象は、その後、何年も残るでしょう。様々な環境は、子ども達の家や親達から子ども達を離れさせようと仕向けるでしょう。しかし、子ども達が生きている限り、幼い時や児童期に与えられた指導は、一つの祝福となるでしょう。
4.安息日の移動
Traveling on The
Sabbath
私達が従順なことへの祝福の約束を期待しているならば、私達はもっと厳密に安息日を守る必要があります。私は、避けることが可能な時に、この日にしばしば移動していることを案じています。安息日を守ることに関して、主が与えた光/真理と調和して私達はこの日に、駅馬車carsやボートで移動することについてもっと気をつけましょう。これらの内容について、私達は、自分達の子ども達や青年達に正しい手本を示すようにしましょう。私達の助けを必要としている諸教会を訪問するために、また、人々が聞くようにと神が望んでいるメッセージを伝えるために、安息日に移動することは私達にとって、必要なことでしょう。しかし、可能な限りにおいて、私達は乗車(船)券を確保するでしょう。また、ほかの日に必要な事のすべてに取り組んでおくでしょう。小移動をする時、私達は安息日に目的地に着くことを避けるようにして計画を立てることができるでしょう。
安息日に移動せざるを得ない時、私達は世俗の事柄に注目する人々の仲間を避けましょう。私達は主と協力して神に留まるよう知性を守りましょう。機会のある時はいつでも、私達は真理について、ほかの人々に語りましょう。私達はいつでも、必要としている人々を助けるため、苦しみを慰めるための用意をしておきましょう。それらのケースにおいて、神は私達に与えた知恵と知識を使うようにと期待しています。しかし、私達は、どんな世俗の会話に繋がることやビジネスの内容についても語らないようにしましょう。神は、すべての時間とすべての場所で安息日を尊ぶことによって、主に対する私達の忠誠を証することを私達に求めています。
5.安息日の集会
キリストは言いました。「二人または三人が、私の名によって共に集っている所ではどこでも、私はその中にいます」(マタイ18:20 KJV)。二人または三人の信者がいる所ではどこでも、主の約束が価値あるものとするために、共に集まって集会をしましょう。
主の聖なる日に神を礼拝するために集まった少人数の仲間は、主ヤハウェ(hwhy)の豊かな祝福を求める権利を持っています。その人々は、主イエスが自分達の集まりにゲストとして敬われていると信じているでしょう。安息日を聖として守る真の礼拝者達はみな、この約束を価値あるものとしているでしょう。「私は、あなた方を聖化する主であることを、汝らは知ることでしょう」(出エジプト記31:13)。
私達の安息日の集会での説教は、全体的に短くなるでしょう。その人々が愛敬と歓迎を示すならば、機会が、神を愛する人々のために与えられるでしょう。
この教会は、牧師がいない時、その集会のリーダーとして誰かが任命されるでしょう。しかし、説教することや礼拝の時間の大部分を占めることは、人を必要としません。短い、関心のある聖書の個所を読むことが説教よりも、しばしば大きな益があります。そして、この集会は祈りや証によって続けられ得るでしょう(And this can be followed by a meeting for prayer ant testimony.)。
その教会で導く立場を占めている人々は、安息日にその人々がその集会でキリストの福音の生き生きとした感化をもたらすことはできないほどに、身体的・知的な力を燃やし尽くさないようにしましょう。この世の毎日の労働で世俗の用事を少なくしてください。しかし、安息日に主が受け入れることができない礼拝を主に捧げることによって、神を見失わないでください。あなた方は、霊的な命を持っていない人々のようになるべきではありません。その人々は、安息日にあなた方の助けを必要としています。その人々に、御言葉から食物を与えましょう。主の聖なる日に、神のために選ばれた[御言葉の]贈り物を与えてください。魂の貴い命は、聖別された奉仕を主のために与えられるようにしてください。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文361
私達は、このようにする時、主が私達に持てるように意図している祝福を見失っています。主の安息日は、役に立たない怠惰や無為の日となるためにあるのではありません。家庭と教会の両方で、奉仕の精神/霊を現すためです。私達の世俗の働きのために六日間を充てた人々は、主のための一部として定めて、第七日を聖別して祝福しました。この日に主は主の奉仕のために自分自身を聖別する人々をみな、特別な方法で祝福するでしょう。
天の存在者はみな、安息日を守っています。何もしない方法や元気のない状態ではなく、私達の救い主キリスト、神に会おうとしているので、この日に魂の全エネルギーは目覚めされられる必要があるのではありませんか。私達は、信仰によって主を見上げることができるでしょう。主は、すべての魂を祝福して、元気づけようと願っています。
すべての人々は、安息日の集会に関心を持って活動するための役割を持っていると考えるでしょう。あなた方は、形の内容としてシンプルに共に来ようとしていません。しかし、考え方のやり取りのために、あなた方の日常の体験との関連のために、感謝を表すために、神性の光を照らして教化のためのあなた方の真剣な願いの言い方のために、あなた方は神が遣わしたイエスキリストと神を知っているでしょう。キリストについて共に語り合うことは人生の試練と戦いのために魂を力づけるでしょう。あなた方は自分自身を自分の中に引っ込めて、クリスチャンになることができるとは考えていません。おのおの人は、人間性の大きな織物の一部です。おのおのの体験は、その人が関わっているとの体験によって、断固として大きくなるでしょう。
私達はその祝福の百分の一も得られないでしょう。私達は神への礼拝のために共に集まることから得られるでしょう。私達の道徳的な才能は洗練させる必要があります。お互いの友情は、私達の喜びを起こすでしょう。私達が抱いている希望によって、どうして、神への愛によって私達の心は炎のように赤く燃えないのですか。
私達は、神と主の御使い達がそこにいて霊的な良識に元気づけられ、真の礼拝者達と協力して、あらゆる宗教的集会に集う必要があります。あなた方が、その礼拝所に入る時、あなた方の心から全ての悪を取り去るように、主に求めましょう。主が祝福することのできるものだけを主の宮に持って行きましょう。主がキリストの血によって買い取って、主自身が主に聖別したように(Kneel
before God in His temple, and consecrate to Him His own, which He has purchased
with the blood of Christ.)、主の宮の中で神の前にひざまずきましょう。その集会のリーダーや話をする人のために祈りましょう。命の言葉を広めようとしている人を通して、訪れる大きな祝福を祈りましょう。あなた方自身のための祝福を確立させるために熱心に努めましょう。
神は、主のための奉仕に自分達を備えている人々をみな祝福するでしょう。信仰によってキリストを受け入れたので、その人々は聖霊の保証があるという意味は何かを理解しているでしょう。
その礼拝の場所はたいそう慎ましやかなことでしょう。しかし、それは、神によって知られないことはありません。神聖な美によって、真理と霊によって神を礼拝する者達にとって、それは天への門となるでしょう。信者達の集まりは少人数になっても、神の視界の中では、とても貴いものです。真の賢者によって、その人々は、世俗の石切り場から粗雑な石として切り出されて、磨かれるために神の作業に持ち込まれました。しかし、粗いままででも、それらは神の視界では貴いものです。斧、ハンマー、鑿(のみ)などで彫られる試練は、熟練した御方の手の中にあります。それらは、破壊されるためにではなく、すべての魂を完成して仕上げるために利用されます。宮殿の石たちに似せて磨かれた時に、神は天の宮に場所を見つけるように私達をデザインしています。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文363
神の子達は恵みの御座に近づくとすぐに、偉大な擁護者の依頼人になります。まず初めに、人が赦しをアピールして悔い改めの言葉を発すると、キリストはその人の依頼を引き受けてその人の擁護人になり、主自身の依頼人を、彼の父の前に嘆願を提示します。
キリストが私達の味方として仲保(仲裁)している時、ほかの人々に伝えられるように、また、喜ばれるよう、彼の父は私達専用の主の恵みの宝をみな開示して用意しています。キリストはこう言っています。「私の名によって求めなさい。私は、、あなた方は私を愛していたので、あなた方を愛している父自身のために、‟あなた方のために私の父に祈ります”とは言っていません。私の名前を使ってください。これ[私の名]は、あなた方の祈りに効力を与えるでしょう。そして、私の父はあなた方に主の恵みを豊かに与えるでしょう。それゆえ、‟求めなさい。汝らは与えられるでしょう。そして、あなた方の喜びが満ちるでしょう”」(ヨハネ16:20 KJV)。(訳者加筆。この聖句はNKJVでは「今までは、あなた方は私の名によって求めませんでした。求めなさい。あなた方は与えられるでしょう。あなた方の喜びが満ちるでしょう」に変更されています)。
神は、主に従順な子らに主の祝福を求めること、感謝と賛美をもって主の前に来ることを期待しています。神は、力と命の源泉です。主は、これが主の名の栄光のためにあるので、主の戒めを守る人々のために、荒れ野を実りのある畑にすることができます。主は、主に選ばれたあらゆる人々の心に感謝を注ぎました。賛美がとても少ないことが主を悲しませています。主は、主の人々が喜びと歓喜の理由を持っていることを示して、主の人々から力強い感謝の言葉が返って来ることを期待しています。
主の人々への神の配慮は、しばしば繰り返されています。どんなにかしばしば道標(みちしるべ)が古代イスラエルに主の心配りによって示されたことでしょう。その過去の歴史を忘れないようにしましょう。主は、親達が自分の子ども達に教えるように、それらの出来事の全体を歌にするようモーセに命じました。彼らはそれを視界の中に置いて、覚えとして集まっていました。イスラエルの子らは、その物語全体が繰り返される時、それらの事柄に関して、子ども達が尋ねた時に、特別な苦痛がそれらを保つように与えられました。そのように、摂理の配慮、主のケアによって、神によって現された憐れみと善意と、主の民の救出は、人々の知性に保たれました。私達は、「光に照らされて教化された後に、汝らはひどい苦難と闘って耐えて、以前の日々を思い出す」(ヘブライ10:32 KJV)よう勧められています。この世代の主の民のために、神は主の不思議な一つの働きを行ないました。神の[人類救済]目的に関する過去の歴史は、老人も若い人も、その人々の前に提示される必要があります。私達は、主の不思議な素晴らしい働きに対して、主をたたえるために、また、神の意思をしばしば数える必要があります。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文365
宗教の輝かしさと好感のもてる側面は、神に日々に聖別されるすべての人々によって、現されるでしょう。教える者として与えられるあらゆる試練は、[いつの日にか]喜びを生みだすでしょう。宗教生活全体は、良い言葉と良い働きの芳しい香り、高貴さ、高尚となるでしょう。かの敵は、魂達が、うめいて、嘆いて、打ちのめされて、失望することをたいそう喜んでいます。彼は、私達の信仰の世界にそのような印象を与えようとしています。しかし、神は私達の知性がそのような低いレベルに陥らないようにと願っています。主は、すべての魂が贖い主の力を保って、勝利することを期待しています。詩編記者は、こう言っています。「主に捧げなさい。おお、汝らの力、栄光と力の主に捧げなさい。主の名に与えられるべき、主の栄光を捧げなさい。聖なる美の中にいる主を拝しましょう」(詩編29:1,2 KJV)。「主よ、私は、そなたを崇めたたえます。そなたは、私を高めました。私の敵に私を支配させませんでした。主、私の神、私がそなたに叫んだ時、そなたは私を癒しました。……主に向かって歌いましょう。汝ら、主の聖徒達、主の聖なることを覚えて感謝を捧げましょう」(詩編30:1-4 KJV)。
地上にある神の教会は、天上にある神の教会と一つです。地上にいる信者達と、決して堕落しなかった天上の存在者達は、一つの教会を構成しています。天の知者達はみな、地上で神を拝するために集っている聖徒達の集まりに関心を持っています。天の法廷の中では、その存在者達は法廷の外でキリストのための証人に耳を傾けています。そして、下の地上の礼拝者達からの感謝と賛美は、天の賛歌として一斉に歌われています。そして、キリストがアダムの息子達の堕落から救うために死んだのは無駄ではなかったので、賛美と歓喜が主の法廷の中に響いています。天使達は、源泉から飲んでいる一方で、地上の聖徒達は、私達の神の都の喜びを作っている流れ、御座から流れ出ている清い流れから飲んでいます。私達はみな、地と天が近いことに気づくことでしょう。地上で生まれた子ども達がそれを知る時、知らない時でも、地上の子ども達は、付き添っている一人の光の天使を持っています。声を出さない証人が、魂をキリストに引いて行こうとして、生きているすべての魂を保護しています。そこに希望がある限り、主の聖霊がその人々の永遠の滅びを引き止めている間、その人々は天の知者達によって保護されるでしょう。私達はみな、地上の聖徒のすべての集まりの中で、神の天使達は証と賛美と祈りを聞いているということを知性に記憶させておきましょう。私達は、自分達の賛美が天上の御使いの軍勢の聖歌隊によって補われているということを覚えておきましょう。
あなた方が安息日から安息日へと向き合っている時、主に賛美を捧げている人は、あなた方を闇の中から主の素晴らしい光の中へ呼び出しました。主自身の血で私達の罪を清めて私達を愛した主に、心からの敬慕を捧げましょう。キリストの愛を、丁重な言葉で語るようにしましょう。それをすべての賛美の歌詞のシンプルな言葉で表しましょう。神の霊の霊感をあなた方の祈りで書き取りましょう。命の言葉が語られる時、あなた方の心からの応答は、あなた方が天からのメッセージを受けていることを証しています。これはとても古い時代に形成されたものです。それは、飢えている魂に与えられる命のパンに対して、神に捧げる感謝となるでしょう。聖霊が注がれることへの応答は、あなた方自身の力と、ほかの人々を励ます力となるでしょう。神の生きている石(人)の建物(教会)から放たれる光/真理は、何らかの根拠を与えているでしょう。
第6部 注意と勧め 2章 安息日の順守 英文367
なぜ、私達の巡礼の旅の中で、私達の霊的な賛美の歌の声に目が覚めないのでしょう。なぜ、私達に熱意のある生活とシンプルさが戻らないのでしょう。私達にもっと喜びがない理由は、私達が初めの愛を失ったということにあります。私達はそれから、ロウソク立てがその場所から取り去られないように、熱心に悔い改めましょう。
神の宮は、天において開かれています。その門の入り口は、主の戒めを守り、神を愛しているすべての教会の人々のためにある栄光によって照らされています。私達は、研究し、熟考し、祈る必要があります。その時、私達は天上の宮殿の法廷の中を識別する霊的な洞察力を持てるでしょう。私達は、玉座の周りにいる天の聖歌隊の感謝と賛美の歌のテーマを捉えるでしょう。シオンが立ち上がって輝く時、その都の光は最も射し込むでしょう。そして、貴い、賛美と感謝の歌が聖徒達の集まりの中で聞かれることでしょう。小さな失敗と困難をめぐっての不平と不満は収まるでしょう。私達が黄金のような目薬を使用する時、私達は栄光のかなたが見えることでしょう。信仰がサタンに属している重い陰を断ち切るでしょう。そして、私達は、自分達を擁護する者が私達の味方として、主自身の功績の芳香を捧げ上げるのを見ることでしょう。主が私達にそれを見るようにとの期待しているように、私達はそれがなされているのを見る時、私達は、神の愛の多様性と無限な巨大さの感覚に満たされるでしょう。神は、私達が、完全な愛の属性を陶冶(とうや)するために、神の家に集まる必要のあることを教えています。これは、主を愛するすべての人々のために、キリストが用意しに行った天の住まいmansionsに、地上に住む者達を適合させて、相応しくするでしょう。そこで、主を愛する人々は、安息日から安息日に、新しい月からほかの月に、歌の階段の最上段に集まって、玉座に座している主への感謝と賛美によって、子羊のために、とこしえからとこしえに、聖所に集まるでしょう。
第6部 注意と勧め 3章 健康改革のリバイバル 英文369
1.身体的な法則への従順 Obedience
to physical law
自然界の法則が、神の法則として存在して以来、それらの法則について慎重に研究することは明らかに私達の義務です。私達は、自分自身の身体とそれを構成するものに関して、それらが求めていることを研究する必要があります。それらについての無関心は罪です。
「身体を持つあなた方は、キリストの一員であることを知らないのですか」。「汝らは、あなた方の身体があなた方の中にいる聖霊の宮であることを知らない理由は何ですか。あなた方が神に属していて、また、汝らはあなた方自身ではありません。汝らは価を払って買い取られています。それゆえ、あなた方の身体の中で、そして、あなた方の精神/霊によって神の栄光を現しなさい。それは、神のものです」(1コリント6:15,19,20
KJV)。私達の身体は、キリストに買い取られた財産です。そして、私達は、楽しんでいる時に、それらを行なうことに自由ではありません。人は、健康の法則には罰がなかったかのように自分の身体を扱いました。正道から逸れた食欲によって、身体組織と力は弱まって、病弱になって損なわれるようになりました。そして、サタンは、神をあざけることを利用して、もっともらしい見せかけの誘惑によってそれらの結果をもたらしました。彼は、「人間が自分の身体に対して罪を犯して自分の[人生の]道を滅ぼしたので、神が恥となっている。人間は何と見苦しく彼の造り主を代表しているだろうか」として、キリストが主の財産として買い取った人間の身体を神の前に提示しました。
男性達・女性達が誠実に回心している時に、その人々は道徳的・知的・身体的な弱さを避けようとして、彼らの身体の中に神が組み込んだ生命の法則を入念に考えるでしょう。その法則への従順は、個人的な義務の内容[によって]なされる必要があります(Obedience
to these laws must be made a matter of personal duty.)。私達は破られた法則の不完全さに自分で耐える必要があります(We
ourselves must suffer the ills of violated law.)。私達は、自分達の習慣と行動について、神に答える必要があります。それゆえ、私達への質問は「世俗の人々がどう言っているだろうか」ではなく、「一人のクリスチャンになると言って、神が私達に与えた住家[身体]をどのように扱おうか」としましょう。さらに、聖霊が内住するための宮として、私の身体を保つことによって霊的な健康と現世の最高の幸のために働きましょう。そうでないと、私達は自分自身を世の中の考え方と行動の被害者としてしまうでしょう。
健康的な生き方は、一家族の内容[から]つくられる必要があります。親達は、神が与えた自分達の責任に目覚める必要があります。彼らは、健康改革の原則を研究して、自己否定の道が唯一の安全な道であることを子ども達に教えるようにしましょう。身体的な法則への無関心によって、世俗の住民大衆は自己管理self-controlの力や、永遠の現実的[な価値](eternal reality)を正しく理解して自分を相応しくすることを見失っています。自分自身の[身体]構造に無関心になって、親達は自己放縦(わがまま)の道に子ども達を導いています。このように、自然界の法則への違反の罪の罰を負うように、子ども達の道を備えています。これでは、自分達の家族の福祉への関心に知恵を働かせていません。
2.教会と健康改革 The
church and reform
全ての教会に伝えられるための健康改革に関するメッセージがあります。これは、すべての学校で行なわれる一つの働きです。校長だけではなく教師達は、このテーマの実用的な知識を持てないならば、若者達の教育を委ねられてはいけないでしょう。ある者は、体験によって少し知っていた健康改革の原則の誤りを見つけて、質問して批判することに自由だと思っていました。その人々は、正しい標準で働いている人々と、心に心を寄せて肩に肩を並べて協力し合う必要があります。
健康改革のテーマは複数のこの教会の中で提示されていました。しかし、その光は心から受け入れられませんでした。自己中心的で健康を害しているわがまま/放縦な男性達と女性達は、神の大いなる日のために人々を備えるためにある、そのメッセージの影響力を阻止していました。それらの教会の人々が力を期待していたならば、その人々は神が彼らに与えていた真理に生きる必要があります。私達の諸教会のメンバー達が、このテーマの光を軽視するならば、精神的な面と身体的面で、確かな結果を刈り取るでしょう。そして、それらの既存の教会メンバー達の影響力は、これらの新しくできた教会にこの信仰が来るイースト菌(パン種)となることでしょう。主は今、その真理に多くの魂達を連れて行くために働いていません。なぜなら、一度回心したけれど逆戻りした人と、回心しなかった人々が教会メンバーに属しているからです。これらの聖別されていないメンバー達は、新しく回心する人々にどんな影響力を持っているのですか。彼らは、伝えるためにいる主の人々に、主が与えたメッセージを効力のあるものにするでしょうか。しないでしょう。
第6部 注意と勧め 3章 健康改革のリバイバル 英文371
兄弟[姉妹]のみなさん、私達は遠くに離れています。生きている教会になるために、教会の人々が行なうべき多くの事柄が行なわれていません。正道から道を逸れた食欲の放縦を通して、多くの場所で、そのような健康状態で、魂の最も高い関心に反して一定の弱まりがあります。その真理は、明確な標準を示されていても受け入れられていません。私は、私達の教会の全てのメンバーがこの内容を受け入れることを望んでいます。私達の習慣は、神の意見との一致をもたらす必要があります。私達は「私達の中で働いているのは神です」と保証されています。しかし、人間は、激しい感情と食欲を支配するという人間の分を行なう必要があります。この宗教生活は、神性の力と調和した心と知性による行動を求めています。自分自身の[魂の]救いを自分で成し遂げることができる人はいません。そして、神は、その人の協力なしにその人のためのこの[健康改革]の働きを行なうことができません。しかし、人間が熱心に働いている時に、神は、神の息子[娘]となる力を与えて、その人と共に働いています。
人々が健康のテーマについて話している時、その人々はしばしば「私達は、私達が行なっているよりもはるかに良い配慮dealを知っています」と言っています。彼らの全ての習慣は、神の調査のために開かれている(is
open to the inspection of God.)ということと、自分達の身体的に良好な状態に関するすべての光の筋[健康改革]に責任があるということに気づいていません。身体の命は偶然の方法によって処遇されるためのものではありません。すべての身体の組織や繊維組織は有害な行動から神聖に守られるためにあります。
3.食物
Diet
私達の飲む・食べるという習慣は、主がこの世俗の世界の人々から強く分けた真理によって、私達がこの世俗の世界に属しているのか、それとも、主の仲間の間にいるかどうかを示しています。これらの人々は、良い働きに熱心な主の特別な人々です。神は、主の言葉の中で語りました。ダニエルと三人の仲間のケースにおいて、そこで、健康改革の説教をしています。神は、主が肉の食事を控えることを求めて、彼らの良い食べ物から、イスラエルの子らの歴史を語りました。主は、天からのパンを彼らに与えました。「人間は天使の食物を食べました(man did eat angel's food.)」(詩編78:25 KJV)(口語訳「人は天使のパンを食べた」)。しかし、彼らは、自分達の地上(世俗)の食欲を[満たされなかったので]失望しました。そして、もっと、彼らはエジプトの肉鍋に自分達の思いを集中させました。彼らは、神が道徳心と知性と身体の健康を保つために与えた食物をもっと嫌いました。彼らは肉鍋を欲しがりました。そして、このようにして、彼らは、私達の時代の人々が行なった多くの人々のように行ないました。
多くの人々は食欲を甘やかしてわがままにしているので、苦しんでいます。そして、墓の中に行こうとしています。このように、命を支えるためにある食物を消化するための彼らの力を害し、消化を助ける組織を弱めて、人々は正道から逸れて味覚に合ったものを食べています。これは、ひどい病、そして、しばしば、死の仲間へと連れて行っています。身体の繊細な組織は、良い方法を知る必要がある人々の自滅的な行動によって、我慢できなくされています。
第6部 注意と勧め 3章 健康改革のリバイバル 英文373
4.極端に[栄養の少ない]食物 Extremes in diet
私は、私達の兄弟[姉妹]の多くが、健康改革に反した心を持って行動していることを知っています。私は極端にしないことを擁護しています。しかし、私は自分が書いた原稿の数々に目を通した時、私は、自己放縦(自己の甘やかし)、食欲の満足、高額な衣服のプライドなど、この世俗の人々の行動と習慣を見習うことが、私達の[教会の]人々に来ている危険性の警告をして、決定的な証を伝えていたことを知りました。私の心は、事の状態をめぐって、とても悲しみに沈んでいます。ある者は「私達のある兄弟がこれらの証への疑問を強く訴えていた」と言っています。すべてのケースで、健康改革に関してその人々の感情の混じった意見を主張して、軽率に行動したようなので、誰がこのテーマの倫理に立ち返って守り続けるでしょうか。世俗の人々は、食べること飲むことに過度にふけることを極端に反対することには一般的に距離を取っています。その結果として、貪欲な行動が満ちています。
多くの人々が今、主の働きを行なうために用意された死の陰の下にいます(There
are many now under the shadow of death who have prepared to do a work for the
Master,)。しかし、人々は、健康の法則を守るために自分達に課されている神聖な責任を考えていません。身体組織体系の法則は確かに神の法則です。しかし、この事実は、忘れられているように思われます。ある者達は、自分の健康を維持できない食物を摂るよう自分を制限しました。その人々は有害な品数を備えて、栄養のある食物を提供しませんでした。そして、その人は、最も健全な方法によって食物を備えることを実行する必要があるという機転や創意工夫をしませんでした。身体組織体系は、それ自身の働きを維持するために相応しい栄養が与えられる必要があります。不健全な食物が様々にたくさん載った皿を取り除いた後で、量を減らした栄養の少ない食物にして、反対側の極端に傾くことは健康改革に反するものです。これは、健康改革ではなくて健康改悪です。
(訳者加筆。E.ホワイトがオーストラリアに滞在していた時に、アメリカから来たある医師が健康改革を教えて完全菜食を始めた時に、重症の貧血になって死にそうなりました。その時、彼女は、タマゴを摂ることを勧めました。彼はそれを実行して健康を回復しました(『エレン・ジー・ホワイト百科事典』)。また、A.G.ダニエルズがヨーロッパにいた時に、ノルウェーに遣わされた宣教師が完全菜食をしていて、ジャガイモしか食べなくて貧血で健康を害していました。このことをアメリカに戻った時に、E.ホワイトに語ったところ、彼女は「人々はどうして常識を働かせないのでしょうか」と言ったことが記録されています(『1919聖書会議』参照)。
5.真の節制
使徒パウロはこう書いています。「競技に出る人は、みな走りますが、賞を得る人は一人だけだということを汝らは知らないのですか。そのように走ってください。汝らは得るでしょう。熟達しようと努力している人はみな、何事にも節制しています。さて、その人々は道徳的に堕落しやすい冠を得るためにそれを行なっていますが、私達は永遠に続くそれを得るために行なっています。それゆえ、私は自信がないままにではなく賢明に走っています。空振りする人のようにではなく、私がほかの人々に宣べ伝えた時に、自分が見捨てられないように、いろいろな手段で、自分の身体を自分の支配下に置いて従わせて、賢明に闘っています」(1コリント9:24-27 KJV)。
この世界は、有害な習慣を甘やかしている人がたくさんいます。食欲は自分達を維持している法則です。そして、悪い習慣のゆえに、道徳的な感覚は鈍くされて、神聖な事柄を見分ける力は広範囲に毀損したものになっています。しかし、本当に節度を持つこと(禁酒禁煙など)はクリスチャンに必要なことです。その人々は自分達の標準を高い所に置くでしょう。ドレス、飲むこと食べることの節制は欠かせない本質です。原則は、好みや食欲に代わってルールとなるでしょう。たくさん食べ過ぎる人や異議のある質に属する食物を食べる人は、簡単に不節制な生き方に導かれ、「破滅と永遠の滅びに引き付ける、多くの愚かさと有害な欲望、また、罠と誘惑に」(1テモテ6:9 KJV)導かれ、ほかの人を導くでしょう。「神と共に働く者達」は、真の節制の原則を広げて、励ますためにあらゆるわずかな影響力を利用するでしょう。
第6部 注意と勧め 3章 健康改革のリバイバル 英文375
私達が節制のテーマについて、私達の[教会の]人々の道徳的な感性を目覚めさせることができるならば、大きな勝利が得られるでしょう。この人生のあらゆる物事での節制は、宗教生活の大原則の一つです。魂の聖所にもたらされた真理は、その身体の対症療法treatmentを導くでしょう。人間の働き人の健康に関するものは、無関心に見做されるためにあるのではありません。私達の永遠の福祉は、私たちがこの生涯の間に自分の時間と能力と感化力をつくって利用することによっています。
ダビデは、「私は、恐ろしいほどに素晴らしく造られています」(詩編139:14 KJV)と叫びました。神が、そのような住み家[身体]を私達に与えた時、なぜ、すべての部屋は慎重に調べられるべきではないのでしょうか。知性と心の部屋は、最も重要な部屋です。さらに、感覚を楽しみ、悦んで品位を落とす、その家の基にあるリビングではない部屋、私達は、それらの美しい部屋たちをオープンにせず、そして、私達と一緒に住むよう、主イエスをその中に招き入れることをするべきではないでしょうね?
6.健康改革を教える牧師達
私達の[教会の]牧師達は、健康改革について知的になる必要があります。牧師達は衛生学と生理学に熟知する必要があります。また、魂と知性の健康を生み出して身体の命を統率する法則と、それが受けるケアについて理解する必要があります。
たいそう多くの人々は、神が人々に与えた不思議な素晴らしい身体と、受け入れている身体のケアについて、わずかなことを知っているだけです。そして、その人々は、わずかに関連したテーマを学ぶことがもっと重要なことだと考えています。その牧師達は、この世でなすための働きを持っています。それらのテーマについて、正しい立場を取る時、多くを得られるでしょう。彼らは、彼ら自身の生活と家庭において、健康に生きて正しい原則を実践して、命の法則に従順になる必要があります。また、彼らは、このテーマについて、改革のゆえにもっと高い[境地]に人々を導いて、正しく話すことができるでしょう。光の中で生きている彼らは、そのような正しい証を必要としている人々に大きな価値のあるメッセージを伝えることができます。
牧師達がこの教会のすべての働き人達と健康問題の提示に結ばれたならば、そこには、貴い祝福と得られる豊かな体験があります。人々は、健康改革の光を持っている必要があります。この働きは無関心にされてきました。そして、多くの人々は、利己的なわがままを捨て去る前に持つ必要があり、持つ義務のある光/真理に困窮していたので、死ぬ用意をしています。
私達のカンファレンスの代表者達は、この問題に関して、自分達が正しい考えの側にいたことは貴重な時間であることに気づく必要があります(The
presidents of our conferences need to realized that it is hige time they were
placing themselves on the right side of this question.)。牧師達と教師達は、自分達が受けたその光をほかの人々に与えるために生きています。すべての部署において、彼らの働きは必要とされています。神は、彼らを助けるでしょう。また、自己放縦(自分のわがまま)のために真理と義から動揺させられないように、主は、堅く立っている主の奉仕者達を力づけるでしょう。
第6部 注意と勧め 3章 健康改革のリバイバル 英文377
医事伝道部門における教育の働きは、道徳的な責任を目覚めさせる非常に重要な前進する歩みです。牧師達は、神が与えたその光と調和して様々な部門でこの働きを確立していたならば、飲むこと食べること、着るドレスについて、決定的な改革がなされたことでしょう。ある牧師達は健康改革の推進の道で向かい合いましたが、牧師達は、からかいやジョークによって、また、非難をこめた意見や無関心によって、この教会の人々を引き止めていました。牧師達自身とほかの多くの人々が、死と向き合って苦しんでいました。(訳者加筆。インスリンの発見は1912年です。その当時、多くの人々が生活習慣病の糖尿病で苦しんでいました)。しかし、みんなはまだ、知恵を学びませんでした。何らかの前進があったのは、すさまじく積極的な戦いがなされた時だけでした。この教会の人々は、神の意思へ自分の知性と意思を明け渡すことに不本意で、自己否定を好みませんでした。そして、自分自身の苦しみの中に、また、ほかの人への自分達の感化において、この教会の人々はそのようなコースの必然的な結果に気付きました。
このSDA教会は、歴史に残る事柄をつくっています(The church
is making history.)。毎日が戦いであり進軍です。すべての側で、私達は目に見えない勢力に囲まれています。そして、私達は、神によって与えられた恵みによって征服したり征服されたりしています。私は、健康改革に関して、中立の立場を取っている人々に回心するようにと訴えます。この光は貴いものです。そして、主は、私に「神の働きのどの部門にいても責任を負っている人々は、その真理が命と心の中で優位を占めていることを心に留めるように」と訴えるメッセージを与えました。このようにしてだけ、その人々はこの世界の中で必然的に遭遇する何らかの誘惑に立ち向かうことができるでしょう。
なぜ、私達の[教会の]奉仕の働きをしている兄弟達のある人々は、健康改革にほんのわずかな興味を示すだけなのですか。全ての事柄における節制の指導は、自己放縦(自分のわがまま)の行動によって反発されるからです。ある所で、これは、この人々に健康改革を教えて、実践させて、調べさせることを持ち込んだ方法によって、大きなつまずきの石となりました。この混乱をもたらすので、食事に関して伝える主の奉仕者達に、神が与えた証と対立する実例や彼自身の教えの一方で、この教会の人々の教師として留まっている人はいないでしょう。主の健康改革を無視することは、主のメッセンジャーとして立つ人を不適格にしています。
主が、主の言葉によってこのテーマを与えたその光は明白です。そして、人々は、それに心を留めるならば、知るための多くの方法を試してやってみるでしょう。すべての教会、すべての家族は、クリスチャンの節制に関して指導される必要があります。すべての人々は、健康を維持するため、食べること、飲むことの道について知る必要があります。私達は、この世界歴史の閉じられるシーンの真ん中に生きています。そして、この時代は、安息日遵守者達の層の中で調和した活動をする必要があります。この質問に人々を指導している偉大な働きから離れて立っている人は、偉大な医師が導いている道に従っていません。キリストは「誰でも、私の後について来たいと思うならば、自分自身を否定し、自分の十字架を負って、私についてきてください」(マタイ16:24 KJV)と言っています。
主は、私の前に「多くの、多くの人々が健康改革の実践的な感化を通して、道徳的・知的・身体的な退廃から救われるでしょう」と提示しました。健康は、語る通りに与えられるでしょう。様々な出版物が大量に出されるでしょう。改革の諸原則は、好意的な人に受け入れられるでしょう。そして、多くの人々は啓発されるでしょう。健康改革に関連した影響力は、光を望んだすべての人々の判断に奨励をするでしょう。そして、その人々はこの時代のための特別な真理を受け入れるために一歩ずつ前進するでしょう。このように真理と義は共に向き合うでしょう。
第6部 注意と勧め 3章 健康改革のリバイバル 英文379
命は、神だけが主の栄光に利用するため、保つために利用できる神聖な信頼です(Life
is a holy trust, wich God alone cane enable us to keep and to use to His glory.)。しかし、身体の素晴らしい構造を造った主は、人々が主の目的に反して働かないならば、適切に保つために特別なケアをするでしょう。主は、私達に託した全ての才能を、与え主の意思と調和して利用して改善するよう私達を助けるでしょう。私達は、自分の個人的な魂の救済を成し遂げるために自分達の優位性と機会を利用するでしょう。そして、私達の無私の生き方がほかの人々の良好な存在を促して、日々、月々、年々が、私達の存在に加えられています。このようにして、私達はキリストの王国をつくりあげることができて、神の栄光を現すでしょう。
この福音と医事伝道の働きは、共に前進するためにあります。その福音は真の健康改革の諸原則と結ばれています。キリスト教信仰は、実生活の中にもたらされるためにあります。改革によって、熱心な働きがなされる必要があります。聖書の真の宗教は、罪に陥った人間のために神の愛が溢れています。神の人々(民)は、真理を求めている人々、この強烈で最も熱心な世代の人々に正しく自分の分を活動することを望む人々、心に感動を与えるために誠実に働く人々として前進するために存在しています。私達は、それらを実践するため、それらの原則の必要を知るため、男性達と女性達を導くために私達の力の全てで行なって、この教会の人々の前に、健康改革の諸原則を提示するために生きています。
第6部 注意と勧め 4章 意見表明の鍛錬の重要性 英文380
私達の働きのすべてにおいて、意見表明の鍛錬にもっと多くの注目が与えられる必要があります。私達は知識を得ることができるでしょう。しかし、意見の正しい発表の方法を知らなければ、私達の働きはしくじるでしょう。私達が適切な言語で、自分の考えを表現することができなければ、私達の教育が何に役立ちますか。私達が話す能力を訓練しなければ、知識は私達にとってわずかな進歩に属したものです。しかし、それ[知識]は、注目を喚起する方法として人々に話すために、有益な単語や賢明な話す能力と結ばれた時に、素晴らしい一つの力です。
神の[人類救済]目的の助け人となろうとしている学生達は、わかりやすい方法で、明瞭な話し方を訓練される必要があります。そうでないと、学生達のよい感化力の半分が失われるでしょう。わかりやすく、はっきりと、十分に、語り掛けるような調子で話す能力は、どの働きの分野でも簡単に評価できないほどに貴重なものです。この適性は、文書伝道者、聖書教師、福音伝道者、牧師になろうと希望している人々に欠かせない必要な能力です。それらの分野の働きに入ろうと計画している人々は、真理について人々に話をする時に明確な良い印象が与えられるように、そのような方法を意見表明に役立てるよう教えられる必要があります。現在の真理は、伝える者の欠点のある話し方によって傷つけられてはいけません。
文書伝道者は、自分の働きにこの強い助け手を見つけて、売ろうとしている本の良い文章について特徴を明瞭に話すことができるでしょう。その人は、その本の一文を読む機会を持てるでしょう。その人の心地好い響きの声と、その文章の頁を示すことによって、それが真実だと思えるように聞く人の知性に明瞭に提示する場面にできるでしょう。
会衆の中や家庭で聖書朗読をする人は、聴く人が好感を持てるように、リズム感のある、心地好い読み方をする必要があります。
第6部 注意と勧め 4章 意見表明の鍛錬の重要性 英文381
自分の言葉遣いのすべての欠陥を克服する努力を続けて、牧会に入るために相応しくなったと自分で考える人はいないでしょう。その人が話す能力の用い方を知らないままに、人々に話すことが許されるならば、その人は会衆の注目を集めるために持っている効力は小さいものなので、その人の感化力の半分は失われています。
人への召命がどんなものであれ、すべての人々はその声の指示から学ぶでしょう。そこで、何かが間違った方に進んでいる時、人は悪い感情で心をかき回さない口調で話すでしょう。ところが、あまりにしばしば、ある話し手とある人は厳しく辛辣に話しました。その厳しい独裁的な言葉、厳格な言葉、耳障りな口調は、友人達が離れてしまって、魂達を失う結果となりました。
意見表明の訓練指導は、家庭で与えられるでしょう。親達は、耳を傾けて聴いている人々がすべての言葉を理解できるように、子ども達がとても分かりやすく話すように教えましょう。親達は、神を敬う方法と明瞭な言葉で、はっきりと聖書を読むように教えましょう。神に話しかける時、家族が膝を突き合わせて輪にならないようにして、椅子に座って、手を閉じて、顔を祭壇に向けて、話しかけましょう。聴き取ることが可能な口調で自分達の言葉を述べて、頭を挙げて、聖なる畏敬を持って自分達の天の父に話しましょう。
親のみなさん、あなたの子ども達を祝福できる方法で、話すことを訓練してください。女性達がこれを尊重するように教育される必要があります。忙しい母親達でさえ、自分達が望むならば、話す能力を訓練できるでしょう。また、子ども達に正しい話し方と読み方を教えることができるでしょう。
母親達は、自分達の働きをしている間にこのことをすることができます。改善することは私達にとって、決して遅すぎることがありません。神は、家族の者達の中にできるだけみんなに完全をもたらすよう親達に呼び掛けています。
社交的な集会においては、みんながそれらの言葉によって益を受けて、話された証を聞くことができるように、はっきりと識別できる言葉を特別に必要としています。社交的な集会で、神の人々はみんなの体験と関わって、困難が取り除かれて、助けが与えられています。しかし、あまりにしばしば、様々な証が欠陥のある不明瞭な言葉で伝えられています。そして、考えを語った言葉の正しい意味を捉えることは不可能です。このようにして、その祝福はしばしば失われています。
祈りをする人々や話をする人々は、自分達の言葉を適切に発言し、口調でさえ明瞭に識別できるように話しています。祈りが適切に捧げられたならば、善意の力となるでしょう。真理の貴い宝を人々に伝えることは、主によって用いられる手段の一つです。しかし、祈りは、それを言葉に発する人々に欠陥がある時に、サタンは、神に捧げる祈りがほとんど聞き取れないので喜んでいます。神の人々は、自分達が持っている大きな真理を適切に示す方法によって、話し方と祈り方を学びましょう。捧げられた証と祈りがはっきりとわかるようにしましょう。このようにして、神の栄光がたたえられるでしょう。
みんなが、話す能力を高めるように努めましょう。神は、もっと高度な完全な奉仕の働きを求めています。主は、主のために受け入れられ得る代弁者となろうとして骨折り苦労している人の不完全な言葉によって不名誉にされています。現在の真理は、あまりにしばしば、時代遅れのチャンネルとなっている人によって傷つけられています。主は、意見表明の鍛錬に注目して主の奉仕に結ばれている人々に呼び掛けています。その人々は、主が人々に託した厳粛な真理を受け入れることができる偉大な方法によって言葉を発しているでしょう。欠陥のある言葉を発することによって現在の真理を傷つけることがないようにしましょう。
牧師は人々に伝えるための[話をする]力を習得しなければならないので、自分は牧師に適していると考えて、話す能力を訓練することを軽視していた人々にならないようにしましょう。
第6部 注意と勧め 4章 意見表明の鍛錬の重要性 英文383
若い男性と女性のみなさん、神はあなた方の心に、主に奉仕しようという望みを置いたのですか。そうであるならば、あなた方がほかの人々に貴い真理をわかりやすく伝えることができるように、あなた方の能力を最大にするよう、あらゆる手段によって意見発表の能力を鍛錬する必要があります。たいそう不明瞭な祈りの習慣と、解説者を必要とする祈りの低い口調に陥らないでください。シンプルにはっきりとわかりやすく祈りましょう。それが聞き取れないままに低い声に沈めることは、謙遜の根拠ではありません。
牧師として神の働きに入ろうと計画している人々のために、私は「完璧な話し方をするよう決意して努力するようにしてください」と書いています。この大きな目標を達成するために、神があなた方を助けるようにと祈りましょう。会衆の中であなた方が祈りを捧げる時、神に話しかけていることを覚えていてください。そして、主はあなた方に、出席している人々がみな聞くことができて、あなた方の祈りと会衆の祈りが混ざって一致するような話し仕方ができるようにと望んでいます。乱雑に集められ、たいそう早口言葉の祈りは、神を敬っていません。聴衆にもよいことをしていません。牧師達と公の場で祈る人々はみな、神の栄光がたたえられて、聴衆が祝福されるような祈り方を学びましょう。その人々がアーメンと言って一体となるようにみんなに聞こえるように、大きめ目の声で、ゆっくり、はっきりと話しましょう。
第6部 注意と勧め 5章 自分自身を主に捧げる 英文384
[1.これは私のもの]
主は、この時代の人々のために一つのメッセージを主の人々に与えました。それは、マラキ書3章に示されています。主は、この章の中に、主が行なった以上の強い方法や明確な主の要求を示しているでしょうか。
神は私達にほかのすべての要求の根拠を求めているということを覚えておきましょう。主は、私達に気前よく与えています。そして、主が人間と交わした契約は、神に返還される必要のある人間の所有物の10分の1です。主は、その富を主の家令に喜んで託しました。しかし、主はその10分の1についてこう言っています。「これは私のものです」。神が自分の財産を人間に与えたのに対して、人間は自分の財産のすべてから忠実に10分の1を神に返す運命に生きています。この明確な取組はイエスキリスト自身によってつくられました。この働きは、厳粛と永遠の結果を含んでいます。そして、これは、人間の動機に託されるにはあまりにも神聖なものです。私達はこの内容について、自分達の選択を自由に配して考えるべきではありません。神の要求に応答する中で、通常の蓄えは主の働きのための神聖なものと取り分けられるでしょう。
2.最初の穀物
一方、主は、私達に増えた全ての最初の穀物の什一を命じています。地上での主の働きのために主が備えたそれらは十分に維持されるでしょう。主の奉仕者達は、貧弱な供給者に限定されようとはしていません。主のメッセンジャー達は、命の言葉を延々と説く自分達の働きに不利な条件をつけられる必要はないでしょう。その人達は、現在の真理を教える時、この働きの前進のために投資する資金を持っている必要があります。それは、救いに最善で最も影響力を持つために正しい時に行なわれる必要があります。憐れみの行動はなされる必要があります。貧困者と生活困窮者は救済される必要があります。贈り物や捧げ物はこの目的のために充てられる必要があります。特に新しい伝道地で真理の標準が掲げられている所では、この働きがなされる必要があります。神の人であることを告白した全ての人々は、老人も若い人も自分達の義務を果たすでしょう。そこでは、その宝に愛情を示さない人もいるでしょう。すべての人々が忠実に什一を払うならば、また、自分達の増えた最初の穀物を主に捧げるならば、主の働きの基金に十分な供給があるでしょう。しかし、神の律法は尊敬されず、従順にされていません。これは欠乏の重圧をもたらしました。
第6部 注意と勧め 5章 自分自身を主に捧げる 英文385
3.貧困者を覚える
あらゆる贅沢は、私達の働きをするための時が短いので、私達の生活から切り離される必要があります。私達は、周りのすべての人々に、欠乏と困窮を見ています。家族の者達は食物を必要としています。幼い子ども達は、パンを求めて泣いています。貧困の家では適当な家具も麦わら布団beddingも欠いています。多くの人々は、物置小屋に住んでいます。そこは、衣食住の便利さからはまったく見捨てられています。貧困者の叫びは、天に届いています。神は見ています。神は聞いています。しかし、多くの人々は、自分自身の栄光をたたえています。その人々に従っている人々は貧困で飢えていて、食糧の欠乏に苦しんでいます。その一方で、自分の栄光をたたえている人々は、テーブルに多くのものを並べて、自分達に必要な量以上に食べています。その人々は、神のお金を利己的に使って、後でどれほどの額を返さなければならないことでしょう。貧しい人々のために神がつくった対策を軽視する人々は、自分達に従っている人々から奪っていただけではなく、神の善意を横取りしていて、自分を失うことによって神を失っていたということを知るでしょう。
4.神に属するすべての物
人間が喜ぶすべての良いものは、神の憐れみのゆえにやって来ています。主は気前の良い偉大な与え主です。主の愛は、人間のためにつくられた豊かな対策によって、すべての人々に現れました。主は、天の法廷のために、品性の形成のために、実習期間を私達に与えました。そして、それは、主が何かを必要としているためではなく、主のために私達の財産/能力の一部を将来のために保存して置くよう、主が私達に求めています。
第6部 注意と勧め 5章 自分自身を主に捧げる 英文386
それは、神の要求と共に私達にあります(So
it is with God's claims upon us.)。主は、人々の手に主の宝を置いています。しかし、主の働きのために忠実に分けて置いてある10分の1を求めています。主は、これを主の宝庫に置かれることを求めています。それは、主自身の物として主に返されるためにあります。世界のあらゆる地域に救いのメッセージを伝える人々を支援するために、それは神聖です。また、それは神聖な目的のために使われようとしています。主は、これを保管しています。その資金は、いつまでも主の宝庫にあふれていることでしょう。そして、真理の光は、近くにいる人、遠くにいる人々に伝えられるでしょう。この要求に忠実に従うことによって、私達はすべてが神に属していることを認めています。
主はこのことを私達に命ずる権利を持っていなかったのですか。神は私達を愛して、私達を死から救おうと望んだので、主の一人息子を与えたのではありませんか。そして、私達の感謝の捧げ物は、地上に神の王国を前進させるため、また、そこから引き出して使うように、主の宝庫にあふれないのでしょうか。私達のすべての良い物の所有者である神はそれ以来、財産と精神、身体と魂について、主の所有であることを認めて、感謝の捧げ物と自由意志の捧げ物をすることを私達に促すことを喜んでいないのでしょうか。神の計画が実行されていたならば、資金は主の宝庫に溢れていることでしょう。そして、新しい伝道地に入るための牧師を養成する基金、また、地上の霊的な闇の場所に真理の標準を掲げる牧師達を団結させる働き人達がたくさんいることでしょう。
第6部 注意と勧め 5章 自分自身を主に捧げる 英文387
人々が主のもとに帰ることは、天が定めた計画です。そして、このことは「男性達と女性達は、神がそれらの人々に課した責任と義務を逃れることや誤解のための言い訳を持っていない」ということを明らかに言及しています。これが自分達の義務であることを直視できないと言っている人々は、天の存在者達と教会と世界の人々に「明確に言及された要求を直視したくない」ことを現しています。その人々は、主の計画に従うことによって、自分の財産が減ると考えています。彼らは、利己的な魂の貪欲によって、自分の利益になるように使うために元金と利息の両方の資産を全部持っていたいと望んでいます。
神はその手をすべての人間の財産の上に置いています。主は「私は全世界の所有者です。そして、それらの良い物は私の物です。あなた方が控えている什一を、私は、私の律法を理解していない人、宗教の闇にいる人々で御言葉を開いて働きをする私の奉仕者達を支援するために保存しています。私があなた方自身の望みのために保存していた基金を使うことによって、あなた方は受け入れるようにと彼らのために私が用意していた光/真理に関して、魂達を失ってしまいました。あなた方は、私に忠誠を示す機会を持っていました。しかし、あなた方は、このことを行ないませんでした。あなた方は、私を見失いました。あなた方は、保管していた基金から、主からだまし取りました」と言っています。「汝らは、一つの呪いと共に、呪われています」(マラキ3:9 KJV)。
6.ほかの機会
主は寛容で優しいです。そして、この悪をなしている人々に、主はほかの機会を与えています。主は「私に戻ってください。そして、私はあなた方に戻るでしょう」と言っています。しかし、その人々は「どういう点で、私は戻るのでしょうか」(マラキ3:7)と言っています。彼らの資金は、自分を楽しませて自分に仕えるチャンネルたち [口座?] に溢れるように蓄えられていました。彼らの良い物は、与えられたものではなく、自分自身のものだったかのようでした。良識を逸した人々は、いっそう頑なになりました。そして、感受性も感動もなくなりました。また、大きな悪を直視していません。その道に生け垣を立ててしまいました。真理の目的は前進できないでしょう。
人間、有限な人間は、自分の利己心によって、その道に生け垣の障害物を立てながら、滅んでいる魂達に救い主の愛の良い知らせを伝えるための才能を自分のために使っていますが、「どういう点で私達は、そなたから奪って/盗んでいますか」と質問しています。神は「什一と捧げ物によって、汝らは呪いと共に呪われています。汝らは、私から奪った/盗んだので、この国の民も全部」(マラキ3:8,9
KJV)と言っています。全世界の人々は、神から奪う/盗むことに結ばれています。主は、人々にお金を貸しました。人々は、娯楽、酒宴、祝宴、そして、面汚しな浪費に熱中しています。しかし、神は「私は、裁きのためにあなた方に近づくでしょう」(マラキ3:5 KJV)と言っています。すべての人々がその人の行動によって宣告を受ける時、全世界の人々は主の大いなる日に清算settleするための責任があるでしょう。 第6部 注意と勧め 5章 自分自身を主に捧げる 英文388
7.祝福
神は、主の戒めに従順な人々に祝福を主自身が請い願っています。「汝らはみな、什一を宝庫に持って行きましょう。私の家には食物meatがあるようにしましょう。今これと共に私の真意を確かめてください(and prove Me now herewith,)と、ホスト(主催者)の主は言っています。それを受け入れるための十分な余地がないならば、私は天の窓をあなた方に開かず、また、あなた方に祝福を注がないでしょう」(マラキ3:10 KJV)。「私はあなた方のために、むさぼり喰う者を責めるでしょう。彼はあなた方の土地で穀物や果実を滅ぼさないでしょう。あなた方のブドウは、その畑でその時の前にその実を落とさないと、ホスト(主催者)の主は言っています」(マラキ3:11 KJV)。「そして、すべての国の人々は、あなた方を祝福されていると言うでしょう。あなた方[の国]は楽しい地となるでしょう。ホストの主は言っています」(マラキ3:12 KJV)。
人々は目の前にあるこれらの真理と光の言葉の明確な義務をどれほど軽視しようとしているのですか。神の呪いの手段としての不従順と、霊的な事柄と世俗の事柄の両方の主の祝福の手段としての主の求めへの従順[を選択する]時、どれほど、その人々は神に不従順になろうとしているのですか。サタンは滅ぼす者です。神は、忠実な家令(管理者)になることを拒む人々を祝福できません。主が行なうことが可能なすべては、サタンが自分の滅ぼす働きを達成することを許すかもしれません。私達は、この地球に訪れているあらゆる程度と、あらゆる種類の災いを見ています。そして、その理由は何ですか。主の抑制している力は実行されていません。世界の人々は、神の言葉を無視しました。その人々は、神が存在していないかのように生きています。ノアの時代の世界の住民のような人々は、神に関するどのような考えを持つことを拒んでいます。鳴り続けている警告に、悪が勝っています。そして、この地上の人々は、収穫のために刈り取られます。
第6部 注意と勧め 5章 自分自身を主に捧げる 英文389
8.不平を言う人々
「‟あなた方の言葉は、私に逆らって遮られました”と、主は言っています。また、汝らは‟神に奉仕することは無益なことです。そして、私達が、主の命令を守ったとしても、私達がホスト[万軍]の主の前に悲しみに満ちて歩んだとしても、どんな得があるのですか。さて、私達は、高ぶっている者を幸福な人と言いましょう。ええ、悪を行なっている人々は、商売をして繁盛しています。神を誘惑してもその人々は生きています」(マラキ3:13-15 KJV)。主から制止されていない人々は、主に不満を訴えています。主は、その人々に、一つの祝福を注がないのかどうかを見るよう、主の宝庫に自分達の什一を持って行くことによって、主の真意を確かめるようにと彼らに求めています。しかし、その人々に自分達の心の中で、譴責することが気に入りました。そして、神に就いて不満を言っています。同時にその人々は、主の良い物を横取りして、主から奪って/盗んでいます。その人々の罪は、その人々の前に現されました。その人々は「私は、難儀を抱えていました。私の畑の作物は不作でした。しかも、その災難は続きました。主の命令を守るように払えません」と言っています。
しかし、神は、主の前に不平を言って歩むことをどんな人にも願っていません。このように、神の前に不平を言う人々は、自分自身に難儀をもたらしました。その人々は、神から奪いました。そして、主の宝庫に満ちたはずのお金は利己的なことのために用いられたので、主の目的が妨げられました。その人々は、主が指示した計画を遂行することにしくじったことによって、神への不満を示しました。神がその人々を繁盛させた時、その人々は主の分を主に与えるよう求められました。その人々は頭を振りました。それが自分達の義務であることを知ろうとしないでしょう。その人々は、自分達の理解の目を閉じました。それを見ようとしないでしょう。主が行なわれるようにデザインした働きを妨げて、主のお金を控えました。神は、主が託した良い物が[私用に]利用されたことによって、敬われていません。それゆえに、主は彼らに災いをもたらすために、また、自分達の成果を無駄にするよう甘やかすことを許して、その人々の上に呪いを置こうとしています。
9.「主を畏れる人々」
マラキ書3:16の中に、[3:15と]正反対の考え方が、神の失敗を見つけるのではなく、主の栄光について語り、主の憐れみついて話るために向き合っている人々にもたらされています。その人々は、自分達の義務について、忠実でした。そして、主自身に与えました。様々な証が天の御使い達の歌と喜びが生じるようにその人々によって生み出されました。それらの人々は、神に対して抱く不平を持っていません。光の中を歩む人々の忠実で自分達の義務を行なっている真の人々不平が聞かれず、欠点も見えません。その人々は、励ましと希望と信仰の言葉を語っています。不平は自分自身に奉仕している人々、主自身、神に奉仕していない人々にありました。
主を畏れる人々は、しばしば互いに言いました。そして、主は耳を傾けてこれを聞きました。そして、覚えの書は、主の名を心に留めている人々、主を畏れている人々のために主の前で書き込まれました。そして、その人々に、ホストの主は言っています。「その人々は、私のものとなるでしょう。私が手を下して事を行なう日に、私の宝となるでしょう。そして、私は、人が自分に気配りする息子に気配りするように、その人々に気配りするでしょう。汝らが立ち返って、義人と悪人、神に奉仕する人々と主ではなく自分に奉仕する人々を識別することでしょう」(マラキ書3:16-18 KJV)。
第6部 注意と勧め 5章 自分自身を主に捧げる 英文391
不幸な結果となって、自分に負債のあることを知った人は、仲間の人々への自分の負債を埋め合わせるために、主の分を使わないでしょう。与え主から奪って自分のために利用するよう主の分を留保すると、その人は、自分がそれらの商取引の中でテストされていると考える必要があります。その人は、自分が持っているすべての物のために、神への負債があります。人間の負債を払うことによって、主に留保した基金を利用する時、その人は二重の負債者となっています。「神に不忠実な者」は、天の書にその名を再度書かれています。その人は、自分自身が便利に利用するために主の資金を適切に神に清算settleする責任を持っています。神の資金の乱用を示す原則の欠如は、ほかの事柄の管理にも現れるでしょう。神から奪うような人は、品性の特性を育成しています。天の神の家族に入るための入場許可を自分で取り消しているでしょう。
裕福な富の利己的な利用は、神への一つの不信仰です。天の高貴な信頼に応える資金の管理者として不適格です。
至る所に慈悲が溢れ出るチャンネルがあります。必要としている人々は、常に現れています。各々のミッションは、資金の欠乏というハンディキャップがあります。それらの人々は、神の人々がそれらの事柄の真の状況に目覚めない限り見捨てられて当然です。しかし、あなた方は生きている間にあなた方の資金を授けるだけで、あなた方の意思を働かせて、あなた方が死ぬまで待っていてはいけません(Wait not until your death to make your will, but dispose
of your means while you live.)。
第6部 注意と勧め 6章 すべての聖書の中のキリスト 英文392
永遠の命を与えるために十字架につけられた救い主、キリストの力は、人々に示されているでしょう。私達は、新約聖書がその中で力を開示しているように、旧約聖書は影と予型の中に真の福音を開示していることを人々に示したいものです。新約聖書は、新約聖書に取って代わられることなく、新しい宗教を提示してもいません。新約聖書は、旧約聖書を開示して展開するためにだけあります。アベルはキリストを信じた一人でした。また、ペテロやパウロがそうだったように、主の力によって真に救われた者でした。エノクは神と共に歩みました。彼は、神が彼を取り去ったので、いなくなりました。再臨するキリストのメッセージが彼に託されました。「アダムから7代目のエノクもそれら(メッセージ)について預言しました。‟見なさい。主は、すべての者に裁きを行なうために数万の聖徒達と共にやって来ます」(ユダ14,15 KJV)。そのメッセージはエノクによって伝えられました。そして、彼の天への引き上げは、彼の時代に生きた全ての人々に確たる論争になりました。これらの事柄は、メトセラとノアの義人が天に上げらえるということを示すための力として利用されるという論争になりました。
エノクと共に歩んだ神は、私達の主であり、救い主キリストでした。主は、今もそうであるように、世界の人々の光でした、その時、生きた人々は、命の道に指導する教師達がいないことはありませんでした。それは、ノアとエノクはクリスチャンだからです。その福音はレビ記の中に指針として与えられています。その時のような信じて疑わない従順が、今も、求められています。この言葉の重要性を理解することは、なんと不可欠で本質的なことでしょう。
ある質問が「この教会に欠乏がある理由は何ですか」と出されました。その答えは「私達は、御言葉から引き離されることを知性に許している」です。神の言葉が、人の魂の食物として食されたならば、また、神の言葉が敬意と敬服を持って扱われて来たならば、繰り返された多くの証が伝えられる必要がないことでしょう。御言葉のシンプルな宣言は、行動を受け入れることでしょう。
第6部 注意と勧め 5章 自分自身を主に捧げる 英文393
生きている原則は、多くの国の民の癒すための生きている木の葉のようなものです。
生きている神の言葉は、単に書かれたのではなく、語られたものです。聖書は、神が私達に話しかけていて、それを間違いないように、私達は聞くことがきる神の声です。私達がこのことに気づかないならば、私達はどんなにか畏れて神の言葉を聞こうとすることでしょう。どんなに熱心にその指針を調べようとすることでしょう。御言葉の熟考は、無限の御方の一人の聴者とみなされるでしょう。
サタンが、私達の知性に彼のほのめかしを強いる時、私達は「主はこのように言っています」という言葉に好意を持っているならば、最も高い所にある秘密のパビリオン[宮殿]に引き寄せられるでしょう。
多くの人々は、品性の正確な特徴をほんの少し研究しただけなので、私達の聖なる手本を見習うことにしくじっています。たいそう多くの人々が、いつも動き回っていて、多くのことに忙しくしています。そこでは、貴いイエスと親友になるための場所や時間がありません。その人々は、「これは主の道ですか」と問いかける考えや活動をまったく述べていません。その人々が実行したならば、エノクがしたように神と共に歩むことでしょう。
7章 市民の権威者達への私達の姿勢 第6部 注意と勧め 7章 市民の権威者達への私達の姿勢
英文394
[1.法律や条例への反対表明を取り除く]
私達のある兄弟達によって、多くの事柄が、法律と政府に反対を表明していると解釈されているということが語られて書かれてきました。このように、誤解していることを私達自身で公開することは間違っています。政府の支配によって行なわれていることによって続いている欠点を探し出すことは賢明ではありません。諸施設や個々人へ攻撃をすることは、私達の働きではありません。私達は、市民の権威者達に反対意見を自分達で出す時、私達は理解されることが少ないことを深く配慮する必要があります。私達の戦いは、積極的であることは事実です。しかし、私達の武器は「主はこのように言っています」とはっきりと見られています。私達の働きは、神の大いなる日に人々が立てるように用意するためにあります。私達は、自分達の信仰に属さない人々に反対を表明することや闘争を推奨するような集団へとわき道にそれるべきではないでしょう。
私達は、道理を擁護するように見える私達を目立たせる方法で働きをするべきではないでしょう。私達は、私達の出版物と言葉から、法律や条例に反対を表明して間違っているように述べている雑草のような言い回しのすべてを取り除く必要があります。私達の国とその法律に不忠誠を推奨するようなすべて記録を自分達に残さないように慎重に考える必要があります。私達は権威者達に抵抗することを求められていません。やがて、一つの時が来るでしょう。私達が擁護している聖書の真理のゆえに、私達は反逆者達として扱われるでしょう。しかし、この時代に、敵意と闘争を掻き立てる軽率な動きをする人々に急き立てられないようにしましょう。不用意に私達の兄弟達によって書かれたり、語られたりした不注意な特徴のある表現が軽率になされている時、その時が来るでしょう。私達を非難するための私達の敵によって利用されるような言葉は、その声明を作った人々を単に非難するために利用されず、アドベンチストの教会全体が攻撃されるでしょう。私達の[教会の]責任ある人々の一人が非難する者の立場で、そのようなことと、そのような一日のことについて、この国の政府の法律と行政者にたいそう反対して言っていたと言われるでしょう。多くの人々は、私達の敵対者達の主張を強めるようなことを覚えて、好意をもった多くの事柄を見て驚いているでしょう。多くの人々は自分達が意図していなかった意味に曲解された自分の言葉を聞いて驚いているでしょう。私達の働き人達は、あらゆる状況のもとで、いつも用心深く語って慎重にしましょう。みんなで、人の魂が試みよられうとしている大きな危機の前に、悩みの時をもたらす人々の向こう見ずな表現がないように気を付けましょう。
第6部 注意と勧め 5章 自分自身を主に捧げる 英文395
神の律法を高めて、普及させることが私達の働きです。神の聖なる言葉の真理が現されようとしています。私達は生活のルールとして、御言葉を掲げるために生きています。すべてを控え目に、上品さの精神と神の愛によって、私達は、主なる神は天と地の創造者であり、第七日は主の安息日であるという事実を人々に示そうとしています。
主の名によって、私達は主の言葉を擁護して、主の旗を掲げることを推進しようとしています。その権威者達が私達にこの働きを行なわないように命ずる時、また、イエスの信仰と神の戒めの宣布を私達に禁ずる時、その使徒達[ペテロとパウロ]が行なった言うことは私達のために必要なことでしょう。「神に聞き従うよりもあなた方に聞き従う方が、神の前に正しいかどうか、汝らは判断してください。私達は自分の見たことと聞いたことを語らないことができません」(使徒言行録4:19,20 KJV)。
真理は、聖霊の力によって広められようとしています。それだけが、私達の言葉を効果のあるものにすることができています。聖霊に力をよってだけ勝利を得られ続けるでしょう。人間の働き人は、神の聖霊によって、働く必要があります。主の働き人達は救いに至る行動を通して、神の力によって護られる必要があります。その人々は、私達の道を閉ざすように人々が言葉で掻き立てられないように、神性の知恵を持っている必要があります。霊的な真理を説き聞かせることを通して、私達は、私達の世界の高い権威のある人々の前で、自分達の信仰の理由を説明するよう、恐れと柔和さのうちにできるよう、人々を用意しようとしています。
私達は、実践的な神性の信心を擁護するために、シンプルに現在の真理を示す必要があります。そして、私達は、キリストの霊によってこのことを行なう必要があります。そのような精神/霊の現れは、私達の魂に良い感化を及ぼすでしょう。そして、それは、ほかの人々が確かな力を持つようにするでしょう。主は、主自身の働き人達を通して、働くための機会を与えています。将来の計画を立てることは、あなた方で可能とは想像しないようにしましょう。神は、あらゆる状況のもとで、いつでも舵輪を操る場所に立っていると認識するようにしましょう。主は、主自身の人々を形成し上げて、相応しくなるように増し続けるような、手段で働いているでしょう。
主の働き人達は、すべて主の支配のもとにある聖化された熱意を持つ必要があります。嵐のような試練の時が私達にうんざりするほどに、突然、来ることでしょう。そして、私達は持っている自分自身の進路を取るべきではありません。苦しい試練は、全ての人々を主に属する者でありたいと望むるように、神の方に急き立てるという特徴をもってやってくるでしょう。この試練の炉の中で試されて証明されない限り、私達は自分自身を知ることがないでしょう。ほかの人の品性や特徴を評価すること、また、第三天使のメッセージの光を持っていなかった人々を非難することは、私達に適切なことではありません。
私達が現在の真理を確信することを望んでいるならば、また、私達がその魂の実と品性の形成を信じているならば、私達は市民の権威者達に激しい非難を与え続けないようにしましょう。このような方法によって、それが、私達を親切にも礼儀正しくも、敬意を持てるようにもしなくなって以来、私達は、彼らにそれはクリスチャンの教えとして告白できない教理として結論付けて強いるでしょう。キリスト教信仰は、喧嘩好きな告訴や譴責によって現されません。
第6部 注意と勧め 7章 市民の権威者達への私達の姿勢
英文397
「この世界の人々は、私達が存在して現しているものによって私達を評価している/裁いている」ということを、私達は覚えておきましょう。品性の特徴の不調和を示さないようにして、その人々が、慎重に提示されたキリストを求めるようにしましょう。私達がその面前に全的に行く前に、私達の上に聖霊が天から注がれるのを見守りましょう。その事例の時に、私達は決定的なメッセージを伝えることでしょう。しかし、それは、ある人が言っていた以上に、品性の非難を少なくするでしょう。そして、信じる人々はみな、私達の反対者達の救いにもっと熱心になるでしょう。主自身が持っている統治と譴責の権威の内容は、神に委ねましょう。柔和と愛によって、私達は、それがイエスにあるように真理の原則を擁護する忠実な見張り人を務めましょう。
2.兄弟[姉妹]達の間の愛
神の戒めを守る人々によって好感を持たれるもっとも不可欠な品性の特徴は、忍耐と寛容と温和です。神の[人類救済]目的に結ばれた後に、ある魂達は現在の真理から離れた所にいるので、愛が欠けていて、取り戻せないような損失が続いています。責任ある立場にいる私達の[教会の]兄弟達は、聖霊によって語られた感化力のあるパウロの言葉を思い出す必要があります。「私達は、強い者が弱い者の欠点を担おうとしている時、自分自身を喜ばせようとをしません。私達はみな、教化のために自分の徳で自分の隣人を喜ばせるでしょう。キリストは、自分を喜ばせなかったのですからなおさらです。こう書かれています。「そなた[主]を非難する者達の非難が私[主]になされました」(ローマ15:1-3 KJV)。また、彼はこうも述べています。「兄弟のみなさん、ある人が過失に陥っているならば、霊/精神の人である汝らは柔和な霊/精神によってそのような人を回復させなさい。汝らも誘惑されないように自分自身で気を付けなさい。汝らは互いに重荷を負い合いなさい。そして、キリストの律法を実践しなさい」(ガラテヤ6:1,2 KJV)。
その回復の働きは、私達の重荷になり得るということを知性に生み出しましょう。この働きは、思いやりやお節介、熟練しているかのような方法で行なわれうるものではありません。「私は能力があります。私はそれを使いましょう」という言葉や、間違っている人をとがめる言葉を注ぎだして、言わないようにしましょう。私達の兄弟[姉妹]達のために行なう私達の目の前にあるその働きは、「あなたは私に失望しました。そして、私はあなたを助けようとはしないつもりです」と言って、失望や落胆に落とすのでもなく、その人々を放置するものでもありません。
知恵と才能に満たされるように自分を高める人は、助けようとして悩まされ打ちひしがれている人に全力を尽くして、あのパリサイ人の精神/霊を現しています。そして、その人自身の自己を形成している品位のローブ/衣で自分自身の周りを被っています。その人の精神の中では、その人は、「自分の進路は称賛に値するもので、自分は誘惑されることにもとても強いと考えて、ほかの人々のようではない」と、神に感謝しています。しかし、「人が、自分は重要人物だと考えているならば、その時、その人は重要人物ではなく、自分を欺いています」(ガラテヤ6:3 KJV)。その人自身は、いつも危険な状態にいます。「そのために、キリストに、愛の慰めや聖霊の何かの交わり、憐れみと同情、何かの慰めがあるならば、汝らは、同じ知性になって、同じ愛を持って、知性において一つに調和して、私の喜びを満たしてください。中身のない自慢と口論をせず、知性を謙虚にして、互いに自分よりもほかの人 [の良い所]を高く評価し合いなさい。人はみな、自分の良い所を見るのではなく、ほかの人の良い所を見ましょう。キリストイエスにあった子の知性があなた方にもあるようにしましょう」(ピリピ、フィリピ2:1-5 KJV)。
第6部 注意と勧め 7章 市民の権威者達への私達の姿勢
英文399
3.現在の真理と優しさ
この真理は、神性の優しさと親切、美的感化力によって示される必要があります。それは、共感がなされて、和らげられて心の中から伝えられる必要があります。私達は、しおれた植物が元気を取り戻す雨や露のようではなく、激流のような不適切な言葉の連発をして、エヒウが行なったように[2列王記9章]はせずに、自我を湧き出さないようにして、そして、神との親しい交わりを持つ必要があります。私達の言葉は魂達を勝ち取れるように優しいものにしましょう。神は、神性の源泉から知恵を求める人々のための知恵となるでしょう。私達は、すべての人々の手に機会を求めようとしています。私達は、祈りの言葉を見守ろうとしています。私達の[教会の]中にいる人に、柔和と畏れのうちに希望の理由を与えようといつも準備しています。私達は、キリストが死んで[愛した]人の魂に不快な印象を与えないようにしましょう。私達は、自分達の心が神にまで高められるように保ちましょう。そういうことなので、その機会が現れたら、私達は、適切な時に話すための相応しい言葉を持てるでしょう。あなた方がこのように、神のための働きに着手する時、神の聖霊はあなた方の助け手/ヘルパーとなるでしょう。主の聖霊は、その魂のために愛によって語る言葉を提供するでしょう。現在の真理は、キリストの恵みの感化のもとで語る時に、元気になる力を持てるでしょう。
神の計画は、初めに心を得ようとしています。その真理を語りましょう。そして、改良する力と原則に向けて主を伝えましょう。反論を言う根拠をなくしましょう。しかし、その真理は、前進するだけにしましょう。その真理は要点を短くすることができるでしょう。御言葉をすべて印象深くわかりやすく説明しましょう。
私達の周りには、私達の信徒の層を分けるものと一致させるものの両方の試練が集まっています。現在、戦いの武器を取って備えている者は、堅固な岩の上に建てなかったことを現して現実的な時代の中にいるでしょう。その人々は、誘惑に心を明け渡しているでしょう。貴い特権と大いなる光/真理を持っていた人々、しかしながら、それらの真意を確かめなかった人々は、言い訳などをして私達から離れて行くでしょう。現在の真理について、愛情を受けなかった人々は、かの敵のだましにとらわれるでしょう。その人々は、悪霊達の教理と精神をそそのかすよう、注意を引き付けられるでしょう。そして、この信仰から離れて行くでしょう。しかし、一方で、その迫害の嵐は私達の上で実際に弱まっています。忠実な羊は忠実な羊飼いの声を聞くでしょう。自己否定的な努力は、失われたものを救うために傾けられているでしょう。その檻から迷い出た多くの者達は、偉大な羊飼いについていくために戻って来るでしょう。神の人々は、かの敵に対して団結して共に勇気を奮い出し合っていることでしょう。最高責任者となる人との議論もないでしょう。「私はパウロについています。私はアポロについています。私はケパについています」と言っている人の中に、真の信者は一人もいないでしょう。一人についているという証をする多くの人々は、「キリストについています。私は自分の個人的な救い主として、主を喜んでいます」と言うでしょう。
第6部 注意と勧め 7章 市民の権威者達への私達の姿勢
英文401
私達の確信は、御言葉が読まれて、真剣な祈りが捧げられて、謙虚さによって日々に強くされる必要があります。私達は、一人ひとり個性を持っています。その一方で、私達は、それぞれ堅固な確信を持つ必要があります。私達は、それらを神の真理と神が与えている力として捉えている必要があります。私達がそれをしないならば、それらは、私達が捉えている[真理の]ベルのように鳴り響くことでしょう。
第6部 注意と勧め 8章 最上の権威としての神の言葉 英文402
神の人々は、正当な範囲で神聖な義務を負う者として、それに従うよう教え、神性に委託された支持者として、神性に委託された指示者としての人間の統治者を認めているでしょう。しかし、その統治者の言うことが、神の言うことと対立している時、神の言葉は人間が制定したすべての法律の上に認められて必然です。「主はこのように言っています」という言葉は、「この教会はこう言っている。あるいは言及している」ということを脇に置こうとしてはいけません。キリストの冠は、地上の主権の冠の上に掲げられるためにあります。
この時代に掲げられようとしている原則は、[プロテスタント]大宗教改革による福音の信奉者達によって維持されてきたものと同じものです。1529年、尖塔の会議場に諸侯達が集まった時に、世界の希望は壊滅されたかのように思われました。この集会に出席した皇帝の勅令(法令)は、宗教の自由を奪っていて、将来にその改革された教理の普及を禁止していました。ドイツの諸侯達はその法令を受け入れていますか。福音の光/真理は、民衆から閉め出されて、また、霊的な暗黒の中にあったのでしょうか。世界の人々に発令した権威者は刑に服していました。改革された信仰を受け入れていた人々は共に集まりました。そして、全員一致の決議は「我々は、その法令を拒否する。良心に関する事柄の大部分は効力を持たない」でした。
真理の旗と改革者達が高く掲げていた宗教自由は、私達のための最後の闘いに託されました。この偉大な贈り物への責任は、神が主の言葉の知識によって祝福していた人々に残しています。私達は、最上の権威として神の言葉を受けいれて生きています。私達はその真理を自分達自身のために受け入れる必要があります。そして、私達は、個人的に研究することによって、それらを探し出す時だけ、それらの真理を正しく理解することができます。その時、私達が、神の言葉を私達の生活のガイドにしている時、私達のために、キリストの祈りは「そなたの真理によって彼らを聖化してください。そなたの言葉は真理です」(ヨハネ17:17 KJV)と答えています。言葉と行動の中の現在の真理の知識は、私達の信仰の表明です。このようにする時だけ、ほかの人々は私達が聖書を信じていることを知ることが可能です。
第6部 注意と勧め 8章 最上の権威としての神の言葉 英文403
迫害と死に直面している時、その時代のための真理は遠くに近くに広められました。神の言葉は、世界の人々のあらゆる社会層、高い人低い人、富者と貧者、教育を受けた人受けていない人などであってもそれを熱心に研究した人々に伝えられました。その光/真理を受けた人々は、転回して、それ自身のメッセンジャーになりました。その当時の日々に、その真理は印刷物を通して、人々の家庭にもたらされました。[マーチン・]ルーサー [2][1483-1546]のペンは、一つの力を持っていて、彼の著作物は、まき散らすように広まって、世界の人々を揺り動かしました。同じように、数百倍の才能を持った神の働き人達は、私達の任務に当たっています。この時代の人々のための真理を広めている多くの言語による聖書と出版物は、私達の手元にあって、この世界のすべての人々に速やかに伝えることが可能でしょう。私達は、人々に神の最後の警告を伝えようとしています。そして、それは、私達の熱心な研究と、熱心にその光を広めることにあるでしょう。
9章 最後の危機への備え
大きな危機が私達の目前にあります。その試練と誘惑に立ち向かい、その義務を実行することは、信仰を耐え抜くことを求めているでしょう。しかし、私達は、栄光の内に勝利するでしょう。見張っていて、祈っていて、信じている魂のうちで、かの敵の罠にかかる人はひとりもいないでしょう。
私達の目前にある試練の時に、神の保護は、懇願して主の言葉を忍耐して守っていた人々に置かれているでしょう。キリストは、その忠実な人々にこう言うでしょう。「私の人々は、来てください。汝らは、汝らの部屋に入りなさい。そして、汝らは振り返って扉を閉めてください。その憤りが過ぎ去るまで、そこに逃れていてください」(イザヤ26:20 KJV)。主の恵みを拒む者達にたいそう恐ろしいユダのライオン[主]は、忠実で従順な神の子羊となるでしょう。神の律法の違反者に恐ろしさと激怒を雲の柱の中から語っている[主]は、主の戒めを守ってきた人々の救出と憐れみと光/真理です。反乱を引き起こす者達を滅ぼす強い腕(権力)は、忠実な者達を救出することにも強い腕となることでしょう。忠実な人々はみな、確かに保護されるでしょう。「主は、トランペットの大きな音と共に主の御使い達を遣わすでしょう。そして、御使い達は、天の果てから果てに至るまで、また、地の四方から主に選ばれた者達を一カ所に集めるでしょう」(マタイ24:3 KJV)。
兄弟[姉妹]のみなさん、人々のために開示されていた神の言葉の真理をあなた方はこの世界歴史の場面が閉じられようとしている時、あなた方は何の役を演じようとしていますか。あなた方は厳粛な現実に目覚めていますか。あなた方は、地上と天上でなされようとしていることに備える根本的な働きに気づいていますか。その光/真理を受けていたすべての人々、その預言を聞いて読む機会を持っていた人々は、「その時は手元にあるので」と書かれている事柄に注意を払いましょう。私達の世界のみじめさの源、罪を試みる人々のないようにしましょう。無気力と愚かな中に取り残されないようにしましょう。あなた方の魂の運命を不確かな者に委ねないようにしましょう。あなた方は主の側に全的に立っていることを悟りましょう。「誰が立つことができるでしょうか」と真剣な心と震える口から質問が出るようにしましょう。あなた方は、これらの貴重な最後の実習/準備期間中にあなた方の品性に、とても最上の品質を形成していましたか。あなた方は、すべての染みから自分の魂を清めてきましたか。あなた方は告白した信仰に添って働きをしましたか。
第6部 注意と勧め 9章 最後の危機への備え
英文405
永遠の命を失って欠陥を見つけられても、形式的な信仰者、部分的[な信仰者]であることは可能です。クリスチャンの品性として不可欠の要素を欠くことが原因で滅びること、また、クリスチャンとしてみなされ、聖書が命令している教えを実行することは可能です。あなた方は、神が与えた警告を無関心に取り扱って怠るならば、また、あなた方が罪を許すことや罪を好むならば、あなた方は、自分の魂の運命を封印しています。あなた方は、秤によって重さを量られて不足を見つけられるでしょう。恵みと平和と赦しは、永遠に失われるでしょう。イエスは、そばを通り過ぎたことでしょう。あなた方の懇願や祈りの届く所に二度と行かないでしょう。恵みが残っている間に、また、救い主が執り成しをしている間に、私達は、永遠のための働きを徹底的に済ませましょう。
私達の世界へのキリストの戻る日は、長く延ばされないでしょう。これをすべてのメッセージの基本としましょう。
キリストが二度目に現れることについての祝福された希望、その厳粛な現実性は、主の人々にしばしば提示される必要があります。私達は、主がやがて現れるのを見ることは、地上のものを空虚で価値のないものとして見るように導くでしょう。
ハルマゲドンの戦いは、やがて開戦するでしょう。王の王、主の主の名が記された[品性の]衣服を着ている人は、やがて、天の軍勢の前に導かれようとしています。それ[その戦い]は、現在、神の奉仕者達によって述べることができません。それ[その戦い]は、預言者ダニエルによって書かれたように「約束された時は長いものでした」(‟The time appointed was long”)(ダニエル書10:1
KJV)。それ[その戦い]は今、短いものですが、神のための確かな証人達が主の道を備える働きを行なったことでしょう(It
is now but a short time till the witnesses for God will have done their
work in preparing the way of the Lord.)。
私達は、最も重要で、最も偉大な一つの働きをしていることを覚えていて、自分達の狭くて利己的な計画を脇に置く必要があります。この働きを行なうことにおいて、私達は、第一、第二、第三天使のメッセージを響かせて伝えています。また、私達は、もう一人の天使からの栄光によって地上の人々を照らして教化しようとしています。私達はその来臨に備えをしている者です。
主の日は、盗人の足取りのように近づいています。しかし、偉人や賢者と考えられていた人々は、この世界の終わりについて、また、キリストの来臨についてのしるしを知りません。多くの人の罪と多くの人々の愛は、氷のような冷たさを増しました。数千の数千倍、数百万の数百万倍の人々が、永遠の死や永遠の命のための決心をしています。経理の部屋の中でまったく夢中になっている人、ゲーム代での楽しみを見つけている人、また、食欲の道を間違って甘やかしてふけっている人、舞踏場や劇場にしばしば行って娯楽を愛する人などは、自分達の人生の会計報告から永遠を閉め出しています。その人々の人生の重荷はみなこうです。私達は何を食べましょうか。何を飲みましょうか。十分なお金で何を着ましょうか。その人々は、天に向かって歩んでいる行進の列の中にはいません。その人々は、強い背信に導かれていて、かの者と共に滅ぼされるでしょう。
第6部 注意と勧め 9章 最後の危機への備え
英文407
私達が速やかに、永遠に過ぎている瞬間の重要性を知って、神の大いなる日に立つ用意をしない限り、私達は不忠実な家令となるでしょう。見張っている人々は、その夜になる時を知ろうとしています。全ての事柄は現在、この時代の人々のための真理を信じている人々が気付くように、厳粛に覆われています。それらは、神の日に参考意見として活動するでしょう。神の裁きは、この世界の周りに降ろうとしています。そして、私達は、その大いなる日のための備えをしている必要があります。
私達の時間は貴重です。私達は、ほんのわずかな時間があるだけです。不死の命、未来のための備えをする準備(実習)の日々は、とても僅かです。私達は無計画な活動に費やしている時間がありません。私達は神の言葉を表面的に読んでいることに畏れを持ちましょう。
「あらゆる侵害がかの敵が支配していた信条によってなされた」ということは、キリストがこの地上にいた時と同じように今も真実です。私達に正義があるという闘いは、かつて目撃されたものの中で最も恐ろしいものとなるでしょう。しかしながら、サタンは、強い腕を持った人間のように、強い者として表されています。彼の悪送球は、きわめて熟練したものとなるでしょう。そして、忠実ではなく背信を選んで彼と結ばれているすべての人々は、彼と共に滅ぶでしょう。
神の聖霊の抑制は今も、この世界を引き止めています。ハリケーン、嵐、暴風雨、山火事、洪水、海や陸の災害などが次々と連続しています。科学は、それらをすべて説明しようとしています。神の息子の近づいているのを語るように、その印は、私達の周りに色濃くなっています。人間は「神に奉仕する者達が印されるまで、見張りの御使い達が吹かないように四方の風を抑制している」[黙示録7:1 KJV]のを識別することができません。しかし、神が、主の御使い達にその風に自由を宣言する時、そのような混乱の場面を描写することが可能なペンは存在しないでしょう。
この時に関して、無関心な人々のために、キリストの警告は「汝らは、熱くも冷たくもなく、生ぬるいので、私は汝らを口から吐き出すでしょう」(黙示録3:16 KJV)と言っています。主が口から吐き出すという姿は、あなた方の神への愛の表現やあなた方の祈りを[神に]捧げ上げることができないことを意味しています。主は、主に関するあなた方の教えやあなた方の霊的な働きをどうしても是認できません。主は、あなた方の宗教体験に恵みが与えられるようにという求めを[神に]提示することができません。
特別なカーテンが巻き上げられたならば、また、あなた方が神の目的と破滅する運命にある世界の人々に降りかかる神の裁きを認識できたならば、さらに、あなた方が自分自身の態度を見ることができたならば、あなた方は自分自身の魂と自分達に倣う人々の魂のために、震えおののくことでしょう。苦悩と胸を突くような熱心な祈りは、天に昇って行くことでしょう。あなた方は、霊的な盲目と信仰の逆戻りを告白して、祭壇と玄関の間で泣くことができるでしょう。
「シオンでラッパを吹きなさい。断食を聖別して厳粛な集会に呼び出しなさい。その民を集めて、会衆を聖別しなさい。老人達を集め、子ども達を集め、……花婿をその部屋から連れ出し、花嫁を私室から呼び出しなさい。祭司達、主に奉仕する者達は、祭壇と玄関の間で泣きましょう。そして、民に言いなさい。‟主よ、そなたの民に心を配ってください。そなたの遺産[である民]に恥を与えないでください”」(ヨエル2:15-17 KJV)。
「今からでも、汝らは、断食と涙、悲しみ嘆きを持って、心を尽くして私の所に戻りなさい。あなた方の衣ではなく、あなた方の心を引き裂きなさい。そして、あなた方の神、主に立ち返りなさい。主に悪を悔い改める者に、主は恵み深く、憐れみ深いです。怒ることに遅く、親切です。主は、悔い改めて戻る者に、主の背後に祝福を残しているのだけれど、誰か知っていますか」(ヨエル2:12-14 KJV)。
第6部 注意と勧め 9章 最後の危機への備え
英文409
イスラエルの民の背信と苦汁の懲罰の後で、悔い改めた人々のための神の恵みのメッセージは、「見上げなさい。私は、彼女[イスラエルの民]を誘い出して荒れ野に連れて行って、彼女とくつろいで話しましょう。そして、私は彼女にブドウ畑を与えて、アコルの谷を希望の入り口として与えましょう。彼女はそこで、彼女がエジプトの地から出てきた時の日のように、彼女が若かった日のように歌うでしょう」(ホセア2:14-15 KJV)。
「主は言っています。そして、その日には、汝らは、私を‟私の夫”と呼ぶでしょう。また、私を‟私の主人[バアル]”とは呼ばないでしょう。……そして、私は永遠に、私と汝らと婚約するでしょう。ええ、私は、正義と公平と、慈しみと憐れみをもって汝らと婚約するでしょう。私は、真実をもって汝らと婚約するでしょう。そして、汝らは、神、主を知るでしょう」(ホセア2:16-20 KJV)。
「そして、汝らは、イスラエルのうちに私がいることを知るでしょう。そして、私が、あなた方の神、主であること、ほかに[神が]いないことを知るでしょう。私の民は、決して辱められないでしょう」(ヨエル2:27 KJV)。
警告、助言、約束はみな、世界の終わりが来ている私達のためにあります。「そういうわけなので、私達は
ほかの人達がしているように、[霊的に]眠らないようにしましょう。冷静になって、警戒していましょう」(1テサロニケ5:6 KJV)。
あなた方が、気が付かない時にその日が来ることがないように、この世の生活の心配に夢中になって、どんな時でもあなた方の心が過度に負担にならないように、自分自身のために注意していなさい」(ルカ21:34 KJV)。
「汝らは、見張りをして祈っていなさい。汝らは誘惑に陥らないように」(マルコ14:38 KJV)。敵のひそかな接近に対して見張りをしてください。生来の傾向と過去の癖に対しても、自分の考えを押し付けないように、見張ってください。それらは、背後に押しやって見張ってください。考え方を見張ってください。計画を見張ってください。自分中心にならないようにしましょう。キリストが自身の血で買い取って贖った魂を見張ってください。人々に良いことをする機会を見張ってください。
「主が急に帰って来て、あなた方が[霊的に]眠っているところを見られないように」(マルコ13:36 KJV)見張りを続けましょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 1章 奉仕の働きをしている若い人々 英文411
「私は、主の声を聞きました。曰く、私は誰を遣わしましょうか。私達のために誰が行くでしょうか。その時、言いました。ここに私がいます。私を遣わしてください」(イザヤ6:1-8 KJV)。
1章 奉仕の働きをしている若い人々
福音の奉仕の働きは、過小評価される必要はありません。御言葉の奉仕の働きを目的としたものが、ありふれた業務と同じように管理運営されている事業はないでしょう。それはそうであってはいけません。その奉仕の働きを過小評価している人々は、キリストを過小評価しています。奉仕の働きは様々な部門でなされているすべての働きの内で、最も高度な者です。福音の奉仕の働きに関するもの以上に、神に祝福された働きはないということが若者達の内に確保されている必要があります。
私達の[教会の]若者達は、牧会の奉仕の働きに入ることを思いとどまらせないようにしましょう。ある若者は神が歩むよう命じている道から離れて行くような説明に、次第に進展する危険性があります。ある若者はその奉仕の働きに入るために、自分を準備するために、医療部門の勉学コースを進むよう勧められてきました。主は、主のブドウ園で労するためにもっと多くの牧師達を求めています。主の言葉は、「世界のあらゆる地域の伝道の最前線を補強するために、信仰深い見張り(牧師)を送ってください」と言いました。神は、あなた方に呼び掛けています。主は、現在の真理とキリストの愛をもっていて、高貴で度量の広い若者達を健全な兵卒[働き人]として求めています。
才能や学習の評価はたいそう低い結果に属しています。それよりも、この働きに繋がるあなた方の精神が評価に属しています(The
measure of capacity or learning is of far less consequence than is the spirit
with which you engage in the work.)。この奉仕の働きで必要とされている人は、優秀な人や学識のある人ではありません。また、その人は、雄弁な説教者達でもありません。神が求めている人は、主の精神/霊が与えられていて、主に自分自身を捧げている人々です。キリストの[人類救済]目的と人間性は、自己を犠牲にして捧げている人々、非難に耐えて、寝起きする場所もないような伝道地に出て行くことができる人、聖別した人々を求めています。価値ある事業に相応しくなるように、若者達を強くしましょう。勇敢にしましょう。そして、その若者達を捧げ物として、神に約束させましょう。
その奉仕の働きは、怠け者達がいる場がありません。キリストに奉仕する者は、自分達の奉仕の働きを十分に証する必要があります。その人々は、怠惰な者になってはいけないでしょう。また、主の言葉の解説者として、信仰深い者として、精力を最大に注ぐでしょう。さらに、学ぶ者であることを決してやめないでしょう。その人々は、自身の魂を、その働きの神聖さのため、自分の召命の偉大な責任のために生きようとし続けるでしょう。また、祈りや研究に裏付のない捧げ物、傷のある犠牲の捧げ物を神に持って行く時間も場もないでしょう。主は、その人々の熱心で霊的な生活を心に留めています。働き人達はみな、天からの力の賦与を受けることができるでしょう。そして、主が歩むように命じている道を希望と信仰をもって前進してくことでしょう。神の言葉は、聖別された働き人達、若い人々に、神は、しくじらない供給の源、神の勧めによって、速やかに、熱心に、力強く命じています。
神は、キリストがやがて来るというメッセージを世界の人々に与えるために、この人々を呼び出しました。私達は、主、子羊の婚宴の晩餐会への最後の招き、その福音の大宴会の最後の招待を人々の伝えるために生きています。この招きを聞かなかった多くの場所の人々は、それを聞く必要があります。そのメッセージを与えられなかった多くの人々は、伝えられる必要があります。もう一度、私は若い人々にアピールします。神は、このメッセージを響かせるように若い人々を呼び出していたのではありませんか。
たいそう多く、私達の[教会]の若い人々が、奉仕されるためではなく、奉仕するために?、神の奉仕の働きに入ることでしょう。時が経過して、「主よ、この魂を救うために私を助けてください、と言って一人またひとり、自分達の知性を注いだ人がいました。しかし、現在、それは稀なことです。どれくらい、多くの人々が罪びと達の滅びに気づいていたかのように行動しているのですか。その人々を救うために主に祈願して、祈りによって主に示して、人々が滅びていることを知るように、どれほど多くの人々がこれらのことを理解しているのですか。
第7部 奉仕への呼びかけ 1章 奉仕の働きをしている若い人々 英文413
牧師達と巡回伝道者達は、現在の真理によって有罪を下されている人々と熱心に祈りをする多くの時間を持っています。キリストはいつもあなた方と共にいることを覚えていてください。主は、力強い勇気、誠実で謙虚な働き人に最も貴い恵みの提示を用意しています。神があなた方の上に輝かすことを目的にしていた光をほかの人々に反射する時、それらの人々は、最も貴い捧げ物を主に持って行っています。救いの良い便りを伝えている人々の心は、賛美の精神/によって熱く燃えています。
「右手に七つの星を持っている主がこれらのことを行っています」(黙示録2:1 KJV)。その教会の中に豊かになろうとしている芳しい感化は、神の牧師達と結ばれています。その人々は、キリストの愛を現そうとしています。天の星たちは、キリストの支配の下にいます。主は、彼らに光を満たしています。主は、彼らの動きを指揮しています。主がこのことを行なわなかったならば、彼らは、堕落した星たちになるでしょう。そう、主の牧師達と一緒です。彼らは、主の手の中の道具に過ぎない者です。そして、彼らが成し遂げているすべての良いことは、主の力を通してなされました。彼らを通して、主の光は、輝き出ようとしています。その星たちが世界の人々に[働きかけている]以上に、主の聖霊の働きを通して、主の牧師達がこの教会を大いに祝福しているように主がしているのは、キリストの栄誉のためです。救い主は、その人々の資力になろうとしています。彼らは、主がその父を見たように主を見上げるならば、主の働きをすることでしょう。また、自分達の信頼を神に置く時に、主は世界の人々に反射するための主の輝きを彼らに与えるでしょう。
キリストの手の中の星のようなこの人々は、自分達がいつも聖なる威厳と神聖を保っていることを覚えておきましょう。その人々は、キリストを代表する人々です。キリストにあるシンプルさは、現在の真理の神聖な威厳と清さです。
神の奉仕者達は、人々に主の言葉を教えようとしています。主の聖霊の働きの下で、その人々は、キリストの手にある星たちのように指示通りに進んでいくでしょう。主の輝きで照らすためのキリストの牧師であると言っているこれらの人々は、自分達の光がやって来たので、そして、主の栄光は彼らの上に昇ったので、立ち上がって輝かしましょう。キリストは、自分が祈ったと同じ働きを行なうことを自分達に期待しているということを理解しましょう。神の奉仕者達は、現在の真理を知っている教会を残して去りましょう。そして、神の警告のメッセージに無関心な人々に真理の言葉を提示するために、また、新しい教会を設立するために前進しましょう。
この牧会の奉仕の働きに就いている多くの人々は、減少ではなく、大きく増加するようにしましょう。現在、伝道地に一人いる所に20人が加えられるように、そして、神の聖霊がその人々を支配しているならば、その20人は、もっと多くの20人が加えられるように、現在の真理を提示することでしょう。
キリストの気品と務めの働きは、主が喜ぶ状態になっています。主に就く人々は、自分の兄弟達のために、愛に属していて、信仰に属していて、完全/成熟に近づいて引き寄せるように、現在の真理を宣布する力が強くなろうとしています。神は、一様ではない私達に資金を援助して、人々のすべての危急に備えて、神性のアシスタントを提供しました。主は、あらゆる苦境で助けるために、私達の希望を保証し力づけるため、私達の心を清めて知性を教化するために、主の聖霊を与えています。主は、十分な施設が主の計画を達成するために提供されるよう意図しています。私は、神からの勧めを求めるよう、あなた方に伝えます。心と尽くして主を求めてください。「彼[主]があなた方に言うことは何でも行ってください」(ヨハネ2:5 KJV)。
第7部 奉仕への呼びかけ 1章 奉仕の働きをしている若い人々 英文415
しかし、また、ほかの人の陰のような妨げにならないようにしましょう。人に言われることをそのまま行なって磨くような機械にならないようにしましょう。彼らが行く所で説くように計画された彼らのための説教はありません。彼らは聖霊を通して、神によって教えられるように求めましょう。彼らは祈りを通して、神の言葉を勤勉に研究して助けを求めましょう。彼らがこのことをするならば、福音の働きのために、彼らを呼び出している主は、彼らが選ばれた器、目的に適う人であるという根拠を与えるでしょう。主は、人々に語るための言葉を与えるでしょう。
彼らの最初の義務は、偉大な教師から様々な分野の教訓を学ぶことです。「行って良いことを行なって」彼のようになる――という神の言葉の中にすべての人々の前に示された一つの目的があります。
キリストは言っています。「私に奉仕したいならば、私に倣ってついて来てください」(ヨハネ12:26 KJV)。キリストの生涯の研究によって、その働き人達は、主がどのように生きて働きかを学びましょう。毎日、主の生涯を生きるための努力を続けましょう。そして、若い人々は主を知るために、主に倣いましょう。あなた方は「朝日のように、主[の光]が広まって行くよう備えられています」(ホセア6:3 KJV)ということを知るでしょう。改善のためにいつも求め続けましょう。救い主との一体性/アイデンティティーをを熱心に努めましょう。キリストにある信仰によって生きましょう。主が行なったように働きましょう。主の命を犠牲として捧げて、人々の魂を救うために生きましょう。あなた方が繋がりを持った人々を助けるためのあらゆる方法を試しましょう。改善の努力を続けましょう。「そなたによって、そなたの戒めは、私の敵にまさって、私を賢くしました」(詩編119:98 KJV)との言葉をあなた方の生活に満たしましょう。あなた方の先輩の兄弟達と話し合いましょう。彼らはあなた方の指導を細部について徹底することでしょう。滅んでいる世界の人々救うための犠牲として捧げた主と新しく結ばれることは、あなた方を受け入れられ得る働き人とすることでしょう。あなた方が真理を自分の手にしてそれを適切に提示することができる時、あなた方は「わが主、わが神」と言う事ができるでしょう。
「新しい伝道地を開きなさい」は、主からの言葉です。そして、あなた方の働き人達を加えましょう。若者達を働き人として教育しましょう。待たないでください。教育しましょう。教育しましょう。教育しましょう。
「汝らは、刈り取る時期が来るまでにまだ4カ月ある、と言ってはいけません。見なさい。私は汝らに言います。あなた方の目を上げて、畑の上を見渡しなさい。作物はすでに収穫のために色づいています。人は賃金を受け取るために刈り取りをします。そして、永遠の命の実を収穫します。タネを蒔く人も刈り取る人も共に喜べるでしょう。」(ヨハネ4:35,36 KJV)。
第7部 奉仕への呼びかけ 2章 教会と奉仕の働き々 英文417
私達の教会メンバー達が、この世界の人々に憐れみの最後のメッセージを与えている人々を支えるための努力を決定したのは貴い時です。教会メンバー達は、実践的な宗教を証することによって、また、神のメッセンジャー達によってこの世界の人々に伝えられている警告のメッセージに重点を置きましょう。知識人達は、この世界の人々の見張りをしている人々に警告を与えられています。現在の真理の知識を持っている人々は、キリストに魂を勝ち取るように感化を及ぼして、身を低くした救い主と真の柔和な者であること、その現在の真理によって犠牲を払ったことを示して、聖書の原則を実践しているでしょう。
熱心に私達が告白した信仰について、大教師に与えるための熱心な奉仕をして、いろいろな活動を少なくしましょう。熱心で実際的な働きによって現されるキリスト教信仰は唯一、罪と背きによって[霊的に]死んでいる人々に感動を呼び起こすでしょう。祈って謙虚に信じているクリスチャン達は、自分達の行動によって、自分達の大きな望みが主のための魂達の豊かな収穫であるすべての人々をテストするためにある、人々を救う真理を知ろうとしていることを行動によって示しています。
私達は、自分達の宗教的な働きの単調さを打ち破る必要があります。私達は、この世界の人々の中で一つの働きをしています。しかし、私達は、熱心で十分な活動を表していません。私達がもっと熱心であったならば、人々は私達のメッセージである現在の真理を確信するでしょう。神のための私達の奉仕の単調さと慣れは、清められた熱意を示される必要のある上の層の多くの魂達を閉め出しています。律法に基づく宗教は、その世代の人々に答えていないでしょう。私達は奉仕の外面的な活動をみな実行できるでしょう。また、主の霊の素早い感化力に見捨てられたように、また、ギルボアの丘が雨と露に見捨てられていたように[2サムエル1:21]、私達はみな、霊的な湿り気を必要としています。また、私達の心に射し込むやわらかな義の太陽の光線の輝きを必要としています。私達はいつも、原則としての堅固な岩のあることを必要としています。聖書の原則は、清らかな実践によって支えられ、教えられる必要があります。神の奉仕をしている人々は、魂達を勝ち取る働きによって、元気を示す必要があります。私達が落胆するようにならないで、失敗しないよう決心して、神の道具として働かないならば、滅びようとしている人々がいることを覚えていましょう。[天の]恵みの御座は、私達の信頼が続くように存在しています。
気がこもらず、弱々しいものになっている私達の教会の信仰を許す理由はありません。「望みを抱いている汝らは、あなた方の砦に帰りましょう」(ゼカリヤ9:12 KJV)。キリストの中に私達のための避難所があります。主は、天の父の前にいる擁護者です。主は、主の人々に主の意図を伝えるために、主の統治のすべての地域に主のメッセンジャー達を派遣しています。主は、主の教会の真ん中で働いています。主は、主に倣う者達に、清め、成長、高貴を望んでいます。主を信じている人々の感化力は、世界の人々に命の香りとなるでしょう。主は、右手に七つの星を持っています。そして、それは、世界の人々に主の人々を示して、主の光を輝かそうとすることは主の目的です。このように、主は前述の主の教会でのより高い奉仕のために人々を準備することが主の望みです。主は、私達が行なうための大いなる働きを私達に与えました。私達は決意をもって正確にそれを行ないましょう。私達は、現在の真理が私達のために行なったことを生活の中で示しましょう。
「七つの金の燭台の真ん中を歩む[主]」(黙示録2:1 KJV)。この聖句は、キリストと教会の関係を示しています。主は、この地上のすべてを広く長く、主の教会の真ん中を歩んでいます。主は、教会が主の王国を前進できるよう、どのような霊的な状態であるかを見るために、強い関心を持って見詰めています。キリストは、すべての教会の集会に出席しています。主は、主の奉仕に結ばれたすべての人々を熟知しています。主は、聖なることを満たすことができる人々を知っています。その人々は、それをほかの人々に与えることができるでしょう。私達の世界にキリストの働きを忠実に広めている人々、神の知性を言葉と行動で現している人々、人々のために主の目的を果たしている人々は、主の視界の中でとても貴いものです。キリストは、人が育てた花たちの香りや、よく手入れされた庭園で、人が楽しむように、楽しんでいます。
第7部 奉仕への呼びかけ 2章 教会と奉仕の働き々 英文419
彼らが今立っている所で様々な伝道事業を立ち上げることは、多くの祈り、不屈のエネルギー、自己犠牲、自己否定のコストが必要です。そこには次のように、「今、行動の舞台に上がって来ている人々の中の誰かが、多くの人々はそのメッセージに目覚めて立ち向かうために呼び出された時、そのような状況に自分を挑戦させる必要がない。それ以来、現在、神の[人類救済]目的のための多くの資金がある。時代は変化した。このメッセージを体験したリーダーとして、そのような厳しくて不愉快な働きに、今、そんなに多大な自己犠牲と勤勉の必要はないと考えて、中身のない内容を残す」危険性があります。
しかし、その開始の時に、その働きの段階の提示として、同じような自己犠牲と勤勉の提示があったならば、私達は現在、成し遂げられている100倍を見ることでしょう。
その働きが始まった行動計画の高さで進められていくならば、道徳的な[資金の]源泉が衰退しないに違いありません。道徳的な力の新たな増大は加え続けるに違いありません。その働き人達が、現在、自分達の努力を気軽に考えて、また、資金だけではなく時間の厳格な節約と自己否定は現在、必要不可欠ではないと考えて伝道地に入って行くならば、この時代の働き人達は、過去の時代のリーダー達が保っていた認識とエネルギー、清さと同じ程度のものしか持っていないでしょう。
この働きは、広い伝道地をカバーするように広がりました。また、多くの信者達が増加しました。しかし、まだ、大きな欠点があります。[その働き人達は]再臨運動の初期の日々に現された伝道の精神と同じものを持っていたので、この大きな働きは達成されました。この精神がないために、現在の働き人達は神の[人類救済]目的の影響力を減少させて汚しているだけでしょう。この働きは、神がそうであるようにとデザインしているように前進するのではなく、実際は後退しています。私達の教会員数と働きの広がりは、この教会の始まりの頃の人々と比べられません。私達は、神に精神と身体と魂のすべてにおいて自身を聖別した働き人がいたということを考える必要があります。
私達の教会の人々は、やがて収穫するという希望を持って、霊的なタネを蒔く働きに協力するために生きています。この教会は、立ち向かわなければならないひねくれた行為、つむじ曲がり、聖なる計画と聖別された努力に偏屈を言って妨げる者がたくさんいます。その人々は不信心な者、心の悪い者に属しているからです。しかし、この働きは行なわれる必要があります。畑の土はとても固いです。しかし、休校中の畑の土は、やわらかく耕される必要があります。義のタネは、蒔かれる必要があります。神に愛された教える者達は、行なっている働きが実を結ぶ結果になるだろうか、成長しそうもないと、ためらわないでください。怠けないでください。落胆させられないでください。涙を持って種を蒔く者は喜びをもって刈り取るでしょう。「私達は、神と共に働いている者達です。汝らは、神の家の主人です。汝らは、神に建てられた建物[神に形成された人格です]」(コリント3:9
KJV)。あなた方は、自分[だけ]を信頼することができないことを学んでください。
以前にはなかったように、私達は、広い伝道地に収穫の働き人達を送り出すだけではなく、祈る必要があります。それだけではなく、私達は真理の概念を明瞭に理解している必要があります。そういうわけなので、真理のメッセンジャー達が来る時に、私達はそのメッセンジャーを受け入れて、そのメッセンジャーを尊敬するでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文421
1.エペソの教会からの一つの警告
真の証人が、エペソの教会に手紙を送っています。「しかしながら、私は、汝らが初めの愛から離れてしまったので、汝らに対して何かあるものを持っています。それゆえに、汝らはどこから落とされているかを思い出しなさい。そして悔い改め、そして、初めの働きをしなさい。そうでなければ、私は汝らの所にすぐに行くでしょう。そして、悔い改めなければ、汝らの燭台をその場所から取り除くでしょう」(黙示録2:4,5,KJV)。エペソにある教会の人々の最初の体験は、子どものような単純さと熱情を注目されました。キリストへの愛らしい熱心さ、心からの愛が表されました。信者達は、キリストが自分達の心に臨在して宿っていたので、神の愛を喜んでいました。神を讃える言葉は、その口にありました。感謝の心、態度は天の家族の感謝と調和していました。
この世界の人々は、エペソの人々がイエスの愛を持っていたという知識がありました。罪深い人々は、悔い改めと赦し、清めと聖化を受けて神の息子を通して、神との和解の契約へともたらされました。その信者達は、すべての神の言葉を従順に受け取って熱心に求めました。自分達の贖い主の愛に満たされて、その人々は、主に魂達を勝ち取るための最も高い目標を求めました。その人々は、キリストの貴い宝をため込むことを考えませんでした。その人々は、自分達が呼び出されたことの重要性とそのメッセージの重大さを考えました。人々の望む地上での平和と良い物を地の最も遠い果てに良い便りを伝えるため[の犠牲として]燃やしました。
その教会メンバー達は、活動と意見において一致していました。キリストへの愛は、その人々を結ぶ金の鎖でした。その人々は、もっと完全/成熟に、もっと主を知ろうと、主に倣っていました。そして、輝きと慰めと平和がその人々の生活に現れました。その人々は、苦労している父親のいない子どもと寡婦を訪問して、世の人々から自分達が汚れるのを守っていました。その人々の中で見られる一つの失敗が、自分達の贖い主を拒絶して、告白を否定したことでしょう。
あらゆる都市の中で、この働きは前進しています。魂達は回心しました。そして、その人々の中で、回心はきわめて重要な宝に属していると語らなければならないと考えました。しかし、彼らは、もう、ほかの人々に輝かしていた自分達の知性、光を与えられて教化していた光線を残していないことでしょう。不信者となった群衆は、クリスチャンの希望の理由を熟知していました。心が温かく、霊感が注がれているという個人的なアピールは、追放
(除名)、罪深い間違いに代わりました。そして、それらの人々は、現在の真理を知っていると告白している一方で、神を愛する者達ではなくて娯楽を愛する者達でした。
しかし、時が過ぎた後で、熱心な信者達の、神とお互いへの愛は、月が欠けるように衰退し始めました。無関心がはびこりました。意見の相違が発生し始めて、多くの人々の視線は、信仰の創始者、完成者であるイエスを見上げることから離れてしまいました。現在の真理の実践的な信仰によって回心して確信していた多くの人々は、警告を受けずに除かれ(除名)されました。その時に、真の証人によって、エペをの教会に送られたメッセージがこれです。キリストが死んで[愛した]人々への愛なしに、力と魂と知性、心を尽くして神を愛することのできる人はいないので、その人々の魂の救いへの関心の欠如が彼らの初めの愛を失ってしまったことを示しました。神は、彼らに悔い改めて最初の働きを行なうよう呼び掛けています。そうでないと、ロウソク立てはその場所から取り去られることでしょう。
このエペソの教会の体験は、今の世代の教会の体験として繰り返されるのではありませんか。今日の教会は、神の真理の知識を受け取っていて、この知識を役立てていますか。エペソの教会のメンバー達が、堕落した人類のための言葉で書き尽くせない神の憐れみを最初に知った時、その人々は沈黙を続けられないことでしょう。人々は、自分達が受けた祝福をほかの人々に与えて、神と協力するための望みに満たされました。その人々が霊感を与えられた時、受け続けていました。その人々は、主イエスキリストの知識と恵みによって成長しました。それは、今日、どうなっていますか。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文423
しかし、その教会メンバー達は、自分達が「神と共に働く者達」(1コリント3:9 KJV)としてデザインされたことを行なっていますか。私達は、魂の悩みのどこを見ていますか。どこで、私達は、神の意思に自己を明け渡される宗教的なテーマに没頭した教会メンバー達を見ていますか。どこで、目覚めていて、光/真理を発する人々、繁栄した教会にするための責任を感じているクリスチャンを見ていますか。どこで、大教師のために労苦を愛して、評価や制限をしない人々を見ていますか。私達の贖い主は、主[にある]魂の苦悩を見て納得しようとしていますか。どれほどの人々が、主につく者となると告白していますか。その人々は、自分達の労苦の実を見る時に満足するでしょう。
そんなに信仰が弱いことの理由は何ですか。そんなに霊的な力が少ない理由は何ですか。なぜ、そこでは、キリストの軛の重荷を担う人が少ない理由は何ですか。なぜ、人々は、キリストのための自分達の働きを引き受けるよう言わなければ、人々は行なわないのですか。なぜ、贖いのミステリーを公にすることのできる人が少ないのですか。なぜ、キリストの義は、世界の人々のための一つの光として、主を告白して倣う人々を通して輝かないのでしょうか。
2.無活動の結果
神が指導しているように、人々が自分達の能力を使う時、人間の才能は増進するでしょう。また、その能力は大きく伸びるでしょう。そして、失われている者を救うために、天の知恵を求めるでしょう。しかし、教会メンバー達はほかの人々に与えるために、神に与えられた責任に無関心で、気が進まないでいます。その一方で、その人々は、天の宝を受け取ることを期待できるでしょうか。クリスチャンだと告白した人々が霊的な闇にいる人々にその光を照らして、教化することに重い責任があることを感じない時、また、その人々が知識と恵みを与えることをやめる時、さらに、その人々が認識しなくなる時、その人々は、天から贈られた才能と豊かな理解を失っています。そして、自分自身の価値を下げています。その人々はそれをほかの人々に提示する必要に気付くことにもしくじっています。
私達は、様々な地域で大きな教会が増えたのを見ています。そのメンバー達は、現在の真理の知識の内容を習得しました。また、多くの人々は、光/真理を与えようとすることなしに、今の言葉の内容を聞こうとしています。その人々は、魂達の救いに関心が薄く、この働きの進展のための責任を僅かに感じているだけです。その人々は、世俗の事柄に熱中しています。しかし、また、自分達の仕事に宗教をもたらしていません。その人々は「宗教は宗教です。仕事は仕事です」と言っています。彼らは、各々[宗教と仕事]がそれ自身の相応しい領域を持っていると信じています。しかし「それらを区別しましょう」と言っています。
特権の乱用abuseと機会への無関心のゆえに、それらの教会のメンバー達は、「私達の主、救い主イエスキリストについての知識と恵みのうちに」(2ペテロ3:18 KJV)成長していません。それゆえに、その人々は、経験において子ども(未熟)で、知識において欠陥があり、信仰において弱くなっています。また、現在の真理に基づかず、根付いていません。その人々がこのままにいると、最後の日々にある多くのだましは、間違いなくその人々をだますでしょう。その人々は、間違いから真理を識別するための霊的な視点を持っていないでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文425
私達の間にいるこれらの人々は、考える時間を取れるならば、神が自分達に与えた才能について、罪深い怠慢として、何もしない立場を考えるでしょう。兄弟・姉妹のみなさん。あなた方の贖い主と聖なる天使達は、あなた方の頑なな心を悲しんでいます。キリストは、魂達を救うために主自身の命を与えました。そしてまた、主の愛を知ったあなた方は、主が死んで[愛した]人々のために、主の恵みの祝福を与える努力をほんの少しだけしています。義務に対するそのような無関心と怠慢は、天使達にとっても驚きの一つです。裁きの時に、あなた方は、怠慢にしてきた魂達に向き合う必要があります。その大いなる日に、あなた方は、自分をとがめて、自分に有罪宣告を下すでしょう。主が今、あなた方を悔い改めに導きますように。主が、彼らに行なうようにと与えた主のブドウ園の働きを怠っている主の人々を、主が許しますように。
「それゆえに、汝らはどこから落とされているかを思い出しなさい。そして悔い改め、そして、初めの働きをしなさい。そうでなければ、私は汝らの所にすぐに行くでしょう。そして、悔い改めなければ、汝らの燭台をその場所から取り除くでしょう」(黙示録2:5,KJV)。
それらの到来の時を知っている人はなんと少ないことでしょう。時のしるしを理解している人、終末の前に生きている人々、現在の真理を信じていると言っている人々の間でさえもなんと少ないことでしょう。私達は、神の寛容の下に生きています。しかし、どれほど長く[四つの]風を抑え続けている神の御使い達は吹かせないでいるでしょうか。
しかしながら、言葉で表せない私達への神の憐れみに対して、私達の教会で真の謙遜と献身がどんなに少ないことでしょう。キリストの苦悩に与る者として、神の働きの一部を担うための栄誉を授けられて呼び出されたのに、神を畏れているキリストへ奉仕する者達に、感謝と喜びの満ちている心のある人がなんと少ないことでしょう。
今日、私達の会衆を更生している人の大半は、罪と背信のうちに[霊的に]死んでいます。その人々は、蝶番のある開き戸のように、来て帰って行きます。何でも、その人々は、魂を揺さぶるような最も厳粛なことに自己充足感をもって聞いてきました。しかし、その人々は、それらを実生活の中で実行していません。それゆえ、その人々は、真理の貴さへの敏感さが徐々に弱くなっています。警告と叱責を促す証は、その人々に悔い改めを目覚めさせていません。人間の口からの言葉を通して神から来ている心地いいメロディー――キリストの義と信仰による義――は、その人々の謝意と愛の応答を奮い立たせていません。天の商人が愛と信仰の高価な宝石を人々の前に披露しているにもかかわらず、また、主が、「見えるようになる‟目薬”、‟火で練られた金”、着せられる‟白い衣”を主が買うように招いているにもかかわらず、人々は、主に反対して自分達を頑なにしています。そして、生ぬるさを熱心と愛に変えることにしくじっています。告白している一方で、その人々は、神性の力を否定しています。その人々がこの状態を続けているならば、神は、その人々を拒絶するでしょう。その人々は、主の家族のメンバーになることを自分から相応しさを失っています。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文427
私達は、この福音の働きが牧師の統制に依っていると考えないようにしましょう。神は、すべての人々に主の王国に繋がって、一つの働きをするように与えました。キリストの名を告白しているすべての人々は、義の原則を擁護する備えをして、無私無欲な働き人、熱心なはたき人になろうとしています。すべての働き人は、神の[人類救済]目的を前進させる役割を担っているでしょう。私達の呼び出しが何であれ、クリスチャンとして私達は、この世界の人々にキリストが知られる働きをしています。私達は、キリストに魂を勝ち取るという私達のチーフの目的をもって伝道者になろうとしています。
主の教会のために、神は主の愛のメッセージを伝えて、光を放散して真理を広める働きを託しました。私達の働きは、とがめるためにあるのでも、公然と非難するためにあるのでもありません。そうではなく、キリストに引き寄せるため、神と和解させるために人々に懇願しようとするためにあります。私達は、人々を惹きつけて、魂達を励まそうとしています。そして、このようにして人々をキリストに勝ち取ろうとしています。私達は、キリストに惹きつけて、魂達を励まそうとしています。そして、このことに私達が関心を持っていないならば、また、私達が命と心についての奉仕を神から抑制されているならば、私達は努力とお金、時間と感化力を神から奪っています。私達に倣う人々の益に失敗して、私達は、魂達の回心を通して主に注がれるはずの神の栄誉を奪っています。
4.最も近い日々の始まり
クリスチャンだと長い間告白してきた人や、自分達の家庭の陰で滅びている魂達に責任がないと考えている人々は、外国の地で行なう働きがあると考えているでしょう。しかし、そこは、そのような働きに適している例証の地ですか。どういう点で、その人々は、魂達のための重責を現しましたか。その人々は、家庭で弟子訓練をされて教えられる必要があります。キリストのための真の信仰と愛は家庭で正しく魂達を救うために最も熱心な望みをその人々に生み出すでしょう。その人々は、主の柔和と謙遜を学んで、キリストに引き寄せるために、霊的なエネルギーをみな働かせるでしょう。神が外国の地に行くことをその人々に望んでいるならば、その人々は供えられるでしょう。
神のために、働こうと望みを持っている人は、まず、家で、自分自身の家族に、自分の隣近所の人々に、自分の友人達に始めましょう。ここに、その人々は、気に入った伝道地を見つけることでしょう。この家庭伝動は、広い伝統地での奉仕のための能力があるかないかを明らかにする、一つのテストです。
5.ナタナエルとフィリップ(ピリポ・フィリピ)
フィリップとナタナエルのケースは、真の家庭伝道の働きの一つの例です。フィリップはイエスを見て、そして、彼がメシアだったと確信しました。彼は喜びのうちに自分の友人達に良い便りを知らせたいと思いました。彼は、真理をナタナエルと分かち合って、彼に慰めをもたらしたらいいなと思いました。心の中にある恵みは、放散することによって、臨在を現しているでしょう。フィリップは、ナタナエルを捜しに行きました。ナタナエルはイエスの言葉を聴く特権を持っていませんでした。しかし、彼は、精神において主の言葉に引き寄せられていました。彼は光/真理を求めていました。そして、それを真剣に祈っていた時がありました。フィリップは「私達は、律法の書の中にモーセと預言者達が書いていた、ナザレのイエス、主を見つけました」(ヨハネ1:45 KJV)。フィリップの招きによって、ナタナエルは求めていた救い主を見つけました。そして、彼のこの転向は、キリストのために魂達を勝ち取る働きに結びました。
光が伝えられる最も効果的な方法の一つは、私的な個人の努力によってなされるものです。家庭の家族の中で、隣人達の暖炉のそばで、あるいは病人の傍らで、静かな方法によって、あなた方は現在の真理とイエスのための一つの言葉を語って、御言葉を読めるでしょう。このように、あなた方は、芽を出して成長して、実りをもたらす貴い真理の種を蒔くことでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文430
キリストのための私達の働きは、家庭にいる家族に始められる必要があります。若者達の教育は、過去に与えられていたものとは違ったものになるでしょう。若者達の福祉(welfare)は、若者達に与えられていた以上に多くの働きを求めています。これ以上に重要な伝道地はありません。私心と手本によって、親達は回心していない子ども達のために働きかけて、自分の子ども達を教えるために生きています。その子ども達は、困窮者や貧困者の苦労を軽減するように、また、苦しんでいる人や老いた人に共感して思いやるように教えられるでしょう。そして、子ども達が幼い時から、ほかの人々への良いことのための自己否定と自己犠牲、そして、キリストの[人類救済]目的の前進が教えられるでしょう。その子ども達は、神と共に働く者となるでしょう。
しかし、その子ども達がほかの人々のための真の伝道の働きをするように学ぶのであれば、子ども達は、まず、家にいる人々のために働くことを学ぶ必要があります。子ども達はみな、自分の家の中の奉仕を、敬意をもって分かち合うように訓練されるでしょう。男の子は、自分の足で使い走りすることや、重い荷物を持って運ぶことに決して恥じないでしょう。このように結ばれている間、彼は罪や怠惰の脇道に逸れないでしょう。荷物を運んで、誰かに負わされるはずの家族の責務、若者達の肩とその力で負われて費やされるはずの多くの時間が、若者達と子ども達によって無駄に費やされていることでしょう。このようなことを示すこと、愛することは、父親と母親によって影響が及ぼされています。
子ども達は、自分自身の体のケアと、健康改善の真の原則を基本にして生きています。両親達は、熱い祈りと深い気配りを持って、子ども達の永遠の福祉を見守っていることでしょう。私達自身に問いかけてみましょう。自分達は気にかけていなかったのではないか。私達はこの厳粛な働きを怠ってきたのではないか。私達はサタンの誘惑の戯れsportになるように子ども達を許してきたのではないですか。なので、神に清算する責任はないでしょうか。私達は、親として、自分達の義務を怠って、サタンの王国の臣民の数を増やしてきたのではないでしょうか。
この多くの家庭の伝道地が、不名誉にも怠惰にされてきたことによって、そして、神性の源泉と対処が示されていた時でもあるので、この悪い状態は正されうることでしょう。キリストに倣っていると告白した人々は、主の働きに自分の子ども達を教育訓練するための怠惰を現して許せることは何ですか。
神は、地上の家族が、天上の家族の象徴となるようにデザインしています。クリスチャンの家庭の者達は、神の計画と調和して指導されて立てられていて、主の働きの進展のためと、クリスチャン品性の形成のため、最も効果的な働き人達の間に生きています。
両親達が自分達の家族の違った事柄の状態を見たいと思っているならば、変容が自分の家族の中で場所を取るように、その働きに主と協力して、神に全的に自分達を聖別しましょう。
私達自身の家庭が本来あるような時に、私達の子ども達は、神が子ども達にみな必要な益として求めていることに対して、無関心と怠惰のうちに成長することが許されないでしょう。主の信仰遺産として、子ども達は生きている所で主の働きをするために相応しくされるでしょう。一つの光は、知識の源となって導いて、無関心な家庭の益となるような家庭から輝き出るでしょう。感化力の一つは、主の真理のため、神のための力になるように尽されるでしょう。
7.伝道の働きと教会指導
「見張り人、今は夜の何時ですか」(イザヤ21:11 KJV)。この命令に従事している人々は、トランペットの確かな音を鳴らすために、できることを行なっています。羊飼いはその数を確かめる人々としてその群れのために忠実な世話をしていますか。神の牧師達は、自分達のケアの下にキリストの血で買い取られた人々がいることに気づいて、魂達のために見張っていますか。この世界で、行なわれようとしている偉大な働きとその努力は、私達がそれを成し遂げようとしているものですか。主の人々は多すぎるほどの説教をしてきました。しかし、その人々は、キリストが死んで[愛した]人々のための働きの仕方を教えられてきましたか。働き人達は、この働きの一部を担う必要を知った人々の方法で、人々の前に考えられて配置されていましたか(Has a line of labor been devised and
placed before them in such a way that each has seen the necessity of taking
part in the work.)。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文432
資金はみな、根拠を識別するような多くの人々に現在の真理の知識を伝えることに役立てられるでしょう。その人々は、それを見る機会を持てるならば、主にある人々によってキリストに似た者として相応しくなるでしょう。伝道集会を伝道の働きの仕方を主の人々に教える演出に変えましょう。神は、主の教会の人々に、この世界の人々に光を照らして教化する働きのために、メンバー達を相応しくした弟子訓練を期待しています。価値ある才能をやり取りするために提供する数百の人々を備える結果となる教育が与えられるでしょう。それらの才能を役立てることによって、人々は感化を与えて、そして、清さを保って原則を汚さず、信頼される立場を果たすために用意されるように成長するでしょう。このように、多くの良いことが大教師のために達成されるでしょう。
8.働きのための教会メンバーの配置
実際に能力のある多くの人々は、伝道地の前線で働く人々が人員を配置する仕方を知らないので、不活発になって衰退しています。能力のある人が、働きの前線にいるそれらの不活発な人々の前で、行なうことが可能な計画を立てるようにしましょう。その人々の才能が増すように、男性達と女性達にその利用の仕方を教えるために、小規模のミッションが多くの地域で設立されるようにしましょう。すべての者が人々から期待されていることを理解しましょう。そして、今働きかけられていない多くの人々は、真の働き人となるでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文432
大きな働きをしようとして、小さな働きのそばを見過ごさないようにしましょう。あなた方は、小さな働きをうまく行なうことができるでしょう。しかし、大きな働きを試みてひどい失敗をして失望しています。あなた方が見える所でなされる働きを確立させましょう。あなた方が大きな働きをするための適性と才能を発達させるのは、あなた方の手ですることを見つけて、行なうことにあるでしょう。たいそう多くの人々が実のならないしおれた木のようになるのは、小さい事柄を怠けて、日常の機会を軽蔑していることにあるでしょう。
すべての人々に、神のために個人的に奉仕を行なう方法があります。ある人は遠くにいる友人に手紙を書いたり、真理について疑問をもっている人に雑誌を送ったりできます。またほかの人は、困難にある人々に勧めを送ることができます。病気の対処方法を知っている人々は、その伝道地の前線で助けることができます。必要な資格のある人々は、聖書の解釈の説明をすることができるし、聖書のクラスで指導することができます。
働きのシンプルな様式が考案されて、これらの教会の間で調整されて、整えられるでしょう。そのメンバー達がそのような計画を一致して受け入れるならば、根気よく彼らを送り出しましょう。彼らは報いを豊かに刈り取るでしょう。彼らの体験は輝きが増すでしょう。彼らの能力は増すでしょう。彼らの努力を通して魂達が救われるでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文434
9.教育されていない人々のために
人々が教育されていないために、主の働きに加わることができないとは考えないようにしましょう。神は、あなた方が行なうための一つの働きを持っています。主は、すべてのひとびとにその人の働きを与えていました。あなた方は自分自身のために御言葉を調べることができます。「そなたの言葉を開けると、光を放ちます。それは、素朴な人に理解力を与えます」(詩編119:130 KJV)。あなた方は、その働きのために祈ることができます。誠実な人の信仰によって捧げられた祈りは、天に開かれるでしょう。そして、あなた方は自分の能力と一致し働きをして生きるでしょう。
すべての人々は、良い事や悪い事への感化力を持っています。その人の魂が神の奉仕に捧げられているならば、そして、キリストの働きに発展するならば、その感化力はキリストと共に集める方に向かうでしょう。
全天の存在者達は活動しています。神の御使い達は計画を考えたすべての人々と協力しようとして待っています。それによって、キリストが死んで[愛した]魂達は、救いの嬉しい便りを聞けるでしょう。救いを受け継ぐであろう人々のために、奉仕の働きをする天使達は、真実な全ての聖徒に言っています。「あなた方が行なうための働きがあります」「行きなさい。……立って、この命の言葉をみな、人々に語りなさい」(使徒言行録5:20 KJV)。これらの人々がこの命令に従って語ったならば、主は、出て行くことによって手段の能力を彼らに与えて、彼らの前に道を備えることでしょう。
10.怠惰な人を目覚めさせる
人々の魂は、キリストから離れていて滅びています。キリストの弟子だと告白している人々は、[霊的に]死んだままになっています。私達の才能のある兄弟[姉妹]達は、魂達を救う働きを彼ら[霊的に死んだ人]に託しました。しかし、ある人は、それら(才能)をナプキンに包んで土の中に葬っていました。そのように怠惰な人々は、イエスに属しているという信仰と、神の戒めを宣布して、天の中央を飛んでいるように表現されている天使とどれほど似ていますか。大教師のための働きに出るように、怠惰な者達を目覚めさせるために、どんな方法がもたらされうるのでしょうか。やり取りする人々にその才能を使うよう、その才能を発掘する必要性に気づかせるために、私達はその無精で怠惰な教会メンバーに何を言うことができますか。天の王国の中では、怠惰な者、無精者ではいけません。神は眠っている教会の人々の前に、その重要性の問題を提起しているでしょう。シオンは目覚めて、その美しい衣を身に着けるでしょう。彼女(シオン)は、輝くでしょう。神の群れを世話する一人の羊飼いの体験をしていなかった牧師達が多く任命されています。この教会の人々は、成長発達するのではなく、役に立たない体(教会)、依存していて、弱っていくように放置されています。この教会のメンバー達は、説教に頼るように教育訓練されてきて、キリストのためにほんの少しのことしかしていません。その人々は、むしろ、実を生み出さず、利己心と不信仰を増しています。その人々は、希望を説教者においています。そして、自分達の弱い信仰で生き続けるために、自分の努力に頼っています。この教会メンバー達は、監視者として神がおいた人々によって正しく指導されてこなかったので、多くのメンバー達は、人々に向かって主の配慮に不平を言って、地中にタラントを隠している無精な奉仕者です。そのような人々は、病気の子どものような[世話され依存する]傾向にさせられることを望んでいます。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文434
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文436
11.伝道者になる若者達
若者達は、怠惰にならないようにしましょう。そして、その働きの責任を分かち合いましょう。また、ほかの人々を祝福して助ける活動の一部を担うことを考えましょう。子ども達でさえも、自分達より幸せの少ない人々のために、憐れみと愛の小さいお手伝いをするように教えられるでしょう。
教会の監督者は、若い男性と女性が託されたタレントを役立てて生かすように教育訓練されるような計画を考案しましょう。教会の老齢のメンバー達は、子ども達と若者達のために心を込めて働いて、熱心に行なうように勧めましょう。牧師達は、教会のメンバーの若者達と共に創意工夫して計画を考えて、伝道の働きをメンバーと共に協力するよう導きましょう。しかし、伝道集会で長い説教の話をすることによって、完全に人々の関心を引き起こすことができるとは想像しないでください。生きた関心を燃やす方法を計画しましょう。みんなが活動するための役割を持ちましょう。キリストの恵みによって自分達が成功した体験を語り、伝道集会で週毎に自分達の体験をレポートして、託された役割を行なうよう若い人を教育訓練しましょう。そのようなレポートが聖別された働き人達によって、もたらされたならば、その伝道集会は、退屈する者やうんざりするものにならないでしょう。彼らは興味に満たされるでしょう。そして、参加者の欠如がなくなるでしょう。
すべての教会メンバー達は、キリストのために魂達を勝ち取るために時間を捧げるよう訓練される必要があります。「汝らは世界の人々の光です」は、教会のメンバー達が実際に光を授けていること以外に、その教会について、どのような言われうるでしょうか。
キリストの群れを非難している人々は、自分達のその義務について、多くの魂達のために働くように整えましょう。
12.この教会の人々は目覚めましょう
特殊で急な変化がやがて始まるでしょう。そして、神の人々は、主の聖霊を授けられようとしています。そういうことなので、神の人々は、可能な限り、この世界の道徳的頽廃の動きの効力をなくして、天の知恵によってこの時代の危機に立ち向かうことでしょう。この教会の人々が[霊的に]眠っていたならば、また、キリストにつく人々が見張って祈っているならば、彼らは、かの敵の動きを認識して理解するための光を持てるでしょう。
終わりは近いです。神は、残りの者達のために整えるようこの教会の人々に呼び掛けています。神と共に働くあなた方は、ほかの人々を伴って神の王国に入るように、主によって力づけられています。あなた方は、世界の人々の光のチャンネル/回路、神の生きた働き人になろうとしています。そして、あなた方の周りには、力づけて支援するためにキリストからの命令を持った天からの御使い達が存在しています。そして、魂達の救いのために働いていているあなた方を支持しています。
私は、すべてのカンファレンスの諸教会にアピールします。この世界の人々と違って、そして、その人々に属するのではなく、義の太陽の光線の輝きを反射して、聖と、清い者として、汚れなく純粋で、そして、地に住む人々への脇道と本通りに生きているすべての人々に光を伝える信仰によって、分かれて立ち上がってください。
この教会の人々は、それが永遠に遅すぎることになる前に目覚めましょう。教会メンバーはみな、自分が呼び出されていることによって、主の名が記されている個人的な働きに取り掛かりましょう。健全な信仰と熱心な清めが、不信仰と怠惰の場所を占めるようにしましょう。信仰がキリストを捉える時、現在の真理はその人の魂に輝きをもたらすでしょう。そして、宗教の奉仕活動は、関心も活気もないものにならないでしょう。現在、無気力で退屈なあなた方の社交的な集会は、主の聖霊によって生き生きとしたものになるでしょう。毎日、あなた方は告白しているクリスチャンの体験をしているように、素晴らしい体験が持てるでしょう。罪びと達は回心するでしょう。その人々は真理の言葉が触れて「私達は、きょう、素晴らしいことを見て聞きました」とキリストの教えを聞いた人が言ったように言うでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文438
神の王国の建設は、人間の働き人達の連携や不信仰のために、遅延や前進が言及されてきました。この働きは、人々が神性との協力にしくじったことによって遅らされています。人々は「そなたの王国が来ますように。そなたの御心が天で行なわれているように、地上で行なわれますように」と祈っているでしょう。しかし、人々が自分の生活の中で、この祈りを実行することにしくじっているならば、その嘆願は成果のないものでしょう。
しかし、あなた方が弱く、間違って、罪深くなるならば、主は、あなたがたの主自身への申し出を断るでしょう。主はあなた方を神聖な指導の下へと招いています。キリストのもとに団結しましょう。あなた方は、神の働きをすることができるでしょう。キリストは「私を離れては、あなた方は[神性のことについて]何事もすることができません」と言いました。
まさに、預言者イザヤはこの約束を与えられています。「汝らの義は、汝らの前を進んでいくでしょう。主の栄光は、汝らの後ろにあるでしょう」(イザヤ58:8 KJV)。私達の前を進んでいくのはキリストの義です。そして、これは、私達の後ろにある主の栄光です。この約束を研究していて、そして、自分達の信仰・霊性・神性の力の不足がどれほどかを考えている汝ら、生きている神の教会の人々は、神の王国が来るのを遅らせています。あなた方が、キリストの働きを行なうために出かけて行くならば、神の御使い達は、福音を受け入れるように心を備えて、あなた方の前に道を開くでしょう。あなた方がみな活きた伝道者であったならば、この時代の人々のためのメッセージは、あらゆる国民、すべての人々、すべての言語に速やかに宣布されることでしょう。これは、キリストの[再臨]前になされるはずの力と栄光が訪れる働きです。私は、あなた方が、自分の責任を理解できるように、熱心に祈るようこの教会の人々に呼びかけます。あなた方は、個人的に神と共に働いていますか。そうでないならば、それはなぜですか。あなた方が天から託された働きを行なうために、あなた方はいつ財産や手段を使っていますか。
第7部 奉仕への呼びかけ 3章 家族伝道の働き 英文438-439
自信を失っているすべての人々のために唯一の対処法があります。――信仰・祈り・働きです。私達の教会の人々は、牧師の働き人のいない所では、気を配って、怠惰にもならないでしょう(Our
churches should not feel jealous and neglected because they do not receive
ministerial labor.)。その人々は、魂達のために最も熱心な働きをして、重責を自分から担っていることでしょう。
私達の教会の人々の才能はみな、良いことをするよう働きかけられる必要があります。神は、荒れ野や自然界の未開地、最もひどい所のそばに、魅力的なものを造りました。ここに、私達が行なうように呼び出された働きがあります。
私達は、まず家庭で行なわれるべきクリスチャンの原則の努めの働きをする若い人々を必要としています。家庭での義務に忠実なことは、品性の感化を反映しています。父親の家の中は、この教会の中で働くために相応しい根拠を与えようとしています。
主は、私達の[能力の]様々な領域を高める目的で評価するのではなく、私達がそれを満たすように忠実になるために評価しています。
私達が、行なうように託された才能の三分の一しか使っていないならば、残りの三分の二は、キリストに反対した働きをしています。
私達の世界でなされうる最大の働きは、キリストの品性に生きることによって、神の栄光をたたえることにあります。
第7部 奉仕への呼びかけ 4章 諸施設の増加 英文440
偉大な働きがこの世界全体の人々になされる必要があります。そして、終末は近いので、[人類救済] 目的が命じている様々な施設を設立する特別な努力の必要がないと結論付ける人がいないようにしましょう。あなた方は、主が現れる日や時間が啓示されていないので、また、理解するために与えられる特別なことではなかったので、知ろうとする必要がありません。すべての人々は、神が求めている日常生活の義務を行なって、自分の働き手に置かれた所で働きましょう。
主が、将来に向けて、出版所とサナトリウム、学校の設立、集会所の建設の努力をしなくてもよいと命じた時は、主がこの働きを閉じさせて、私達の手で停止するための時でしょう。しかし、今は、私達の熱心さと私達の愛を神と人々に示す機会です。
私達は、この世界中の人々のために、この働きにおける神とのパートナー/協労者として生きています。救われるための魂達がいる所ではどこでも、私達は自分達の助けの手を貸そうとしています。多くの息子達と娘達は、神の所に連れて行かれるでしょう。終末は近いです。この理由のために、私達は託されたあらゆる能力を増やそうとしています。また、働き人達はみな、この働きの助け手として申し出ているでしょう。
学校は設立される必要があります。幼少から若者達は教育される必要があります。牧会の奉仕の働きに結ばれた人々は、科学と聖書の知識に高度に達する必要があります。病人のための治療の施設は、外国の地において設立される必要があります。そして、医事伝道者達は、十字架を負うような人、ほかの人を教えることができて、信頼される役目を果たすような人、自己否定をしているような人々が現れる必要があります。このような人々の一方で、神は、家庭での伝道者を求めています。家庭や伝道地において、神のための働き人達は、十字架を負って、個人的な要望を抑えて、良い実を豊かに実らせるような、自己否定をする人である必要があります。
第7部 奉仕への呼びかけ 4章 諸施設の増加 英文441
あなた方の資金は、あなたかがの感化力を減らすのではなく、良い働きをしている働き人達のために、創造的なことに使いましょう。私達の欠点を取り除いた信仰を実践できるし、それゆえ、健康回復のための施設は必要がないという示唆を聞く人がいないようにしましょう。信仰といろいろな働きは、分離されるものではありません。主はやがて来ようとしているので、短期間になされる大きな働き、それらの施設を増やすこと、断固として明瞭な活動です。
主がやがて来る時までに、私達のお金をやり取りする人に持って行く時間があります。すべてのドル紙幣を持って行く時間、私達が主の宝庫に与える時間があります。それらの施設は、働き人達の教育のために設立されるでしょう。その人々は、預言者の学校にいた人々のように教育されるでしょう。主が来て、あなた方が行なっている働きを見るならば、主は「よくやった。汝ら良い忠実な奉仕者達、汝らの主の喜びに汝らも入りなさい」と言うでしょう。
身体的・知性的・道徳的な能力が浪費されたり乱用されたりしないようなその時はやって来ます。主の働きを道徳的、そして霊的に前進させることについて、主は、アメリカの主の人々が、もはや、巨大な施設を本国の僅かな場所に建てることをしないようにと望んでいます。主が多くを与えた人々は、与えることを求められています。あなた方の資金を今、霊的な闇の中にいる国民と太平洋の島々にいる人々に光/真理を与える助けとなるような所に置きましょう。
行なわれるための働き
様々な家族が[霊的な]闇の地域に転居するならば、その場所でその人々は、霊的な薄暗闇に包まれています。キリストの命の光をその人々に輝き出しましょう。大きな働きが成し遂げられるでしょう。慎み深い方法で、カンファレンスの基金を引き出さないで、牧師の助けなしに、ある家族がそれをマネージできないほどに、関心がたいそう大規模なものになるまで、穏やかなうちにその家族の働きを始めましょう。
行なわれるための働き
様々な講演会や同様な集会が開始された時に、それらはすでに設立されている私達の大きな諸教会に連携して開催されないようにしましょう。彼らはその働きに特徴を与えて、ほとんど知られていない地域に現在の真理の知識を広げましょう。これは、簡単にできるほど都合の良いことではないでしょう。私はお尋ねします。キリストにとって、私達と一体となるために主自ら身を低くして、天の法廷を去ることは簡単にできる都合のいいことだったでしょうか。主は、堕落していない存在の者達のためではなく、最も必要としている人々のために天から出て行ったのでした。私達は、主が自分の働きを託した人々として、主の手本をそっくり写そうとしています。
私達は、人々がその墓の中にいたかのように希望のない者達であると評価する/裁くような人々に命の言葉を示そうとしています。その人々は、真理の光を受けることや快く聞いていると見えているだけでも、私達は疑いや動揺なしに自分の分を果たす必要があります。
そこには、遅延の可能性があります。あなた方が見つけたある魂、あなた方が御言葉を開いたその魂は、あなた方の手の届かないかなたに去っています。サタンは、その人の足元に捕獲用の罠を仕掛けていました。そして、翌日に、神の大敵の計画を仕掛けているでしょう。なぜ、一日、先延ばしするのですか。なぜ、すぐに働きにいかないのですか。
第7部 奉仕への呼びかけ 4章 諸施設の増加 英文443
自分自身の魂の益のために集会に参加して、ほかの人々の救いのために少し行動して重荷を担っている一方で、共に集まって最後の憐れみのメッセージを託されたたいそう多くの人々を見る時、終末が近づいているのを見る時、天使達はどのように考えなければならないでしょうか。生きている信仰によって、キリストと確かに一体となっている人々はみな、神性の性質に与っているでしょう。その人々はいつも、主の霊的な命を受けているでしょう。そして、その人々は沈黙していることができません。
命はいつも、それ自身の活動を示しているでしょう。心臓/心は生き続けているならば、身体のあらゆる部分に命の血流/活動源を送っているでしょう。人々の心は、それを明らかにするようにと言われる必要がないでしょう。神性の命は、恵み豊かな流れによって彼ら[神性の命]からあふれ出ています。その人が祈る時、その人が話す時、また、人々が労働している時、神は栄誉がたたえられています。
働き人達
その人々の働きが最終の大きな成果を生み出しているのは、もっとも輝かしいものでも最も才能のあったものでもありません。誰が最も効果的な働き人でしょうか。その人々は「あなた方は、私の軛を着けてください。そして、私について学んでください。私は柔和で心のへりくだった者です」という招きに応答する人でしょう。
神が託した知的な才能を主の栄光のためにそれらの賜物giftsを使うことを拒むならば、テストと試練の後で、主は、彼ら自身が想像したものを彼らに残すでしょう。また、彼らを、強い自己信頼を持っておらず、懸命な努力をしないことを現す人として扱うでしょう。彼らは自分達でできないことと自分ですることを神に任せているので、主は、[その人々の]能力を弱くするでしょう。神は、真心を込めた奉仕を受け入れるでしょう。また、主は、その欠如を補うでしょう。
主イエスは、主自身の霊的な概念に向き合うために、主の名の栄光のために彼らを役立てて、そして、主を見つけた人々が[品性を]形成されるだろうと捉えています。主は、ほかの人々がそばを見過ごすような人材、働きかけられるすべての働き人を役立てています。簡潔な手段の扉が天に開かれています。分かりやすく説明する人間の働き人は、人々に神を表すことに役立っています。
あなた方は、やがて来る世界の能力のある人々に触れましたか。あなた方は、神の息子の血を飲み、肉を食べましたか。それから、牧師達の手は定めによってあなた方を任命するように置かれませんでしたが、キリストの手はあなた方の上に手を置いて「汝らは私の証人です」と言いました。
主の道具として働いている神の人々は、役に立たない者として人々に見なされるでしょう。しかし、その人々が祈ることができるならば、また、分かりやすく現在の真理を語ることができるならば、その人々がそれ[現在の真理]を愛しているので、その人々は、主の聖霊の力を通して人々に伝えることができるでしょう。その人々が分かりやすく現在の真理を提示する時、体験の出来事を思い出すことや、御言葉を読むことについて、主の聖霊は品性と知性に一つの印象を与えるでしょう。その人の意思は、神の意思に従属する者となるでしょう。かつて、理解されなかった現在の真理は、霊的な現実になり、生きている確信が心に訪れています。
第7部 奉仕への呼びかけ 5章 ミッションの伝道地のための助け 英文445
(訳者加筆。General
conference(訳:SDA全体総会)、Conference(訳:カンファレンス)、Mission(訳:ミッション)と訳しています)
私の魂に、様々な伝道地の極貧のミッションに関して一つの重荷があります。私達の近くの様々なミッションで積極的になされるための働きがあります。そしてまた、外国の伝道地の働きを前進させる基金の大きな必要もあります。私達の外国のミッションは衰弱しています。伝道者達は、神が求めているように支援されていません。基金の欠乏のために、働き人達は新しい伝道地に入って行くことができません。
私の周りの魂達はみな、自分の罪のために滅びています。毎日、何千人もの人々が永遠の命の希望なしに、神なしに死んでいます。神の裁きと災いはその働きをしています。そして、魂達は、その人々の道に真理の光が照らされなかったので滅んでいます。しかし、わずかな人々が自分達につく人々の状態の重荷を負っています。この世界の人々は、惨めに滅びています。しかし、この厳しい現実は、死ぬ運命にある人々に永遠に与えられた高価な真理を最も遠くに届けていると信じていると言っている人々をさえ動かしています。神は、滅びている人々に届ける主の助け手となるように主の人々に呼び掛けています。
しかし、多くの人々が何もしないで満足しようとしています。ここに、キリストが人間の性質を取って天の家を去るように導いた愛に対する欠如があります。そのキリストの人間性は人間性に触れることができるでしょう。そして、人間性を神性へと引き寄せるでしょう。ここに、この時代のために必要とされている理解を妨げている、神の民の昏睡状態と麻痺状態があります。
神の人々は、天の存在者達の前で試練に遭っています。しかし、彼らの贈り物と捧げ物はわずかで、神への奉仕の努力の弱さは不信仰を現しています。現在、達成されているほんのわずかなことが、神の人々の行なっている最善だったならば、その人々は激しい非難の下にいないことでしょう。しかし、それらの[資金の]源泉によって多くのことを行なえるでしょう。神の人々は知っています。そして、世界の人々も知っています。神の人々は十字架を負いつつ、自己犠牲の精神の程度を大きく失っているに違いありません。
神は、罪と違反の罪に死んだように眠っている世界の人々に警告を与えるために、人々を呼び出しています。主は、永遠の命を得て滅びるべきではない人々の魂のために重責を担っている人々の働きに関心のある人々から、自由意思による捧げ物を求めています。サタンは人々の魂を命のゲームのように弄んでいます。それは、宣教師派遣の推進に使われてないので、主は、人がそれに結ばれるような確実な資金を求めています。そういうわけで、私達は人間の考えたことに無関心でいていいでしょうか。私達は自分の感覚を麻痺させるように、彼に許していいでしょうか。
私は、すべての場所にいる兄弟[姉妹]に目覚めるように、また、神に自分を聖別するように、そして、主からの知恵を求めるようアピールします。私は、私達のカンファレンスの役員達に、私達の教会内で熱心に努力するようアピールします。外国への宣教師の派遣を支援するために資金を捧げるよう人々を目覚めさせましょう。あなた方の心が外国の伝道地の状況を見て触れない限り、世界の人々のための憐れみの最後のメッセージは抑えられるでしょう。そして、神が行なうよう望んでいる働きは達成されないままに残されるでしょう。
準備期間の最後の年がやがて閉じられるでしょう。主の大いなる日は近いです。私達は今、私達の[教会の]人々を目覚めさせるあらゆる努力をする必要があります。預言者マラキの主の言葉をすべての魂の家庭にもたらしましょう。
「あなた方の父祖の日から、汝らは、私の定めを離れて、それらを守りませんでした。私に戻ってください。私もあなた方に戻りましょう。ホスト役/万軍の主は言っています。しかし、汝らは、‟どうして私達は戻りましょうか”と言っています。人は、神から奪う/盗むでしょうか。しかし、汝らは、私から奪う/盗みました。しかし、汝らは‟どのように私達はそなたから奪い/盗みましたか”と言っていました。什一と捧げ物によって[です]。汝らこの国民全体は私から奪い/盗んだので、汝らは呪いをもって呪われています。汝らはみな、主の宝庫に什一を持って来なさい。私の家には、食物があるでしょう。そして、これをもって私の真意を確かめなさいと、ホスト役/万軍の主は言っています。私は、それを受け入れる余地がなくなるほど、一つの祝福をあなた方に注ぐと言っていいほどに天の窓をあなた方に開くでしょう。そして、私はあなた方のためにむさぼり食うものを抑えるでしょう。そして、その者はあなた方の地の穀物を滅ぼさないでしょう。あなた方のブドウの実が熟す前にその実を畑に落とさないようにしましょう。ホスト役/万軍の主は言っています。すべての国民はあなた方を祝福された者と呼ぶでしょう。汝らは喜びを与える地となるでしょう。ホスト役/万軍の主は言っています」[マラキ3:7-12
KJV]。
第7部 奉仕への呼びかけ 5章 ミッションの伝道地のための助け 英文447
真に回心した人は、献身と献金を求められる働きをするために呼び出されています。教会員名簿に私達の名を置いて、私達を結ぶ義務は、私達の能力を最高に神のために働く責任を与えています。主は、能力と知性と魂と心全体の献身、また、純粋な奉仕を求めています。キリストは、魂達の救いのための奉仕に献身する私達の才能がみな結束して繋がるように、教会の私達に才能を与えました。この不足した何かが、この働きに反対しています。私達の宝を預けておくことができる所が――神の宝庫かサタンの宝庫か、世界の中で二箇所だけあります。キリストの奉仕に貢献していないものはすべて、サタンの側に数えられていて、彼の目的の力になっています。
第7部 奉仕への呼びかけ 5章 ミッションの伝道地のための助け 英文448
命や生活のある所では、増加と成長があります。神の王国ではいつも、[主から]もらう―[主に]与える、[主から]受け取る―主自身に返すという交換があります。神は、すべての誠実な働き人と共に働いています。そして、受けた光と祝福は、信者達が行なっている働きで与えています。このようにして、受けるための容量や能力は増し加えられています。ある人が天の賜物を与えられている時、その人は、生きている泉から魂に流れ込む真理と恵みの新鮮な潮流のための余地を作っています。偉大な光は、その人に祝福と知識を増しています。この働きを委ねられている教会メンバー達はみな、この教会の成長と命です。いつも受けているだけで与えていない生活の人は、やがて祝福を失うでしょう。真理がその人からほかの人に流れ出て行っていないならば、その人は、受けるための容量や能力を失うでしょう。私達は、新鮮な祝福を望んでいるならば、天の良い物や善意を返す必要があります。
これは、天上の霊的な事柄と同じく、地上においても真実です。主は、主の働きを前進させるために金や銀を持たずにこのこの世界に来ました。人々の贈り物と捧げ物によって、人々が主の働きの前進を保つことができるように、主は、源泉を人々に供給しています。ある人は、神の贈り物がほかの人々のために利用されることを目的にしているものは、伝道地での大きな収穫に当たっている働き人達の支援となっています。男性達と女性達が、ほかの魂達への祝福の良いチャンネルとなるならば、主は、代理を務めているそのチャンネルを守るでしょう。人々が貧しくなるのは神自身に返していないことがあるからです。極貧の傾向は控えていることがあるからです(It
is not returning to God His own that makes men poor; it is withholding that
tends to poverty.)。
第7部 奉仕への呼びかけ 5章 ミッションの伝道地のための助け 英文449
救い主は、「私は、地から上げられるならば、すべての人々を私の下に引き寄せるでしょう」(ヨハネ12:32 KJV)と言いました。贖われた魂達を見る喜びのために、キリストは十字架を耐えました。主は、堕落した世界の人々のために生きた犠牲となりました。自己犠牲の行動によって、神の愛とキリストの心臓/心が突き刺されました。この自己犠牲は、主の聖霊の強い感化によってこの世界の人々に与えられました。神の働きが前進していくのは犠牲的な行為を通してです。神の子達はみな、自己犠牲を求められています。キリストは「誰でも私の後について来たいと思うならば、自分自身を否定しましょう。そして、日々、十字架を担って、私についてきてください」(ルカ9:23 KJV)と言いました。信じているすべての人々に、キリストは新しい品性を与えています。この品性は、主の無限の犠牲を通した主自身の複製です。
私達の救いの創始者は、この働きの完成者でしょう。人の心に受け入れられた一つの真理は、ほかの真理が満ちる余地をつくるでしょう。そして、その真理は、受け入れた所では、受け入れる人の能力を活発に促すでしょう。私達の教会メンバー達は、神の言葉を誠実に愛する者である時、最良の強い[品性]の性質を現すでしょう。そして、その貴い人々は、すべての利己心に反対して神の言葉を信じて、精神においてもっと子どものようになるでしょう。
洪水のように、光は、神の言葉から輝き出ています。無関心にしていた機会に目覚めている必要があります。みんなが、什一と捧げ物を神自身に返して支える決心をしている時、この時代のためのメッセージを聞く世界の人々のための道が開かれるでしょう。神の人々の心が、キリストのための愛に満たされる時、また、教会メンバー達がみな、自己犠牲の精神を授けられた時、本国や外国のミッションのための基金の不足がなくならないことでしょう。私達の[資金の]源泉は無数にあるでしょう。何千という多くの有用な扉が開かれることでしょう。そして、私達は、中に入るように招かれているでしょう。神の[人類救済]目的が主の人々によって、憐れみのメッセージを世界の人々に伝えられたならば、キリストは、もっと前にこの地に来ていたことでしょう。そして、聖徒達は、神の都に入るよう歓迎を受けていたことでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 5章 ミッションの伝道地のための助け 英文450
あなた方の家庭で節約を実行しましょう。多くの家庭でアイドルが気に入られて拝されています。あなた方の誤った認識を捨て去りましょう。利己的な娯楽を諦めましょう。私はあなた方に懇願します。それは神のお金なので、あなた方の家を美しく飾って資金を使い尽くさないでください。それは再び求められるでしょう。親のみなさん、キリストのために、あなた方の子ども達の好きな楽しみに主のお金を使わないでください。世俗の影響を受けて、華美と服の流行スタイルを追求することを子ども達に教えないでください。キリストが死んで[愛した]魂を救うように子ども達の心を傾けていますか。そうでないならば、それは、羨望、ねたみ、そして、悪い憶測を生み出すでしょう。あなた方の子ども達は、この世俗の贅沢と虚栄を競うように、また、幸福と健康のために欠かせないもののために主のお金を費やすように導かれるでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 5章 ミッションの伝道地のための助け 英文451
あなた方の子ども達に、神は、子どもたちの才能のすべてに取り消すことのできない一つの求めをしていることを教えましょう。子ども達が持っている才能は何であれ、子ども達の従順のテストの時に子ども達が唯一信頼しているものです。多くの魂を罪から義に勝ち取ることによって、子ども達の冠/栄誉のための星を得る大望を子ども達に抱かせましょう。
お金は必要な宝の一つです。それを必要としていない人々に無駄に与えないようにしましょう。ある人は、あなた方の心からの贈り物を必要としています。資金を持っている人々は、あまりにもしばしば、この世界には食物が無くて空腹な多くの人々がいることを考えることにしくじっています。その人々は「私はその全部の人々に食物を与えることができません」と言うでしょう。
しかし、キリストの教えの倹約を実践することによって、あなた方は、人々に食物を与えることが可能です。あなた方は、現世の食物に事欠いている多くの人々に食物を与えることが可能でしょう。そして、あなた方は命のパンをその人々の魂に与えることができます。「失われる物がないように余った断片を集めなさい」(ヨハネ6:12 KJV)。それらの言葉は、主の命令によって全宇宙の存在者達の[食物]源泉をすべて持っていた主によって語られました。主の奇跡の働きの力は、数千人に食物を提供しました。その一方で、主は、倹約の教訓を教えることを恥ずかしいこととはしませんでした。
第7部 奉仕への呼びかけ 5章 ミッションの伝道地のための助け 英文452
私達は、この地上においては、寄留者、巡礼者、そして、旅人です。神が私達に[出費を]抑えるよう命じている私達の資金を、望みを満足させるために費やすことのないようにしましょう。私達は、自分達の前に、正しい手本を配するようにしましょう。私達は、自分達の要望を抑えて自分達の信仰に相応しいことを現しましょう。終末の日々の人々のために、真理の光が満ちている中を歩んでいる人々として、この教会の人々は、一人の人として立ち上がって、そして、熱心な働きをしましょう。神が求めている神聖によって、あなた方の感化力を魂達に印象付けましょう。
神の摂理によって、あなた方は、十分に持っていて、食べること飲むことができていて、陽気に暮らす富を与えられているならば、有用な働き人になる必要がないという考えに固まらないでください。ほかの人々が[人類救済]目的のための資金を得ることに奮闘している一方で、誤った認識で立たないでください。あなた方の資金を主の働きに投資してください。あなた方が[魂の]滅びている人々に助けの手を指し出す義務が少しもないとしているならば、あなた方の無精さは罪悪感を負っていることを覚えていてください。
財産を得るための能力を人々に与えているのは神です。そして、神は、自己を喜ばせる手段としてではなく、神自身に資金として返すよう、この能力を授けました。この目的によって、資金を獲得することは一つの罪ではありません。お金は労働によって得られる必然[の対価]です。若い人々はみな、勤勉の習慣を訓練されるでしょう。人が誠実に富を得ていたのであれば、聖書は、富のある人を非難していません。
第7部 奉仕への呼びかけ 5章 ミッションの伝道地のための助け 英文453
主は、私達に命じています。「汝らは、自分のもっている物を売りなさい。そして施しなさい。自分のために、古びないようにワックスを塗った財布を作り、虫も食わない、泥棒も近寄らない天に絶えることとのない一つの宝を蓄えなさい。あなた方の宝のある所には、あなた方の心もあるでしょう。あなた方の腰にベルトを締めて[刀剣をつけ]、あなた方の明かりを灯しなさい。そして、汝らは自分自身を自分達の主人を待っている人々のようにしていなさい。主人が婚宴から戻った時、帰って来て戸をノックした時、主人のためにすぐに戸を開けるでしょう。主が帰ってきた時、目を覚ましているのを見られる奉仕者達は、祝福されます。本当に、私はあなた方に言います。主人は、腰にベルトを締めて奉仕者達を食卓に着かせて、進み寄って給仕することでしょう。そして、主人が夜中ごろ、あるいは夜明けごろに返って来ても、そうしている奉仕者達は、祝福されます。そして、このことを知っていて、ある家の主人は、泥棒が来る時間を知っていたならば、見張りをしていて、自分の家が壊されるのを許さないでしょう。汝らは、備えをしていなさい。汝らが思っていない時に人の子が来るでしょう」(ルカ12:33-40 KJV)。
第7部 奉仕への呼びかけ 6章 ノルウェーにおける出版所 英文454
[ここに述べられているアピールは、ノルウェーのクリスチアーナにある私達の出版所の働きの財政上の困難に関して、1900年12月20日に書かれました。[アメリカにある]海外伝道委員会は1899年に「クリスチアーナにあるその出版所は負債に巻き込まれていて、それ自身でその債務を処理することが不可能でした。そして、その施設は債権者達の手に渡ってしまう危機の中にありました」という言葉を受け取りました。この財政難を救済するために、5万ドルの財政的支援*が求められるでしょう。これをその委員会が供給することは不可能でしょう。ノルウェーにいる私達の兄弟達はみな、1年以上、この出版所の財産を保持し続けて来ました。わずかなことが、自分達の施設の救済のために行なわれました。建物は、負債の支払いに立ち向かうために立ち上げた基金が売り払われるか、債権者に引き渡される必要があるように思われました。
このように、犠牲の捧げ物と働きによって築き上げられてきたその施設は、主の働きを失ってしまうことでしょう。この大きな不幸を阻止するために、主は、主の奉仕者を通して、励ましと指導、アピールの言葉を熱心に続けて語りました]。 [パシフィック プレス出版所]
[訳者加筆。現在の価値が100倍とすると5億円。当時の週給は5ドルほどでした。年250ドル。50,000ドルは、2000人分の1年間の給与に相当します]
ノルウェーにある私達の出版所は、危機が差し迫っています。主の名によって、私は、この出版所の味方/益としての私達の[教会の]人々にアピールします。現在の真理の目的を心に留めを愛している人々はみな、この危機を乗り越えるために助けの手を差し伸べるようにと呼び掛けられています。
神を愛して奉仕している人々は、主の名の栄光に関する全てに深い関心を抱いていることでしょう。誰が、その施設は現在の真理を広めていたこと、そこは、主がしばしば、主の臨在を現していたこと、その施設は神のメッセンジャーによって与えられたこと、そこは、とても良い事を成し遂げていて、現在の真理が出版によって送り出されていたことを理解できますか。――誰が、そのような施設が世俗的な目的で普通に利用されるために、世俗の人の手に渡るのを見るように伝えることができますか。主の施設が主の管理者達に主が託していたお金を失って失敗を許していたならば、神は確かに不敬にされています。人々は、「それは、主がそれを中止させてできないようにしたからだろう」と言うようになるでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 6章 ノルウェーにおける出版所 英文455
そこにいる人々は、とても小さい信仰を持っています。その人々は、ほかの人々を落胆させるようにしているでしょう。そして、この良い働きに加わることに対して、このように働き人達を挫けさせています。その人々の魂に利己心が強まって湧き上がることは、落胆の言葉によって窮地に追い込むだけです。あなた方を誘惑するような人々の言葉を聞いてはいけません。困難を周りに招いたことを湧き起こす質問は見過ごしましょう。事の成り行きは、大きな失敗という結果となったことでしょう。しかし、私達は、不平や批判に割く時間はありません。批判、不平、譴責は、苦境と困惑のさなかにいる私達の兄弟達に救済をもたらさないでしょう。
神は、人々の魂を救う働きを主の共労者となるよう、人間の働き人達に呼びかけました。主は、間違いをしがちで、欠点を包含する人々を用いています。それから、私達は間違いをして、不適切なことをした人々を譴責しないようにしましょう。私達は、神の恵みによって、人間の苦悩に心を寄せて、たいそう思いやりのある者に変えられるよう求めましょう。私達はキリストの性質に与る者であるという根拠を与えて、神とキリストが私達を愛しているように失敗した私達の兄弟達を愛しているので、これは、天において喜びの理由となるでしょう。
批判している時間はありません。その事態は、真の共感と決定的な助けを必要としています。私達は、私達の兄弟達の必要を個々人が考える必要があります。みなさんの息は、励ましの言葉を語ることに使われるように、この問題に献身しましょう。みなさんの力が支援する働きを起こすようにしましょう。
天の御使い達の奉仕の働きの役割の一つは、私達の世界を訪問して、主に仕える管理者達の手の中の主の働きを調べることです。必要な時はいつでも、彼らは、地上での主の働きの前進に努めている神と共に働く者達のために奉仕の働きをしています。その天の知者達は、贖いの計画を見ようと望んでいる者として象徴されています。そして、彼らは、神の働きのどの分野の事業が発展している床はいつでも世論でいます。
天使達は、人間の中に、神の道徳的なイメージ/像が回復することを求めている人々の霊的な福祉に関心を抱いています。そして、地上の家族は、罪が作った傷と打撲傷を包んで天の家族と結ぼうとしています。天の働き人達は見られえないけれど、人々と協力して救済するために、目に見える人間の働き人達と協力しています。その真の天使達は、サタンが支配権を得ようとしていた時、天の法廷での戦いに参戦しました。そして、神の側で勝利しました。その真の天使達は、神に仕える罪のない天に住む者達と私達の世界の造られた者達に喜びの声を上げました。人間の堕落と人間のエデンの家から人間の追放を目撃した天使達――これらの天の真のメッセンジャー達は、罪によって滅びている人類の救済のために、堕落して贖われた人間との団結した働きに熱い関心を寄せています。
人間の働き人達は、天の道具となっている人々の手です。天の御使い達は、実際の奉仕の働きの中で、人間の手を働かせています。人間の働き人達は、助けをする者達の手として、知識を鍛えていて、そして、天の存在者の能力を利用しています。全能の神のそれらの能力者達と団結することによって、私達は、彼らの高度な教育と体験によって益を受けています。このように、私達は、私達の生き方から利己心を分離して、私達が互いに認め合うことを助けている特殊な才能、神性の性質に与る者になっています。これは、救済の力を管理している天の方法です。
第7部 奉仕への呼びかけ 6章 ノルウェーにおける出版所 英文457
それらが混ぜられた感化を見上げる時、なんという天の喜びでしょう。全天の存在者達は、このように天の神の思惟を行なって、地上で神の目的の借金の埋め合わせをするための働き手として、それらの働き人達を見守っています。そのような協力は、神に権威と栄誉と栄光をもたらす一つの働きを成し遂げています。すべての人々が、キリストが愛したように愛するならば、滅びる人々は大きな損害から救われるでしょう。一つの変化が私達の世界にやって来るでしょう。
「私は汝らの真ん中に、悩む人と貧しい人を残すでしょう。その人々は、主の名を信頼するでしょう。……その人々は、食物を得て休息するでしょう。彼らを恐れさせる者はいないでしょう。シオンの娘達、歌いましょう。イスラエル、大声で歌いましょう。エルサレムの娘達、心をこめて喜び楽しみましょう。主は汝を訴える者を取り去り、主は汝の敵を追い払いました。イスラエルの王、主は汝らの真ん中にいます。汝らはもはや悪を見ないでしょう。その日、人々はエルサレムに言うでしょう。シオンの人々は恐れないでください。汝の手を弱々しく下げないでください。汝らの真ん中にいる汝らの神、主は、権威ある御方です。主は救うでしょう。主は、汝らを喜びの歌で被って喜ぶでしょう。主は、主の愛によって安ませるでしょう。主は、汝らを歌で被うでしょう」(ゼファニア3:12-17)。これは何を表していますか。私達は、この意味をとらえることができますか。
「私は聖なる集会のために、一つの重荷だったものをとがめるために、汝らの中から、悲しんでいる人々を集めるでしょう。見上げなさい。その時、私は汝らをみな、悩ますようなことを行なうでしょう。そして、私は、彼女[シオン・イスラエルの娘達]を救うことをやめるでしょう。そして、追い出された者達、彼女達を集めるでしょう。そして、私は、その人々が恥を与えられるすべての地で名声とさんびを与えるでしょう。私は、あなた方を連れ帰る時、私は、地上のすべての人々の間で、あなた方の目の前であなた方の捕囚状態から連れ戻す時、賛美と名声を与えるでしょう。主は言っています」(ゼファニア3:18-20 KJV)。ハガイ書の1章も読んでください。
人間の働き人達が神に仕える管理者として、主の施設が負っている重荷を軽くするために、主自身の資産を役立てるよう結束する時、主はその人々と協力するでしょう。
「私に語った天使がまた来て、私を目覚めさせました。私が目覚めから覚めた時、汝は何か見えますかと言いました。私はこう言いました。私はすべてが金でできた燭台/ロウソク立てが一つあって、その一番上には、油壺がついていて、また、七つの灯し火皿があって、それには、七本の管があります。また、その傍に、二本のオリーブの木があります。一本は灯し火皿の右側に、もう一本は左側にあります。さらに、私は、自分に語った天使に答えて言いました。私の主よ、これらは何ですか。すると、その天使は、私に答えて言いました。汝はそれらが何かを知らないのですか。私は、私の主よ、分かりませんと言いました。すると、彼は、私に答えて言いました。これは、権限ではなく権力でもなく、私の霊/精神によるゼルバベルへの主の言葉です。ホストの主/万軍の主は言っています。偉大な山、汝は、何者ですか。汝はゼルバベルの前で、平地となるでしょう。人は、祝福あれ、汝に祝福あれと叫びながら、かしら石を運び出すでしょう。さらに、主の言葉が私にやってきて言いました。ゼルバベルの手はこの家の基礎を据えました。その手はそれを完成させるでしょう。そして、汝は、ホストの主/万軍の主が、あなたに私を遣わしたことを知るでしょう。些細な日常の務めを軽蔑している人は誰ですか。人々は、ゼルバベルの手にある七つの「釣り糸の重り」を見て喜ぶでしょう。それは、全地を行き来する主の目です。答えがあってから、私は、燭台の右側と左側にある二本のオリーブの木は何ですかと言いました。また、私は彼に言いました。金のような貴い油を注ぎ出す二本の金の管がみな空(から)になっているオリーブの二本の木は何ですか。彼は、私に答えて言いました。汝は、それらが何かを知らないのですか。そこで、私は、私の主よ、私は知りませんと言いました。その時、彼は、それらは、全地の所有者、主の傍らに立っている油注がれた二人[旧新約聖書]です」(ゼカリヤ4:1-14 KJV)。
第7部 奉仕への呼びかけ 6章 ノルウェーにおける出版所 英文459
主の施設の一つが経済的に衰退した時、神の名が不敬にされないために、経済的に成功した様々な施設が衰退した施設を支援する能力を最大限に働かせる必要があります。神の様々な施設のマネージャー達が姉妹施設の必要を自分達の心に収める時、また、「その施設をそのままにしておこう」と利己的に言って、その施設の救済のための可能な努力をすることをまったく怠る時はいつでも、神はそのマネージャー達の無慈悲さを注目しています。そして、恥をかく体験に近い道を通る時が来るでしょう。しかし、私の兄弟のみなさん、あなた方はこれを行なう資金がないでしょう。私は、あなた方が行なわないことを知っています。
この働きを前進させるために、ヨーロッパにある私達の施設はみな、必要とされています。すべての施設は、神を信じていない世界の人々の前に、健全に反映している状態で存在している必要があります。
神の御使い達は、人々に奉仕の働きをしていて、神の働き人達が落胆しているのを見守る責任を負っています。私達がぐずぐずして先延ばししていたことによって、すでにこの困難は増していました。そういうわけで、その財政難の立て直しの働きは今、多大な労力と高額な費用を求められているでしょう。主の名によって、私達は、自分自身が忠実で信仰深い家令であることの神意を確かめるために、資金を持っている主の人々に求めています。神の働きを前進させるための本質的なことを組織的に全体で回復させましょう。主の人々は、落胆しないで、主の働きも不振にならないようにしましょう。
「主の言葉が、ゼカリヤにやって来ました。ホスト役の主/万軍の主は、このように言っています。誠実な裁きを実行して、自分の兄弟のために、すべての人に思いやりと憐れみを示して、寡婦や父親のいない子ども、寄留者や貧しい人を苦しめてはいけません。あなた方は、心の中に自分の兄弟に反して悪を想像する人がいないようにしましょう」(ゼカリヤ7:8-10 KJV)。これはまた、私達への主の言葉です。
私は、あなた方の体験となるよう、この章の部分を身近だと考えることができません。「ところが、彼ら[ベテルの人々7:2]は、聴くことを拒み、肩を張って威圧して、聞くことをやめて聞こうとしていません。その心を堅い意思のようにしました。先の預言者によってホスト役の主/万軍の主の霊の言葉を少しも律法を聞こうとしないでしょう。それゆえ、それはやって来ています。主の霊が叫んだけれども、彼らは聞こうとしません。彼らは叫びました。そして、私は聞こうとしません。ホスト役の主/万軍の主は言っています。しかし、私は渦巻き風によって、その人々を未知の国々の中に散らしました。このように、この地は、その人々がいなくなった後に、戻る者なく通る者なく、この麗しい地を荒廃した地になりました」(ゼカリヤ7:11-14 KJV)。
兄弟[姉妹]のみなさん、あなた方の主の家族をもてなして、「互いに教え合う者の中にいて、平和をつくる者達について行きましょう」(ローマ14:19 KJV)。譴責の言葉を話さないようにしましょう。いろいろな人に非難や咎めの言葉を出さないようにしましょう。すべての人々がもたらすことができる助けを今必要としています。生じた欠陥の癒しを求めましょう。それに好意をもって行ないましょう。それを高貴にして行ないましょう。主の助け、巨大な[負債]に立ち向かう主の助けがやってくるでしょう。すぐに、重大な危難にあるその施設の債務を弁済しましょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 6章 ノルウェーにおける出版所 英文461
地上の者達と天上の者達の間の共感が決意されて以来、また、神が天使達に助けを必要としているすべての人々に、奉仕の働きを託して以来、私達は、私達の分を行なうならば、全能の神の天からの代表者達は、この時代の人々が必要としている助けを与えるでしょう。私達が、天の知者達の心と知性において一つになるならば、私達は、彼らによって働くことができるでしょう。神によって資金と才能と財産を託された人々は、責任という重荷を負うことと、私達のスカンジナビア地方の兄弟達を助けることを認識するでしょう。
ヨーロッパにおける神の[人類救済]目的は、未信者達の心情を害するつまずきの石にならないようにしましょう。それらの施設は閉鎖されないように、また、世俗の人々の手に渡されないようにしましょう。ヨーロッパにいる主の奉仕者達は、失われたものを取り戻すために、自分達の手によってあらゆる努力を傾けて、そして、主がその人々と共に働くようにしましょう。また、私は、アメリカにいる私達の[教会]の人々に、ヨーロッパにいる私達の[教会]の兄弟[姉妹]達に協力するよう呼びかけます。みんなが主の偉大な計画において、自分達の分を果たすならば、神の[人類救済]目的は成し遂げられるでしょう。神の目的を悩ますことはなくなって、その困難は過去のものとなるでしょう。
手をこまねいていて、麻痺状態にならないようにしましょう。あなた方は、天使達の家が永遠の天幕pavilionの中にあるという保証を持っています。神の栄光を見ている天使達は、あなた方の助け手です。すべての施設を築き上げるために、天の使いのような奉仕者の勧めの下で神への奉仕を行なって、天使達と協力しませんか。
第7部 奉仕への呼びかけ 6章 ノルウェーにおける出版所 英文462
私達が、ほかの人々の信仰と自分自身の信仰を力づける活動を促して、希望のある言葉によって、不信仰を表すのをやめるならば、私達の将来は、明らかに発展するでしょう。天の清らかな雰囲気は、私達の魂を包み込むでしょう。
強くなってください。そして、希望を語りましょう。あなた方の道の障害物をすべて取り去りましょう。あなた方は、イエスキリストと霊的に婚姻している状態です。御言葉は、あなた方の保証です。生きている信仰の十分な確信によって、あなた方の手で主の手を握って、あなた方の救い主に近づきましょう。主が導いている道を進みましょう。主があなた方に言っていることは何でも行いましょう。主が何かを教えようとしている時に快諾している時に、主は、あなた方を教えるでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 7章 私達のオランダのサナトリウム 英文463
デンマークのコペンハーゲン近郊のスコッズボルグで、私達の兄弟達は、一つのサナトリムを設立しました。そこで、彼らは、神が主の人々に繋いだその働きを行なっていた人の確信の下で、希望を持って前進させていました。しかし、私達の兄弟達は、一般的に、ヨーロッパの国々で自分達の義務としてサナトリウムの設立に強い関心を持っていませんでした。そして、私達の愛する兄弟達は、手に入れたスコッズボルグのサナトリウムを入手した時よりも、品質を保証する[低い]金額ですぐに売却しました。そして、彼らは現在、困難と苦境の最中にいます。
私は、スカンジナビアにある私達の施設を取り巻いている危難と困難に関して、とても悩まされています。私の知性は、クリスチアーナ出版所だけではなく、オランダのサナトリウムの味方/益となるように、私達の[教会の]人々にアピールをしています。かの敵は、人類の贖いのために役立てさせた、神の手段であるそれらの諸施設を破滅させるために、一つの機会をひたむきに待っているようにと私にあらわしていました。サタンの望みは喜ばれると思いますか。私達は、それらの施設の有益な働きが中止させられて、それらの施設が私達の手から失われるのを許して置くのですか。私達の兄弟達が間違いをしたので、私達は彼らの見込み違いの結果をそのまま放置しておくのですか。これは、キリストが私達をもてなした方法ですか。
重荷を負った人が厳しい坂道のふもとにいる時、落胆していて、力のある好意的な助け手達を必要としている時、多くの時間が、騒ぎ立てられた非難や悪口によって、無駄に費やされました。しかし、このことは、その重荷を動かしていません。その重荷を残してプレッシャーを与えている人々は、酷評に値しないか、必要のないことをしています。この言葉は、初めに重荷を分かち合うべきだった人々に下されることが最もふさわしいかもしれません。しかし、その非難は適切かも知れませんが、それは、確かに無駄なものです。私達は、最初に「その荷物を運びあげるために私達はどのような助けができるだろうか」と考える必要があります。時間は貴重です。先延ばしの冒険をすると、危険度が大きくなります。
世俗的な野心と自分達の栄誉に望みをもったスコッズボルグのマネージャー達を非難することは、彼らに正しくないことをしているでしょう。この働きを拡大させることによって、彼らは神の栄光を求めていました。そして、一つの働きが、良い[福音]を遠くに伝えて成し遂げられました。しかし、彼らは自分達の資金を限界以上に投資して失敗しました。そして、自分達は負債に束縛されてしまいました。このことによって、施設の将来と、その[人類救済]目的の栄誉は危険に晒されています。現在、なぜ、この状況に困難をさらに加えるのではなく、私達はその負債を取り除く働きに勇敢にとりかからないのですか。
私は、警告のアラームを鳴らすよう主の聖霊によって奮起させられています。神の働きに彼らが役立てられうるこれらの人々の手から世界の人々の手に出て行って、クリスチャンの生き方と改革の原則を広める実例のために設立された施設を見ることは、天使達にとってどのような光景でしょう。兄弟[姉妹]のみなさん、助けを求めて、今苦しんでいるヨーロッパの様々な施設の味方/益として、私達が関心を持つ時は今です。キリストが私達をもてなすように、私達は困難の最中にいる私達の兄弟[姉妹]達をもてなす必要があります。
そのような緊急事態のために私達に託された、主の宝は手元にあります。神と主の目的を愛している私達の[教会の]人々は、危険に晒された主の施設を助けていきましょう。私達、アメリカの兄弟[姉妹]達は、救援のために再結集しましょう。アメリカにいるスカンジナビアの兄弟[姉妹]達は、決定的な行動を取るように特別に目覚めましょう。デンマーク、ノルウェー、スウェーデンにいる私達の兄弟[姉妹]達は、今が主の助けをもたらすための時だということを理解しましょう。神と主の言葉を信じて、信頼しているすべての人々は、この内容について、自分達の特権、自分達の責任、自分達の義務を理解するために勤勉に研究しましょう。私達は今、スカンジナビアの出版所とサナトリムを救援する神の助け手として、私達の働きを行なうことに失敗するならば、私達は大きな祝福を失うでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 7章 私達のオランダのサナトリウム 英文465
主は、自己否定の捧げ物をするよう主の人々に呼び掛けています。個人的な快適さと娯楽のために購入しようとしている物を諦めましょう。私達の子ども達に、主の祝福のためにお金を使うことによって、主の助け手となるよう、自己犠牲を教えましょう。
私は、スカンジナビアの兄弟[姉妹]達に、自分達のできる何かをするよう懇願します。私達は、あなた方の愛の助けの働きと私達の努力を団結させましょう。彼らが負債の返済のための優しい共感によって団結するならば、また、神の手段/道具として健全と繁栄をもたらすために、主の働きを行なうための主の家令の手に十分な資金があります。
あなた方が与える総額は、この働きに必要に比べた時に、とても小さいものになるかもしれません。でも、失望しないでください。神を信じてください。無限の御力の手を堅く握ってください。初めは希望がないように見えたものが違って見えることでしょう。五千人分の食物が私達のために一つの教訓としてあります。五つのパンと二匹の小魚で五千人の男性とその女性と子ども達に食物を与えた主は、今日の主の人々のために大いなることをすることが可能です。
預言者エリシャが百人の男達にどのように食物を与えたかを読んでください。「ある人がバアル・シャリシャから、神の人に、初穂のパンと大麦のパン20個、殻付きの穂一袋を持って来ました。エリシャは言いました。その人々に食べさせなさい。その人々は食べるでしょう。彼の召使いは言いました。どのようにして、私は百人の男達にこれを分けるのですか。彼はもう一度言いました。「その人々に与えなさい。彼らは食べるでしょう。これは主が言っていることです。彼らは食べるでしょう。そして、それを残すでしょう」。そこで、彼はそれを彼らの前に配りました。彼らは食べました。そして、それを残しました。主の言葉の通りでした」(2列王記4:42-44 KJV)。
それ[奇跡]は、空腹を満たすためのキリストの奇跡の働きの一部でした。主は、空腹の百人の預言者の男の子を救済しました。そして、それ以来、何度も繰り返して、はっきりと目に見える方法ではありませんでしたが、主は必要としている人間に供給するために働いてきました。私達が明瞭に霊的な識別力を持っているならば、主の人々への思いやりのあるもてなしが、たくさん用意してあるのを分かるでしょう。また、私達は、もっと多くの体験を得るでしょう。私達は、神の不思議な素晴らしい働きの中で行われていることをもっと研究する必要があります。人々は、その真理を知るために私達と団結していないので、主は、主の人々への親切心に働きかけました。主は、その百人の預言者の男との子達に食物を盛って来たあの人のように、幸運の機会をもたらす人を持っています。
主が、私達に一つの働きを行なうように与えている時、私達はそれに素直に従う努力、つまり、ありそうな結果や命令の理由を求めるのをやめないようにしましょう。私達一人ひとりの手に与えられるものは、私達が今必要としている額には程遠く、とても少ないと思われるでしょう。しかし、主の手の中には、それは十分すぎるほどあるでしょう。あの[エリシャの]召使いは、「彼はそれを彼らの前に配りました。彼らは食べました。そして、それを残しました。主の言葉の通りでした」。
私達は、大きな信仰を必要としています。私達は、主の一人息子の血によって買い取られた人々への神との関係について、たくさんの思いやりを持っているでしょう。私達は、かみの王国に関する働きの進展を前向きに信じる体験をしているでしょう。
私達は、自分達の目に見える資金の僅かなことを嘆いて無駄にしている時間はありません。そうではなく、私達は、自分達が行なっているものを最高に役立てるようにしましょう。外側に現れるものは将来性のないものでしょう。神への信頼と精力は、資金を増やすことでしょう。主が五千人に食物を与えた時、主はそれらを増やして贈り物を祝福したように、私達は、自分達の祈りと感謝の捧げ物を贈りましょう。私達が持っているその施設を最善に役立てるならば、神の力は、命のパンを切望している大勢の人々に届くよう、私達に手段を与えるでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 7章 私達のオランダのサナトリウム 英文467
信仰は、無限に触れている霊的な手です。
主の聖霊によって書かれたシンプルな祈りは、少し開いている門を通って昇るでしょう。その開いた扉、キリストは宣言しました。私は開きました。誰も閉じることはできません。これらの祈り、キリストの完全な香りの混ざった、天の父に芳しい香りとして昇るでしょう。そして、答えが返って来るでしょう。
キリストのための働き人達は、自分達の働きの失敗について多くを語らず、考えないようにしています。主イエスは、すべての事柄について、効果的に仕事をする私達の能力です。そして、私達が主の手の中に自分達を光のチャンネルとして配置する時、善意を行なう私達の資金は決してなくならないでしょう。私達は、限りなく所有している恵みから受けて、主の満ち満ちた恵みから引き出すでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 8章 私達の学校の[負債からの]救済 英文468
1.気前の良い実例
主が、イスラエルの民を荒野で幕屋を建てるために寄付を募った時、心からの応答がありました。心に感動したその人々はみな、「自らその精神を快くしたすべての人々が、会衆の幕屋の働きのための主への捧げ物を持って来ました。その人々は、多くの人々が快く、男性も女性もやって来ました。人々は、金や銀、選んだ織物、高価な木、灯し火のための油の贈り物をもってやって来ました。「知恵の心得があった女性達は、自分達の手で[糸を]紡ぎました。そして、紡いだ糸を持って来ました。その人々は、モーセに「人々は、主が造るようにと命じたこの働きの奉仕に十分余るほどに多く持ってきています」という報告がなされるまで「毎朝、自由の捧げ物」(出エジプト35:21-25; 36:3,5 KJV)を持って来ました。気前がよく、心のこもった快い奉仕は、神に喜ばれていました。その幕屋が完成した時、主は、その捧げ物を受け入れることを表明しました。「一つの雲が会衆のそのテントを被いました。そして、主の栄光がその幕屋に満ちました」(出エジプト記40:34 KJV)。
この例と同様の快い奉仕の働きは、私達の学校の利益のために『キリストの実物教訓』の出版と販売によって行なわれました。私達は、人々の努力が成功を証明していて、この働きに自分を捧げた私達の教会の人々がとても大勢いたことをとても喜んでいます。私達は、私達のカンファレンスと、トラクト協会の役員達がこの大事業に精力と感化力を与えたことを喜んでいます。牧師達、聖書教師達、文書伝道者達、そして、教会メンバー達は、私達の学校の速やかな[負債からの]救済のために、特別な努力をしてとても温かい心で繋がりました。一般信徒の私達の兄弟姉妹達と、私達の出版所の気前の良い心からの方法は、主をとても喜ばせてこの大事業を確立させました。
第7部 奉仕への呼びかけ 8章 私達の学校の[負債からの]救済 英文469
私達が、私達の資金、私達の時間、私達の理性、私達の全存在、体と魂と精神の全存在を役立てて、主の求めを実行して、神の呼びかけに応答するよう目覚める必要がある時に、神性の摂理によって特別な期間があります。それは、このような時に現れます。神の[人類救済]目的の関心は金銭援助にあります。主の様々な施設は危難の中にあります。私達の学校は、恐ろしいほどの負債の重荷の下で奮闘しているので、この働きはあらゆる側面からじゃまされています。私達の酷い困窮の中で、神はその困難を通して一つの道を備えて、主の目的を成し遂げるために、主と協力するように私達を招きました。『キリストの実物教訓』の本は、私達の学校の[負債からの]救済のために与えられた神の計画だったでしょう。そして、主は、主の人々にこの世界の人々の前にこの本を勧めて自分達の分を行なうよう呼び掛けています。このことによって、主は、主の人々が自己犠牲と自己否定によって、一つの精神になって共に働くかどうかを見るために、主の人々と主の施設をテストしています。
3.みんなで協力するために
幸先のよい始まりが『キリストの実物教訓』の販売によってなされました。今必要とされていることは、とてもよく始められたその働きを完成するための努力に繋がる熱心さです。私達は、御言葉の中の「霊(精神)に燃え、務めに怠けず」(ローマ12:11 KJV)を読んでいます。神の[人類救済]目的のすべての施設は、勤勉という宝があります。しかし、この時にこの事業以上に考え出せるものはないでしょう。決定的な働きがキリストの計画を成し遂げようとしています。みんなで、主のために『キリストの実物教訓』の販売をほめて勧めましょう。みんなで、可能な人は働き人達と結ばれましょう。
すでになされた努力の成功から、私達はもっと好感のもてる時期を考えるよりも、きょう、神が求めていることに従うとは最善だ、と私達は見ています。大きな責任と可能性が、キリストの旗の下で奉仕する生活に協力した全ての人々に届いているので、私達は神の機会[に立ち会う]男性達と女性達となる必要があります。
神は、私達に行動するよう呼び掛けています。私達の教育的な諸施設は、やがて負債から解放されるでしょう。神の計画が主自身の指示に従って達成されるようにしましょう。
その現れは、私達が無駄にする時間の余裕がない一つの機会です。私達は、すぐに自分達にできる最大の助けを私達のすべての人々に呼び掛けています。私達は、その本の購入によって、神を喜ばす働きをするように、人々に呼び掛けています。私達は、その本の販売を支援するために役立つあらゆる手段を求めています。私は、どのようにこの事業を推進できるかを考えている私達のカンファレンスの代表者達に呼び掛けています。私達は、私達の牧師達に呼び掛けています。彼らがこの諸教会を訪問する時に、男性達と女性達を励ますように、文書伝道者達が出かけて行くように、私達の学校を助けるために、彼らの熱心さの一部を捧げることによって、自己否定の道で決定的に前進する販売運動をするように呼び掛けています。
一般的に、改革運動は必要とされています。そして、これは個人の改革運動によって始められる必要があります。すべての教会、すべてのメンバー、すべての家族は、この働きの前進を助けるために、自己否定の努力を決心しましょう。子ども達は、その分を行動しましょう。みんなで協力しましょう。霊的な闇の世界に、主の真理と主の証人の好機とするために、また、主の特別な意思を伝えるために、私達は、自分の捧げ物を神に返すように最善を尽くしましょう。そのランプは、私達の手にあります。その光を明るく輝かしましょう。
若者のみなさん、奉仕の働きに就こうと考えているあなた方は、この働きを引き継いでください。主によってあなた方の手でこの本を扱うことは、あなた方を教える者にしようとしています。この機会を活用することによって、あなた方は確かに、人々に伝え得る最善の方法と神の知識へと前進するでしょう。
主は、若い男性達と女性達に主への奉仕の働きに入るよう呼び掛けています。若者達が自己犠牲の祝福を一旦体験した時に、偉大な教師について常に学んでいる限り満足できないでしょう。主は、主の呼びかけに応答する人々の前に様々な道を開くでしょう。責任の負い方を熱心に学ぶようこの働きにもたらしましょう。私達の戦いが終わりに近づくと、戦いはもっと厳しくなります。誰もが参加しなければならない戦いに、強力な能力と勇敢な心で出かけましょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 8章 私達の学校の[負債からの]救済 英文471
4.このはたきのための準備
この働きに結ばれる人々は、神のために自分自身を全部捧げましょう。その人々は、主の模範について行って、キリストから学ぶことができる所に自分自身を置きましょう。「重荷を負わされて働いている汝らはみな、私の所に来てください。そして、私は、あなた方に安息を与えるでしょう。汝らは、私の軛を装着してください。そして、私は柔和で心の謙虚な者なので、私について学んでください。汝らは、私の軛が負いやすく、私の重荷は光/軽やかなので、あなた方の魂に安息を見つけるでしょう」(マタイ11:28-30 KJV)。天使達は、真に謙遜で、この働きを引き継ぐ人々と共に出かけて行くように託されました。
私達は中止することなく祈っています。私達は自分達の祈りを生きようとしています。信仰は体験によって増加するでしょう。『キリストの実物教訓』を訪問販売している人々は、働く方法を教えているこの本の中の教訓を学びましょう。
キリストについて学びましょう。あなた方を救って助ける主の力を信じましょう。信仰はまさに、魂の生きた血液、活力源です。その存在は、温かさと健康、一貫性と健全な判断を与えています。その生命力と活動力は無意識ですが強い感化を及ぼしています。キリストの命は、魂の中で永遠の命を湧き出している井戸水のようなものです。それは、天の恵みでいつも育むよう、また、あらゆることにおいて、主に、温和に伴っていくよう導いています。
私は、働き人のみなさんに、若い人も年配の人も、私達の本を扱っている人々、特に憐れみのメッセージを今伝えている人、この本を訪問販売している人々にお伝えします。あの祝福の山のキリストの説教によって、生活の実物教訓が与えられています。これは、講壇から与えられる説教よりも知性にいつまでも感化を及ぼして、深い感動を与えるでしょう。あなた方は、自分達が望んでいる助けを雄弁に語ることができないでしょう。でも、あなた方は、キリストによって自我を覆い隠して控え目に話すならば、その言葉は、主の聖霊によって感化を及ぼすでしょう。そして、あなた方が協力しているキリストは、人々の心に感化を及ぼすでしょう。
魂を清めて愛によって働く信仰を実践しましょう。自分達の不信仰のゆえに、自分達の主に恥をかかせる人がいないようにしましょう。怠惰と落胆は何もなし遂げません。主が多くの祝福の贈り物によって信仰をたたえようとしていても、様々な施設が怠惰で熱心な活動に目覚めないために、世俗的なビジネス/業務において、困難な状況は時々、神によって許されています。これは、主の働きを前進させる一つの手段です。私達の手本ではなく、私達の信仰の創始者であり信仰の完成者としてのイエスを見続けてください。私達は、すべての義務に力を供給する主を信頼して前進しましょう。
この働きの重荷を負っている人々に、多くの心痛を伴う努力が求められているでしょう。適切な指導が与えられる必要があります。この働きについての重要な認識力は、働き人達の前で守られるでしょう。また、多くの人々は、私達の贖い主の生涯に例示された自己否定と自己犠牲の精神に好感を持つことでしょう。キリストは、あらゆる歩みにおいて、主に倣う者達が払うことのできない犠牲を払いました。自己否定は、この働きに就いている私達、すべての人々に求められています。私達は、主の辛抱と克己、親切な精神に与っている人々と共に、キリストの軛を担うことを考えようとしています。キリストは私達のための推薦状なので、この精神は、私達の前に道を開いて私達に成功を開示するでしょう。
5.あらゆる国々でのその働き
私達の学校の[負債の]救済のための働きは、すべての国にいる私達の[教会の]人々によって始められるでしょう。それは、オーストラレーシアにある私達の教会から始められるでしょう。そこにある学校は助けを必要としています。私達の[教会の]人々が団結してこの働きに取り組むならば、その学校の負債を返済することができるでしょう。私達の[教会の]人々は、主の手段としてこれを築き上げるために働いている人々の心を励ますことができます。私達の[教会の]人々は、太平洋の島々と、かなたの異邦の国の人々を祝福して感化を広める希望を持てるでしょう。
第7部 奉仕への呼びかけ 8章 私達の学校の[負債からの]救済 英文473
この働きを成し遂げましょう。オーストラリアにいる私の兄弟[姉妹]のみなさん、「信仰は、望んだ事柄の中身であり、まだ見ていない事柄の根拠です」(ヘブライ11:1 KJV[Faith is the substance of
things hoped for, the evidence of things not seen.])。(口語訳:「信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事がらを確認することである」)。神の約束を信頼して、目に見えないことを信仰の目によって望んで、私達がこの働きを成し遂げた時、見える物事になるでしょう。私達が信仰によって歩んで働きを行なった時、神は、私達に主が語ったすべての言葉を私達に充たしたことでしょう。私達は不信仰な全ての考えをチェックして、主の約束を信じる根拠を持っています。負債を抱えることは一つの罪です。私達は、オーストラレーシアにいる私達の兄弟達がそれについて罪を犯しているだろう、と信じることができません。
主は、あなた方のために、あなた方の境界の周りで多くの事をしました。畑の小麦は、すでに色づいています。あなた方の目を挙げて、畑を見てください。神をほめたたえましょう。主の言葉は、私たちの発想を超えて正しいことを証明しています。
私は、私達の教会の人々に、負債から学校を解放する働きに、私欲なしに熱心に取り組むよう呼びかけます。その出版所はその本の出版の役割を果たしましょう。私達の[教会の]人々は、オーストラレーシア中に『キリストの実物教訓』の販売を定着させましょう。神はこの働きにおいてその人々を祝福するでしょう。
イギリスにいる働き人達は、この本の販売を可能な限り、努力を尽くしましょう。一つの学校がこの国において設立されるでしょう。現在の真理の光が輝いている、イギリス、ドイツ、そして、ヨーロッパの国々にいる私の兄弟[姉妹]のみなさん、この働きを定着させましょう。この本を様々な言語に翻訳して、ヨーロッパの様々な国で配布しましょう。ヨーロッパのあらゆる地域にいる私達の文書伝道者達は、それを売る助け以上のことをたくさんすることでしょう。それは、用意のできた市場を見つけるよう、私達の多くの書籍のための道を開くでしょう。このように、現在の真理は、まだそれを受け取っていないほかの多くの人々に届くことでしょう。
私は、特に、スカンジナビア地方にいる私達の兄弟達[姉妹]にアピールします。あなた方は、神があなた方に与えたこの働きを定着させていないのではありませんか。あなた方は、自分達の伝道地の資金のやり繰りに困って、様々な施設を[負債から]救済するためにあなた方ができることを最大に労していないのではありませんか。「私達は何もすることができない」と失望して見ていてはいけません。落胆の言葉はやめましょう。無限の力の御方の腕の力を定着させてください。ほかの国にいるあなた方の兄弟[姉妹]達は、あなた方に助けの手を差し出すために団結していることを覚えていてください。落胆したり落ち込んだりしないでください。彼らが、主の来臨を信じて主の[人類救済]目的を前進させるためにできることをすべて行なって、希望を持って、祈りによって、信仰によって自分達の分を行なっているならば、主はスカンジナビアにいる主の働き人達を励ますでしょう。
イギリスにいる私達の[教会の]人々のもっと熱心な努力によって、スカンジナビアにいる彼らの兄弟達に、信仰と励ましの霊感を与えて奮起させるようにしましょう。兄弟[姉妹]のみなさん、私達は、強大な権力者に反対する主の助け手として立ち上がる必要があります。
第7部 奉仕への呼びかけ 8章 私達の学校の[負債からの]救済 英文475
6.その働きの結果
私達の学校の[負債からの]救済のための働きを通して、それらの学校に一つの祝福、世界中のこの教会のその働き人達に4倍の祝福が現実のものとなるでしょう。
様々な基金がそれらの学校の救済のために集められています。最善の読み物がたいそう多くの人々の手に渡されていました。人々は、この働きがなされなかったならば、『キリストの実物教訓』を決して見たことがなかったでしょう。望みを失った所にいる魂達は、この努力によって伝えられるでしょう。私達の救い主の譬え話から引き出せる教訓は、命の木の葉のようにとても多くのことをしようとしているでしょう。
『キリストの実物教訓』の貴い教えは、主が信者達を団結させることを意図しています。私達の教会メンバー達による全力で尽くした自己犠牲の努力は、人々を団結させる一つの手段だということを証明しています。人々は、主の聖霊を受けるために準備され、たたえられた器として、精神/霊と魂と体が清められるでしょう。神の意思を行なおうとしている人々は、才能を役立てて、主の王国のために働くように賢明になるでしょう。その人々は、最も価値ある教訓を学ぶでしょう。そして、その人々は、合理的な知性を高度に満たして考えるでしょう。理性の力と恵みと平安が与えられるでしょう。
それらを含んだ指導を必要としている人々に、この本を持って行った時、その働き人達は、貴重な体験をするでしょう。この働きは教育の一つの手段です。彼らが最善を尽くす人々は、『キリストの実物教訓』を販売する主の助け手として、神のための成功した働き人達となれるような一つの体験をするでしょう。多くの人々は、この働きによって受けた訓練を通して、私達の多くの書籍を必要としている人々への訪問販売の仕方を学ぶでしょう。
この働きに適切に繋がる人々はみな、好意的に希望を持って、とても多くの人々を見つけるでしょう。主は、主の働きに繋げるためにどんな力も行ないません。しかし、主の側に自分を置く決意した人々のために、主は、意思力を働かせる知性を与えているでしょう。主は、その人の中で主が働いて、精神/霊をよく働かせる人々をみな祝福するでしょう。そのような働き人達のために、主は、好意と成功を与えるでしょう。伝道地から次の伝道地へと入って行く時、新しい伝道方法や新しい計画は、新しい状況から湧くでしょう。新しい考え方はその働きに自分自身を充てる新しい働き人となるでしょう。彼らが主に助けを求める時、主は、彼らと分かち合うでしょう。彼らは主自身によって考案された計画を受け入れるでしょう。魂達が回心するでしょう。資金はそこにやって来るでしょう。その働き人達は、働かれた伝道地に近い場所で、主のブドウ園の見捨てられていた場所を見つけ出すでしょう。どこの伝道地も勝ち取るための新しい場所を示しています。行なわれているすべては、光をもたらしていて、どれほど多くのことがまだ、なされるために残されているでしょう。
私達が偉大な教師と繋がりをもって働く時に、知的な能力は発達しています。良心/善悪の判断力は、神性のガイダンスの下にあります。キリストは、主のコントロールの下で存在の全体を捉えています。
その生活において、言葉で表現できないもの、――真理、信仰、心のこもった愛の献身、知性、魂、大教師の働きのためのが見られたとしても、また、その人の心の想像の清さと良心の敏感さがキリストのような奉仕をして、その考えがより霊的/精神的に優しくなっても、さらに、光がその人の意思に決断力と知性のために与えられていても、たくさんの新しい考えがその人にやって来ていても、人が言葉で決して表現することができないことを気づかないままに、主の教訓を実践して、主の抑制の軛を従順に負っていても、人は、キリストと本当に一体となることができません。
第7部 奉仕への呼びかけ 8章 私達の学校の[負債からの]救済 英文477
私達が、精力と祈りによって清められて、私達の学校のための働きをするすべてを行なった後で、私達は、神の栄光を見ることでしょう。その試練が完全に通り過ぎた時に、祝福という結果があるでしょう。
快い精神で自由になされたならば、神は私達の学校の成功を助けるために[改革]運動を起こすでしょう。主は、様々な私達の教育施設を訪れて私達への叱責を後退させることができるでしょう。みんなで、現在の真理とキリストのために、自己犠牲の働きを定着させるならば、それ[改革運動]は、私達の国境を越えて歌われうる[負債からの]解放の歓喜の歌の前の願いではなく[現実のものに]なるでしょう(If
all will take hold of the work in the spirit of self-sacrifice for the sake of
Christ and the truth, it will not be long before the jubilee song of freedom
can be sung throughout our borders.)。
7.良い行ないを飽きずに続ける
私は、神の摂理を最高に信頼して、神の目的を達成するために、一致した努力があったことを喜んでいます。『キリストの実物教訓』の販売のための努力は、文書伝道の分野でなされ得ることを証明しています。この働きに繋がった若い男性達と女性達、父親達と母親達、学生達と牧師達にお伝えします。あなた方の関心の旗を降ろさないでください。教育的な働きを最も必要としている主要な伝道地にある様々な学校の施設のために立ちあげられた基金と、私達の学校から、この負債の最後の一円が返済されるまで、この良い働きを着実に根気よく堂々と前進させませよう。
牧師達と聖書教師達が別の働きをするように呼び出されている時、私達の教会のメンバー達はその人々にこう言いましょう。「あなた方は任命された働きを前進させてください。私達は、『キリストの実物教訓』の販売と、私達の学校の解放[負債の返済]のための働きをし続けるでしょう」。「この働きは、1900年から1901年までの特別な努力でやめるべきだ」と考える人がいないようにしましょう。伝道地は、成果の実をなくされてはいけません。この本は、これから数年先の学校を助けるために販売されるでしょう。
私達は神を信頼しています。私達は挫けることなしに、主の名によって主の働きを前進させましょう。主が私達に行なうように呼び掛けたこの働き [を通して]、主は、私達に祝福を与えるでしょう。私達の学校の[負債の]救済のための主の計画の正当性が証明された時、また、十分に達成されたことが指し示された時に、主は、次に何を行なうかを私達に示さすでしょう。
憐れみのメッセージがこの世界の人々に与えられる時、私達の学校の[負債の]救済のためと同様の事業と、ほかの施設の[負債の返済の]益のための努力が呼び掛けられるでしょう。[再臨前の]準備期間が続く限り、この働きの文書配布のための機会があるでしょう。宗教的な教派が神の人々を圧迫するために法皇制と一体となる時、宗教的な自由がある所で、文書配布によって様々な場所が開かれるでしょう。一カ所の迫害が深刻になると、その働き人達は、キリストが指導したように行動しましょう。「彼らがこの町であなた方を迫害する時、汝らは、ほかの場所に逃げなさい」。迫害がそこに来たならば、ほかの場所に行きましょう。神は、多くの場所で人々を祝福するために、主の人々を導くでしょう。迫害がなかったならば、その人々は、現在の真理を宣布するために広く外国まで散らばらなかったことでしょう。キリストは「汝らがイスラエルの街を回り終わらないうちに、人の子[主]は来るでしょう」(マタイ10:23)と言いました。天において「それ[準備期間]は終わりました」という言葉が聞かれるまで、働きを行なうための場所、そのメッセージを受け入れる心は、いつまでもあることでしょう。
そういうわけで、「私達は、良い事を行なうことに飽きないで続けましょう。私達は、挫けないでいると、時が来ると刈り取ることになるでしょう」(ガラテヤ6:9 KJV)。
9章 贖いの求め 第7部 奉仕への呼びかけ 9章 贖いの求め 英文479
神のための什一と捧げ物は、創造によって主が私達に求めている‟お返し”の一つです。そして、それらはまた、贖いによって主が求めているお返しの一つです。私達の能力はすべて、キリストに由来しているので、これらの捧げ物は神に私達から注ぎ出るためのものです。それらは、すべての求めの中で最も大きな贖いを求めて私達の前にいつまでも続いています。その一つは、ほかのすべてを含んでいます。私達の益として備えられた実際の犠牲は私達の知性の中でいつまでも新しくなるためにあります。また、私達の考えと計画に影響力をいつまでも働かせようとしています。キリストは、私達の間で、一人で十字架につけられた時に、確かにそこに存在していました。
「汝らは自分自身のものではないことを……汝らは知らないのですか。汝らは代価によって買い取られています」(1コリント6:19,20 KJV)。なんという代価が私達のために払われたことでしょう。十字架を、そして、その上にあげられた主の生け贄を見上げてください。冷酷な釘の刺さった主の両手、その木に大釘で堅く打ちつけられた主の足を見上げてください。キリストは主自身の体で、私達の罪を負いました。その苦悩と苦痛はあなた方の贖いの代価です。「永遠の滅びに下っている人々を救い出しなさい」という命令の言葉が与えられました。
主が、私達を愛した、そして、私達のために主自身を与えたということをあなた方は理解していません。私達は、主のために自分自身を与えて返しましょう。本当に、主の愛は主が死んで[愛した]人々のために現されたのに、なぜ、信仰によって主を受け入れているすべての人々は、キリストへの愛を現さないのでしょうか。
キリストは、いなくなった羊を捜し求める者として表されています。羊の囲いに私達を連れ戻して、取り囲むのは主の愛です。主の愛は、天のいろいろな所で、主と共に座る特権を私達に与えています。祝福された義の太陽の光が私達の心の中に射し込む時、また、私達が主によって喜び、平和の内に安らぐ時、私達は主を賛美しましょう。私達の神であり、私達の援助者の健康を願う主を賛美しましょう。言葉だけではなく、私達が持っているすべてと、私達が生きているすべてを主に聖別することによって、私達は、主を賛美しましょう。
「汝らは、私の主にどれほど多くの借りがありますか」。あなた方は、これを数えることができません。あなた方が持っているすべてのものは、主のものとなって以来、あなた方は、主が求めているものを与えずにおいていませんか。主がそれを求める時、あなた方は自分自身のものであるかのように、それを利己的につかんでいませんか。あなた方は、魂達の救いよりも何かほかの目的のためにそれを充てたり、仕舞っておいたりしていませんか。多くの魂達が失われているのはこの方法によってです。私達は、主が私達を愛して、私達を主に引き寄せることによる大いなる愛ゆえに、私達の口からの感謝と賛美と共に、贈り物や捧げ物による以上に、私達の世界の人々への主の偉大な寄付、神の犠牲について自分達の正しい理解をどのように示すことができるでしょうか。
祈りと願いによって天を見上げてください。主が「主よ、そなた自身に属しているものを私達は気前よくそなたに与えます」と言っているように、主に奉仕する者として、あなた方が持っているすべて、神に自分自身をプレゼントしましょう。あなた方のために十字架につけられた無限の神の息子と、カルバリーの十字架の見える所に立ってください。素晴らしい恵みを表している計り知れない愛を悟ってください。主よ、そなたは、私が行なうようにと、どんな意思を持っていますかと、あなた方は熱心に求めましょう。主は、あなた方に語りました。「汝らは、世界中に出て行きなさい。そして、すべての造られた者達にこの福音を伝えなさい」(マルコ16:15)。
あなた方が神の王国で、あなた方の奉仕とあなた方の贈り物を通して救われた魂達を見る時、あなた方はこの働きを行なっている特権を持っていたことを喜ばないのですか。
キリストの使徒達の一人はこう記しました。「彼らは、出かけて行きました。そして、至る所で教えました。主は、彼らと共に働いて、しるしが伴って、御言葉を確かなものにしました」(マルコ16:20 KJV)。憐れみの潮が世界中に溢れ出て行くように、チャンネル達を待っている天の存在者達は、使徒達が持っていた力と同じ力を今、神の奉仕を行なう人々のために用意しています。
第7部 奉仕への呼びかけ 9章 贖いの求め 英文481
時間はすぐに永遠に過ぎて行きます。誰かが今、まったく主自身のものを神に隠していませんか。彼かが、滅びることなく否定されず、功績なしに与えられうる主を拒んでいませんか(Will any refuse Him that which, though it may be given without
merit, cannot be denied without ruin ?)。主は、すべての人々にその人の働きを与えました。そして、聖天使達は、その働きを行なう者となるよう望んでいます。あなた方が見張って、祈って、働きをする時、その天使達は、あなた方と協力する用意を整えています。その理解が主の聖霊によって働きかけられた時、あなた方の感情はみな、神性の意思に応諾して調和して活動しています。人々が神自身に与える時「すべてのものは、そなたからやって来ます。そして、私達は、そなた自身に属するものを気前よく、そなたに与えます」と言っています。神は、主の人々がこのことを行わなかったことを許してくださるように。
兄弟・姉妹のみなさん、私は、それがあるように、数々の物事をあなた方の前に配するように試みてきました。しかし、この試みは、現実的にはるかに届かずしくじっています。あなた方は私の懇願をお拒みですか。あなた方にアピールしているのは私ではなく、世界の人々のために自分の命を与えた主イエスです。私は、神の求めに、自分の意思を従順にしていただけです。天へと魂達をガイドするという主の意思を行なうために、主が遣わした奉仕者達を尊敬して神の働きをたたえる機会を改善してはどうですか。
「ここで、私はこう言いましょう。タネを少し蒔いた人は、少しだけ刈り取るでしょう。タネをたくさん蒔いた人は、たくさん刈り取るでしょう。すべて人は、必要からでもなく、嫌々ながらでもなく、自分の心にある目的に一致して与えるでしょう。神は、好意的に与える人を愛しています。そして、神は、あなた方に、すべての良い働きを豊かにし、いつもすべての事に満ちるようにして、あらゆる恵みを豊かに与えることができます。(このように書かれています。‟主は外国に散らしました。主は貧しい人々に与えました。主の義は永遠に続きます”。さて、主は、タネを蒔く人とあなた方のパンを作る人の両方に奉仕の働きをして、また、あなた方のタネとあなた方の義の実を増やしています)。私達にとって、神への感謝の理由から、まったく気前良く、すべてのことに豊かになっています。この奉仕の実施は、聖徒達の切望を満たしているだけではなく、神への多くの感謝によって増えています。この奉仕の試みによって、人々は、キリストの福音へ従うことを告白して、また、あなた方の聖徒達への、また、すべての人々への自主的な貢献のゆえに、神を誉めたたえています。また、あなた方のための彼らの祈りによって、あなた方の中の神の恵みにまさるようにと願っています。言葉で言い尽くせない神の贈り物に感謝しましょう」(2コリント9:6-15 KJV)。
[1]
「leprosy」:癩病。現在、「癩病」は差別語で使用禁止です。120年前のアメリカでは、使用されていたので、そのままに訳出しました。
[2]
訳者加筆。「マーチン・ルーサー」は英語読みです。ドイツ語読みは「マルチン・ルター」です。E.ホワイトはその時代に広まっていた言語を使って書いています。20世紀末から差別語が発見されて、それらが差別の意味のない言葉に変えられています。個人名の表記の仕方も、英語表記の方法に統一することは「大英帝国の世界支配」の差別的な名残とされて、その国の発音と表記が尊重されています。彼女はこの第6巻を1890年に発行していて、明らかな間違いではないので英語表記のままにしました。今日の日本式の氏名の表記では「Takaya Osamu」とされています。
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